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2014年5月

2014年5月31日 (土)

国鉄高砂工場トップページ

僕がかつて在籍した国鉄高砂工場について、これまでも拙ウェブページ、また、このブログで紹介してきたけれど、近い将来、ウェブページについては閉鎖を検討している。 これは、ブログ、SNS全盛の今にあって、ウェブページというものを個人が運営することの意味合いが薄れてきたからに他ならない。

その前に、まず、ここでトップページとしてブログの1ページを作っておき、ここから過去の高砂工場へのリンクを見ていただけるようにしたいと思う。

まずは、初公開、既出含めて写真を・・

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高砂工場、外部向けのパンフレット表紙。

 

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キハ81、実はこの写真の後方右側、もう1両の特急気動車が写りこんでいるが、これは、同じキハ81だ。

2

 そのもう1両のキハ81を・・ 紀勢線「くろしお」で1往復だけ走っていた名古屋直通列車に使われていた車両で、この2両が最後のキハ81、うち1両が解体直前に大阪の交通科学館へ移籍したのは前に書いたとおりだ。最後に残ったキハ81は3と5で、保存されたのは3、この写真のどちらがそれなのかは今となっては判別できない。

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 ブルートレイン、14系客車の極寒地向け改造工事。 これは改造工事中。

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 出車作業中の様子。

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 完成して試運転を待つばかりの様子。

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 「サロンカーなにわ」は14系座席車を改造したものだが、その改造途中の様子。 これは7号車の、サロンと座席を併せ持つ車両の鋼体工事。 丸妻を切り妻に改造している様子がわかる。

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 こちらは中間車の出場、出車工事の様子。

Naniwa

「サロンカーなにわ」完成、報道公開。

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 郵便、荷物輸送からの撤退で、集められた郵便車、荷物車の廃車解体待ちの様子。

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 20系から24系に編入されたカニ25の解体待ちの様子。

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 そのカニ25の屋根。

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 キハ35と並んだカニ25。

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 キロ28、更新改造のための車体鋼体だけにする工事。

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 並んだ廃車車両の屋根・・ 張替えたばかりの屋根布も見え、もったいない限りだ。

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 マニ612203、荷物車の中で最も美しかった最初から荷物車で生まれたマニ61をカラーで・・

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スロ601・・保存前提で誰かがここに残したのだが、結局、朽ち果ててしまい、解体された。

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キハユニ153・・加古川線で人気のあった車両だ。

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 廃車解体作業の様子。 軽量客車が転がっている。

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 解体された車両の鉄くず・・ これだけで、元の車両がわかる人はいるのだろうか?

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20系客車、ナハ21、運用中の様子。

Photo

 お座敷客車のしおり・・ この原本が行方不明だ。

以下に高砂工場関連記事へのリンクを表示させていただく。

国鉄高砂工場

国労と高砂工場

お盆の高砂工場

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高砂工場昭和54年5月8日入場待機線

国鉄高砂工場 外部向けパンフと車両たち

国鉄高砂工場でのちょっと濃い写真

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国鉄高砂工場廃車留置線

国鉄高砂工場 昭和54年出車作業場ほか

昭和54年5月8日、国鉄高砂工場旅客車主棟

貨車なのか、客車なのか

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荷物車

夏のオハ41

20系客車

22

軽量客車

最初の客車

12系客車

50系客車

81

失敗の話

出車

入場作業

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高砂線関連も。

「国鉄高砂線廃止直前の高砂駅と高砂港駅

高砂線

Miyabi

なにわ、みやび関連。

サロンカーなにわ

なにわとみやび

みやび

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2014年5月25日 (日)

福井鉄道140・200形の頃

国鉄の現場で始めて忘年会で行った先が山代温泉、その翌日、僕だけ皆と外れて、旅館を早くに出発し、福井へ向かった。

往路の特急「雷鳥」でのドンちゃん騒ぎが嫌になったのもあるが、何より折角、北陸に来たのだから私鉄の一つくらいは見ていきたかった。

福井駅前に路面電車よろしく停車していたのは、僕が電車という固定観念を抱いていたものとはやや違うような・・非常に個性的な200形連接車だった。

 200

 福井駅前の200形急行。 この風景を見た瞬間にかつての山陽電車を思い出し、一気に福井鉄道が身近に感じられたものだ。

200_2

 200形の車内。 座席は113系タイプの狭いものだが、座席のカバーに私鉄らしさがあふれている。 後に、座席のピッチを広げる改造がなされた。

130

 さて、この日の訪問ではまず、武生に行き、そこから今はなき南越線に乗った。 写真が当時の南越線、2両だけの所属電車130型で、発車前にホームに停車中。

130_2

 後ろにもう1両、130形があった。これは交代用の車両だろう。

130130

 反対側から見る乗車電車・・乗客は数人だったように思う。

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 社武生という駅名だが国鉄福井駅からの跨線橋も通じていて、小さな駅舎があったように記憶している。 駅員さんに「終点まで」といって「くりたべ?」と、終点の読み方を訪ねると「あ~~あわたべね」と教えてくれた。 その粟田部駅に到着・・降りるおじさんは「旨い蕎麦屋がある」とか言っていた。

