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2013年11月17日 (日)

117系電車の変遷

11月21日で拙ウェブサイト「こうワールド」http://www4.ocn.ne.jp/~e-maiko/が丸10年を迎えます。

このウェブサイトのコンテンツの一つとして用意したのが「国鉄の思い出」でした。

後に、このコンテンツの記事をブログに移設、さらに、ブログ運営会社の都合によるアドレス変更で移設される際に、私鉄の部分をあわせ、「国鉄・私鉄の思い出」としました。

この間、10年にわたるご愛読に深く感謝申し上げます。

ありがとうございました!

今後もより一層の充実を期していく所存ですので、よろしくお願いいたします。


**********

国鉄117系は、最初に投入された京阪神用、それに名古屋地区用、そして京阪神増備100台、名古屋地区短編成化増備100台と、基本的にはあまり多くのバリエーションを持たずに製造されている。

けれど、JR化後は、運行様式の変更、後継車の登場、他線区への転出、他系列への改造が行われ、実にさまざまなバリエーションが登場した。

117

まずは投入前の、公開展示回送。 宝殿駅にて。

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須磨付近、電車線を行く新快速。

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須磨付近、震災復旧なり、221系化されていた新快速が増発、再び117系の雄姿が見られるようになった頃。

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名古屋地区、投入当初の「東海ライナー」

1178

JR東海カラー。

117_4

こちらもJR東海カラー。 廃車直前の頃。 悪くはないが軽い感じがする。

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福知山色。 正面に帯が回らず、間延びした印象がある。

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福知山色の新快速。 これも震災直後の増発列車で。

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岡山地区のサンライナー。

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サンライナーカラー、倉敷駅での様子。

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紀勢線用オーシャンカラー、和歌山駅で。

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オーシャンカラー、和歌山線五条駅にて。

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オーシャンカラー編成が吹田工場からの回送、大阪環状線野田を通過する。

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岡山地区の黄色い117系。 ワントーン化は117系にも及ぶ。 いくらなんでも正面窓回りの黒塗りを廃したのでは、117系独特の気品が失われる。 (これは、サンライナーがすでに廃していたのではあるが)

117115

岡山地区、115系の中間に挟まれている117系改造、115系3500番台。

117_13

こちら、山口地区の黄色い117系。 イエローの彩度が岡山地区と異なるほか、正面窓回りの黒塗りが存置され、同じワントーンでも岡山地区のものほど違和感がない。

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山口地区、100番台による原色編成。 正面の種別幕は使われていない。 せめて「普通」と入れてほしい。

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京都駅における緑色の117系。 これまた・・なんとも言いがたい雰囲気だ。

1170

京都駅、原色の117系。 この色合いの117系は、本当に格調高い。

117113

湖西線で緑色の113系と並んだ原色117系。 どちらも完全に緑色になる日も近いか。

117_15

車内。 まずは東海所属車の廃車前の車内。 ほとんどオリジナルのまま。

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オーシャンカラー編成の0番台車の車内。

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京都地区の100番台の車内。

117300

300番台の車内。 元は福知山線ラッシュ対応に改造されたもの。 京都に残る117系は団体輸送用と一部中間の100番台を除けばこの形態ばかりだ。

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岡山のサンライナー用の車内。 こちらも枕カバーと吊り輪以外はオリジナル。

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山口地区100番台の車内。 座席生地が広島・山口地区独特のものに張替えられている。

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最後に・・ 去っていく117系。 出来れば1編成でも原色で残してほしいと願うが・・

 

 

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117系電車の変遷を参照しているブログ:

コメント

こうワールド10年、おめでとうございます。

117系、とても好きな形式で、よく乗りました。153系の時代から新快速に乗っており、この117系に代わってからは木目調の内装、153系と違ってデッキがなく乗降しやすい2扉、そして転換クロスシート等、印象深いものがありました。高運転台で、助士席側にもワイパー、水コックがしっかり設置、また先頭車同士の連結も、連結器の下に電気栓が設置されているのも魅力です。

