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2014年10月13日 (月)

色とりどりの名鉄神宮前・昭和52年

昭和52年、飯田線を見に行った帰り、神宮前駅でしばらく名鉄の電車を眺めた。 その時の飯田線はこちら

このころ、名古屋鉄道=名鉄の電車はまだスカーレット統一がなされず、本線系は3種類、岐阜地区の路線もそれぞれに個性的な色合いを魅せてくれていた。 当時の岐阜地区の様子などはこちら

さて、神宮前・・今とは違い、広々とした空気感を感じられるターミナルで、電車の撮影にもうってつけだった。 なお、写真撮影にはオリンパスのコンパクトを使い、ブレ、フレーミングのおかしさなどがあるがご承知いただきたい。 また、原板がすでに40年近く前のものであり、かなりフォトショップで補正・復元しているがお見苦しい点もあるかと思われる。こちらもご容赦いただきたい。

831

まずは濃い緑色、800系。 モ831・・名岐の名車800系の流れをくむ車両で、正面が改造されているが、小気味良くまとまったサイドビューはまさに戦前の大私鉄を思わせる。

2403

戦前の名鉄を代表する流線型、クリームと赤のツートン、3400系、写真はク2403だが、この系列はのちの改造によりTcにパンタグラフを装備している。 「高速」表示は当時、自由席特急の名称を変更したもので、非常に斬新に見えたものだ。

2554

戦中戦後の3550系、緑色のク2554、3ドアロングシートだが、アウトラインが良く、均整のとれたデザイン、正面が改造されていて、往年の名車の印象とは異なる。

2652

こちらも戦中の3500系、スカーレットのク2652、元は2ドアで計画されたが戦時ということで3ドアで登場、戦後、2ドアに改造された姿。 正面デザインが原型で、オリジナルのよさを感じる。阪急920・810系にも通じるスタイルの良さである。

2856

3850系スカーレットのク2856・・幅広の窓、張り上げ屋根・・旧型電車の中ではこれまでの車両と一線を画した車両で、サイドだけ見れば旧型電車には見えない。

2830

3800系、クリームとスカーレットのツートン、ク2830。 戦後すぐの規格型電車だが、規格型それ自体が名鉄800系と似ていたために違和感はなく、この10年後まで活躍していた。

3771

3770系、スカーレットのモ3771。 HL車の車体更新車で、外観は新しいが下回りは非常に古く、性能も低かった。 当時はほとんどがクロスシート車。

3780

3780系番号不明。 高運転台、二連の側窓、冷房付き、車内に目をやれば一人掛けと二人掛けの転換クロスという近代的な電車だった。 ただし、性能は3700シリーズと変わらずHLの低性能だ。

3863

3880系モ3863・・ 東急3700系を譲受した系列で、実際に乗車した感じも何となく違和感を覚えたものだ。 大手私鉄間の20両もの車両譲渡は非常に珍しい。

5000

5000系急行、こちらが岐阜方。 パノラマとはまた違った意味で強烈に名鉄を印象付けた系列。 独特の高加速・激しい騒音、揺れを伴った走りはまさに都市間電車の王者という印象があったものだ。

5000_2

5000系急行の後追い。 正面窓に桟が入っている。

5200

5200系高速。 国鉄153系に先じたパノラマミックウィンドウ、国鉄サロに先じた2連の下降窓、5000系とはまた印象の異なる好デザインだ。 ただし、側窓はこのすぐあとに2連2段のユニット窓へと改造される。

7000

パノラマ7000岐阜行き特急。 名鉄が名鉄である所以こそこのパノラマだと、僕は今でも信じている。

7000_2

パノラマ7000特急「三河湾」・・蒲郡行き特急がこの名称だったように思う。 今の名鉄に支線区直通特急は少ない。

7300

7300系による河和行き急行。 車体は7000系中間車、足回りはALという変わった電車だが、支線乗り入れの特急・急行が多くこの系列で運行された。

7300_2

7300系の本線普通。 更新車にあってもパノラマスタイルを採用した名鉄の意地は今何処へ・・

7500パノラマ7500による犬山行き特急。 7500は7000のさらに上を行くはずだった電車だが、結局、その高性能を生かすことはできなかった。なお、名鉄に関しては今回、かなり写真をスキャンしているので今後も2度ほど続くつもりだ。 かつて、広電と名鉄は僕の中の双璧だった。 名鉄の華やかな時代の記憶を可能な限り出していきたいと思っている。

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コメント

名鉄神宮前駅は私の母親の実家に行くのに必ず降りる駅です。唱和52年はよく行った年でしたので懐かしさも有ってコメントしてしまいました。東海道線と競い合うように走ってましたね。

フルダヌキさん>神宮前、本年初頭に再訪しました。
あまりの変化に驚き、走っている列車の変化にも驚き、立派になったJR東海の電車の様子にも驚きました。

もう最近は電車利用で行く事も減り、クルマはかりになります。時代がそうしました。
私は奈良在住ですので、関西線の今は無き
急行春日も何回か利用しました。当時は近鉄のビスタカーに乗りたくて、親を困らせたのも
懐かしいです。

フルダヌキさん>

私も普段の移動は大半がクルマですね。
でも、機会あるごとに鉄道を使うようにしています。
こちらは町の中なので案外、鉄道を使うほうが楽で安いということもありますが・・

急行「かすが」懐かしいですね。
ビスタカーも乗りたくて、そして実際に乗ってしまいました。

こんにちは。
私が初めて名鉄を訪ねたのは数年前、最後に瀬戸線に残っていた吊り掛け車も既に廃車になり、今の名鉄の車両陣になった後でした。
お写真を拝見しまして、様々な出自の車両を、ときに車体だけ更新しながら走らせていた当時の名鉄に、改めて魅力を感じます。パノラマカーの特徴もさることながら、やはり吊り掛け駆動の車両、本線を走る姿を見てみたかったものです。
名古屋駅の地下ホームは、独特な雰囲気だったのでしょうね。
今日もお写真、楽しませて頂きました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

風旅記さん>

大変レスが遅れ、誠に失礼しました。
名鉄の魅力は何と言っても混沌であり、そしてその混沌の中の車両はいずれも優れたデザインの名車ばかり、ローカル用の車両でさえもキハ20のあのムードを併せ持つ、優れた感覚のものでした。
今の名鉄、大手私鉄の一角とすればその中での個性は際立ちますが、やはり、当時の混沌には遠く及ばないものがありますね。

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