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 稲刈りの終わった田んぼで電車を待った。 さっきの電車が折り返してくる。

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 電車のサイドビュー。 近代的で、素っ気無い外観だがなんと自社製造・・当時の福井鉄道の技術力はすごかった。

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 電車が去っていく。 低く垂れ込めた雲はまもなくやってくる長い冬の前兆か。

180

 武生に戻る。 福井鉄道の駅は国鉄駅のやや福井よりにあって、「武生新」という駅名だった。 駅舎の写真は今回は出てこなかった。 写真は駅へ入る160形。

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 武生新における110形。

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 こちらは発車する200形急行。

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 西武生駅近くで160形の普通電車。

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 200形の急行が街中を分け入ってくる。

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 同じ場所でカラー写真も。 田原町行きの普通、160形。

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 通過する200形の連接部。 裾の曲線が美しい電車だ。

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 福井へ向かう200形急行。 福井鉄道は当時、電車の正面に番号を入れなかったので・・1両ごとの車番が、写真では全く分からない。

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 福井市内の様子・・ 併用軌道を行く110形。 この電車は正面の方向幕がなく、行先板を使っていた。

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 140形143号が併用軌道から専用軌道に向かう。 この編成は140形の中でほかの2本とは違う顔立ちをしていた。

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 143の編成が専用軌道の複線区間を武生へ向かう。

140こちらは140形の後2本のどちらか。 福井新に入るところ。 140形は長野電鉄300形と名鉄900形の、他社から譲り受けた5両、それに自社にあったモハ42を種車に、自社で大改造して誕生したグループで、昭和54年ごろの登場、いかに車体更新車でも昭和も50年代半ばにこういう電車が出てくるのが・・すごいところ。 この側が長野300形からのもの。

Photo

 福井新にて、ホッパー車。

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 福井駅前に停車する140形。 この色合いは後に改められたときのもの。 福井鉄道140形の、シルヘッダがある18メートル車体、運転台側に偏った扉配置の2両連結、そして転換クロスシート・・まるで京阪が誇る日本最初のロマンスカー1550型→後の600形そのものではないかと・・京阪600形は当然見たことがないけれど、そう思ったものだ。

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 200形が市役所前のカーブを曲がる。 連接車が必要なほどの急カーブではなけれど、道路交通法の適用をうけるために、電車の全長が新車の場合のみ、31メートルに制限されるとのこと・・それゆえの連接車だった。

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 110形と140形が出会う。 市役所前。

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 田原町に停車する140形。 なんとも、不思議な乗換駅だった。

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 三十八社という駅があり、その駅名にも惹かれるが、周囲の長閑さに福井鉄道を訪問した際はここで写真を撮影するようになった。 駅は古風ないでたちだった。

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 福井鉄道は近代化が進み、この地方の豪雪に耐えるように、ポイント部にスノウシェルターを設けていた。

 

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スノウシェルターを140形が通過する。 パンタグラフがある方が元の長野電鉄300形。

 143_2143の編成がスノウシェルターを通過していく。

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 広い田園地帯を瀟洒な200形電車が快走する。 福井鉄道は中小私鉄にしては速度が高く、時速70キロ以上は出ていた。 連接車特有のジョイント音が響く。

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 110形が行く。 ポジも経年劣化する・・画質が粗いのはご勘弁を。

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 三十八社の駅を200形の急行が通過していく。

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 福井鉄道には電気機関車もある。 古典的な凸型機で、まずは社武生で貨車牽引の状態で停車していたデキ1から。

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 デキ1とデキ3が並ぶ。

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 デキ3・・福武線は都市間鉄道で、旅客が中心だが、南越線は貨車輸送もあった。

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 こちらは福武線のデキ2。

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 デキ2の正面。

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デキ2の銘板。

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 さて、この時期からやや経って、福井鉄道を訪問したとき、車両の陣容に変化が生まれていた。 何より大きな変化は200形が急行運用の中心ではなく、静岡鉄道から移籍してきた300形が急行に使われていたことだ。 そのときの写真を一枚だけ・・

