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2015年10月

2015年10月30日 (金)

Photo Archive・国鉄特急色を思う

今、これを書いているのは10月30日の夜で、今日は国鉄・JRの歴史にとっては忘れられない日になりそうだ。パソコンに向かいながら手元には愛飲の焼酎をお湯で割ったグラスを置き、もう、このまま日が変わってもいいような気がしている。

というのも、関西における381系電車の定期運行が終了すること、すなわち国鉄特急色を纏った車両の定期運行が終了するという日になった。ここでいう国鉄特急色とは、昭和33年10月に登場したモハ20系電車→151系→181系電車の纏った肌色の地色に濃い赤の窓回りというあの色合いだ。

今年はこの色合いが誕生してから57年ということになり、一つの色合いがそのまま半世紀以上にわたって続くのはこれは如何にこの色合いが日本の気候風土に合っていたかという証左でもあるだろう。

181中学生のころの拙い写真だが181系「とき」の凛々しさにはこれを見に来てよかったと思ったものだ。

僕は関西在住だから東北・関東方面への縁は余りないのだけれど、少しだけあるコレクションから出していくつもりだが、過去には485系上野駅の記事もあるので、そちらも参考にしていただきたいと思う。

485国鉄と言えば「つばめ」、この名称の列車が国鉄特急色だったのは151系時代と481・485系になってから、それも昭和50年3月までだ。

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「なは」倉敷駅で・・

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秋田駅での「たざわ」「つばさ」、今やどちらも新幹線ルートとなった列車だが、「たざわ」は「こまち」にとってかわられた。

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こちらは「いなほ」

80国鉄特急色は気動車特急にも・・

「まつかぜ」キハ80系、武田尾での撮影だ。

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北海道にも特急気動車・・キハ80系「おおぞら」、開業直後の千歳空港駅近くで。

485_3こちら九州の「みどり」編成が留置線で休んでいるところ、関東から転用のクロ481が並ぶ。

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こちらは「有明」先頭車はクハ481-1だ。

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「かもめ」原田にて。

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「あいづ」上野駅で、クロ481はこの列車のために生まれた。

我が父祖の地は会津から下野にかけてで、今もわずかに親族があり、かつてはこの列車にも好んで乗ったものだ。

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国鉄特急色は四国にも・・

多度津付近のキハ181「南風」・・

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「しおかぜ」、周囲の様子がまさに当時の国鉄を思い出させる・・松山駅。

485_4北陸路には「雷鳥」、11連中、サロ2両、サシ1両という今では考えられないデラックス編成だった。

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こちらは上野と北陸路を信越経由で結んだ489系「白山」

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「雷鳥」ボンネット型先頭車。

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最終期の「雷鳥:先頭の展望グリーン車は「スーパー雷鳥」のもので、後に国鉄特急色に塗りなおされた。

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最近まで走っていた183系電車の「ムーンライトながら」

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北海道では新型電車特急も当初は国鉄特急色を纏っていた。

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そして新型気動車特急も・・キハ183「北斗」

この塗装を纏った国鉄車両としては、151・161・181・481・483・485・489・781・キハ80・キハ181・キハ183、そして、後に塗装が変更され特急車の仲間入りをした準急用157系と非常に多岐にわたり、日本全国の津々浦々にまで、特急と言えばこのカラーを印象付けた。

よく考えると、国鉄の走っていない沖縄県以外のすべての都道府県でこの色合いの列車が優等列車の代表である「特急」だったわけだ。(奈良県には短期間だがキハ80系の定期運用があった)

緑の色が濃い日本の風土には緑の補色である赤系統の色合いが良く似合うものなのかもしれない。

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山陰本線久谷付近でのキハ181系。

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宮津線、キハ181「あさしお」

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冬の武田尾、キハ181「まつかぜ」

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余部橋梁、キハ181「あさしお」

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伯備線布原、381系「やくも」

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倶梨伽羅峠、キハ80系「ひだ」

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須磨海岸を行くキハ181「はまかぜ」

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須磨海岸の「シュプール」381系。

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本年初頭撮影、485系原色編成による「北越」、魚津駅で。

