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2014年5月 4日 (日)

可部線の72系電車

可部線については以前の「可部線ロクサンと太田川橋梁」も合わせてごらん頂きたい。 前回はまさに、僕にとっての「思い出」の部分だった。 今回、少し電車に力点を入れようと思う。 ただし、僕はここの電車を知り尽くしているわけではないので、写真を見られてご存知の方があればご教示いただきたいと思う。

63形電車・・いわゆるロクサン電車は戦時設計の電車であり、評判も良くなく、特に桜木町事故の悲惨は、この電車のイメージの悪さを際立たせたと思う。 国鉄は戦後も落ち着いた頃になってこの63形を72系として再編し、戦時設計のお粗末さを改めて面目を一新しようとしたようだ。 けれど、72系最初の新製車はロクサンの面影を濃く残すものだった。

尚、この路線にはクモハ73形としてのトップナンバーが存在し、僕も撮影したはずだが、独特の形態が写るネガが見つからない。

(後日、この写真が出てきたのでここで掲載する)

73001

この写真のみ6月1日掲載、

可部線クモハ73001・・太田川橋梁

それでは、ロクサンの面影を濃く残す電車から。

72

可部に停車中のクハ79+クモハ73。 当時の可部線72系はすべて2連で、可部側がクハ79、広島側がクモハ73だった。 この編成のクハは正面は初期形の原型、側面窓は簡易アルミサッシ改造されたもの。

72_2

 このクハ79の正面。

722h

 横川におけるクハ79は、正面窓のうち2枚がHゴム改造されたもの。 側面窓は簡易アルミサッシ改造のようだ。

72h

 このクハ79は、正面窓が3枚ともHゴム支持、側面窓は原型三段窓。

72_3

 更新クモハ73。 台枠以外の車体を新製して、全く新品のように仕上げたバージョン。 大田川を渡る。

72_4

 その編成の反対側か。 正面傾斜窓、側面三段窓のクハ79。 上八木ー中島間にて。

72_5

 正面窓が傾斜したタイプ、まだ半鋼製で、側面窓は三段だ。 上八木駅方向からやってくる。

724

 4連の編成が河を渡る。 この橋梁はややカーブしていた。

724_2

 これも4連が大田川を渡る。 各車それぞれ微妙に異なる編成だ。

72_6

 顔がよく見えないが、埋め込みヘッドライトに側面の簡易アルミサッシ。 横川近くで。

 

72_8

横川へ向かう正面原型、側面簡易アルミサッシ改造のクモハを先頭にした4連。

72_7

 横川近くの大田川を渡る更新クモハ73先頭の2連。

72h_2

 風変わりな雰囲気を持つクハ79、正面窓は三枚ともHゴム支持だ。 横川にて休憩中。

72_9

 保線の人たちが退避する横を通過する72系電車。

72_10

 広島駅だろうか。 停車中のクモハ73の古色蒼然とした雰囲気。(ご指摘をいただき、海田市だと判明しました。ありがとうございます)

72_11

 クハ79のアップ。 正面窓は傾斜し側面は三段窓。

72_15

上八木駅での様子。

72_16

電車の側面。

72_12

 クモハ73の車内。 ニス塗りの車内が、今見ると清々しいような気持ちになる。

72_14

運転台。

722h_2

 カラーでの4連の写真。 ロクサン電車はここ、可部線で地域の中へ溶け込んでのんびりと余生を送っていた。

72_13

 最後に沿線で出会った子供たち。










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コメント

国鉄63形と言えば私鉄に割り当てられた車両がありますね。
小田急・南海・山陽など。
自分は63形改め72系には乗ったことがないですが
私鉄に割り当てられた後更新された南海1521形や山陽2700系に乗った記憶はありますね。

幼稚園通園・小学校通学の途中に古市場踏切があり、京浜東北のプレートを側面に着けた73系はモーターの唸り音と共に子供時代の原初の鉄道風景として記憶に残っています。
まだ省線の呼び名も生きていました。
原型車、たまに来る美しい全金車統一編成、前面中窓だけ縦長の更新車、一部の上段窓だけHゴム化された車輌、いろいろ走っていましたね。
5+3の8連で、横浜線でもよく乗りました。
軈て103系に追われて便所付に一部は改造されてスカ色化の上4輌ユニットとなって御殿場線へ移りましたが、そこでは73系最長の12連運用も生まれて、最後の華を見せました。
高いモーターの唸りの力行から惰行運転中でもまだ唸っているかの様な走行音が懐かしい。
最後に乗ったのは今は華麗に変身した富山港線でした。

えびちゃんさん>

僕の場合、国鉄といえば・・茶色の72系でした。
同じ茶色でも阪急と比べたら・・ぼろいなぁ・・っていうのが、子供ながらの感想でした。。。


あずまもぐらさん>

そうそう、富山港線にも走っていましたね。
あんなに好きじゃなかった72系を追いかけて全国を巡るなんて・・自分でも不思議に思ったものです。
今、103系を追っかけしているのも不思議です。。

海田市にも行かれたんですね。広島駅でなく海田市2番線、上り貨物線です。午前中に一本だけ海田市発可部行きありました。

EF5881さん>

ありがとうございます。
そういえば・・海田市に行ったような・・
記憶が曖昧です。

こんばんは。
連続コメント失礼致します。
1両ごとに異なっているとも言える程のバリエーションですね。各車とも必要なだけの補修や改造を行っていた結果でしょうか。
今は、105系が走っていますが、台車や機器類が再生品の3扉車、常磐線各駅停車時代の面影を強く残す4扉車、72系程ではないですが、やはり他から寄せ集められた古い車両とも言えます。
今度は新車が入るようですが、可部線の歴史の中で初めてのことなのかもしれませんね。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

風旅記さん>

いつもありがとうございます。

可部線の72系、もしかしたら、車両の転属を計画した担当者が、相当、72系に思い入れがあるのかなと・・思わせるような陣容でした。
こういうことは結構よくあることで、大井川鉄道の依頼に応じて客車の手配をしたものの・・オハ35一党では相当マニアックな陣容になったり・・

こういう現場の心遣いがまた嬉しいですね。

新車が入るのはもしかしたら・・私鉄時代の広浜鉄道以来かもしれません。。

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