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2014年11月

2014年11月30日 (日)

近鉄めぐり、昭和50年代半ば。

関西の大手私鉄でもっともこのブログに取り上げた回数が少ないのは近畿日本鉄道・・近鉄で、これは僕がこの路線を嫌いというのではなく、ただ、僕の生活サイクルに近鉄が入り込んでくることが圧倒的に少ないからで、けれど、鉄道ファン、なかでも国鉄部内の私鉄ファンとして自認してきた僕が近鉄に撮影に行っていないなどということもなく、たとえば長谷寺や新祝園には結構な頻度で出かけていたりするのだけれど、思い入れというものは確かに少ないのかもしれない。

今回はその近鉄の中でも、支線を訪ね歩いた頃のお話だ。 撮影時期は昭和54年から57年くらいか。 当時の近鉄は急激な車両交代の時期にあり、支線区の旧型車もほとんど姿を消してしまっていた。

822

まずは生駒線から。 京都線から転用の820系が走っていた。 822号。

722

その反対側Tcは722号。

821

821号、限界の小さな奈良・京都線用に登場した中型の軽量カルダン電車で、側面などは国鉄の軽量客車のイメージすらある。

409

 数少なくなっていたこの路線の旧型車、400系、409号。奈良電鉄の生き残りだ。

309

その反対側Tc309号。

8531409

409号が8000系8531号と並ぶ・・駅はどこだろう・・平群あたりか。。車両の置き換えが急ピッチで進められていた。

824_2

820系は田原本線にも走っていた。 新王寺の824号。

52

大阪線で伊賀方面へ向かう途中、榛原で旧型電車による荷物電車に遭遇・・ 元をただせば大阪電気軌道(大軌)デボ1400形で、かの名車参宮急行2200新と同じ時代の大型通勤電車だ。こちらがデワ52。

11

こちらはデワ11。

5104

伊賀線、この前の時代には魅力的な小型車ばかりが走っていたのだが、この当時、名古屋線急行で鳴らした名優、6311形に置き換えられていた。 車番は変更され、5001形となった。写真は橋梁を渡る5104号。

5104_2

5104号のサイド。

5005

5005号、均整の取れたデザインは関西系大手私鉄の特徴だ。

5005_2

5005号の正面アップ。

5001

上野市の5001号。

5001_2

5001号の扉。 二段窓に合わせたデザインになっていた。

682

鳥羽線、すでに旧型車は引退していたが、奈良線から転用の680系が走っていた。 朝熊付近の切りとおしを行く682号。

5822

その反対側、582号。 奈良電鉄が自社発注した高性能車を近鉄で特急車に格上げ改造、さらに格下げで鳥羽線にやってきた。 格下げ特急車の冷房装置は撤去されるのがこれまでの近鉄の事例だったが、さすがに世は冷房時代に突入・・冷房装置も室内設備もそのままに格下げされた。

582

朝熊の582号。

582_2

 鳥羽の582号。

2616

 この時代の標準高性能車も・・ 2610系2616、クロスシート車、近鉄の近郊型だが、4ドア、オールクロスと国鉄とは異なる行き方をした。

1703

1703、南大阪線ラビットカーと同時期の車両、ほぼ同じ車体デザインを有する。

1201

1200系1201、当時のチョッパ制御の最新車両、こういう車両が走るのも特急が頻発する鳥羽線ならではか。

1101

旧型車の機器を流用した1000系、1101、機器流用とはいっても近鉄の場合、大型大出力の2200系あたりの機器で新性能車と同じダイヤが組めたそう。

30000

特急車両も少し・・ 登場したばかりの30000系、ビスタⅢ。

12200

12200系。

11400

11400系。

この当時、近鉄は特急車両は10数年で、一般車両もあの大出力大型車の2200系でも30数年で入れ替えをしていた。 今、近鉄は人が変わったかのように古い車両を大切に使っている。 経済事情もあるし、車両の品質もそれだけ良くなっているのだろうか。

2014年11月10日 (月)

