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2013年12月 7日 (土)

名古屋の鉄道・昭和51年。

初めて友人同士で旅をしたその行先が名古屋だ。 今回はそのときの名古屋圏での撮影から。

最初の名古屋訪問は加古川から快速電車で岐阜へ降り立つ・・今の僕の旅行の原点?のようなものだった。 当時の京阪神快速電車は113系初期車で、狭いシートピッチも当たり前の感覚、グリーン車は付いていたけど、そんなところにお金などかけない「健全さ」だった。

Dd50

乗り換えの米原駅から。 ホーム端で眺められた名物ディーゼル機関車、DD50だ。 後のEH10のアイディアはここから出たのではと思うが、2両永久連結なのに形式は各車別でDDを名乗る。

485

特急「加越」 今の「しらさぎ」のうち、米原発着の列車が「加越」を名乗っていた。 新車の485系、食堂車抜きの短編成で、北陸路への旅行では「裏技」的に使うことが多かった。

153

大垣でも乗り換えたのだろうか。 153系電車。

159

こちらは159系、名古屋圏修学旅行用、当時はまだ、座席のテーブルや大きな網棚が残っていたように思う。

 

 

岐阜の駅では、僕らが乗った電車がついたすぐあとに大阪からの特急「しなの」が到着したものだから、駅員に呼び止められた。 「特急券を出しなさい」 「僕ら、普通電車で来たんですけど」 「そんな言い訳が通ると思っているのか」 「本当です」 そういって、加古川からの列車時刻を伝えると、ようやく渋々と改札を出してくれた。 関西圏では国鉄駅員の横柄さは聞いたこと、味わったことがなく、いきなり土地の違いを見せ付けられた気がした。

528

岐阜駅前には路面電車が走っていた。 ツートンカラーの名鉄揖斐線急行、528。 木造車体に鋼板貼りした電車だが、見とれてしまった。

515

こちらは新岐阜駅前の515。 この後、僕はこの路線に見せられ、足繁く通うようになる。

5500

名鉄新岐阜駅。 まず、名古屋本線ホームへ。 美合行きの特急は5500の2連。

7500

憧れのパノラマカーを始めて目の前で見た感激。 7500系特急到着。

600

各務原線ホームへ。 美濃町線直通用603。 白帯が良く似合っていた。

692

岐阜市内線692が顔を出す。

3780

HL更新車、3780系。 斬新な一人がけクロスシートが珍しかった。 旧型車だが冷房つきにも驚く。

2756

僕らが乗ったのはこちら、3750系。 クロスシートは良かったけれど、揺れがひどく、閉口した。

3400

この電車で明治村へ・・ 明治村の様子はまた別の機会にしたいと思う。 車内から流線型3400系が走る様子を・・

7500_2

名古屋市内のユースホステルで宿泊して、翌日、名鉄地下線入り口の駐車場の係員に頼み込んで、少し撮影させてもらった。 7500系の特急・・「ロボコン」の愛称がついている。

8100

DC8000系「北アルプス」先頭は元二等車の8100形だ。

7700

俯瞰、7700系。

5200

こちらは5200系。

7000

そして7000系。

80

国鉄名古屋駅で。 当時の名古屋駅は巨大なローカル駅といったイメージだった。 今思えば戦後の風情がまだ残っていたというべきか。 80系電車の初期型。

70

中央西線70系電車。

85101

その中間に挟まれていたのは、サロ85から3ドア改造されたサハ85101。

85

その車内。 かつての二等車の雰囲気がよく残っていた。

28

気動車急行「のりくら」あたりか、キハ28の後期形。

Ef58127ef5887

EF58127,EF5887の並び。

Ef6451ef5850

こちらはEF6451、EF5850。

581

581系の「しらさぎ」 「金星」の間合い運用だろうか。

1565

さて、帰路は近鉄になった。 近鉄だと、国鉄の普通運賃分で特急に乗れた。 近鉄名古屋駅で・・ 高性能車黎明期のク1560、準急。

1751

4ドア通勤車1751。

1921

こちらは1922。

6544

3ドアの6544。

2247

名車、2250系。 2247号。

2251

反対側は2251号。 名古屋線準急は電車のバラエティが豊富で、面白かった。

6335

こちらは戦後すぐの6335号。

11400

特急、11400系。

1140010100

11400系の向こうにビスタカーが見える。

10100

ビスタカー10100系上り方が流線型の編成。 隣にもビスタカーが並ぶ。

10100_2

こちらは下り方が流線型。

10100_3

その反対側は半流線型、このデザインも好ましい。

10100_4

中間ダブルデッカー、見送りの様子。

僕らはこのあと、12000系のノンストップ特急で帰ったように記憶している。 ビスタカーへの乗車はこの次の機会になった。

 

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名古屋の鉄道・昭和51年。を参照しているブログ:

コメント

40年近く前のお写真なのに、JRや近鉄の名古屋駅のホームは入線してくる車両を除いて、さほど現在も雰囲気が変わらないような印象です。行楽シーズンに沢山の乗客が待つホームに長編成の「ひだ」が入線してくると、なんとなく昭和40年代の国鉄華やかりしころの光景を思い出します。

久しぶりに投稿させていただきます。
ブログにお書きの通り、泣かせていただきました。特に近鉄。当時の名古屋線、一般車はまだ半分くらい吊り掛けだったように思います。2250系は転換シートが健在でした。
特急車は10100系が全車健在、ビスタカーと言えばこれでした。それが2編成揃い踏み、本当に涙ものです。
2階車側面の「VISTA CAR」のロゴは、その後の30000系よりずっとかっこ良かったと思います。もちろん車両のデザイン自体も。近鉄哲学に則って、1両も保存されていないことがとても残念です。
ちなみに名鉄5200系や7000系を俯瞰しておられる場所、大通り(太閤通)の一本南の道ですね。しょっちゅう歩いて通っております。雰囲気はほとんど変わっていませんよ。

ふそうやましろいせひゅうがさん>

名古屋は近鉄・名鉄・JRともに、ホームの雰囲気はあまり変わっていないかもしれませんね。
JR長距離列車も廃止されたものは少なく、むしろ当時より増えた印象です。

JR東海ではほかに駅名票の表記モ含めて、案外、国鉄時代の雰囲気を最も保っているのかもしれません。

12200系のぞみさん>

近鉄は何故に、名車を保存してくれないのでしょうね。。
せめて2200系や10100系が一編成でも残ってくれていたらと思うと悔しいです。

名古屋のあのあたりも再訪せねばなりません。
この年始にでもいけるか・・真剣に考えています。。

初めまして、ユースケと申します。

早速ですが、昭和51年の名鉄、近鉄、国鉄など、時代を感じさせますね。

そこで質問をしたいのですが、当時の名鉄新名古屋駅構内(ホーム)は、今の改装後の明るさに比べて、改装前の当時はどのくらい暗かったですか?
また、当時の名鉄新名古屋駅の発車ベルは、どのような鳴り方でしたか?
今のような鳴り方でしたか?

突然の質問で大変恐縮です。
何となく、気になったので。m(__)m

ユースケさん>

当時とて新名古屋の雰囲気は決して暗くはなかったと思います。
列車毎に乗車位置が異なるのを電光で表示していたり、当時も非常に気を配った設計でしたね。

発車ベルについては特に記憶がないのです。
ということはさほど特徴がなかったのかもしれません。

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