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こう@電車おやじ

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2016年3月

2016年3月30日 (水)

春のうた

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Facebookグループ、「国鉄・私鉄の思い出」では時に僕が「お題」を出して。参加されている方々の力作を投稿してもらっているが、桜の開花にちなんで「春鉄」のお題としたところ、いつもよりさらに盛況に、しかも、華やかな力作がそろうという素晴らしいことになった。

本ブログはこのグループの親元であり、ここでも「春」にちなんだ写真を出しで見ようと思う。

基本的に本ブログにおいては未公開の写真でまとめてみた。

2300

地元、山陽電鉄線、須磨浦公園での1991年の作品集から。

満開の桜の中、可愛い風貌の山陽2300系電車が行く。

7000

車番はわからないが、当時の状況から見て阪急7000系か・・桜の中に電車の頭が見えた。

7020

阪急7020F、当時の僕はソフトフォーカスが大好きで、しかも半逆光気味の写真作りが好きだった。女性ポートレートの手法だが、何も列車までそうしなくてもいいのにと今になれば思う。

70208219

その阪急7020と阪神8219?が出会う。

7022

阪急7022F・・このころ、日曜日の阪急は普通列車のみの乗り入れだった。特急ということは平日の撮影だろうか。

7023

阪急7023F、こちらは普通列車での乗り入れとなっている・・

同じ日に撮影したはずなのだが・・

7101

満開の桜の先を阪神赤胴車がいく・・形式・番号は不明だが7001系あたりではなかろうか。

7111

阪神7111、やはり阪神といえばこの色合いとこの顔立ちだろう。

須磨浦公園駅で並ぶ阪急・阪神。

82297223

阪急は7223、阪神は8229と読める。

3050

山陽3050系トップナンバー、3050F。

5000

山陽5000系トップナンバー、5000F。この頃、山陽5000系は6連が三編成できたばかりで3連・4連が基本だったと思う。

沿線小学校生徒の作品を中吊にした「クレヨン」号だ。

5002

こちらは5002F、看板は「潮干狩り」だ。

5602

5602、編成は5004Fのはずだ。

5605

桜の下を清々しいアルミ色の電車が走る。

5605だ。

2000

ちょっと違う場所の春の風景も。。

九州は遠賀川、直方市の筑豊電鉄線・・春というより早春の雰囲気だ。

菜の花畑の上を連接電車が走る。

1200_2

菜の花をアップにして、電車をぼかしてみた。

最近、なかなかこういう勇気が出ない。

Hot7000

智頭急行線開通まもないころ、恋山形付近でのHOT7000系気動車。こうしてみると、この気動車の先頭貫通バージョンは国鉄気動車特急の雰囲気を今に受け継いでいることが分かる。

103最近の撮影も・・

大阪環状線桜ノ宮駅の103系電車。

いよいよ103系にとって最後の春になるのかもしれない。

63526353

阪急嵐山線松尾駅・・

専用車となった6300系が春を満喫しているように見える。

5603

須磨浦公園駅、3年ほど前の撮影だ。山陽5000系5603、6連化され直通特急で走る。まもなく夜桜の時間帯だ。

3012

最後に再び1991年の春へ・・

山陽3012F、姫路へ向けて去っていく・・

時は流れる・・毎年来る春も、限りある人生にとってはまた限りある出会いでもある。

2016年3月 4日 (金)

加悦鉄道、鉄道営業の記憶

加悦鉄道の在籍車両のすべては、今も「加悦SLの広場」で見ることができるし、一部は動態保存もなされ、時としてイベントで動く姿を見ることもできるので、「思い出」としてはそれほど珍しいものではない。

だが、今の加悦駅舎があるのはかつての鉱山駅跡地であり、加悦駅はかつては町の中心部にあった。

ここでは、営業していた当時の加悦鉄道をしのんでみたいと思う。

Photo


初めて訪問したのは京都からの急行列車でだっただろうか、丹後山田まで神戸からえらい時間がかかったように思う。友人と丹後山田駅。昭和53年ごろか。

丹後山田はのちに野田川、さらに現在では与謝野と名称を変えた。

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駅に停車していたのはキハ51で、もとをただせば芸備鉄道の大型気動車、大型ながら前後にバケットを持ち、かつてはキハユニということだから合造車だった由・・芸備鉄道国有化ののち、舟木鉄道を経て加悦へ来た。

