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2014年7月27日 (日)

JR化直後の北海道、昭和62年6月。

昭和62年、国鉄の休職期間が終了し、それまで勉強がてらお手伝いさせてもらっていた写真屋も、これ以上学ぶことがなく、結局辞めてしまい・・それではと心機一転、専門書の書店の社長に勧められるまま入社したものの・・どうも自分の思う方向ではない気がして・・たった二日勤めただけで辞めてしまい、その日の夜、大阪駅から急行「きたぐに」に飛び乗ってしまった。 とりあえずの行き先は北海道・・そんなときの写真だ。

以前に音別は出したが、その音別の未公開写真から。

Jr183

音別にて・・太平洋沿いを走るキハ183「おおぞら」

以前の音別は以下。

「音別の海と列車」http://kokutetu.blog.eonet.jp/117/2013/06/post-0441.html

 

Jr781

 函館本線光珠内にて。 781系「ライラック」

Jr781_2

 ライラックのアップ。

Jr781_3

 光珠内駅を通過する様子。

Jred76518

 ED76518牽引の51系客車列車。

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 キハ183系初期型、「オホーツク」・・画像の色情報が飛んでおり、モノクロ加工した。

Jr183_3

構内をゆくキハ183系「オホーツク」カラーのままで・・

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 千歳線植苗にて・・711系電車。

Jr56

 キハ56系の普通列車。

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 こちらはキハ56系の回送。

Jr183n

 キハ183系新型「北斗」、これもモノクロ変換した。

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 キハ183初期型「北斗」、上記と同じくモノクロ変換。

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 千歳空港711系。

Jr711_3

 711系電車が発車する。 この電車が間もなく引退だとか・・僕ら世代にとっては、北海道の電車といえばこの系列だった。

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 朝里にて・・こちらも711系。 特に小樽と札幌の間ではこの電車ばかりだったが、デザインも乗り心地も良く、飽きることがなかった。

Jr

 朝里の駅舎。

Jrex

 苗穂に停留していた「アルファトマムエクスプレス」、リゾート列車の走りだ。

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 その列車の中間予備車に色だけ塗り替えたキハ56がいた。 札幌で。

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 釧網本線北浜にて。 夏空の下、キハ22。

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 別の列車の後追い。

Jr222

 ポジの色再現性は今も健在、ただし、コントラストが高くなる。 北浜のオホーツク海岸をゆくキハ22。

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 原生花園近くの橋梁にて・・キハ54。

Jr_2

 北浜の駅舎。

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 北浜駅のキハ54。

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 厚岸(あつけし)でのキハ22・・夕日に照らされる。

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 厚岸キハ53、本来のキハ53とは異なり、キハ56系を両運転台改造したもの。

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 網走のキハ183「オホーツク」

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宗谷本線。 夜行急行「利尻」で稚内へ向かった。 6月、日が長く、夜行列車は午前3時には明るくなった茫洋とした大地を走っていたように思う。 勇知という駅で撮影。 DD511093牽引の急行「宗谷」。

Jrdd54

機関車の後追い。

Jr14

 当時の「宗谷」は14系座席車と寝台車を合わせた編成で、寝台車が指定席だった。

Jr14_2

 14系客車の後追い。 高砂で改造した車両も多く含まれる列車だ。

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 キハ40228・・道内ではキハ22からの世代交代が進んでいた。

Jr53504

 キハ53504。 急行塗装を維持した車両は外観だけでもデラックスに見える。

Jr_3

勇知の駅舎。、ワフを改造したもの・・稚内から急行「天北」で旭川へ戻った。 長い編成の14系客車はがらがらで・・ゆったりと茫洋とした景色を眺めての旅となった。

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 旭川駅の風景・・停車しているのはキハ54急行「礼文」。

 

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 函館本線桂川(けいせん)・・海はなぜか悲しく、風がやまないところだった。 キハ183「北斗」。

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 桂川、キハ22の普通列車。

風がやむことが少ないのだろう、沿線の家々の窓にはビニールが張ってあったのが強く印象に残っている。

このときは10日ほど北海道に滞在しただろうか・・ 列車での車中泊が中心だったが、3回ほどビジネスホテルや木賃宿も使った。 宿帳の職業欄、まさか「無職」と書くわけにもいかず、「写真屋」と書いた。

翌月から神戸の写真スタジオで働くことになるけれど、それはまだ、何の話にもなっていない・・危うい空気の中での北海道滞在だった。

この旅行の写真ではモノクロ原板のものがまだ未公開だ。 それは、また機会のあるときに・・

 

 

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コメント

私も62年の夏に北海道を訪れました。お写真の「アルファ」車両や「フラノエキスプレス」等が話題になり、14系客車の長距離急行や、特急「おおとり」等、魅力ある列車群をワイド周遊券利用で堪能したものでしたが、6月に北海道を訪問した際、苗穂に「フラノエキスプレス」が朽ちた姿で留置されているのを目にして胸が痛みました。今日からキハ183系特急が運行再開。JR北海道の前途は厳しいでしょうが、なんとか立ち直ってほしいと思っています。

ふそうやましろいせひゅうがさん>

この時期、北海道の列車には何となく大きさというような・・魅力がありましたね。

JR北海道、キハ183Nの復活とともに、今後に期待したいです。
次に見に行ける時には堂々と走っている姿を観たいものです。

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