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2015年2月

2015年2月24日 (火)

トワイライトエクスプレス、様々な想いの終焉。

本年3月14日のダイヤ改正で、寝台特急「トワイライトエクスプレス」が廃止され、その最終運行は大阪、札幌をいずれも3月12日と言うことになった。

平成元年、関西から北海道への直通クルージングトレインとして運転開始され、その年のうちに臨時列車となり一般客も乗車できるようになった列車で、25年あまりの歴史、すなわち、JR西日本の表看板の一つとして四半世紀の長きにわたり活躍してきた列車だ。

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まずは、初期の倶梨伽羅峠での撮影から。 EF81114牽引の上り列車が来る。

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「トワイライトエクスプレス」僕の記念すべき最初の写真、だが、当日の天候が良くなく、茫洋とした雰囲気にしか撮れそうになかったし、あのヘッドマークの天使のイメージからソフトフォーカスを効かせた一枚となった。

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食堂車、スシ24が通過する。 電車特急の食堂車を24系に編入したクルマだ。

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ツインルームの設けられたダブルデッカー、オハネ25の520番台。

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一般的なオハネ25のイメージを残すコンパートメント車、オハネ25560番台。

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後尾のカニ24、大阪へ向け、ゆっくりと走り去る。

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この客車の改造工事の写真、僕は国鉄退職後で、この鷹取での写真は友人のO君撮影のものだ。 オハネ25、520番台の鋼体。

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サロンカー、オハ25、550番台の鋼体。

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最後尾のスウィート、スロネフ25の鋼体。

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トワイライトの車両は走行距離が長く、したがって入場回帰が短く、いつも美しく整備されていた。 生みの親の鷹取工場が廃止され、業務を引き継いだ網干総合車両所での全般検査の様子。 2010年の様子。

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こちらは2013年の様子。 網干での二枚は工場公開の際の僕自身の撮影だ。

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京都へ出かけた際に、偶然キャッチした上りトワイライト、EF81114。

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その列車の後尾カニ24。

ここからは時系列は無視して、僕が撮影したトワイライトエクスプレスを北からご紹介しようと思う。 ただ、僕は北海道でのこの列車を撮影する機会には恵まれておらず、それは今後2週間でも到底変わるはずもないことから撮影場所は僅かに北陸線・湖西線があるが、ほとんどは東海道線に限られることをご承知おきいただきたい。 また、有名撮影地のものはほとんどないが、これは僕自身が大勢で群れることが好きではないという性格の問題もある。

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本年初頭、高岡にて、EF81114牽引、下り列車、このときは定時運行だったが、この後、豪雪に阻まれて札幌に行きつけなかった列車だ。

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その列車の機関車を流し撮り気味に・・

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列車の後尾から全景、機関車を入れて堂々11連の列車は、今のJRでは長大編成と言うべきだろう。 このときの客車は第一編成だった。

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湖西線永原での上り列車。

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千里丘での下り列車。EF81114。

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新大阪、駅南の歩道橋から。 EF81113とカニ24が写る。

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ツインルーム、サロン付のオハネ25510番台。

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スシ24、キノコ形クーラーカバーが生まれを物語る。

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新大阪に入線、EF8144の牽引。

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新淀川を渡る上りトワイライトエクスプレス。

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その列車が接近、編成全体が画面に入る。

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大阪駅に到着する上り列車を俯瞰。 連絡橋から。

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その列車の後尾、カニ2412。

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トワイライトを写メで撮影する女性。 トワイライトエクスプレスは間違いなく鉄道趣味の拡大に火を付けた。

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大阪駅で発車を待つトワイライトエクスプレス。 EF81113の牽引。

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機関車のサイド銘板、トワイライト用の機関車5両は密着自動連結器に交換され、乗り心地の大幅な向上が図られていた。

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カニ2413と機関車の連結部分。

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電源車、カニ2413

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この日、2月2日のトワイライトは2号編成だった。 9号車、オハネフ25502

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8号車、オハネ25562

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7号車、ミニサロン付オハネ25512

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6号車、オハネ25521

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5号車、オハネ25524

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4号車、サロンデュノール、オハ25552

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3号車、ダイナープレヤデス、スシ242、キノコ形クーラーが出自を表す。

