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こう@電車おやじ

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2013年10月

2013年10月24日 (木)

加古川市、野口駅辺り

今回は国鉄高砂線と別府鉄道の共用駅、野口駅だ。
まずは昭和50年ごろの様子から・・

野口駅は出来たばかりの加古川市役所のすぐ東、当時は未だ田園地帯の真ん中にあった無人駅で、改札も駅舎もなかった。

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別府鉄道、機械式気動車キハ2がやってくる・・

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キハ2が田圃の中、近づいてくる。

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キハ2が踏切を通過する。

2035

高砂線はキハ20とキハ35、2連だ。

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遠望。
この地には目印の必要性か、鉄道駅に大木があるところが多かった。

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ホーム停車中のキハ2、これは駅の南半分。

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同じく、駅の北半分。

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野口駅北側の踏切をキハ20が通過していく。

 

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野口駅、藤原製作所前との間の区間をキハ2が行く。

 

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こちらは鶴林寺近くのキハ35。
やはりこの系列はツートンが似合う。

C11

鶴林寺公園には今もあるC11。

101

こちらは多分、廃止前の頃。
キハ101は改造され、ステップ部分に車体下の裾を合わせていた。
高砂線キハ20もワントーンになった。

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夕闇の中、同時発車した二つの列車が去っていく。

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そして、既出だが夜景。
別府鉄道キハ101の横を高砂線列車が行く。

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キハ101と国鉄キハ35が並ぶ。

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駅に停車しているキハ101。

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今の野口駅付近の様子。
鉄道があった証拠に車輪のモニュメントが置かれているが、鉄道路線は交通量の多い道路となった。

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沿線、円長寺駅跡に保存?されているキハ2・・痛み方があまりにも哀しい・・

 

2013年10月13日 (日)

昭和50年2月、岡山駅・倉敷駅

今回は僕の保有するネガではもっと古い部類に属する今から38年前の記録だ。 新幹線博多開業が昭和50年3月で、その際には山陽路を走る多くの優等列車が廃止になることが決まっていた。 しかし、僕の当時の地元、加古川市では日中の山陽本線優等列車は数えるほどしかなく、岡山に行けば九州・山陽方面の多彩な列車群を眺められることから・・ 中学生の身で・・始発電車に乗って岡山へ行ったものだ。

例によって既出もあるが、ご容赦ください。

また、撮影技術が未熟であること、ネガフィルムの劣化により相当なPhotoshop 加工が必要だったこと、あわせてご容赦いただきたいと思う。

583

まずは岡山駅。 581系寝台特急「月光」・・月光形の愛称の由来となった列車だ。

153

153系11連の快速列車。 急行間合い運用で、サロ、サハシ込みという今では信じられない豪華な快速列車。

485

特急「つばめ」485系・・国鉄伝統の由緒正しき列車名が岡山・西鹿児島間の特急列車に使われていた。

80

80系電車。 153系といい、東海道都落ちの花形スターも当時の岡山で第一線で走っていた。

De10

DE11牽引客車列車。 吉備線か・・DE11だと暖房はどうしていたのだろう・・運転区間が短いから暖房は無し・・ということだったのだろうか。

10

キハ10・・伯備線だろうか。

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キハ26・・こちらも伯備線だろうか・・それとも、ホーム番線から津山線か・・

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倉敷駅、 まずは、485系の「なは」 大阪から西鹿児島まで直通する列車で、日中の特急列車としては唯一だった。

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485系の「はと」 こちらはボンネットタイプ。

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同じく485系「はと」 貫通型タイプ。 「はと」は下関までの列車だった。

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583系「つばめ」 一般の人には不評だったといわれる581系日中運用だが、僕ら鉄道小僧には格好良く見えたものだ。

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同じく583系「しおじ」 こちらはなぜかフィルムの劣化激しく、モノクロに変換している。 いくらコダックのフィルムでもネガフィルムならそろそろいろ情報の保存は限界の時期に来ているのだろう。

