フォトアルバム

プロフィール

フォトアルバム

こう@電車おやじ

小説サイトSTORY http://e-maiko.blog.ocn.ne.jp/story/ 鉄道掲示板 http://6551.teacup.com/kouzou/bbs プロhttp://pr.cgiboy.com/02653710/フィール

« 昭和50年2月、岡山駅・倉敷駅 | メイン | 山陰本線宍道、来待あたり »

2013年10月24日 (木)

加古川市、野口駅辺り

今回は国鉄高砂線と別府鉄道の共用駅、野口駅だ。
まずは昭和50年ごろの様子から・・

野口駅は出来たばかりの加古川市役所のすぐ東、当時は未だ田園地帯の真ん中にあった無人駅で、改札も駅舎もなかった。

2

別府鉄道、機械式気動車キハ2がやってくる・・

Photo

キハ2が田圃の中、近づいてくる。

2_2

キハ2が踏切を通過する。

2035

高砂線はキハ20とキハ35、2連だ。

Photo_2

遠望。
この地には目印の必要性か、鉄道駅に大木があるところが多かった。

2_3

ホーム停車中のキハ2、これは駅の南半分。

2_4

同じく、駅の北半分。

Photo_3

野口駅北側の踏切をキハ20が通過していく。

 

2_5

野口駅、藤原製作所前との間の区間をキハ2が行く。

 

35

こちらは鶴林寺近くのキハ35。
やはりこの系列はツートンが似合う。

C11

鶴林寺公園には今もあるC11。

101

こちらは多分、廃止前の頃。
キハ101は改造され、ステップ部分に車体下の裾を合わせていた。
高砂線キハ20もワントーンになった。

10120

夕闇の中、同時発車した二つの列車が去っていく。

101_2

そして、既出だが夜景。
別府鉄道キハ101の横を高砂線列車が行く。

10135

キハ101と国鉄キハ35が並ぶ。

101_3

駅に停車しているキハ101。

Photo_4

今の野口駅付近の様子。
鉄道があった証拠に車輪のモニュメントが置かれているが、鉄道路線は交通量の多い道路となった。

2_6

沿線、円長寺駅跡に保存?されているキハ2・・痛み方があまりにも哀しい・・

 

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/351371/31916529

加古川市、野口駅辺りを参照しているブログ:

コメント

別府港から土山に行く途中、夕方藤原製作所前で仕事帰りの通勤客で満員になりました。藤原製作所前駅は階段だけの簡素な駅というより、簡素な階段が田んぼの中にぽつんとあっただけの駅でした。

テレビ猪名川コミュニケーションの呼び掛けで、円長寺キハ2の清掃活動が11月10日に行われるようです。
参考になれば…

http://tvinagawa.dip.jp:8080/xoops/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=211

こうさん、こんにちは。

いつもながら素晴しい光景を撮っておられますね!
高砂線を走ってた気動車も古いけど、別府鉄道の車輌はもっと古かったですよね。そんな素晴しい光景をなぜぜ・・・;。

地元に走ってた別府鉄道を撮らずに過してたのが鉄ファンとして最大のミスです;。撮ろうと思えば色んなシーンが撮れましたよね。高砂工場に入出場する配給列車と絡めてたらどれだけ貴重な事か;;。 じ~っと見てたらディーゼルの音が聞こえて来そうな気がします。 

貴重なお写真ありがとうございました。

当時としても、周辺の景色から言っても、時間を超越した存在だった、別府鉄道の野口線と、高砂線の野口駅。この景色も今は思い出で、松風の小道として残っているのが幸いです。片上鉄道のような保存会が立ち上がってよさそうなロケーションですが、それは話題も上がらず。歴史の中に消えて行きました。

こう様、こんばんは。

別府鉄道は結局乗ることなく消えていきましたが、土山駅周辺でそれらしき痕跡(遊歩道)を見たことがあります。
車両とかも後年になって写真で見るにとどまりましたが、いかにもローカル然とした雰囲気がいいですね。
今になって思えば「いずれそのうち・・・」と思っているうちに消えていったローカル線の多いことに我ながら驚きます。

しかし「南部縦貫鉄道」は乗っておいてよかったと思える数少ない今はなき路線の一つです。レールバスそのものといった感じの小型の気動車で自動車のようにギアチェンジをしながら走る方式に興味をそそられました。ただ乗り心地は・・・。でした。今でも保存的に運転されているのはいいことですね。

 野口線は蒸気バルブメーカーのTLVの南側に路線があったように思います。TLVは輸出先の国旗を掲揚し、その前を通るDCは絵になりいつか撮りたいものだと思っていました。
地元なので油断していたら廃止になってしまいました。近くにいながら撮れずに残念でした。

harada akiraさん>

藤原製作所=現TLV、今も盛業中ですね。
当時、この駅の利用者が最も多かったのではといわれていましたが、最終列車が18時台、残業には鉄道は使えなかったかもです。

尾上松之助さん>

情報ありがとうございます。
ここから先、きれいにするにはある程度大工などのプロスタッフと当時を知る鉄道関係者の協力が不可欠・・
その上で、もう少し管理がしやすい場所に移すようなことも必要だと思うのです。
でも、まさに第一歩です。

ゴンパパさん>

案外、地元だと撮影していないこと、多いですよね。
僕自身、西宮北口の平面交差や、旧大阪駅外観など・・撮影できていませんし。。

キッコーマン専用線さん>

そうも、加古川市には鉄道を文化遺産とする思考がないような感じです。
隣の播磨町には見事に整備された土山線列車がそのまま保存、公開されているのですが・・

泉州人さん>

南部縦貫鉄道、以前にこのブログでも取り上げましたが、一度だけ訪問しました。
豪快なエンジン音、貨車丸出しの乗り心地、そして日本離れした茫洋とした沿線風景・・
南部縦貫、栗原、片上、加悦など、廃止鉄道の保存が積極的にされているのはとても嬉しいことです。

L急行鷲羽さん>

僕もTLVの前を走る列車は撮影できていません。
本当に、地元であるが故の油断だと・・
つくづく思います。

コメントを投稿