おっしゃるように、国鉄時代はあまり車両の動きはなく、JRになってから大幅に変化がありました。

もう一つ、117系の話題として、(あまりいい話題ではないですが・・・・・・)これは国鉄時代、新聞に載っていたのですが、姫路寄り先頭車のトイレの部分にある方向幕が相次いで盗まれ、在庫がつきて補充をしなくなったとのことです。その記事を見てから観察してみると、その後どの車両もトイレの部分には方向幕がついておらず、埋めてしまったようですね。

117系の100番台は、この点を改良しており、先頭車の方向幕はトイレの部分を避けて設置されるようになりました。

10周年本当におめでとうございます。

今日に京都駅にいきましたが、蛙色の117と原色が湖西線で現役活躍する姿を見ました。思えばわたくしが中学生の頃から働き始めた117。あの頃は国鉄のサービスぶりに感動もしたものです。車暦もかなり相当の部類になりますし、JR東海車は全廃もされたとのこと。寂しいですね。が、たとえば阪急車を伺えば、それ以上のクルマもありますし、奈良線他で103系もまだまだ他には譲れないと毎日働いてる姿があります。

吹田の52系と並列で梅小路の博物館には是非に収まってほしい車両のひとつです。


いろいろと大変かとご察ししますが、こうさんのご活躍お祈り申し上げます。

こう様、こんばんは。貴ブログの10周年、おめでとうございます。

117系、いつの号であったか記憶が定かではありませんが、鉄道雑誌の表紙に登場したことがあります。
ズラリと並ぶオール転換クロスシートの車内、車端部の木目調化粧板がなんともいい雰囲気でありました。
初めて乗ったのは高校生の時、大阪からの帰路で姫路までの新快速でした。当時はまだ6両の短編成で並ぶのがギリギリであったので終点まで立ち通しでした。

117系に関しては、原型よりも大きな一段下降窓の100バンダイの方が私的には好きでした。この番台は山口県まで足を伸ばさないと巡り会えないようですね。

塗色も色々なバリエーションができましたが、岡山広島地区で大増殖中の黄色一色は馴染めそうにはありませんね。


 こうワールド10周年とのことで、おめでとうございます。
貴ブログは神戸近辺の地元ネタが多く、親近感があって鉄道ファンだった頃を思い出します。こうさんは今も小束山にお住まいなのでしょうか。

 さて、117系ですが、製造後30数年経っても古さを感じずいいデザインです。しかし、6両にひとつしかないトイレはウイークポイントです。社員旅行で117系一編成をチャータしたのですが、トイレは長蛇の列でした。

10周年、おめでとうございます。
またいつか、工作科時代のお話でもしましょう。

祝10周年!
117系といえば、関西私鉄に勝るところが何も無いとまで極論された関西国電(懐かしい言葉ですが)が、関西私鉄並みになった!大鉄局のやる気を見せた!とか、評価された電車でした。
主な競争相手の阪急の、
宝塚歌劇に似て、トップスターの座は短いのかもしれませんが、光り輝く存在でした。
153系から置き換わっていった花の開く時代、JR化後221系に置き換わり、完全に新快速から引退し花が散ったと思っていたら、震災の後の旅客集中による、奇跡とも言える新快速への復活等、153系が華なら117系も花だった車両です。
221系や223系の様に快速も他の線区もどれもこれもどこでもの存在で無く、東海道・山陽線の新快速専用車(朝晩の間合の快速は別として)と言う位置づけも、まさにトップスターの存在でした。

10周年おめでとうございます。

117系は18きっぷ旅行の途中で米原~名古屋間の快速で乗っていたのですが、特に0番台の安定感が特急型車両を凌駕するほどでした。
現に穂積~大垣間の築堤では313・373・キハ85系などのボルスタレス台車の車両が激しい振動や蛇行を繰り返すのに対し、117系0番台は全くといっていいほど起こらなかったです。(100番台は313系ほどではないが蛇行を起こす)
117系新快速といえば東海の豊橋17時発米原行(三河三谷停車)に必ず使われていた時期があり、帰宅時間帯と重なる為か18旅行の帰りによく乗りました。

