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こう@電車おやじ

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2014年12月24日 (水)

追憶、京都市電。

京阪神の各都市には市電が走っていた。 ただ、僕はそのどれも記憶には濃いのだけれど、残念ながら大阪・神戸の市電は僕がカメラを持つ以前に廃止され、ぎりぎりで間に合ったのが京都市電だった。

京都市電の廃止は昭和53年、僕がようやくカメラを得て京都に通いだしたのは昭和50年からで、神戸市電と京都市電の廃止が6年しか違わないのに、僕の個人データに神戸市電がまったく存在しないのはこのためだ。

さて、京都市電は以前にもエントリーしているし、ほかの鉄道と合わせてこのブログに登場しているが今回は僕にとっての京都市電の決定版としたい。 例によって既出の写真もあるがすべて再スキャンした。

また、カラーネガでの撮影が多く、幸い色データはほとんど残されていたが、復元・加工に相当の労力を要し、それが故、場合によってはわずかに当時の様子が再現できていない部分もあること、ご容赦願いたい。 なお、本ブログでの写真データのデジタル加工はすべて自力で行っている。

1800

1800形の正面、頭の様子からスタートだ。 京都市電ではほとんどの場合、当時、行先は表示せず・・(京都駅前とか烏丸車庫とか言うのはむしろ例外的)で、行先は白幕、腰の系統板で行き先を表していたし、ほとんどの系統が循環系統だった。

1616

京阪七条駅横の平面交差を通過する1616号。 1600形は当時すでにほとんどが廃車されていた。

1801

電停に迫る1800形トップナンバー1801号。 撮影から30有余年の時間が経過し、すでに撮影場所の記憶もおぼろげだ。 なお、当時の僕はほとんど、京都駅・七条・東山三条・元田中・北野の間で写真を撮影していた。

1801_2

その1801号が北大路をゆく。 この辺りでは激しく車体を揺さぶりながら、まさに快走という走りだった。

1802

1802号、東山線だったと思うが記憶はあいまいだ。 乗車料金が90円だったのが車体表記から窺える。

1804

1804号、撮影場所不明だ。 これも東山線だろうか。

1806

1806号、カーブをゆく。

1821

穏やかな夏の風景。1821号。 どこの電停だろうか。

1830

1830号、そういえば、この頃原動機付自転車の運転にヘルメットは必要なかった・・

1837

車内後部から撮影した1837号。 この当時、阪急で京都入り、嵐電に乗り換え、北野から市電で東山三条、三条から京阪でというのが僕のお気に入りの散歩コースだったがその経路だろうか。

1847

1847号、背景の建物はなにかの役所だろうか。

1850

1850号、整備された電停・・

1850_2

その1850号から降りた乗客・・夏の観光客といった風情。 市電があると、観光の道案内も分かりやすかった。

1852

1852号、背景にある寺院は三十三間堂だろうか。

1852_2

その1852号が去っていく。 市電は古都の風情によく似合っていた。

1853

22系統1853号、銀閣寺へ行く系統だった。

1855

1855号、サイド、電停はこれまた今となっては不明。

1867

1857号、東山通りだろうか。

1900

1900形車内の様子。

1918

1918号、1900形は1800形に比すとかなり近代化されたような印象がある。 場所はこれまた不明。

1920

七条通りだろうか、6系統の出会い。 1920号。

1920_2

京都駅前での1920号。このころはまだ運賃が70円だったことが分かる。

1920_3

1920号の運転台。

1924

1924号、端正で穏やかな電車だ。

1925

1925号から顔を出す子供たち。 この子たちは今、市電のことを覚えていてくれるだろうか。

1925_2

京都駅前の1925号。

1925_3

1925号の台車。

1926

 22系統、1926号。

1930

東山通りか・・1930号。

26092215

京阪電車2215号と出会う市電2609号。

2609

2609号、七条大橋を渡る。

2611

2611号、東山線でも北のほうだったと記憶するが・・

2611_2

カラーで、2611号のアップ。

Photo

1900形だろうか、叡電200形と出会う。 元田中。

Photo_2

乗車される普段着の女性たち。 電車は女性にも安心な乗り物だった。

Photo_3

市電線路を横断するスクーター牽引のリヤカー、ご夫婦だろうか。

Photo_4

 京都市交通局が復元したボンネットバス。

1816

タクシーの波の向こうに市電・・ タクシーはクラウンタクシーの時代。

1606

現在、梅小路公園において、長年、市が管理してきた市電の貴重な保存車が一般公開されるようになった。 こちらは1606号。

2001

こちらは2001号、京都市電最後の新車だが、僕はこの電車に乗ったことはあれど撮影ネガが出てこない。 こうして自由に電車を眺められるのは良いが貴重な車両が痛まないか非常に気にかかる。

20032003

伊予鉄道、譲渡直後の2003号。 京都市電の2003号だ。

19201906

広電1906号、元は上記の写真の中にある京都市電1920号で今も驚くほどに健在だ。

Photo_5

最後に、東山通り、クルマの向こうに市電・・ 古都・京都の町に最も似合う交通機関だった市電・・ もしも今、存在していたなら観光客の利用も多い広島市のように盛況な路面電車を目にできたにと・・ これはあのころを知っている人間の独り言でもある。

 

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追憶、京都市電。を参照しているブログ:

コメント

こんばんは。
先日広島を訪ねる機会があり、広島電鉄に乗った際に、京都市電から移籍してきた車両にも乗りました。車内にその旨のプレートが掲げられており、歴史ある車両なのだと分かりましたが、変に特別扱いされることもなく、
広島の街の日常に溶け込んで走り回っていました。
京都の市街地を走る路面電車の姿をお写真から想像し、楽しませて頂きました。
本年も、どうぞ、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

こちらこそ、よろしくお願いいたします。
広島での京都市電は扱いやすく、とても重宝されているようですね。
さすがは、日本最古の電車の末裔・・と言っていいかもしれません。

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