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2015年7月 4日 (土)

加古川の青空

梅雨時の鬱陶しい時期、ときに青空が望みたくなるが、今回からそんな青空をモチーフにした写真を3回ほど続けたいと思う。 今回はJR化後の山陽新幹線加古川橋梁、それに未だ3000系が中心だった山陽電鉄の加古川橋梁だ。

時期的には昭和63年頃か・・

100

まずは山陽新幹線。 当時の新鋭、100系上り列車「ひかり」のサイド。

1003

下りにも100系が接近、まさに出会う瞬間。

1002

 ダブルデッカーと先頭車が行きあう。

100_2

下り列車の先頭車。

06

0系の6連がやってきた。 当時の「こだま」だろうか。

0

 0系の下り方サイド。

0_2

0系の上り方サイド。

30004

今度は山陽電鉄。 未だ5000系は登場していてもごく少数だった頃だろう。 写っているのは3000系列ばかりだ。 冷改、旧塗装の4連特急。

30004_2

非冷房、旧塗装の4連特急、中間に2000系改造の3550形を連結している。

30004_3

見上げる角度で・・こちらも冷改旧塗装の4連特急。

30503000

冷改3000系と新製冷房車3050系の出会い。

30504

3050系ニューアルミカー。

32003

3200形だろうか、冷改、新塗装の3連。

Photo

 最後に新幹線橋梁横に建設省の看板。

鬱陶しい梅雨の後、また今年も猛暑の夏が来そうです。 皆様にも十分、お身体ご自愛いただき、実り多き夏を過ごされますことをお祈り申し上げます。

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コメント

100系は歴代新幹線の中では乗る楽しみを最も備えていた車輌でしたね。
軈てリニアが開通すれば、あれも昔の悠長な列車に思う様になるのでしょうか。
最も需要がありそうなグランクラスさえJR東海は導入する気配もありませんから、100系レベルの接客は復活する見込み無しでしょう。
乗る気が起こりません。

この2つの橋梁、私にとってまさに日常の生活の中の風景です。美しい雲の切れ間ですね。走る車両は昭和の終わりの時を感じます。

青空に映える写真、素晴らしいですね。

以前は2階建ての列車は近鉄ビスタカーだけで、この頃は、まさか新幹線にまで2階建てが導入されるとは思わなかったです。

100系の優れた居住性は素晴らしく、普通車でもグリーン車並であるような印象を受けました。

 100系はアグレッシブなスタイルで好感が持てました。また、私のビジネスパートナーとしてよく利用しました。

 大活躍した100系も“こだま”用として短編成化することになりました。その際、先頭車が不足するので、中間車に先頭部を付けることになり、強度評価をすることになりました。

高速走行で応力の高い先頭車の役目を中間車が担なえるのかと少々疑問でしたが。
各部の補強や改造で大変だったことでしょう。

あづまもぐらさん>

JR東海の頑なさはちょっと他に例を見ないですね。
JR西や九州、JR東でさえも魅力的な列車を導入しているのにと思うとなんともはや呆れます。

キッコーマン専用線さん>

場所は高砂市内ですものね。
この頃を思うと、本当に昭和の鉄道車両の最後の意地のようなものを感じます。

TMさん>

ワタシも100系に乗車した時は驚きました。
0系からの急激な進化、未だにその頂点に達する車輌が新幹線にないのがちょっと不満ですね。

L急行鷲羽さん>

新幹線で唯一の先頭改造、よくやったものだと思います。
これも頑丈な昭和生まれの故でしょうか。

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