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2010年、2011年と、北陸線乗車のついでに、福井鉄道に立ち寄った。 これは2011年のもの。 華やかな夜景に似合う名鉄岐阜から転属の888号。 一瞬、ここは岐阜かと・・目を疑った。

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2014年5月16日 (金)

追憶:福知山線武田尾の風景。

今、古い写真やネガ、ポジを出して、昭和50年代の福知山線武田尾付近を眺めてみると、本当に隔世の感が強い。 これまでにもこのブログでは武田尾付近の写真を紹介してきたが、今回は新線開通直前の様子を中心に見ていただきたいと思う。

*過去ログはこちら。

電化前からの福知山線」「福知山線

その前に、武田尾付近の懐かしい様子から。

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秋・・陽の射す渓谷をDD51牽引普通客車列車がゆっくり進む。

 

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夏・・・緑深く、蝉の声が響く武田尾は都会のすぐ近くながら別世界のような風景が広がっていた。 DD51が牽引する普通列車、当時、珍しくなりつつあった軽量客車ナハフ11の姿が。

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 DD51834牽引の普通列車が入線する。

Photo

 普通列車の大半は客車列車で、その乗降の様子。 とても昭和50年代だとは思えない。

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 冬・・冬枯れの駅へ入るDD51・・

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 武田尾駅に停車する客車列車。

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 雪をかぶった気動車急行が走る。

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 ススキの河原を行くDD51,次位にはスハフ42か。

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 スハフが2両つながるが、その後ろからはオハ35になるようだ。

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 機関車が木々に隠れた後の客車編成。

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 DD51762がスハフ42を次位に従えて行く。

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 特急「まつかぜ」、当時わずか2往復の特急だった。 キハ181系になった後で、先頭車を増結している。

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 「まつかぜ」は増結車を入れて7両編成・・ススキの河原を行く。

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 DD51はスハフ42、ナハ10、オハ35などを従えて行く。

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 列車の風でススキがなびく。

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 電化・複線化・別線建設工事が進む頃には、旧型客車もその時代に終わりを告げようとしていた。 大阪駅に停車するオハ50系客車・・この取り合わせの期間は短かった。

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 50系客車が雪のちらつく武田尾に停車。

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 旧型客車もまだ残っていて、DD51牽引の旧型客車編成が駅の西方、温泉街のはずれあたりのトンネル二つの間の区間を行く。

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 最後尾はマニ50。

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 トンネルを飛び出すDD511129。

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 オハ46が目の前を通過する。

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 最後尾客車は美しい戦前形のオハフ33。

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 キハ181「まつかぜ」がゆっくりと駅を通過する。

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 「まつかぜ」のアップ、キハ82ほどではないが流麗なデザインだ。

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 新駅のトンネル下を「まつかぜ」が通過していく。

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 新橋脚の見える雪の渓谷をキハ28・58系急行が行く。

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 新線のトンネルが見える駅に、マニ50をつないだ普通客車列車が停車。

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 雪の積もるホームにDD51754が牽引する普通客車列車が入線。

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 大阪駅の12系客車・・当初、12系はローカル改造が間に合わず、急行形のまま運用に入っていた。 ただし、福知山線での活躍は短く、最後まで宮原区の12系はローカル用途には改造されなかった。

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 ここからカラーポジの画像。 工事が進み、新駅の形もわかるようになってきた。 DD51牽引、12系普通客車列車が武田尾駅を発車する。

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 冬枯れ、ススキの河原をキハ28・58系気動車急行が行く。

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 渓谷を行くキハ181系特急「まつかぜ」。

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 「まつかぜ」、白く霜が下りた木々をバックに走る。

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 DD51が12系を牽引してやってきた。 駅の東方にあったススキの河原を行く。

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 12系を牽引するDD51と次位の客車をアップで・・

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 冬枯れの武田尾駅。

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 こちらは上り列車。 DD51と12系客車も旧型客車に負けず、この風景に似合っていたように思う。

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 新線の路盤が完工した区間が見える。

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 去っていく12系客車列車。 風景も列車も、二度と現実の元には返ってこない。

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2014年5月10日 (土)

愛すべき神戸電鉄の電車と風景。

神戸電鉄は僕にとって多分、神戸市電の次に見たり、乗ったりした馴染み深い電車なのだが、自分の移動方向とは異なるからか、関西の他の私鉄より疎遠になっているような気がする。

