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こう@電車おやじ

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2016年6月

2016年6月30日 (木)

35∼40年前の加古川付近。

今回と次回で加古川・宝殿あたりの写真を見ていただこうと思う。

山陽本線のこの付近は僕にとって鉄道趣味を始めた原点ともいえる場所であり、これまでにも何度か本ブログには出している。
今回も、既出の写真もあるが、データはすべて再スキャンし改めて画像処理による復元作業を行った。

今回は加古川駅前後のあたりの写真だ。

過去ログは以下の通り。

加古川市野口町、山陽本線昭和58年・春「サロンカーなにわ」ほか
今、あらためて加古川駅
加古川駅

加古川駅から東へ約1キロ、当時そのあたりは田んぼが広がっていて、列車の撮影には好適な場所だった。

Ef65132

ずらりと並んだワム80000を牽引するEF65132・・

今のEF210と同じように、当時のロクゴはそれこそ、いくらでもやってくる撮影意欲のあまり湧かない機関車だった。

Photo_2

ワムの並んだ様子・・

フイルム代、現像代に悩んでいた僕がこういう写真を撮影するのは珍しい。

Ef66

EF66のサイド。

この機関車は正面から見るよりこういう角度のほうが男っぽく見える。

113

113系快速電車の連結部分。
よく見ると前後でタイプが異なる。

原型タイプとユニット窓・シールドビームが特徴の300台か。

111

その電車の最後尾。

夏場だと思うが、車掌氏は上着を着用している、初夏のころだろうか。

28

キハ28・58系の急行列車。

ドア横には「指定席」の札が・・

道理でこの車両が外から見ても空いているように見えるわけだ。

117

117系新快速。

この日、なぜかここでは列車の頭の流し撮りばかりしていたようだ。

Photo_3

加古川駅構内、これまでも何度もブログに出しているが、今回、北口を撮影したネガが見つかった。

キハユニ15、3号車が一緒に写る。

Photo_4

キハユニ15 3の様子。

当時、加古川気動車には3・6・9の3両のキハユニ15がいて、この3は正面窓の補修が独特の雰囲気、そしてサイドの客車窓とともに、異色の存在だった。

Ef65eh10

加古川橋梁。

加古川橋梁もこれまでに何度も出している。

まずはEF65牽引のコンテナ列車と、EH10の出会い。

Eh10

非常にゆっくり走っていたEH10の後ろには巨大な貨車が巨大な物体を載せている。

僕がこれまでに見た大物車シキの中でもこれだけ大きなものは、この時だけではないだろうか。(操重車、ソのようです。ご指摘ありがとうございました)

Eh10_2

こちらはEH10初期型。

パンタグラフが中央寄りになっているのが特徴。

Ef58

EF58が荷物列車をけん引していく。

次位にあるのはスニ44か。。

83

クモニ83が単行で走っていく。

多分、ツリカケの音を心地よく撒きなが走っていったのだろう・・すべては記憶の中だ。

2016年6月11日 (土)

昭和58年、南海電車大和川あたり

夏の暑い日だったと思う。

なぜにここを訪問したかは覚えていないが、その日の暑さだけは記憶にある。
今回は主に高野線、阪堺線だ。
(なお、前にも書いたが本ブログでは南海電鉄の車両で高野線6201系までの系列については、末尾の数時1の系列名を、本線10000系以降の系列については末尾の数字を0にした系列名を採用している。また今回、サザンの10000系車両は登場しない)

6001


当時の主力、6001系。
ステンレス無地の車体が今となっては神々しくさえ感じる。
バッド社の技術では南海独特の柔らかいデザインは難しかったようだが、メーカー、鉄道会社の努力で見事に形になった好例。
美しく、上質な電車だ。

6101


6101系、今、6300系と名を変えて健在だ。

側面の下降窓が新しい時代を感じさせる。

6114


6101系、6114のサイドビュー。

なぜに今の南海はあんな派手な意匠を、このような美しい車両に施すのか・・疑問ではある。

61016201


6101系と、当時の最新鋭、6201系が出会う。

この6201系は今、VVVF化とともに、大掛かりな更新工事を施され健在である。

220014


高野線急行用、22001系が行く。

この風格!

緑色の時代の南海は、阪急に勝るとも劣らぬ風格を持っていたといえば言いすぎか。

22008


22008サイド。

2ドアのスマートなデザイン、ただ、このころ高野線急行の混雑は激しかった。

220005


その編成の難波より、22005サイド。

これほど均整の取れた通勤車両というのはなかなか存在しない。

3000


泉北高速3000系、当時はまだ100系もいたと思うが、南海6201系に合わせた3000系も撮影していた。

今も健在だし、一部が南海に移って活躍している。

200013


当時の高野線のクイーンといえばこの電車、20001系だ。
列車は極楽橋への「こうや」号。

私鉄界最高峰のデラックス電車でありながら、一編成しか製造されず、長年、孤軍奮闘してきた名車といえる。

200012


その列車が接近する。
今のように高倍率のズームレンズは一般的ではなく、単焦点レンズのためにいったん決めたアングルからの脱却は難しい。

全景を撮影できないまま。。列車の接近を迎えた。

20001_2


サイドビュー、当時とてデザイン的には古さも感じさせたが、この雰囲気!

私鉄の華やかさを振りまいて、沿線乗客の羨望を集める。

20001_3


後部。

時刻表をきちんと読まず、それゆえ、中途半端となった一世一代のスターの姿。

だが、今となってはよくぞ撮影していたと当時の自分をほめたい。

6001


移動中、国道の橋梁から高野線6001系の姿を。

501
阪堺線モ501形、雲の意匠が印象的だったころ。

7001


南海本線7001系、1001系「四国」号のない南海本線は当時の僕にはもの足りない路線だったかもしれない。

高速道路と緑の電車の組み合わせ・・シンプルさがかえって都会のイメージだ。