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2016年2月 9日 (火)

電化直前の布原付近

今回は昭和57年6月の電化直前、伯備線布原信号所付近でのネガから・・撮影はこの年の春ごろと思われる。

なお、すべてモノクロ写真だ。

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布原近くの西川橋梁を下り特急「やくも」が行く。

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その列車の食堂車、キサシ181、所要3時間少々の列車ながら食堂車も営業していた。

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キハ20を先頭にした伯備線列車、キハ20・55・25・47・最後尾はキユニ26だ。

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そのキユニ26がトンネルに吸い込まれていく。

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今度は上り特急「やくも」、当時唯一の気動車による「L特急」だった。

1812_2

列車が接近する・・速度はゆっくりと表現できる程度だ。

1814

この列車にもキサシが・・伯備線特急は全列車、キサシ、キロ組み込みだった。

備中神代駅に近い俯瞰ポイントから・・

47備中神代駅にほど近い俯瞰ポイントから・・

キハ47の2連、芸備線列車だ。

当時、すでに電化が近い伯備線列車の改善は電車で行うこととし、新車のキハ47は芸備線列車への投入か。

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キハ47の2連が布原信号所に停車する。

昔も今もここに停車するのは芸備線列車のみだ。

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急行「伯耆」、キハ28系だが、もちろん、キロも連結している。

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同じ急行「伯耆」だが、先頭車の正面窓がパノラマミックウィンドウ、キハ28系列最終増備車だ。

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列車が接近する。

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伯備線普通列車、キユニ26・キハ47×2・キハ55・・

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こちらはキユニ26・キハ55・58・26・47・40だろうか・・気動車らしい楽しい編成だ。

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下り特急が行く。

屋根上のラジエーターがないのが先頭車と食堂車だ。

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列車が去っていく。

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上り特急がやってきた。

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接近する・・編成が長く、画面に入りきらない。

1813_2

西川を渡る。

この直後、僕はクルマで電化後のこの地へ行くのだけれど、それはまた後日・・

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コメント

こうさん、こんにちは

今回の伯備線気動車普通列車の写真は参考になりました。
流石にこの時点では(所謂)10系は無いものの
20・55・40各種混ぜての「無限かと思われるほどの
組合せの多様性」楽しい時代ではありました。

猫宮とらおさん>

そういえば、10系が入った異形式混結列車って・・・篠栗線で見たのが最後だったかなと思います。
国鉄気動車は特急形以外はどれも連結可能・・
究極の標準化がなされた結果があの楽しい異形式混結だったわけですね。

 布原というとD51三重連です。折しもSLブームで、D51三重連のポスターは全国至る所に貼られていました。その当時、SLはCMや紙面においても大活躍でした。私もD51三重連を撮りに行きたかったのですが、その当時は中学生だったので叶いませんでした。
皮肉なことに三重連は鉄道100年の47年10月を迎えずに、3月のダイヤ改正時に廃止になったように記憶しています。
 SL廃止後、駅に昇格した布原駅を訪問しましたが、お立ち台の山の斜面もすっかり樹木が生い茂り、かっての面影はありませんでした。
車でも訪問しましたが、一車線の細い薄暗い道で対向車が来たらどうしようかと、ヒヤヒヤしながらハンドルを握りました。その道から一気に下ったところに布原駅があり、人気もなくあの賑わいが嘘のようでした。

L急行鷲羽さん>

特別なトワイライトの運転で、その地を訪問した数人の方から「とても昔のようには撮れなくなってしまった」と伺っています。
鉄道ファンが来なくなり、木々が生い茂り、展望も開けなくなってしまったのでしょうね。
あの場所、きちんとしたお立ち台でも作ってくれれば、昨今の国鉄車両ブーム・・結構、人気が出たかもしれません。

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