今回は、神戸電鉄の昭和53年頃から62年頃の間の、それも有馬線中枢部の、菊水山から谷上にかけての懐かしい風景も一緒に楽しんでいただければと思う。

なお、本文作成に当たっては撮影場所ではなく電車の形式順に進めていくこと、神戸電鉄ではデ・ク・サという記号を形式に用いるが、本稿では基本的に番号のみの案内とさせていただくこと、この二点をご承知いただきたい。

昭和35年、阪神3011系に遅れること6年にして、神戸電鉄にも画期的な新車が入った。 これが300系だ。

急勾配に対応したカルダン駆動、クロスシート装備で、僕が幼少の頃、この電車はもっぱら急行に使われ、それまで緑色の旧型電車ばかりだった路線に白鳥が舞い降りたかのような印象を持ったものだが、残念ながら、わが家族に縁のある長田・鵯越ではこの電車を利用することは出来なかった。

301

 箕谷付近を走るデ301先頭の4連、3ドア、ロングシート化、そして中間に310系の2連を編成順を逆にして繋げた4連。 3ドア化された外観は阪神3011系を改造した3061系に似ているけれど、こちらは正面のデザインは方向幕をつけたくらいで元のイメージだ。

303

 303が菊水山近くのトンネルから顔を出す。 当初の300系は2連2編成だった。

304

 その編成の反対側、304。 310系を中間に入れて4連化されていた。 神鉄耶馬渓と呼ばれる谷あいへ入っていく。この区間はダム建設により移設された。

312

 300系のクロスシートを改め、ロングシートの通勤仕様としたのが310系、2連3編成だったが、2編成は300系の中間車と化したが、残りは2連に増結用1050形等をつなげて先頭に出ていた。 写真は312。

1055

 その編成の反対側は1055。 1000系の増結車両で、粟生線5連運転時など重宝したようだ。

1000

 1000系、2ドア両開きといった神戸電鉄スタイルを確立したのがこの1000系、先頭車は2丁パンタグラフ。山の街付近。

1000_2

 番号が読めないがその1000系の先頭車のアップ。 2丁パンタがなんとも言えず格好がよい。

1073

 1000系は当初、2連で登場、後に増結用片運の1050形、両運の1070形が加わっている。 こちらは両運1073のサイド、谷上駅。

1075

 菊水山の1075先頭の4連。

801

 神戸電鉄も山陽や阪急と同じく、旧型車の車体更新名目でツリカケ式の電車を作った。 これが800系で、ただし、神戸電鉄では台車は新品のシュリーレンを履いたものだから、新系列との違いは走行時のモーター音ということになるだろうか。 トンネルに入る801。

801_2

 こちらはその801の粟生行き準急。 310系と同じ車体だ。

802

 谷上で折り返す802・・上記編成の反対側。

805

 菊水山に停車した805。 この駅は今は休止中でホームは残る。

808

 新駅工事が見える谷上駅にて・・ 駅名票と808。

852

 その編成の神戸側852。

861

 菊水山にて861。

863_2

 ススキと863。 1000系登場にあわせ、更新800系も両開きドアになった。

863

 坂を登っていく863。

 

1100

1100系は他社譲受車や展望車を除けば初の中間T車を持った系列で3連で使われる。 山の街付近を行く1100系をカラーで。

1101

 1101、この当時、まだこういう景色がふんだんに残っていた。 山の街付近。

1101_2

 その電車のアップ、急行三田行き。

1108

 1108、箕谷付近で。

1109

 1109、これも箕谷・谷上間。

1113

 菊水山、1113・・先にホームが見える。

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 谷上駅に入る1113、新駅の工事も始まらず、谷上が長閑な里の駅だった頃。

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 菊水山・・トンネルから出てきた1117。

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 鈴蘭台、1119。 神戸都心へ向けて坂を下る。

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 1000系列の増備は3連からまた2連が基本へ。 1300系だが、長大編成用に設計されていて、この編成も中間に3ドアの新車を挿入されている。 1305、箕谷にて。

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 その編成の反対側、1306、菊水山にて。

1313

 1313の3連に後ろ1070形が加わっている。 箕谷・谷上間か。

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 3ドアの1352、このシリーズは3000系登場以後に製造された。 神戸電鉄はイメージリーダーの3000を作り続ける一方で1000系列の充実にも意を注いだ形。 当初から冷房装備。

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 谷上駅構内の1353、カラーで。

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 山の街だろうか・・1353。

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 3000系、4連固定で登場、 今も神戸電鉄のイメージリーダーとも言えるアルミ車両。 番号が読めないが山の街付近。

