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2014年1月12日 (日)

昭和62年6月、秋田にて。

昭和62年、国鉄の分割民営化に僕は参加せず、自ら違う道を歩くことになるのだけれど、その最初で躓いた。 よく考えると、自分の為すべきことへの方向性が定まらず、がむしゃらに進もうとしていたわけで、まず、リセットの必要性もあり、北海道への旅行を突然に思い立つことになる。

そのとき、大阪駅から乗車した「きたぐに」を新潟で降りて、そこから先、青森までの間に秋田の鉄道散策をしたのが今回のエントリーだ。

新潟から「いなほ」に乗車し、秋田を目指したが車内は混んでいて、どのみち、青森には「白鳥」の時刻に着けば良いわけで・・途中・・象潟に向かってみようと思った。 象潟(きさかた)は松尾芭蕉の句にも出てくる景勝地で、地殻変動でかつての松島のような風情はとうに失われているのだけれど、その面影は残っているらしい・・

一度、象潟の情景を見ておくのも悪くないと思ったのだ。

「いなほ」を羽後本庄で下車して普通列車に乗り換える・・ 

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普通列車は電気機関車牽引の50系客車で、そのおおらかなゆとりと軽やかさを併せ持った列車は、究極の旅情かもしれないと・・日本海から鳥海山に向けて吹く軽やかな風を存分に吸い込みながら思ったことだ。

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象潟の風景は良くも悪くも箱庭的で、それがこの当時でも生かさせているあたり、日本人の生真面目さも感じることができた。

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485系「いなほ」が不思議な箱庭的風景の中を通過していく。

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 その列車のあと追い・・ 象潟駅周辺では都市化も進んでいた。

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 走り去る貨物列車。 この頃はまだ、緩急車のない貨物列車に違和感を覚えていたものだ。

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次の列車で秋田へ。 秋田駅ホームに停車中の485系「いなほ」。

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こちらは「つばさ」

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「つばさ」の反対側。 先頭改造された車両であるのが、運転台すぐ後ろの客用扉でわかる。

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 「つばさ」と並ぶのは「たざわ」、東北新幹線との接続により、脚光を浴びた田沢湖線特急だったが、当初の利用者は少なかった。 この当時、先頭車改造を施した485系3連の運用だったと思う。 個人的にはカーブの連続する田沢湖線より、線形の良い北上線を秋田へのフィーダーとして使ったほうがよかったのではないかと思うが、やはり、盛岡の存在が大きいのだろうか。

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DD51744が牽引する立派な普通列車は男鹿線列車だ。 夕方ラッシュ時の輸送力列車。

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 その列車の機関車を客車側から。男鹿線は思ったよりずっと、印象的な路線だった。 八郎潟のなんともいえない広大な干拓地風景、寒風山の夕焼けの中の威容など・・ いま思い出しても鮮やかによみがえる。 客車はなんと50系7両・・今のローカル線では考えられない「大きな」列車だ。

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 男鹿に着いた普通列車。 50系客車は旧型客車の旅情を褒める人が多いがゆえか。。その存在がうすくなり勝ちだが、旅情も快適性も十分に旧型客車以上のものを持っていた。

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 男鹿駅、構内踏切とそこを渡る人々。

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 男鹿駅駅舎。 構内側。

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 男鹿駅駅舎、外側から。

この旅行では「北海道ワイド周遊券」を使ったので、秋田・男鹿間は別途料金を支払った。

男鹿から秋田へ戻った僕は、「暖簾」が出ていた駅構内の食堂へ夕食を求めて入るも・・「営業がまもなく終わりです」と無碍もなく断られ・・ 結局、夕食にありつけず・・当時の日記には「関西では暖簾を出している限り、店は客を受け入れるものであるが・・」と戸惑っている。 この旅行では「白鳥」車内でも酒は手に入るものの、まともな食い物にありつけず・・青森の青函連絡船待合室でカップヌードルをすすったのが・・ 今になれば懐かしい思い出でもある。

 

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コメント

こんにちは。
食事にありつけなかったくだり、紀行小説を読んでいるような気分で拝読しました。男鹿線は、まだ訪れたことがなく、近々に旅しようと思っていたところです。今の駅や沿線の風景はどうなっているのか、楽しみになりました。
青函連絡船で渡道した折には、その旅情も今とは違う強いものがあったのではないか、と想像しています。
新しいものと失われたもの、混在したまま歴史が続いているのも、鉄道の魅力の一つかと感じています。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

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