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2013年11月

2013年11月27日 (水)

神戸市電の残照を追って。

これまでもこのブログでは広島に行ったクルマを中心に神戸市電を取り上げてきたけれど、ウェブページ時代から10周年を経たのを記念して、これを期にこれまで訪問した神戸市電の生き残りや保存車両、あるいはすでに残骸に近くなっているものも含めて知る限りにおいてまとめてみたい。

僕は神戸・湊川の生まれで、いつもすぐ近くに市電が走っていた。

多分、僕が生まれて最初に認識した「鉄道」は神戸市電で、それが故、僕は今も私鉄がすきだし、特に路面電車が好きなのだと・・これは人間、3歳までに人生が決定するといわれるその際たるものではないかと苦笑もする。

ただし、神戸市電は昭和47年3月13日に廃止されていて、その頃僕は大阪で小学生だったし、僕自身が写真を撮影し始めるのは昭和49年からになるので、残念ながら僕自身の手による神戸市電の写真は存在しない。

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我が家に存在する唯一の神戸市電の写真。

栄町あたりだろうか、大阪からやってきた116号が走る。 これは、わが父が残した写真で、原版はロクロク判だった。 父は東京生まれだが、物心ついた頃から大阪に住んでいて、その父がわざわざカメラをこの電車に向けたのは「大阪市電が神戸に走っている」と驚いたからではないだろうか。

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昭和53年だろうか・・初めて広島に行った僕は、雨の中、本当に久しぶりに神戸市電の姿を見た。 もとより、広島に神戸市電が移籍して走っているのは知ってはいても、自分の目で見るとまさに感激である。 その最初の写真。

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580号の俯瞰。 かつて、広島駅前には路面電車撮影に都合の良い歩道橋があった。神戸市電K車、580号。 1928年生まれの古い電車で、流麗な神戸市電の中では大きくて無骨な電車だったが、その大きさ、無骨さが広島では好まれたとの事。

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そして神戸市電K車、575号。 正面の菱形警戒色、窓上の風防がなければ神戸市電そのものだ。

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こちらは嬉しい1101号。 神戸市電といえば700形から始まるこの流麗な形だろう。 子供の頃の憧れが一気に呼び覚まされた瞬間だった。

 

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神戸市電、大阪市電ばかりがひしめく広島駅前に1105号の「ハノーバーカラー」電車。 この電車の系統板は神戸市電時代の菱形のままだ。

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こちらは神戸市電最新でありながら、結局大阪市電の部品でツリカケ改造された1150形1153号。 この形式の正面窓は上部に緩やかなRがあるのが特徴だが、残念ながら風防により、その優雅さが分からない。

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今度は前面方向幕の大型化、冷房改造工事がなされた後の姿・・

土橋付近、お茶の宣伝車1101号。

1151

本川町あたりか・・1151号。

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宇品付近の1155号。 大きな窓に美しい緑色・・神戸市電の面影が十分残っているサイドビュー。 ただし、本来の神戸市電1155号は広島に譲渡されず、このクルマは1158号の改番。

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方向幕大型化後の1105号。

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コカ・コーラの広告電車1153号。

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マツダの広告電車、1156号と後ろに続くのが571号。

573

これも本川町あたりか・・ 菱形警戒色が消された573号。

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1103号の後ろを1105号が行く。 どちらも神戸市電1100形。

さて、今現在、広島電鉄には2両の神戸市電が残る。 ともに、朝ラッシュ時と、ごくまれに日中に走るのみで、僕は朝ラッシュ時を狙って会いに行った。

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まず、582号。 神戸市電のあの緑色は維持され、美しく整備されて走る様子。 鷹野橋。

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広電オリジナル352号と並んだ582号。 本社前。

582号は実に1924年生まれのJ車であり、来年には御年90歳、日本一古い現役電車ではないか・・

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582号の車内。 天井は冷房改造時に標準化されている。 車内の色合いは元のままだ。

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八丁堀、三越の前を行く582号。 神戸三越前を行く姿を思い浮かべてしまった。

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1156号。 二代目ハノーバー電車となった。 でも、僕らは神戸の色合いに戻してほしい・・ 神戸市電の流麗さを残す最後の生き残りだからだ。

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宇品の先を埋め立て、改めて客船ターミナルを整備、そこに路線を延長した広島港ターミナル。 停車する1156号。

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1156号の車内。 窓の大きさ、壁面の淡い緑、緑のシート・・これだけで涙が出る。

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さて、神戸市とその周辺の神戸市電たち。 まずは解体されてしまったハーバーランド、レンガ倉庫前の708号。 非常にもったいないことをしたものだ。

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本山交通公園(現・小寄公園)の1155号。 広電の1155号は1158の改番で、こちらが本当の1155号。 解体寸前で救助され、再整備された。 正面窓の優雅なRが神戸市電完成型を物語る。

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和田岬、御崎公園の1103号。 広島から返還してもらった電車で、広島での現役時代の様子はこのページの上記を・・ 正面方向幕は広電時代のまま。

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その車内。 窓越しに撮影。 基本的に原形を保っているけれど、天井部分は冷房改造されている。 ただし、クーラーの機器は撤去されている。

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神戸市西区某所に放置されている2両の神戸市電。 かなり朽ちてしまっている。

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こちらは1012.