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 3003、菊水山・・トンネルからまさに出る様子。

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 3008、谷上・・こんなにも長閑なところだった。

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 これも谷上、3007・・今、この駅の面影を見出そうとしてもまず出来ない。

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 3007、箕谷付近。新塗装が採用されたばかりの頃。

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 鈴蘭台3009、隣に電気機関車が写るが・・この機関車の写真が出てこない・・ 案外撮っていないのかもしれないとも思う。

3010

 菊水山にて3010。

3007_3

 谷上駅の様子。 3000系が去っていく・・夏の山々を通る風が涼しい。

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 谷上駅の駅名票。 この目の前の山が巨大な谷上新駅に変貌した。

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 谷上、北神急行の工事中。 谷上は、ふっと散歩に出たくなるような心地の良い駅だった。 この工事が始まり、失ったものも多い。

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 今の谷上駅全貌。 手前の駐車場あたりがかつての愛すべき谷上駅の跡地だ。

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 鈴蘭台における最近の1101。 神戸電鉄の経済事情にも助けられ、愛すべき1000系列の電車も数を減らしながらも生き残る。

なお、神戸電鉄研究では第一人者である淡路島の電車小僧さんの「神鉄大好き」は以下です。

http://www.k3.dion.ne.jp/~shinyu/

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2014年5月 4日 (日)

可部線の72系電車

可部線については以前の「可部線ロクサンと太田川橋梁」も合わせてごらん頂きたい。 前回はまさに、僕にとっての「思い出」の部分だった。 今回、少し電車に力点を入れようと思う。 ただし、僕はここの電車を知り尽くしているわけではないので、写真を見られてご存知の方があればご教示いただきたいと思う。

63形電車・・いわゆるロクサン電車は戦時設計の電車であり、評判も良くなく、特に桜木町事故の悲惨は、この電車のイメージの悪さを際立たせたと思う。 国鉄は戦後も落ち着いた頃になってこの63形を72系として再編し、戦時設計のお粗末さを改めて面目を一新しようとしたようだ。 けれど、72系最初の新製車はロクサンの面影を濃く残すものだった。

尚、この路線にはクモハ73形としてのトップナンバーが存在し、僕も撮影したはずだが、独特の形態が写るネガが見つからない。

(後日、この写真が出てきたのでここで掲載する)

73001

この写真のみ6月1日掲載、

可部線クモハ73001・・太田川橋梁

それでは、ロクサンの面影を濃く残す電車から。

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可部に停車中のクハ79+クモハ73。 当時の可部線72系はすべて2連で、可部側がクハ79、広島側がクモハ73だった。 この編成のクハは正面は初期形の原型、側面窓は簡易アルミサッシ改造されたもの。

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 このクハ79の正面。

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 横川におけるクハ79は、正面窓のうち2枚がHゴム改造されたもの。 側面窓は簡易アルミサッシ改造のようだ。

72h

 このクハ79は、正面窓が3枚ともHゴム支持、側面窓は原型三段窓。

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 更新クモハ73。 台枠以外の車体を新製して、全く新品のように仕上げたバージョン。 大田川を渡る。

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 その編成の反対側か。 正面傾斜窓、側面三段窓のクハ79。 上八木ー中島間にて。

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 正面窓が傾斜したタイプ、まだ半鋼製で、側面窓は三段だ。 上八木駅方向からやってくる。

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 4連の編成が河を渡る。 この橋梁はややカーブしていた。

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 これも4連が大田川を渡る。 各車それぞれ微妙に異なる編成だ。

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 顔がよく見えないが、埋め込みヘッドライトに側面の簡易アルミサッシ。 横川近くで。

 

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横川へ向かう正面原型、側面簡易アルミサッシ改造のクモハを先頭にした4連。

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 横川近くの大田川を渡る更新クモハ73先頭の2連。

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 風変わりな雰囲気を持つクハ79、正面窓は三枚ともHゴム支持だ。 横川にて休憩中。

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 保線の人たちが退避する横を通過する72系電車。

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 広島駅だろうか。 停車中のクモハ73の古色蒼然とした雰囲気。(ご指摘をいただき、海田市だと判明しました。ありがとうございます)

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 クハ79のアップ。 正面窓は傾斜し側面は三段窓。

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上八木駅での様子。

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電車の側面。

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 クモハ73の車内。 ニス塗りの車内が、今見ると清々しいような気持ちになる。

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運転台。

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 カラーでの4連の写真。 ロクサン電車はここ、可部線で地域の中へ溶け込んでのんびりと余生を送っていた。

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 最後に沿線で出会った子供たち。

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