Ef663

EF66牽引貨物列車。 初期型3号機、貨物列車の撮影ブームが起きるのはこの後の時期からだ。

181

キハ181「やくも」 走り出して3年、まだ新車の香りを残す頃・・ この当時は、この気動車が21世紀を10年以上も走り続けるとは思わなかった。

65

キハ65急行「伯耆」 急行列車には特急にはない独特の風格があったと思う。

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10系列寝台車「屋久島」 ブルートレイン全盛の中、旧来のスタイルを残す夜行急行もまだ走っていた。

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さて、このあとの時代、10年後の岡山駅にて・・ 走り出した213系「マリンライナー」

167

以前、本ブログで紹介した際には165系であると思っていたが、その後の調べで167系だったことが判明、同時に撮影時期も昭和63年秋から冬と特定された。 167系瀬戸大橋線臨時快速。

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徳島行き「うずしお」 キハ185系。

117115

そして、最近の撮影から。 117系と115系が並ぶ様子。 山吹色への変更により、なくなりつつある塗装・・

117

倉敷での117系電車。 このあたりの電車の世代交代もいよいよ囁かれるようになって来た。

2013年10月 8日 (火)

ポール集電の叡山電車

叡山電車・・かつての京福電鉄叡山本線、鞍馬線は好きな電車で、何度も眺めにいっているけれど、今回は昭和51年から53年にかけての写真だ。 以前に一度「平面交差」でエントリーしたけれど、その際のページはこちら

なお、その際の既出もあるが、ご容赦ください。 スライダーシューに変更はされたけれど、未だポールを活用していた時代の最後の頃だ。

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デナ21形。 元田中におけるデナ21、平面交差を行く。 叡電では電車の形式記号にデナ・デオというカタカナを用いる。 デナは中型、デオは大型で、車体長15メートルを境に使い分けているようだ。

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こちらはデナだが番号不明。 ウィンドヘッダのない、上部のRのついた窓、美しいデザインだ。 写真には京都市電が乗り入れていた当時の連絡線跡が見える。

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鞍馬におけるデナ21。 現在、この電車のカットボディがここで保存されている。

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鞍馬停車中のデナ21を正面から。

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デナ21運転台のサイドビュー。

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その電車が鞍馬を発車する。

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後追い、 後ろはデナ22だ。

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こちらはデナ122。 正面窓が原型のままで、いかにも京都らしく美しい。

鞍馬電鉄が開業時に用意したのがデナ121で、この翌年、京都電燈が同型の車両を製造、これがデナ21だ。

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意味はないけれど、ちょっと角度を変えてアップ気味に・・

201

デオ200形。 元田中駅を行く、デオ201。 戦後の傑作電車のひとつで、琴電10000形「こんぴら号」と似た雰囲気を感じる。 ツリカケ式の完成形のひとつと言えるだろうか。

203

出町柳で発車待ちのデオ203。 駅の雰囲気自体は今とさほど変わらない。

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元田中の平面交差を渡るデオ204。 京都市電が2両、こちらに向かってくる。

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デオ300形。 301と302が元田中ですれ違う。 京阪鴨東線開業を見越した性能を持った車両で、カルダン駆動、全長16メートルの叡電最大の電車だった。

302

デオ302が市電と交差する。

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デナ500形。 阪神の急行用小型車831形で、叡山電車には違和感なく溶け込んでいた。 元田中平面交差を横断中。

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デナ507、元田中停車中。

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デナ510、元田中を発車・・ 阪神時代には長編製でならした電車。

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デナ500形車内。 この頃の叡山電車はどの電車も古くても美しく整備されていた。

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出町柳での風景。

デナ500のサイド。

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珍しい枕木。 簡易形のPC枕木だろうか。 僕は軌道設備に関しては素人なので、ご存知の方あればご教示願います。

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鞍馬駅と電車の雰囲気・・

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最近の様子から。 元田中におけるデオ900。 観光電車「きらら」だ。

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元田中のかつての平面交差を渡るデオ800形。

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鞍馬駅に保存されているデナ21カットボディ。