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ホーム側から見た様子
この閑散とした駅でも国鉄急行が停車したように思う。

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キハ51の車内、行商人らしいおばあさんが乗車してきた。

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運転台、なぜにもっと上から撮影しなかったのか不明・・向かいの座席に座ったままで撮影しただけか・・

列車は、貧弱な線路を船のように大きくローリングしながら進んだ。これと似た乗り心地は京福電鉄福井支社での南海11001形運用の列車で感じたことがあるが、あちらは少なくとも時速70キロ近くは出ていた。こちらは自転車程度の速度だが別府のハフ7よりも乗り心地は悪かったように記憶している。揺れると座席どころか窓枠までもが同じように揺れた。

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加悦に着いたキハ51。

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特徴的な駅舎とキハ51。

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キハ51のおでこ。。

083


加悦鉄道には何度も訪問していて、実は白状すると神戸からドライブではちょうどよい距離でもあり、ガールフレンドを連れての訪問も数度あった。

これは雪の残る車庫風景、キハ083がいる。

Dc351083


DC351とキハ083、ターンテーブル。

Tmc100


除雪用TMC10、キハ101。奥に083。

101


キハ101、珍しい片ボギー、バケット付きの珍車といえるがスタイルは明朗、すっきりしていて当時から好印象を持った。

101_2


こちら、キハ101のモノクロ。

1013


キハ1013、当時とてすでに珍しくなりつつあった国鉄キハ10が入線した。

1013_2


女の子が一緒だと、ついついこういう写真を撮ってしまう。

キハ1013のソフトフォーカス・・案外、こういう写真が好きだったりする。

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廃止直前だったか・・代替バスの新車両と並んだキハ51。すでに、この代替バスも廃止され、今、この土地には阪急系、丹後海陸交通の路線バスしか存在しない。

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冬の田園を走るキハ083、キハ51よりもっとローリングが大きかった。ただ、さすがに国鉄形で作りはしっかりしていた。

3104


当時からある保存車両も・・

サハ3104、休憩室に改造されていたがまだ原型も残っている。今、レストランに改造されたこの車両から原型を想像するのは難しい。

3


ハブ2、ハフではなくハブとしているのはなぜなのか、今もってわからない。

10


ハ10、加悦鉄道自社発注の客車。大阪の梅鉢鉄工所製造。

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ハ10の車内、わずか数キロの鉄道にしては上等の客車だ。

4995


ハ4995、国鉄、明治期の面影を残す貴重な車両、実は足回りだけ使って車体は廃棄されていたが、のちに別の車両の足回りと組み合わせ復元されたとのこと。

Db201


DB201、森製作所製の唯一の現存機関車と言われている。

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蒸気機関車、2号機。

無煙化を達成すると、過去の機関車などは廃棄されるのが通例だが、加悦の経営者たちは過去の車両も文化財として大切に保管してくれた。元々は国鉄京阪神鉄道の123号で、今では重要文化財に指定されている。

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蒸気機関車4号機。

今の長野電鉄にあたる河東鉄道の4号機が前身。

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蒸気機関車1261号機。

国鉄木次線の前身にあたる簸上(ひのかみ)鉄道出自の機関車。

最初の訪問の際は、この後宮津線で豊岡に出て、急行「白兎」に乗車、米子から「さんべ5号」で九州入りしたように記憶している。

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ついでながら、豊岡駅の急行編成。

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豊岡に停車していた国鉄の新車、まっさらのキハ47、それから30有余年、いまだにこの系列がここを走っているようになるとは思いもしなかった。

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加悦鉄道廃止のその日、昭和60年5月1日、友人たちと例によって北端方面へドライブに行った折、無理を言って加悦鉄道を少しだけ訪問させてもらった。

廃止記念列車と鉄道ファンたち、今、活躍されておられる方、僕の友人の中にもこの中におられる方があるのではなかろうか。

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その時の加悦駅。

別府鉄道や岡山臨海鉄道と異なり、ゆったりとした風景の中に溶け込んでいた加悦鉄道、今、SLの広場としてきちんと整備されているのはとてもうれしいことだ。

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最近の写真から・・

復活運転されたキハ101、関係者の方々の努力に頭が下がる。