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2016年6月11日 (土)

昭和58年、南海電車大和川あたり

夏の暑い日だったと思う。

なぜにここを訪問したかは覚えていないが、その日の暑さだけは記憶にある。
今回は主に高野線、阪堺線だ。
(なお、前にも書いたが本ブログでは南海電鉄の車両で高野線6201系までの系列については、末尾の数時1の系列名を、本線10000系以降の系列については末尾の数字を0にした系列名を採用している。また今回、サザンの10000系車両は登場しない)

6001


当時の主力、6001系。
ステンレス無地の車体が今となっては神々しくさえ感じる。
バッド社の技術では南海独特の柔らかいデザインは難しかったようだが、メーカー、鉄道会社の努力で見事に形になった好例。
美しく、上質な電車だ。

6101


6101系、今、6300系と名を変えて健在だ。

側面の下降窓が新しい時代を感じさせる。

6114


6101系、6114のサイドビュー。

なぜに今の南海はあんな派手な意匠を、このような美しい車両に施すのか・・疑問ではある。

61016201


6101系と、当時の最新鋭、6201系が出会う。

この6201系は今、VVVF化とともに、大掛かりな更新工事を施され健在である。

220014


高野線急行用、22001系が行く。

この風格!

緑色の時代の南海は、阪急に勝るとも劣らぬ風格を持っていたといえば言いすぎか。

22008


22008サイド。

2ドアのスマートなデザイン、ただ、このころ高野線急行の混雑は激しかった。

220005


その編成の難波より、22005サイド。

これほど均整の取れた通勤車両というのはなかなか存在しない。

3000


泉北高速3000系、当時はまだ100系もいたと思うが、南海6201系に合わせた3000系も撮影していた。

今も健在だし、一部が南海に移って活躍している。

200013


当時の高野線のクイーンといえばこの電車、20001系だ。
列車は極楽橋への「こうや」号。

私鉄界最高峰のデラックス電車でありながら、一編成しか製造されず、長年、孤軍奮闘してきた名車といえる。

200012


その列車が接近する。
今のように高倍率のズームレンズは一般的ではなく、単焦点レンズのためにいったん決めたアングルからの脱却は難しい。

全景を撮影できないまま。。列車の接近を迎えた。

20001_2


サイドビュー、当時とてデザイン的には古さも感じさせたが、この雰囲気!

私鉄の華やかさを振りまいて、沿線乗客の羨望を集める。

20001_3


後部。

時刻表をきちんと読まず、それゆえ、中途半端となった一世一代のスターの姿。

だが、今となってはよくぞ撮影していたと当時の自分をほめたい。

6001


移動中、国道の橋梁から高野線6001系の姿を。

501
阪堺線モ501形、雲の意匠が印象的だったころ。

7001


南海本線7001系、1001系「四国」号のない南海本線は当時の僕にはもの足りない路線だったかもしれない。

高速道路と緑の電車の組み合わせ・・シンプルさがかえって都会のイメージだ。

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