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その番号。

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こちらは1017.

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番号部分。

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神戸市交通局、高速鉄道(地下鉄)名谷車両基地内に保管されている705号。

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その車内。

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座席の様子。 この電車の元々の姿は転換クロスだが、戦時にロング化されていて、この座席は戦後の1000形のもの。

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705号の照明。 神戸市電独特の優雅な照明。

そして、リコ式つり手。

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台車、マキシマムトラクションといわれる独特のもの、車輪径が前後で異なる。

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こちらは808号。

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その車内。 標準的なロングシート。

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808の車番。 神戸市独特の字体だ。

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最後に、明石の某所、JR線に程近い公園内に鎮座する945号。 こちらは南側から。

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945号を南側から。 静かに、公園と同化して余生を送る姿。 こういう余生の送り方は電車にとって幸せなことかもしれない。 すでに電車として走った年月より長くここに居座っていたとしても・・

2013年11月17日 (日)

117系電車の変遷

11月21日で拙ウェブサイト「こうワールド」http://www4.ocn.ne.jp/~e-maiko/が丸10年を迎えます。

このウェブサイトのコンテンツの一つとして用意したのが「国鉄の思い出」でした。

後に、このコンテンツの記事をブログに移設、さらに、ブログ運営会社の都合によるアドレス変更で移設される際に、私鉄の部分をあわせ、「国鉄・私鉄の思い出」としました。

この間、10年にわたるご愛読に深く感謝申し上げます。

ありがとうございました!

今後もより一層の充実を期していく所存ですので、よろしくお願いいたします。


**********

国鉄117系は、最初に投入された京阪神用、それに名古屋地区用、そして京阪神増備100台、名古屋地区短編成化増備100台と、基本的にはあまり多くのバリエーションを持たずに製造されている。

けれど、JR化後は、運行様式の変更、後継車の登場、他線区への転出、他系列への改造が行われ、実にさまざまなバリエーションが登場した。

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まずは投入前の、公開展示回送。 宝殿駅にて。

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須磨付近、電車線を行く新快速。

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須磨付近、震災復旧なり、221系化されていた新快速が増発、再び117系の雄姿が見られるようになった頃。

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名古屋地区、投入当初の「東海ライナー」

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JR東海カラー。

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こちらもJR東海カラー。 廃車直前の頃。 悪くはないが軽い感じがする。

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福知山色。 正面に帯が回らず、間延びした印象がある。

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福知山色の新快速。 これも震災直後の増発列車で。

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岡山地区のサンライナー。

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サンライナーカラー、倉敷駅での様子。

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紀勢線用オーシャンカラー、和歌山駅で。

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オーシャンカラー、和歌山線五条駅にて。

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オーシャンカラー編成が吹田工場からの回送、大阪環状線野田を通過する。

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岡山地区の黄色い117系。 ワントーン化は117系にも及ぶ。 いくらなんでも正面窓回りの黒塗りを廃したのでは、117系独特の気品が失われる。 (これは、サンライナーがすでに廃していたのではあるが)

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岡山地区、115系の中間に挟まれている117系改造、115系3500番台。

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こちら、山口地区の黄色い117系。 イエローの彩度が岡山地区と異なるほか、正面窓回りの黒塗りが存置され、同じワントーンでも岡山地区のものほど違和感がない。

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山口地区、100番台による原色編成。 正面の種別幕は使われていない。 せめて「普通」と入れてほしい。

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京都駅における緑色の117系。 これまた・・なんとも言いがたい雰囲気だ。

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京都駅、原色の117系。 この色合いの117系は、本当に格調高い。

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湖西線で緑色の113系と並んだ原色117系。 どちらも完全に緑色になる日も近いか。

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車内。 まずは東海所属車の廃車前の車内。 ほとんどオリジナルのまま。

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オーシャンカラー編成の0番台車の車内。

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京都地区の100番台の車内。

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300番台の車内。 元は福知山線ラッシュ対応に改造されたもの。 京都に残る117系は団体輸送用と一部中間の100番台を除けばこの形態ばかりだ。

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岡山のサンライナー用の車内。 こちらも枕カバーと吊り輪以外はオリジナル。

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山口地区100番台の車内。 座席生地が広島・山口地区独特のものに張替えられている。

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最後に・・ 去っていく117系。 出来れば1編成でも原色で残してほしいと願うが・・

 

 

2013年11月11日 (月)

改めて、加古川駅。

加古川駅は以前にもエントリーしているけれど、今回、別のネガフィルムが見つかり、これを見ればかつての構内の様子も分かるので、改めて、以前紹介した写真も含めてまとめてみたい。

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国鉄時代の写真から。 117系下り新快速が1番線ホームに入る。

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加古川線ホームのキハユニ15、これはキハユニ15 3で、正面窓が独特の雰囲気。 側面も客車のような一段窓。

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こちらはキハユニ15 6で大きな窓が愛嬌。 側面はバス形の二段窓。