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2号車、スロネ25502

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1号車、展望スウィート、スロネフ25502

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客車の後尾から見た2月2日、8001列車の列車全景。

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トワイライトエクスプレスの紋章、ステッカー仕上げだが上品な雰囲気に満ちる。

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塚本を通過する上り8002列車の回送。

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その回送列車が接近する。

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塚本駅を通過する下り8001列車の回送。

 

「トワイライトエクスプレス」は僕にとって「日本海」や「きたぐに」、「銀河」とは異なり、利用客としての思い入れはない。 けれども、長年、夜行列車運行を司ってきた宮原区の最後の夜行列車であり、最後の関西始発の夜行列車であるし、国鉄時代に整備を担当してきた24系25型には格別の思いいれのある僕にとっては、関西における最後の24系客車でもある。

利用客としての想いはなくとも、心情的に様々な想いがまさにここで終焉を迎えるわけだ。

最終運行まであと2週間、どうか事故なく、最後までその歴史が栄光に包まれたものであることを念願してやまない。

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梅田スカイビル屋上から俯瞰、下り8001列車回送。

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大阪駅を発車する下り8001列車、機関車と次位の電源車。

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大阪駅を去る最後尾スウィート。

 

2015年2月10日 (火)

京阪三条辺りほか

京都を代表する鉄道風景でもあった鴨川沿いの京阪電車の様子は、過去に何度かこのブログで紹介した。 今回は鴨川は出てこないが地上時代の京阪三条駅とその付近の様子だ。

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 まず、三条駅舎。 この駅そのものをさすときは「京阪三条」、駅周辺をさすときは「三条京阪」と呼んでいた。 同じ感覚は大阪の「野田阪神」と「阪神野田」にも言える。

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京津(けいしん)線は三条駅を出るとすぐに道路上に出て行くのだが、駅前の歩道橋は京津線をながめるのに具合が良かった。 80形82号が接近する。

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82号が駅に入っていく。

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その編成、後ろは81号だ。 駅の屋根の下に吸い込まれている。

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折り返し82号が四宮へ向かう。

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三条の次の停留所、東山三条、92号が停車する。 その電車から降りてきた観光客風の女性たち。 三条からわずかひと駅、数百メートルの距離だ。

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92号が発車していく。

人一人立つのがやっとの狭い安全地帯、バスと電車を待つ女性との対比が今となっては怖い。

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三条駅構内、京津線準急、268号。 京津線乗り場と、京阪線乗り場の間には屋根に覆われたちょっとしたエキナカの店舗があり、ここで乗り前の際によく食事をしたものだ。

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同じく京津線準急、278号。 京津線は路面乗降区間のある四宮までの普通電車が80形、そこから先、浜大津方面へ行く電車が準急の260・300形で、準急用電車には路面乗降用のステップは設けられていなかった。

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 京阪線ホーム、1805号。 特急車1800系の格下で、三扉化されていた。

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1805号の正面。 クラシカルに見えるが、軽量車体、カルダン駆動の新性能車だ。

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1800系の車内。 内装はピンク色だった。

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1805号が2200系と出会った。 それも2222という、希有な番号の電車。

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特急車、3505号。 急行に乗るために、特急車の車内を通行することが出来るようになっていた。

この車両はのちの3000系最後の一本であり、しかも、今、樟葉で保存されている。

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3000系3056の車内。 当時、国鉄グリーン車を上回る雰囲気だった。

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3110号の車内。 妻面の化粧板は、千代紙や金箔をちりばめたような粋な模様、妻面に飾られているのは広告ではなく、名画の複製画。

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3006号の運転台。 前後に動くマスコンは非常に斬新に見えた。

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鴨川沿いの線路の地下化工事がたけなわになってきたころ、夜行列車に乗る前の時間つぶしに京阪電車を訪れている。 ただし、駅は三条ではなく、七条だ。 1911号、1810系からの編入車だ。

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1923号、こちらは当初より1900系として製造された編成。

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1803号、1800系はまだまだ使えるカルダン駆動の機器類と、ツリカケ車の車体更新車600系から派生した車体とを組み合わせて生まれ変わった。 しかし、あの1800系の優雅さは消えた。

(今回の写真撮影時期は昭和52年ごろ、昭和57年ごろであると思う)