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さて、今回、北陸新幹線開業による「はくたか」廃止などにより転用された683系改め289系による置き換えとなった「こうのとり」「北近畿」系統の過去の様子も今一度・・登場当時の「北近畿」。

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183系に改造後の「北近畿」後部にキハ65、「エーデル丹後」を連結している。

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207系と並んだ183系「こうのとり」尼崎にて。

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尼崎での後追い。

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223系と並ぶ「こうのとり」、城崎温泉。

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新大阪での183系「こうのとり」

紀勢本線287系投入により余剰となった381系がまず、183系を淘汰・・

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381系「きのさき」、復元なった福知山城をバックに・・

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淀川をわたる381系電車の俯瞰。

「くろしお」運用ではオーシャンカラーと呼ばれる青系統の色合いに塗られていた381系だが、福知山・山陰系統への転用に際し、わざわざ国鉄特急色への復元がなされた。JR西日本からファンへのプレゼントだ。

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大阪駅での「こうのとり」、この編成はひとまず183系JRカラー車の置き換えに「阪和ライナー」から転用されたもので、この後、「くろしお」リニューアル車が入ると廃車されている。

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道場駅付近にて、381系「こうのとり」

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伊丹駅での様子。

381_5走り去る国鉄色381系・・もうこの姿を定期列車で診ることが出来ない・・

時の流れは致し方ないが、それでも「特急」とはこの色、それが消えることの侘しさは、やはり僕らの世代では避けようがない。

今でも、線路際に行くとこの色合いの特急列車が走ってきそうな気がする・・たぶん、僕の中では一生、国鉄・JRの特急列車といえばこの色合いなんだろうなぁ。

2015年10月14日 (水)

都電荒川線

日本の路面電車受難の時代、首都東京においても大阪や神戸と同じく路面電車=都電の廃止がなされていたけれど、専用気道が多く、道路交通への影響がほとんどない荒川線が残されていた。

これは非常に羨ましいことで、神戸や大阪ではこういった路線がなく、市電の姿そのものが街中なら消え去ったのに、東京では都電の姿がわずかに一路線とは言え、残ることになったのだ。

路面電車ファンを自認する僕としてはこの路線は見に行かねばならず、初めての東京訪問時にも京急・小田急・京王などと並んでこの路線を訪問したのは、僕の趣味の方向性が路面電車にも重きをなしていたことを意味するのだろう。

7058

さて、昭和52年の東京、大塚駅前の様子から・・まだ未更新の7000形7058号。

7077

こちら7077号。

7084此方は7084号。

線路の立派さに驚いたものだ。

75037503号、まだ原形の美しさを保っていた。

75032

去りゆく7503号。

70007000形の出会い。

75047022

ここよりはこの数年後、二度にわたって改めて訪問した際のスナップ。

更新された7504と7022の続行。

70127012号。

70187018号。

702575157025号と7515号。

70277027号が大塚駅ガード下の電停に停車する。

75087508号。

750827508号は大塚駅どまりだった。

75167516号。

75162

去りゆく7516号。

7504車内から7504号。

停留所は不明。

7515学習院下7515号。

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7000形の運転台。

7001早稲田付近か、7001号。

70107010号。

70167016号と鉄道ファンの方々。

このときに出会った年配のファンの方々には、僕が東京ものでないことが分かると散々バカにされたような話し方をされた。「城南だけど、知らないよね」知らんわ。。。

75207520号。

この風情は捨てがたいものがある。

75157025_2もう一度、大塚駅前の7515号と7025号、7000形は東海道線尼崎の西にあるアルナ工機においておるのをよく見かけた。

日本の路面電車が受難から発展へ・・そのきっかけになった車両であると思う。

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国鉄の線路上には非冷房の103系が。

Photo

2012年にここを再訪することが出来た。

あまりの激変ぶりに言葉を失った。

それでも大塚駅ガード下の電停には7000形も。

7025

そして30年ぶりに出会えた7025号。

 なお、白状すると・・僕はいまだに大塚駅前から三ノ輪橋への区間は未乗だ。

あの、地元鉄道ファンに馬鹿にされたことがトラウマになった・・わけではない。