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2014年4月 6日 (日)

筑肥線電化の頃

記録によると昭和58年3月、福岡市営地下鉄が姪浜まで延伸し、同時に電化が完成した国鉄筑肥線と相互乗り入れを開始した。 今回のエントリーはこの時期の写真で、だから昭和58年の夏から秋にかけての頃ではないだろうか。

(ご指摘いただき、地下鉄と筑肥線電化の時期を間違えていたことが判明しました。謹んでお礼申し上げますと共に訂正させていただきます)

まず、福岡市営地下鉄、1000形の斬新なデザインを、僕の当時の地元、宝殿駅で見ることができた。 甲種回送で、まずはそのときの写真を。 この編成は数日、この場所に留め置かれていたように思う。

10001

 上り側先頭車。福岡市ではどちらが西向きだったのかは分からない。

1000

 宝殿の駅名票と中間車。 1108と読める。

10003

 農業倉庫をバックにした1000系。

10004

 橋上駅舎工事の鉄骨と・・

10005

 編成をやや遠くから見た様子。

1000_2

 さて、その当時、超近代的だった福岡市1000系、初めて営業運転の実物に乗車して撮影も出来た。 姪浜でアップ。

1000_3

 ホームに入線する様子。 近代的なホームに近代的な電車・・ 新時代を感じさせるに十分だった。

1000_4

 姪浜の高架を走る1000系。 ステンレスの車体が夕日に輝いて美しい。

103

 こちらは姪浜の103系。 福岡市交通局が立派な1000系を入れたのに、国鉄が用意したのは103系だった。 もっとも、当時既に201系が登場していて、この103系は201系と103系一般型最終増備車との合いの子のような雰囲気だった。

103_2

 このときの旅行では、福岡からではなく唐津から筑肥線に乗車した。 鹿家(しかか)という駅で降りたのは地図で海岸線が近いと読んだから。 鹿家に入る博多行き103系。

103_3

 鹿家を出る電車。

103_4

 鹿家を出る西唐津行き電車。

1031

 海岸線に103系がやってくる。

1032

 103系のアップ。 新規に電化され、新車が走るとは言っても、見事に1系列、同じ電車ばかりでは写欲もそそられない。

103_5

 さて、昨夏、久々に訪問した福岡の地下鉄でいきなり103系に出会った。 103系の掉尾を飾る筑肥線バージョンは顕在だった。






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コメント

 福岡市1000系は廃車が一両も出ていませんが、製造から30年がたって全車現役という電車は珍しいのではないでしょうか。しかもVVVFインバータ制御に改造していますからまだまだ使う気満々のようですね。ちなみに西向きだったのは下り方です。そして、姪浜開業はS58年ですね。56年は最初の区間が開業した年です。
 なお、103系1500番台は一部置き換えが決定しており、3両に分割可能な編成をのぞいては廃車となる予定で、福岡市地下鉄への乗り入れも現303系と新型車でそろえ、103系は福岡市内では見られなくなる予定です。

町田浩さん>

記憶違いでした。
ご指摘いただき、ありがとうございます。
早速訂正しておきます。

町田浩さん>

記憶違いでした。
ご指摘いただき、ありがとうございます。
早速訂正しておきます。

福岡市営地下鉄が当時最新型の1000系を導入したのに
当時の国鉄は地下鉄乗り入れ車両を103系のマイナーチェンジで済ませたので
最初は何ともアンバランスに見えましたね。
理由は筑肥線の運転本数が少なく回生失効の可能性があるので敢えて旧式の抵抗制御にしたのでしょう。
その103系1500番台もJR九州から新型車両の投入がアナウンスされたので
もう先は長くないかもしれません。
引退までに登場時のスカイブルーとクリーム色の帯に復刻してもらいたいですね。

残るは西日本の103系だけと思い込んでおりました。確かに最後の103系新製車ですね。
119系に似たカラーも悪くないと思います。

えびちゃんさん>

新型車両、うわさを聞きますね。
筑肥線の103-1500は、201系になってから登場した103系、同じく山陽線の115-3000は117系になってからの115系で、当時の国鉄の車両政策が見えるような気がします。
せめて空気バネ台車を履いていたら・・と思うのです。

kumagorouさん>

今の赤は似合っている感じはしないですが、この当時の青系統の色合いはよく似合っていましたね。

福岡での編成は番号が奇数が唐津向き、偶数が博多向きです。
ちなみに、103系1500番台はもうすぐ一部が引退しますが、1000系はまだまだ走るようです

筑肥線沿線住民さん>

JR103系はシステム的にはかなりふるい部類に入りますものね・・
福岡の1000系と神戸市の1000系、どちらも出来がよく、やはり良いものは長寿ですね。

こんばんは。
古い気動車がのんびり走っていた時代、この路線を想像するに、博多の街中を走りながらも、どこか都市の一部になりきれない前時代の感覚が残っていたのではなかったでしょうか。
それが、ある日を境に地下鉄と直結になり、性能は陳腐化していたとは言え、国鉄分も新しい電車が走り始め、急に変化したのだろうと思います。
私がこの路線を訪れたときには、そのときの電車が派手な塗装で海際を走っていました。
http://kazetabiki.blog41.fc2.com/blog-entry-978.html
いよいよ、新しい電車に置き換えが始まるのですね。
トンネルの中を大きな音を立てて走る電車も、遂に過去のものになっていくと思うと、時は確実に流れているのだと実感します。
貴重なお写真を楽しませて頂きました。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/
(相互リンク、ありがとうございます)

風旅記さん>

JR九州の列車は派手ですね。
派手もいいけれど、国鉄時代の落ち着きが欲しいと少しは思うこのごろです。
先だって30年ぶりに九州を訪問、地下鉄線内でみた派手な塗り方の103系に驚きました。

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