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2014年1月22日 (水)

冬の長崎電軌

今回は初めて長崎電気軌道の写真をスキャンした。
実は、長崎電軌には心底惚れこんでいて、かつては足しげく通ったものだ。
というより、夜行急行「雲仙」の存在が大きく、「雲仙」廃止後はわずかに一度訪問したきりだ。

今回はその最初のネガで、時期は昭和54年の2月と記憶している。
九州は暖かいと言うのが、当時の僕の関西人的な発想だったが、初めての長崎は雪がちらつく寒い町だった。
なお、撮影場所などの記憶がほとんど飛んでしまっていて、文中に間違い、あるいは当方で不明な場所等はご教示いただけると幸いだ。

211

まず、正覚寺下、なんとも古めかしい建物が脇にある終点に侵入する211号。

(筆者注:蛍茶屋であると思っておりましたが、町田様より正覚寺下であるとご教示いただきました。訂正させていただきますと共にお礼申し上げます)

213

大浦付近だろうか、213号。

300

長崎駅前を走る200形あたりだろうか。

302

美しく落ち着いた色調、302号。

302_2

雪が降りしきる中島川を渡る302号。

302_3

その後追い。

3031055

長崎駅前での303号、仙台出自の1055号と並ぶ。

303

303号の車内。

308

308号が去っていく、向こうには転線する360形か。

 

308_2

西浜町か。
雪の中の308号。

306

浦上車庫だろうか。
306号が去っていく。

304

折り返してきた304号と306号が並んで走る。

309

309号・・女子高生も寒そうだ。

310

310号のカラー、やはり美しい。

362

蛍茶屋の近くだろうか。
362号。

362_2

同じ362号、浦上付近。
広告電車の多さが長崎電軌の特徴。

363

オリジナルカラーの363、300形までとは打って変わった近代的なデザインで、これまた美しい。

368_2

長崎駅前、368号がやってきた。

 

 

 

368_3

電停に368号が停車する。
先には別の電車もいる。

502

大工町502号。

505

505号、寒い寒い専用軌道の風景。

508

508号。

601

熊本から来た601号、九州の路面電車は西鉄500形あたりの影響が濃いように思う。

701

東京生まれ、701号俯瞰。

706

同じく706号、モノクロで見ると杉並線かと見まがう。

7061054

東京出自の706号が仙台出自1054号と出会う。
仙台=1000で、これの譲渡された昭和50年代を組み合わせた形式とか。

1051

仙台出自1051号の俯瞰。

1055

同じく1055号の俯瞰。

152153

浦上車庫には152・153と言う古い木造電車の姿が・・
なんと、小田原出自の電車。
この電車には次の訪問で乗車することになる。

168

復元工事が終わったばかりの168号も・・
こちらは北九州から福岡、長崎と渡ってきた電車。

 

 

 

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冬の長崎電軌を参照しているブログ:

コメント

これはまた貴重な写真の数々、ありがとうございます。昭和54年2月ですか、私は幼稚園を出て小学校に上がる年ですね。この月は寒かったのをよく憶えています、というのは父が脱サラをして今で言う起業をしたのがまさにこの月です。2月1日でしたが、とにかく寒かったですねぇ。
このころまで急行雲仙、ありました。14系客車ではなかったですか?3年後線路沿いに越しましたが、そのときには臨時列車に格下げされていたと思います。通過して行くのを家の窓からよく眺めていたもんです。
さて、電車の写真、場所はほとんど合ってますよ。ただ、一番最初の211号の写真、これは正覚寺下ですね。FBの方にあったこの下が川である、というのは今でもそうです。ここはあまりたたずまいは変わってない気がしますよ。
長崎の愛好者でもここまでたくさんの写真を撮っている人は少ないでしょう。特に広告電車。この写真の中にある広告電車はほとんど憶えていますが、「世界の願い交通安全国分のパン粉」という362号の何の脈絡もない広告は特に印象深いです。
これを撮影されたときには全線乗車されたのではないでしょうか。路線の隅から隅まで行ってらっしゃいますねぇ。赤迫・蛍茶屋・正覚寺下…私個人では赤迫・蛍茶屋が懐かしいです。どちらも近くに住んでいましたので。ただ、歩道橋からの俯瞰写真、新大工町と長崎駅前以外は歩道橋が撤去されましたので今では撮れなくなりました。
どの車両にも思わず「懐かしいなぁ」といいたくなるところですが、いまだ現役の車両がほとんどでして…。ただし700形は全車廃車、1050形の一両は仙台に戻りましたね。あと熊本から来た600形と小田原から来た150形も全車廃車になりました。200形は少し前面が変わっています。写っているバスもほとんどの形式を憶えていますが、いくらなんでも現役車両は一台もありません。そう考えると電車は長持ちですね。
私の記憶にある長崎の街というのはまさにこの時代の長崎で、今の長崎の街を歩くと浦島太郎状態です。電車の写真とともに時代の貴重な記録だと思いますね。
ちなみに…368号が写っている歩道橋からの写真、この歩道橋は私が小4から中三まで毎日通学に使っていた歩道橋です。高校に上がってからもこの通りをバス通学しましたので、都合8年間、ほぼ毎日ここを通っていた計算になります。写真には写っていませんが実家もまさにこの写真の指呼の中にありまして(通り一本右側です)…。この歩道橋も撤去されましたので、風景は記憶のかなたとなりました。

町田浩さん>

そういえば、町田さん、長崎出身でいらっしゃったんですね。
ご実家近くが僕の写した写真にあるとのこと、実に長崎は一時期かなり頻繁に出かけながら、いつも同じような場所で撮影していて、また次の機会にもその場所が出るかもしれません。

それと、長崎の路面電車、訪問の度に全線乗車していました。
これは、広島でも訪問の都度、乗車する路線は変わっていますから長崎だけ・・それだけ惚れ込んだという事でしょうね。

赤迫終点では終点の手前の路上で乗務員が交代する不思議な風景も何度も見ました。

正覚寺下の電停、ご教示頂きありがとうございました。
早速、本文訂正させていただきます。

なお、長崎は以前の長与線と共に、島原鉄道、それに膨大な長崎電気軌道の次の写真群もあり、また機会を捉えてここで発表させていただきます。

長崎には社用で50回くらい訪問しました。多くは航空機利用ですが、時には「あかつき」を利用しました。「あかつき」は到着時間帯もいいのに、いつもがら空きで無人の車両もあり、案の定廃止になってしまいました。
 さて、長崎市電ですが長崎、熊本には石造りの橋が多く、これを入れて撮影したかったのですが、社用で来ていると、どうしても仕事優先になり、撮影できませんでした。長崎は県営バスが運行され、路面電車も存続しており、交通行政に熱心な印象を受けました。
長崎市役所を訪問していると、脇の覆道を通る市電の通過音がよく聞こえ、健在ぶりをアピールしているようでした。
 公共事業が縮小になり、長崎詣での機会がなくなりましたが、下名の職場では長崎新幹線に関する業務を展開しており、久しぶりに長崎に行けそうです。

L急行鷲羽さん>

「あかつき」にしろ、「雲仙」にしろ、肝心の長崎本線では空いていましたね。
当時から特急「かもめ」との速度差がありすぎ、地元の人にとってはわざわざ夜行で疲れた列車より、早くて清潔な列車を選ぶのは当然だったかもしれません。

長崎へのお仕事での訪問・・実現できるといいですね。
僕は長崎再訪、いつになることやら・・です。。

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