フォトアルバム

プロフィール

フォトアルバム

こう@電車おやじ

小説サイトSTORY http://e-maiko.blog.ocn.ne.jp/story/ 鉄道掲示板 http://6551.teacup.com/kouzou/bbs プロhttp://pr.cgiboy.com/02653710/フィール

« 2016年3月 | メイン | 2016年5月 »

2016年4月

2016年4月24日 (日)

南阿蘇鉄道を訪ねた日

この度の熊本・大分両県にわたる地震災害において、亡くなられたすべての方のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災されたすべての皆様が一日も早く普段の生活に戻られますよう、深くご祈念申し上げます。
また、南阿蘇鉄道はじめ被災地の鉄道路線が一日も早く旧に復することができますようお祈り申し上げます。

昭和61年8月、すでに僕は国鉄は休職として、写真屋でアルバイトをしながら基礎を教えてもらっていて、なかなかまとまった休日を取るのは難しかったが、友人たちと九州への旅行に出た。
その時、広島→筑豊→長崎→島原と旅をして、熊本から大分に向かう途中に立ち寄ったのが「南阿蘇鉄道」だ。

65


熊本を朝立って、立野へ向かう・・朝の急行に乗ったのか・・記憶が飛んでいて判然としないが熊本9:29「火の山1号」で向かったものと推察される。立野駅でのその急行列車。
立野での接続は非常によく、すぐに高森行きの軽快気動車に乗ったように思う。

Photo


そのまま高森まで行った・・記憶はないのだが、今回、ポジを探し出してみるとしっかり高森駅が写っている。

Photo_2


高森駅構内と思しき場所に停車しているMT2000形。2連で停車している。

2b


構内の2連を駅外からだろうか。

2


その反対側。

Photo_3


トロッコ列車編成、当時、いまだ雑誌等に記事がなく、ただ、交通新聞あたりで情報を仕入れてここに来たように思う。
で・・国鉄の構内入換機が、堂々と旅客列車編成に使われているのに非常に驚いた。

Photo_4


この日、次の「阿蘇白川」駅まで歩いたように記憶している。
距離としては4キロ弱、歩けない距離ではないのだが・・その「阿蘇白川」駅。

Photo_5


ここでは喫茶店が営業中で、ピラフをいただいたように思う。
喫茶店の女性はとても素敵な方だった印象が残っている。
阿蘇白川駅のホーム側。

Photo_6


さて、多分、ここに行きつく前に撮影したのだろう。

トロッコ列車がやってきた。さきほどのDBに挟まれた編成だ。

さほど暑かった印象がない・・写真で見る限り、阿蘇高原の空気は涼しげだ。

B


トロッコ列車がゆく。

時速20キロほどだろうか・・恐ろしくゆっくりした列車だ。

C


今のように高倍率ズームなどない時代、短焦点レンズを付け替えても十分撮影できる速度だ。夏空の下、なんだか超越した感のある列車が遠くなっていく。

C_3


しばらくして、下り(つまりは登り)のトロッコ列車がやってきた。

今度は気動車を一番後ろにつないでいる。

D


この列車も気動車が後押ししているとはいえ、低速だ。

Photo_7


列車が視界から樹々の向こうに・・

このあと、阿蘇白川から列車に乗り高森へ・・
高森駅での写真はその時に撮影したのかもしれない。

Photo_8


超越した時間を過ごした僕らは、やがて立野に帰ってきた。大分行きの急行列車までは時間がたっぷりあって、立野駅周辺でぼうっとしていた。
立野駅舎。

Photo_9


立野駅に停車する南阿蘇鉄道の軽快気動車。

47


国鉄の普通列車。

B_2


阿蘇の外輪山を背景に、おとぎの国のような列車が目の前をゆっくり進んでいったあの風景はあれからちょうど30年がたった今でも忘れることができない。

どうかどうか、阿蘇の地の人々よ、災害なんかに負けず、踏ん張ってほしい。
そして愛すべき小さな鉄道もどうか旧に復することを!!

2016年4月13日 (水)

奇跡の急行型電車も!七尾線近郊型電車。

北陸新幹線開業後、一般的には「国鉄急行型電車」は絶滅したと思われていた。

しかし、何の運命のいたずらか、413系近郊型電車の七尾線投入に伴い、この系列と同じ扱いを受けてきた急行型457系のクハ455が2両、413系とともに七尾線に転属、絶滅したはずの急行型が奇跡的に生き残るという事態になっている。
今回はそのクハ455と、今現在の同僚ともいえる413系、そして一部が413系により置き換えられたといってもまだまだ健在の415系800番台の現状と過去を見てみたいと思う。

まず、七尾線といえば交流電化の北陸本線に接続しながら、直流で電化された路線であり、それゆえ、交直両用電車が必要になったわけだが、当時、全国からかき集めて運行された急行「きのくに」格上げによる増発特急「くろしお」へ転用→「くろしお」381系統一、福知山線電化用に再転用→特急「北近畿」運用となった485系の交流機器類を撤去、183系化したその機器を再利用、福知山線に走っていた初期113系を中心としたグループに交流機器を搭載、七尾線用415系と相成った次第。

415800


写真が2010年の七尾線415系800番台。

113800


この系列・番台区分の大半の車両が福知山線電化当初に各地からかき集めた113系初期型で、800番台を名乗っていた。

写真が福知山線登場当時の様子。

113800_2


この初期カラーリングは悪くはなかったと思うがすぐに変更されてしまった。

0406415


つい先日訪問した、桜の咲く横山駅での415系800番台。

0407415800


車内、座席配置は113系とは大きく変わった。

0406415800


座席の様子。
シートピッチが大幅に拡大され、座席もよくなった。

しかし、これでは座席定員の減少が著しく、JR西日本ではこれ以降の近郊型リニューアルでは転換クロスが導入された。
転換クロスだと扉間に5列が確保され、七尾線の様式よりは座席定員の増加が図れる。