トンネルと鉄橋・・福知山線武田尾旧線

福知山線武田尾付近の旧線についてはこれまでも何度もこのブログでエントリーしているが今回はやや濃いというか、今思えば、なぜにわざわざこのような場所で大量のフィルムを消費したのかと思えるような場所。 トンネルとトンネル、その間に鉄橋があるという・・ 童謡「汽車ポッポ」では・・ 鉄橋だ鉄橋だ楽しいな

とか、 トンネルだトンネルだうれしいな

とか・・ 子ども心には、トンネルや鉄橋は楽しくうれしいものであるらしい・・ で、今回の写真は昭和54年から57年頃のもの・・僕は成人式の前後で子供ではないが・・ま・・今もそうだけれど心の中は汽車好きの子供だったわけだ。

場所は武田尾駅から西へ、武田尾温泉旅館街のその先の草山トンネルと大茂山トンネルで、多分足場の問題からか・・僕はいつも大茂山トンネル側から撮影していた。 撮影しても当時の最低でも機関車牽引4両の旧型客車列車では列車の全景が入ることはなく・・ それでも何かが面白くて通い続けたのは確かだ。

Dd51

山間のトンネルからDD51が鼻先を出す。

Dd51_2

轟音とともに機関車が目の前を通過する。

Dd513

3両目までの客車、大阪行きのサボがかろうじて読み取れる。

Dd51_3

 やや俯瞰気味の位置・・つまりはトンネルの上から。 DD51と次位の客車の屋根が見える。

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2両目と3両目の屋根も見える 2両目はスハ43、もしくはオハ47か。 3両目の屋根は鋼板で、オハ46だろうか。

Dd5133

 最後尾はオハフ33。

Dd51_5

 列車はあっという間にトンネルへ吸い込まれていく・・レールジョンとの軽やかな響きの余韻が残る。

28

キハ28系の下り急行列車がトンネルから飛び出す。

28_2

接近する、先頭車は非冷房車だ。

2828

紫煙と轟音をあげて気動車急行が通過していく。 中間にも非冷房車が入っていた。

Photo

静寂な緑濃い山間、ぽっかり空いたトンネルにヘッドライトの光彩。

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キハ82が顔を出す。 当時わずか2往復の特急「まつかぜ」だ。

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短い鉄橋を渡るのは一瞬のこと、目の前を先頭車が通過していく。

3

特急気動車の流麗な車体が緑の中に一瞬の都会を持ち込むかのよう。

4

特急の長い編成。

82

これは別の日。 同じ特急「まつかぜ3号」だ。 トンネルからふわっと浮かび上がるかのよう。

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特急気動車のサイド・・この日は珍しく線路すぐそばで撮影していた。

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大茂山トンネルに消えていく特急列車。

Dd511181

トンネルの暗闇に巨大な目のような光が・・

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DD511181がトンネルから顔を出す。

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DD511181接近。

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DD511181眼下を通過。 猛烈な轟音、濃い紫煙、どこか懐かしいディーゼルの排気が谷あいに広がる。

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一昔前の急行列車のような美しいスハフ42が次位だ。

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3両目は当時、数を減らしつつあった軽量客車ナハ10、4両目はオハ35の戦前型。

Dd511181542

 5両目はスハフ42で、この後ろ2両は付属編成のようだ。 オハ35、オハフ33が続く。

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キハ28の上り急行。 「丹波」だ。

2

急行の2両目。

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急行の4両目。

Photo_5

最後尾。 この写真は上記のキハ28急行より数年はあとだ。 急行気動車の冷房化が完了している。

2_2急行列車が去っていく。

Dd511190

下り普通列車。 DD511190牽引の列車が顔を出す。

Dd511190_2

DD511190が接近する。

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 眼下を機関車が通過。 猛烈な轟音、懐かしいような排気が一瞬広がる。

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客車たち・・スハ43系一党にさりげなく混ざるオハ35。 客車たちは静かに淡々とレールジョイントを響かせ、鉄橋をこだまさせながら通過していく。

