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こう@電車おやじ

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2016年9月

2016年9月28日 (水)

秋のドライブ鉄散歩、加古川・加西。

昭和63年だったと思う。
国鉄を退職、阪急六甲の写真スタジオに弟子入りして、休みの日にふらりとクルマでドライブに出かけた。しかし、そのクルマはまもなく手放し、以後は僕は結婚するまで自家用車を持たない身になったその前の写真だ。
(この頃の写真は他にもいくつかあるので機会を見て出していきたい)

 

2000b_2

さて、最初に行った場所は加古川河畔、それも南端の山陽電鉄橋梁だ。
3050系ニューアルミカーが川の中ほどで、2000系トップナンバー編成と出会う。

 

20003078_2

三菱製紙の煙突が印象的な、ススキ、セイタカアワダチソウ、ヨシからなる秋の河原だ。

2000c

2000Fの編成が見渡せる。
まもなく引退する2000系が最後の踏ん張りを見せていた。

2011

尾上の松方向から2011がやってくる。
ステンレス無塗装、2ドアという特徴的な車体だ。

2010

その編成、2010Fの後追い。
ステンレス無塗装のコルゲート付き2ドア車体はサロ153のほかにはあまり例がなく、こうして見るとやはり美しい。

僕は個人的には過去現在を通して、山陽が作り上げた電車の中で最も美しい電車であると思っている。

3012

旧塗装の3012F。

3028

こちら3028・・当時は3550形を挟み4連だった。

3050

3050系、新旧塗装が出会う。

30503000

こちら、3000系と3050系、新旧塗装の出会い。

3050_2

その3050系、旧塗装編成が去る。

3051

3051号とセイタカアワダチソウ。

3554

こちら新塗装だが2000系改造編入の3554号。

5012

まっさらの5012F、相次ぐ5000系の大量増備で釣りかけ車を一気に置き換えたところ。

5603

こちら後追いの5603号。

すこし北へ歩き、新幹線の線路を眺める。

Tec0

折よく0系先頭車のサイドビュー。
しかも、すでに珍しくなりつつあった大窓車だ。

Tec0_2

その編成、長い16連が下っていく。
「ひかり」だろうか。

Tec100

100系がやってきた。
当時、新車だった100系が来ると嬉しかったものだ。

Tec100_2

100系中間の食堂車とグリーン車。

1985

このあと、クルマを北へ走らせた。
晩秋の播州といえば語呂がよいが、なんとなく悲しい気分の作画になった。
向かった先は北条鉄道だ。

播磨横田駅。

Photo

網引駅の線路。
三セク化されたばかりの北条鉄道は今とは違い、ひっそりとしていた。

19851

網引付近のレールバス、フラワ1985-1。

19851b

雨の少ない播州だが、秋は天候不順なことが多い。

1985_4

法華口に入っていくレールバス、ラッシュ時に差し掛かり2連になっている。

1985_2

法華口に停車する2連のレールバス。
この当時の法華口は今にも崩れそうな駅舎、如何にもローカル線の悲哀を感じさせるものだった。

1985_5

発車していくレールバス・・
通勤の高校生が歩く。
このローカル線風情あふれる・・しかし、先が見込めなさそうな景色を大変革した今の北条鉄道から学ぶものは多い。

1985_6

すっかり日暮れた田園風景の中、ヘッドライトを灯して2連のレールバスがやってくる。
今の華やかさなどおよそ想像もできなかったころである。

(eoブログから新規の加入を中止する旨発表がありました。本ブログもまた・・行先を考えねばならないかもです)

2016年9月 8日 (木)

JR化後の福知山線、道場にて

武田尾という稀有な撮影地であり、また休日を楽しむ場所でもあった武田尾付近の名所を失ってから・・

それでも僕らはその車両の面白さに福知山線へ通い続けたが、どうも武田尾のような定点とはならなかった。

今回は三田・道場付近を取り上げる。
撮影は207系が写っているから平成5年以降、平成7年ごろではないだろうか。

H7207_2

まず、三田付近にて、いまだ4連の207系、東西線直通はもう少し先のことだ。

H7

エーデル北近畿、キハ65の改造車で急行型から特急への格上げだ。

H72

こちらは「エーデル北近畿」の5連。

H7_2

キハ28・58も最後の活躍をしていた。

電化の際に改めて設定された急行「みやづ」、宮福線直通列車で2連だった。

H765183

道場付近で・・「エーデル丹後」が183系の後尾についている様子。
エーデルシリーズ最初の改造で、客室窓割が大きく変更されたのが目立つ。

H765

「エーデル北近畿」、5連だが中間にキハ58が挿入されている。

H765_2

こちらも183系の後尾についているキハ65「エーデル丹後」

H765_3

こちらも「北近畿」183系の後尾のキハ65「エーデル北近畿」

H7103

道場手前の山間を行く黄色の103系。電化完成により大増発を遂げた普通電車だが、当初の6連からこの当時は4連に減車されていた。

H7103b

下り103系普通電車が接近する。

H7103c

こちらは上り電車、これら103系は事故廃車になった1両を除けば今、大阪環状線で最後の活躍をしている。

H7117100

117系、ブルーライナー、レッドライナーに続き、福知山線は緑の帯を締めた117系が快速として活躍。

H7117100b

福知山線快速は基本117系の6連での運用だった。

H7117100_2

セミクロス改造された117系だが、この線区には似合っていたように思う。

H7117

117系電車のサイド。緑の沿線に良く似合う。

H7113

こちら、113系、当初の強烈な黄色塗装から、ずいぶん穏やかな色合いに変わっていた。

H7183

紀勢線投入485系を再改造した183系、よく見ると後ろにキハ65をつないだ編成のようだ。

H718365

こちらも183系と後ろにキハ65。。。

H7207_3

そして207系。

質実剛健の国鉄通勤型との大きな差を感じた新車だった。

2015381

昨年、久々に道場駅付近を訪れたが、久々すぎて昔に撮影した場所がわからず、駅のすぐ近くで撮影した。

置き換え直前の381系電車・・183系を置き換えるために一時的に紀勢線から転属してきていたものだ。

2015223207

223系丹波路快速と207系の普通電車の出会い。

主役は完全に変わってしまった。