0406415800_3


こちらも桜咲く宝達駅での様子。

0406415800_2


夕刻の中津幡駅での415系800番台。
通勤時間帯には3連を二組6連でも走り、旺盛な需要にこたえる。

413


さて、富山にいた413系は5編成が「あいの風とやま鉄道」に移管、残り6編成が七尾線へ転属してきた。
写真が「あいの風とやま鉄道」富山駅高架ホームに入線した413系。

4136


413系は国鉄がその末期にせめて車体だけでも新しい時代の近郊電車にしたいと、従来の急行型電車の古い車両を車体乗せ換えで登場させた車両だ。
国鉄時代の6連で走る様子。

413_2


倶利伽羅に停車中の様子。

しかし、国鉄、その後のJR西日本の財政事情から、せっかくの更新系列も11編成を作ったところで終わってしまい、それは今までのこの系列のすべてになってしまった。

0406413


七尾線では順次茜色と言われる地域一色塗装への変更が進んでいて、この色合い、この系列の電車にはとてもよく似合うように思うのだ。
桜咲く横山駅、跨線橋から413系を俯瞰・・屋根上のAU13クーラーがこの電車が元々は急行型であることを示している。

0406413_2


横山駅で上下列車が並ぶ様子。

0406413_3


北陸地域色、青色の編成もまだ一本、残っていた。

0407413


413系電車の車内。

気動車のキハ47に似ているが、電車は気動車より車体長が1メートル短いので、ドア間のボックスシートは一組少なくなっている。
ドア横の風防がこの電車が寒冷地を走ることを示している。

クロスシートは471系などの座席をひじ掛けを撤去するなど改造したもの、ロングシートはこの電車登場直前の廃車発生品だが座席枠を近郊型の寸法にして取り付けている。

11編成すべてが松任工場による自作で、短期間によくもこれだけの品質のものを大量製造したものと、当時、国鉄工場にいた僕は思ったものだ。

0407413_2


さて、こちら先だっての旅で訪れた七尾駅での413系の様子。この編成は2編成だけクハ455をTcに連結している編成だ。
クモハ413-4。

04074557012


そのクハ455-701、ホーム側から。
完全に過去のものになったはずの国鉄急行型電車がどっこい、しぶとく生きてくれたわけだ。

0407455701



編成全景。
急行型クハにあるはずの前位側戸袋窓がないし、写真反対側の運転台から数えて最初の窓は固定化されている。
これは、この電車がサハ455からの改造車だからだ。

0407455701_2


前頭部をサイドから。

0407455413


413系中間車、モハ412-4との連結部。

0407455701_3


車体中央部、車番とその付近。

0407455701_4


車内の様子。

急行型の特徴である出入り大仕切りは撤去され、ロングシートが延長、クロスシートの数が413系に揃えられている。

0407455701_5


クロスシート部分。
数が減らされても、やはりこの雰囲気は急行型独特のものだ。
荷棚や天井のAU13吹き出し口も国鉄急行型ゆえ。

0407455701_6


その座席、窓側のひじ掛けが急行型であったことを象徴する。
薄茶色の壁面は昭和40年代前半までの国鉄優等車両の証だ。
特急・新幹線もこの壁面だった。なお、座席間のテーブルは撤去されている。灰皿のビス跡が見当たらないから、禁煙化後に化粧板の張替が行われたのだろうが、化粧板の色合いを替えなかった工場の担当者に拍手。

0407455702


洗面所が残っていた。

普通列車用の車両としては全国唯一ではないだろうか。

つまり、特急や団体、波動用途以外の車両でこれがあるのはクハ455の残存2両のみということになる。

古き良き列車旅の余韻を今に残す車両でもあるわけだ。

昨年までの北陸線急行型電車は近郊型に適応した改造をいろいろな形で受けていた。

475_4


これは出入り台仕切り撤去、半自動ドアに改造された更新車の車内。
車内化粧板も交換されている。

474


こちらは車端部ロングシート化だけが施工された車内。
その部分以外は、ほとんど原形のままだ。

0407413455


クハ455を連結した編成が中津幡駅に入るところ。

2015455


実はこのクハ455をつないだ413系編成を僕はこれまでもたびたび目撃している。そのころは急行型475・457系を追うのに必死で、413系の仲間になったクハ455には興味がわかなかったというのが正直なところ。
それでも撮影した写真から・・昨年冬の魚津駅。

2011455700


こちらは2011年の大聖寺駅にて。
今にして思えば、この時、もう少し編成状況が分かるように撮影していれば・・

このときはまさか、この車両が国鉄急行型最後の一般運用の2両になるとは思わなかった。

2011455412


それでも、編成のクハ455とモハ412の連結部は撮影していた。

ここで、少しだけ、かつての急行型の北陸路での在りし日の姿を・・

Photo


大阪駅に停車中の急行「ゆのくに」。

Photo_2


武生を発車する急行「立山」

475


急行列車の運用間合いによる普通列車、倶利伽羅峠にて。

413_3


倶利伽羅に停車中の普通列車、「タウントレイン」の看板を付けている。

475_2


倶利伽羅峠にて下り普通列車。

475_3


たぶん、その列車の後追い。

0407455701_7


奇跡的に、わずかに2両が生き残った国鉄急行型の末裔・・

どうか、一日でも長く生きてくれよと・・祈りながら、僕はこの電車に再会を期すのだ。