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こう@電車おやじ

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2014年1月

2014年1月30日 (木)

昭和56年、山陰本線松江・乃木

昨年11月にこの区間の電化後の様子をエントリーさせていただいた。 今回、順序は逆になるが、電化直前、架線柱の建植ができた頃の様子だ。

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時期的には昭和56年の夏の前のようで、線路際では晴れていたが、松江駅では雨になっている。 まず、乃木駅近くの湖畔の線路際で撮影したシーンから。 DD51が牽引する貨物列車。 車番はなんとDD51 1111・・こういう番号の機関車を撮影していたんだなぁ・・と自分でも驚く。

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 寝台特急「出雲」たぶん、1号のほうだろうか・・オシ24が通過していく。

10

普通客車列車、最後尾は郵便客車、オユ10だろうか。

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キハ45系列、キハ23を先頭にしたキハ45、キハ23の3連。 この系列、関西では少なく、こういった編成で見られることはまずなかった。

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 キハ45の旧塗装を先頭にした長大編成・・ よく見れば後ろにもこの系列がつながっている。

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 特急「おき」キハ181。

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 こちらは特急「やくも」キハ181の8連。 この当時、「やくも」は8連が基本だった。

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 スハフ42・スハ43一党の編成が走る・・

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ここからは松江駅・・ 同じ日だが、雨が降り始めた。 14系客車「出雲」・・編成が短いので・・「紀伊」と併結していた3号だろう。

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DD5149が牽引する普通客車列車。 郵便車、荷物車、一般客車は4両・・この地域でよく見られた編成だ。

近代的な高架駅に古色蒼然たる客車列車の組み合わせ。

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 DD5150の単機回送。

 

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DD511170牽引の貨物列車。

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 キハ23を最後尾にした普通気動車列車。 先ほどの編成がどこかで折り返してきたようだ。 キハ28系の編成を前につないでいる。

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その編成の向かい、こちらのホームには急行列車が入線。 4連でグリーン車組み込み。先頭車はマイナーチェンジ後のいわばキハ28系列の完成型だ。

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松江にもキハ35がいた。 都市部を追われて地方線区で不評を買いながらも頑張る姿。

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 急行列車のグリーン車、キロ28・・この風格!

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 その急行列車が発車していく。 キハ28・58系による11連! 列車は「だいせん」で大阪行き。

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 キハ181系特急の見送り風景。

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 その特急は「おき」だった。 「やくも」に比して短いといいながらも5連の堂々たる編成だ。

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 キハ181の「やくも」が基本の8連で入線。 キロ・キサシ込みの特急らしい編成だ。

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その「やくも」の後追い。 大出力エンジンから排気が一気に立ち込める。

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キハ28系急行が発車していく・・ 列車は広島行きの「ちどり」か・・ 架線柱はあるもののまだ架線がない。

2014年1月22日 (水)

冬の長崎電軌

今回は初めて長崎電気軌道の写真をスキャンした。
実は、長崎電軌には心底惚れこんでいて、かつては足しげく通ったものだ。
というより、夜行急行「雲仙」の存在が大きく、「雲仙」廃止後はわずかに一度訪問したきりだ。

今回はその最初のネガで、時期は昭和54年の2月と記憶している。
九州は暖かいと言うのが、当時の僕の関西人的な発想だったが、初めての長崎は雪がちらつく寒い町だった。
なお、撮影場所などの記憶がほとんど飛んでしまっていて、文中に間違い、あるいは当方で不明な場所等はご教示いただけると幸いだ。

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まず、正覚寺下、なんとも古めかしい建物が脇にある終点に侵入する211号。

(筆者注:蛍茶屋であると思っておりましたが、町田様より正覚寺下であるとご教示いただきました。訂正させていただきますと共にお礼申し上げます)

213

大浦付近だろうか、213号。

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長崎駅前を走る200形あたりだろうか。

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美しく落ち着いた色調、302号。

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雪が降りしきる中島川を渡る302号。

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その後追い。

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長崎駅前での303号、仙台出自の1055号と並ぶ。

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303号の車内。

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308号が去っていく、向こうには転線する360形か。

 

308_2

西浜町か。
雪の中の308号。

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浦上車庫だろうか。
306号が去っていく。

304

折り返してきた304号と306号が並んで走る。

309

309号・・女子高生も寒そうだ。

310

310号のカラー、やはり美しい。

362

蛍茶屋の近くだろうか。
362号。

362_2

同じ362号、浦上付近。
広告電車の多さが長崎電軌の特徴。

363

オリジナルカラーの363、300形までとは打って変わった近代的なデザインで、これまた美しい。

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長崎駅前、368号がやってきた。

 

 

 

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電停に368号が停車する。
先には別の電車もいる。

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大工町502号。

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505号、寒い寒い専用軌道の風景。

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508号。

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熊本から来た601号、九州の路面電車は西鉄500形あたりの影響が濃いように思う。