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43一党の後ろにはナハフ11の姿が・・

Dd51119010_2

ナハフ11とマニ36、スユニ50だろうか。

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 たたずむトンネルと鉄橋。 列車の来ない長い時間は山間の静粛があたりを支配する。 川のせせらぎ、鳥の声・・

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 大茂山トンネル銘板。

今のJR宝塚線となったこの区間からは想像もできない、列車と山と谷と河と鳥とそして湯治客の楽園だった武田尾・・全ては過去の夢の中へ。

2014年11月 6日 (木)

名鉄岐阜市内線と美濃町線。

前回に続き名鉄岐阜地区。 600ボルト線区のうちで今回は岐阜市内線と美濃町線だ。 今回は昭和54年頃から57年ごろの様子だ。

この二つの路線は使っている電車の雰囲気は似ているけれども、相互に直通することはなく、運用は完全に分離されていた。 この点では常時岐阜市内線と直通していた揖斐線を市内線と合わせるのが都合がよいけれど、市内線と美濃町線を一緒にしたのは、僕のこの三線の写真データのバランスの都合と解釈していただいていい。

513

まずは揖斐線の続き・・急カーブで有名だった徹明町を曲がる揖斐線急行513号。

550

岐阜市内線550号。 岐阜の電車、特に長良線は道路が狭く、急な曲がり角が多く、同じ地理条件で活躍し、廃止された北陸鉄道金沢市内線の電車を持ってきて使っていた。

552

 岐阜駅前、552号。 国鉄駅前は、地下道や安全地帯もきちんと整備され、新岐阜駅前よりは落ち着いた雰囲気だった。

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552号の公園前での様子。 岐阜市内の道の狭さが窺える。

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やはり552号、新岐阜。 安全地帯はなく、ロープと白線で区切られただけの停留所だった。

553

新岐阜、パルコ前の553号。 夜景・・「柳ヶ瀬ブルース」

二度と会えない、人なのに、なぜか、心が、また痛む・・

554

 忠節橋554号。 こちらの路線に小型車が入ると、さらに小さく見える。

556

新岐阜556号。 この狭隘な場所で大勢の乗客をさばいていたのだ。

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伊奈波付近だろうか、狭いカーブを曲がる557号。

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雨の長良大橋558号。 金華山が雲に隠れる・・

この近くに国鉄の保養所があり、市内線があった時代は頻繁に利用した。

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 長良北町564号。 ノンシル・ノンヘッダ、やや近代的な外観だ。

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伊奈波だろうか、564号。

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徹明町交差点564号。

572

忠節572号、こちらには通常の路面電車サイズの電車が主力だった。

573

 忠節、573号。

574

新岐阜574号。

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徹明町だろうか、忠節線と長良本線が出会う。 575号と558号。

575

 新岐阜夜景、575号、向こうに見えるのは571号。

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美濃町線、美濃591号。 小倉号とはどういう意味だろう。

600

上芥見における600形。 転換クロス、高床式の不思議な電車だ。

601

野一色だろうか、美濃町線主力車両が顔をそろえる。 手前は601号。

603

上芥見の路上、603号。 生活道路上を電車が走っていた。

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新岐阜を出る603号。 複電圧車だが、ホームは各務原線とは別だった。

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 札幌から来たモ870形と新型モ880形が並ぶ。 野一色か。

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そこへモ600形も加わる。 今思えば夢のような景色だ。

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 モ870形、札幌出自の優雅なデザインで、側窓はこの頃には全てが開閉式に改められていた。

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ホームとは言っても道路の延長だ・・ 野一色、モ870形。

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徹明町874号。

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上芥見の路上を行くモ880形.。

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夕日を浴びて連接車が快走する・・モ880形上芥見。

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夕闇が迫る中、ヘッドライトをつけてモ880形が路上をゆく。 この風景を僕らは失った。

872

徹明町872号。

Photo

 最後に美濃の駅舎。

なお、岐阜地区3路線はまだまだ撮影に通っていて、この後の時代のものもいずれ公表したいと思う。