117・115・113・415・457・475系に単色は味気なく感じます。
個人的には旧塗装みたいに窓の下に帯を巻いた方が似合うと思うんですがねえ・・・。
黄一色に対して青帯(福塩線の105系)、緑一色に対して白帯(オーシャン色がそれに近い)といった具合に

>泉州人さん
100番台の電動車ユニットは山口県へ移った編成を6連から4連に短縮した際に向日町電車区所属の0番台or300番台の編成に混ぜていますので、電動車ユニットのみであれば湖西線の普通電車辺りで遭遇出来るかもしれません。
また、制御車1両がリニア館の屋外に休憩スペースとして保存されています。

TMさん>
ありがとうございます。

117系でも問題になった方向幕、高砂では24系やキハ181系でも悩みの種でした。
結局、性善説ではどうにもならず、105系ではわざわざ方向幕部分の窓の形状を変更してまで、簡単に手が出せない場所に設置され、それが以後の標準になりましたね。

hiroさん>

ありがとうございます。

今回、京都所属車の一編成がオリジナルカラーで吹田工場を出場したとのこと、非常に嬉しく思っています。
先だってはオーシャンカラーでの塗りなおしも行われ、少しはJRさんも車両の文化的価値を見直しているのかなと思ってみたりします。

国鉄祭末期の傑作であり、関西人になじみの深い117系・・どうか・・できれば動態で保存して時には走らせて欲しいですね。

泉州人さん>

ありがとうございます!

117-100には先頭車両は下関、山口地区でしか会えないのですが、中間車は湖西線、草津線で走っています。
でも、出来ればあの優雅な先頭車を一編成・・関西に戻して欲しいですね。


L急行鷲羽さん>

ありがとうございます。

117系の団体輸送用編成は583系の置き換えとしてトイレを2両に一箇所、増設しています。
ただ、そのために外観が変化したのは惜しいですが・・
153系の全車両トイレ、洗面所付から一転、117系では編成で一箇所のトイレだけになってしまいましたね。
そしてそれは今の225系でも・・
ちょっと・・厳しいんじゃないかなと・・思います。。

ほろきねぇねさん>

ありがとうございます!
本当ですね。
工作一科の話し、なにか、出してみましょうか。
こんごともよろしくです。

キッコーマン専用線さん>

ありがとうございます。

117系は関西では、それも京阪神では新快速で最後まで活躍したこと・・やはりスターでしたね。
阪急6300、京阪3000三つ巴の競争が懐かしく感じられます。

志摩流しライナーさん>

ありがとうございます!

僕はやはり、117系でも完成型といってよいだろう・・あるいは221系の前触れとも言えるかもしれない100番台、好きです。
個人的にボルスタレス台車にも違和感を感じません。
しかし、やはり軽さ・・は否めないですね。

今年、ようやく下関で117-100に出会えましたが、もう少しじっくりと・・眺めていたいです。
せめて一編成・・関西に持ってきてくれないかなぁ・・

こんばんは。
117系は、関東の私には日常見かけることのない電車、非日常の一つでした。既に東海では走らなくなり久しいですが、西日本まで行けば、まだ暫くは見られるでしょうか。
http://kazetabiki.blog41.fc2.com/blog-entry-472.html
全盛期を知らず、乗ったり見たりしたのは、ローカル運用ばかりでしたが、その分、クロスシートの快適な旅ができました。
お写真を拝見し、今ではこんなにも多様なカラーがあると知り、少しの驚きと、それぞれの路線を旅したい気持ちを感じています。
他の記事も拝見致します。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

風旅記さん>

今、西日本でも117系を見られるのは、湖西線・草津線・紀勢線・和歌山線・岡山地区の山陽線・赤穂線・山口地区の山陽線と、京都配置の団体列車運用だけです。

うち、和歌山地区のものは今春の改正で運用が激減して、山口地区のものは次回置き換え対象とのことです。

でも、紀勢線や湖西線、山陽線西部の海や湖を眺めて走る姿は最高です。
ぜひにも、一度、ごらんくださいね。

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