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東京生まれ、701号俯瞰。

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同じく706号、モノクロで見ると杉並線かと見まがう。

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東京出自の706号が仙台出自1054号と出会う。
仙台=1000で、これの譲渡された昭和50年代を組み合わせた形式とか。

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仙台出自1051号の俯瞰。

1055

同じく1055号の俯瞰。

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浦上車庫には152・153と言う古い木造電車の姿が・・
なんと、小田原出自の電車。
この電車には次の訪問で乗車することになる。

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復元工事が終わったばかりの168号も・・
こちらは北九州から福岡、長崎と渡ってきた電車。

 

 

 

2014年1月12日 (日)

昭和62年6月、秋田にて。

昭和62年、国鉄の分割民営化に僕は参加せず、自ら違う道を歩くことになるのだけれど、その最初で躓いた。 よく考えると、自分の為すべきことへの方向性が定まらず、がむしゃらに進もうとしていたわけで、まず、リセットの必要性もあり、北海道への旅行を突然に思い立つことになる。

そのとき、大阪駅から乗車した「きたぐに」を新潟で降りて、そこから先、青森までの間に秋田の鉄道散策をしたのが今回のエントリーだ。

新潟から「いなほ」に乗車し、秋田を目指したが車内は混んでいて、どのみち、青森には「白鳥」の時刻に着けば良いわけで・・途中・・象潟に向かってみようと思った。 象潟(きさかた)は松尾芭蕉の句にも出てくる景勝地で、地殻変動でかつての松島のような風情はとうに失われているのだけれど、その面影は残っているらしい・・

一度、象潟の情景を見ておくのも悪くないと思ったのだ。

「いなほ」を羽後本庄で下車して普通列車に乗り換える・・ 

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普通列車は電気機関車牽引の50系客車で、そのおおらかなゆとりと軽やかさを併せ持った列車は、究極の旅情かもしれないと・・日本海から鳥海山に向けて吹く軽やかな風を存分に吸い込みながら思ったことだ。

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象潟の風景は良くも悪くも箱庭的で、それがこの当時でも生かさせているあたり、日本人の生真面目さも感じることができた。

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485系「いなほ」が不思議な箱庭的風景の中を通過していく。

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 その列車のあと追い・・ 象潟駅周辺では都市化も進んでいた。

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 走り去る貨物列車。 この頃はまだ、緩急車のない貨物列車に違和感を覚えていたものだ。

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次の列車で秋田へ。 秋田駅ホームに停車中の485系「いなほ」。

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こちらは「つばさ」

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「つばさ」の反対側。 先頭改造された車両であるのが、運転台すぐ後ろの客用扉でわかる。

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 「つばさ」と並ぶのは「たざわ」、東北新幹線との接続により、脚光を浴びた田沢湖線特急だったが、当初の利用者は少なかった。 この当時、先頭車改造を施した485系3連の運用だったと思う。 個人的にはカーブの連続する田沢湖線より、線形の良い北上線を秋田へのフィーダーとして使ったほうがよかったのではないかと思うが、やはり、盛岡の存在が大きいのだろうか。

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DD51744が牽引する立派な普通列車は男鹿線列車だ。 夕方ラッシュ時の輸送力列車。

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 その列車の機関車を客車側から。男鹿線は思ったよりずっと、印象的な路線だった。 八郎潟のなんともいえない広大な干拓地風景、寒風山の夕焼けの中の威容など・・ いま思い出しても鮮やかによみがえる。 客車はなんと50系7両・・今のローカル線では考えられない「大きな」列車だ。

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 男鹿に着いた普通列車。 50系客車は旧型客車の旅情を褒める人が多いがゆえか。。その存在がうすくなり勝ちだが、旅情も快適性も十分に旧型客車以上のものを持っていた。

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 男鹿駅、構内踏切とそこを渡る人々。

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 男鹿駅駅舎。 構内側。

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 男鹿駅駅舎、外側から。

この旅行では「北海道ワイド周遊券」を使ったので、秋田・男鹿間は別途料金を支払った。

男鹿から秋田へ戻った僕は、「暖簾」が出ていた駅構内の食堂へ夕食を求めて入るも・・「営業がまもなく終わりです」と無碍もなく断られ・・ 結局、夕食にありつけず・・当時の日記には「関西では暖簾を出している限り、店は客を受け入れるものであるが・・」と戸惑っている。 この旅行では「白鳥」車内でも酒は手に入るものの、まともな食い物にありつけず・・青森の青函連絡船待合室でカップヌードルをすすったのが・・ 今になれば懐かしい思い出でもある。

 

2014年1月 2日 (木)

謹賀新年。

20142webあけましておめでとうございます!

旧年中は読者の皆様には大変にお世話になりました。

 

謹んで御礼申し上げます。

 

本年もなにとぞ宜しく御願いいたします。