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2013年11月 4日 (月)

山陰本線宍道、来待あたり

今回は昭和57年に伯備線・山陰本線一部電化開業されたその後の・・宍道・来待付近を散歩しながら撮影した写真だ。 通常、鉄道路線が電化開業される場合、その両端の何処からか・・つまり端から電化されるのが常だ。 もっとも、勾配区間で電気機関車の補機をつけるためにその区間だけ電化する・・信越線・奥羽線の例があるけれども、そういう例外を除けば真ん中の区間が先に電化されるのはあまり例がないかもしれない。 伯備線には新幹線連絡、気動車唯一のL特急「やくも」が走っていて、これのスピードアップが急務だったことからだろう。

20

大阪から例によって「だいせん5号」で宍道駅下車。 下車してすぐ、大急ぎで乗車してきた「だいせん5号」を撮影した。 20系のみで編成された美しい、風格のある列車だ。

Dd5111162012

そして博多からやってくる「さんべ6号」 DD51が牽引する20系12系混結の列車で、20系のドア部分は12系にあわせて改造されているために、上記の「だいせん5号」と比すと客用ドア部分が車体外側より凹んでいるのが分かる。

Photo

「さんべ6号」が発車していく。 ネガを見る限り、どうしても客車に力が入っているようだ。

181

小雨の中、そのまま歩いて・・特急「おき」 キハ181でこの系統は比較的早期にキハ80系から置き換えられている。

115

新車の115系電車。

26

3両編成の急行列車。 キハ28系で時刻から木次線経由「ちどり」広島行きではないだろうか。

381

381系「やくも」 宍道湖をバックに快走する。

381_2

「やくも」が走り去る。 この当時、まさか21世紀になってもこの系列がバリバリ現役だとは考えもしなかった。

Dd5124

24系客車「出雲」 機関車を撮り損ねたのだろう。 これまた客車のほうに力点が入るのが我ながら自分らしさを感じてしまう。 これは個室寝台車。

24

「出雲」の編成。 今の「サンライズ」の前身だ。

Dd51

来待駅だと思う。 入線する普通列車。 まだまだ、旧型客車が元気だった頃・・

115_2

松江にて。 新車の115系。 ピカピカ、シートピッチ拡大、寒冷地仕様の1000番台。 今も転換クロスに改造、黄色く塗られながら頑張っている。

124

夜行普通「山陰」の寝台車。 オハネフ12 4の車号がみえる。 このクルマは比較的美しさを保っている。 高砂工場担当のクルマだ。

381_3

最後は381系「やくも」 食堂車がなくなったことなど、利用者はやや戸惑った。 しかも高速化された伯備線での走りは揺れがひどく、どっしりとした乗り心地のキハ181を懐かしむ声が聞こえていた。

 

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コメント

島根・鳥取県下は出張でよく訪問しました。その当時、公共工事の業務担当をしており、多いときは毎週“やくも・スーパはくと”を利用していました。
山陰地区の晩秋・冬季は天気が目まぐるしく変わり、「弁当忘れても傘忘れるな」は名言でした。工業の少ない宍道湖周辺は石灯篭に使う石材の産地で、ここで採れる石材は苔が付きやすく風情があると地元の委託先の業者が教えてくれました。
産業の少ない山陰地区は自動車道を整備し企業を誘致したかったのですが、事態は大して好転せず、そのあおりでJRは日ごとに乗客が減り、ストロー現象を招いたようです。
こうさんの写真を拝見しているとまだ夜行列車も健在でJRの活躍ぶりが偲ばれます。

L急行鷲羽さん>

思えば、今よりもこの当時のほうがまだ、山陰には活気があったように感じられてなりません。
先だって、松江まで高速道路で往復しましたが、無理な運転をせずとも新幹線+「やくも」よりも早く、コストも低く・・・これでは鉄道はダメになるなぁ・・っと実感したことです。
JRもせめて運賃・料金面でも、自家用車を使うよりずっと安いし、楽だよと・・そういえるような設定が必要かもしれません。

こんばんわ、20系だいせん、さんべ、デビュー間もない381系やくもなどなど、どれも懐かしいです。
統一された編成もいいですが、さんべのデコボコ編成も今見れば貴重で楽しいと思います。

本来の20系と12系併結対応の20系ではドア周りの作りが違う、初めて知りました。
雑誌のバックナンバーを見ても、ドア自動化の記述はありますが、ドアが奥まっていることに触れているのは、まだ見ていません。

近くにある鉄道博物館や、貝塚公園のナハネフ、実際に見て確認したいですね。

雑誌の20系改造履歴には、高砂改造の文字が多くありますが、実際の改造工事は、どんな感じだったのでしょうか?

ナハネフなどの保存車、これからも大切に維持してほしいのはもちろんですが、電源車も一両でも保存してくれれば…と思いました。

103おじさんさん>

20系と12系14系ではドアの形状は異なりましたが、開口部は同じ寸法でした。
そこで、ドア回りを外板・ステップも含めて12系の部品に差し替えることで、短期間で改造工事を終了させています。

そうそう・・カニ、1両の保存もないんですよね。。
残念でなりません。

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