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583系の寝台特急、「彗星」が通過していく。

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EF58 43牽引、14系客車の急行、「阿蘇」あたりか・・

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153系の新快速。 正面大窓タイプの初期型で、僕はこのタイプが好きだった。

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夕方の加古川駅に西から入る気動車急行。 「みまさか・みささ」あたりだろうか。

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中線に貨物列車が停車する。 夕方のラッシュ時でホームには大勢の乗客の姿。

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1番線には改札口があった。 改札と跨線橋入り口の様子。

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改札正面。 この右側にも新しい跨線橋があった。

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加古川線ホームにはキハ40の姿が。

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1番線2番線の間の跨線橋。

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2番線4番線の間の跨線橋。 留置線を越えるために跨線橋は長かった。 古レールを使った建築物も今となっては貴重だったと思わずには居られない。

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外観正面。 昭和63年ごろか。

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外観をやや斜めに。 神姫バスは当時、どの路線も混雑が激しく、乗り入れる本数も大都市のバス並みに多かった。

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バブル期に加古川駅前が再開発され、巨大な百貨店が駅前に出来た。 その頃はまだ、駅舎そのものは旧来のままで、美しくライトアップされた駅舎は格好がよかった。 駅舎を正面から。 バス停の上屋が折角の駅舎を見る邪魔になる。

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やや斜めから。

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噴水と駅舎。 今思っても加古川駅はこの当時が最も美しい。

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駅舎全景の俯瞰。

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駅前広場の様子。

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駅前の再開発ビル、「そごう」加古川店。 すぐに経営破たんした。

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日中の駅前の俯瞰。

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駅の大時計。

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さて、今の様子だ。

加古川線ホームに103系電車。

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223系が3編成並ぶ。

実はこの撮影している後ろにも同じ223系が1編成、全て12連で都合48両の223系が集結している。

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225系と221系。

高架ホームはゆったりしたつくりで、安全面からも非常に優れた設計だと思う。

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キハ189系「はまかぜ」がゆっくりと通過する。

加古川市というところは非常に古い歴史を有していながら古いものをあまり大切に出来ない気風があるのかもしれない。

奈良駅では高架工事の際に、貴重な駅舎を改めて新駅の表玄関として使ったし、同じやり方が浜寺駅でもなされるという。

加古川駅の木造駅舎を思い返すとき、あの重厚な得がたい建造物を壊してしまったことに・・元、加古川市民としてはやるせない思いがあるのだが・・

2013年11月 4日 (月)

山陰本線宍道、来待あたり

今回は昭和57年に伯備線・山陰本線一部電化開業されたその後の・・宍道・来待付近を散歩しながら撮影した写真だ。 通常、鉄道路線が電化開業される場合、その両端の何処からか・・つまり端から電化されるのが常だ。 もっとも、勾配区間で電気機関車の補機をつけるためにその区間だけ電化する・・信越線・奥羽線の例があるけれども、そういう例外を除けば真ん中の区間が先に電化されるのはあまり例がないかもしれない。 伯備線には新幹線連絡、気動車唯一のL特急「やくも」が走っていて、これのスピードアップが急務だったことからだろう。

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大阪から例によって「だいせん5号」で宍道駅下車。 下車してすぐ、大急ぎで乗車してきた「だいせん5号」を撮影した。 20系のみで編成された美しい、風格のある列車だ。

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そして博多からやってくる「さんべ6号」 DD51が牽引する20系12系混結の列車で、20系のドア部分は12系にあわせて改造されているために、上記の「だいせん5号」と比すと客用ドア部分が車体外側より凹んでいるのが分かる。

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「さんべ6号」が発車していく。 ネガを見る限り、どうしても客車に力が入っているようだ。

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小雨の中、そのまま歩いて・・特急「おき」 キハ181でこの系統は比較的早期にキハ80系から置き換えられている。

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新車の115系電車。

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3両編成の急行列車。 キハ28系で時刻から木次線経由「ちどり」広島行きではないだろうか。

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381系「やくも」 宍道湖をバックに快走する。

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「やくも」が走り去る。 この当時、まさか21世紀になってもこの系列がバリバリ現役だとは考えもしなかった。

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24系客車「出雲」 機関車を撮り損ねたのだろう。 これまた客車のほうに力点が入るのが我ながら自分らしさを感じてしまう。 これは個室寝台車。

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「出雲」の編成。 今の「サンライズ」の前身だ。

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来待駅だと思う。 入線する普通列車。 まだまだ、旧型客車が元気だった頃・・

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松江にて。 新車の115系。 ピカピカ、シートピッチ拡大、寒冷地仕様の1000番台。 今も転換クロスに改造、黄色く塗られながら頑張っている。

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夜行普通「山陰」の寝台車。 オハネフ12 4の車号がみえる。 このクルマは比較的美しさを保っている。 高砂工場担当のクルマだ。

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最後は381系「やくも」 食堂車がなくなったことなど、利用者はやや戸惑った。 しかも高速化された伯備線での走りは揺れがひどく、どっしりとした乗り心地のキハ181を懐かしむ声が聞こえていた。