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2013年8月25日 (日)

福岡市・貝塚公園のナハネフ22

30年近くぶりに九州を訪問した。
今回は時間的経済的制約の中だったので福岡・熊本で鉄道の側面を眺めたに過ぎないが、その中でどうしてもここだけは見ておきたかった場所があった。
市営地下鉄と西鉄貝塚線=旧宮地岳線の接続駅である貝塚駅すぐ近くの貝塚公園だ。
そこに、かつて「かいもん」で使われていたナハネフ22が保存されていると聞いていたからだ。

0820_dh114 8月20日、午後から福岡入りした僕は、最高気温が40℃を超えるという新記録の熱風が吹く中、貝塚駅から公園へ向かった。
公園には航空機も保存されていて、これは「デ・ハビランド DH.114 ヘロン」という航空機で、富士航空・日本国内航空=今の日本航空で使われていたものだそうだ。

0820 蒸気機関車、ずんぐりした独特の風貌は「キュウーロク」49627で、神戸生まれ、札幌で青春期を過ごし、筑豊地区で現役を終えた機関車だ。
こちらが公式側。

082049627 この機関車の後ろに20系客車が見える。
機関車から見て非公式側。

082022 ナハネフ22 1007・・これこそが、僕が会いたかったクルマだ。
こちらは4位側で客車の場合、車掌室は後位になる。客用ドアは自動式に改造されているが、これは12系との併結改造のときのもの。元々、20系は手動ドアで電磁ロック式・・NSEまでの小田急ロマンスカーと似たやり方だ。

0820_2 こちらは3位側。
かつてはもっと明るいカラーだったらしいが、20系客車本来のスカ色に改められている。
九州では最晩年は連結相手の12系客車とカラーがそろえてあったのではなかろうか。

0820_3 正面・・というより最後尾の流線型の顔。
20系独特の濃い色合いが美しい。
だが、ここまでするなら、クリームの帯を原型の三本にしてほしかったなぁ・・
(贅沢言って申し訳ない)

0820_4 前位、1位側=洗面所付近。
大きな窓、車内側では洗面器が3個並んでいた。
天井が高く、開放感あふれるデザインで、洗面所には大きな冷水器もあった。
なお、窓ゴムは腐食するのだろう、シーリング剤のようなものを塗られているが、これは現役時代、工場でも行われていた補修方法でもある。

0820_5 前位、2位側=便所付近から見た全景。
トイレは大小兼用2箇所で、この後の14系などよりゆったりしていた。

0820_6 1位側の連結面。
現役時代の表記がきちんと復元されている。

0820_7 キューロクとの連結器。
よく見ると、20系側の連結器には外側にもうひとつ、腕が噛むようになっていて、これは20系開発のときに設計された「密着自動連結器」であることが分かる。
ただし、機関車や一般客車、貨車は普通の自動連結器だから、完全に衝撃を抑えられるものではない。

0820_8 客車中ほどに車内が観察できるデッキが設けられていた。
洗面所側・・1位側・右側全景だ。

0820_9 ここから車内を観察。
中段寝台を出した状態。

0820_10 こちらは中段寝台をたたんだ状態。

0820_11 中段寝台のロック装置。
糸のようなばねが用いられ、これの保守に手間取ったものだ。
なお、画面左、畳んだときは必ずロックをしなければならないが、この状態はロックが解除されている。
実車運用中では禁止行為。

0820_12 枕灯。
10系の白熱灯から20系では蛍光灯に変わった。

0820_13 上段寝台。
10系シリーズと違い、冷房は集中式で床下装備、ダクトを通路上にしているために天井のでっぱりが無い。

0820_14 ヒータカバー、テーブル付近と下段寝台兼用座席。
座席は座席枠に折りたたみ式の簡単な角材が取り付けられ、これを使うとリクライニングしたような角度になるよう考えられていたが、実際にはほとんど使われなかった。
灰皿も原型のままだ。

0820221007 車番。
ナハネフ22 1007・・1000番台は12系との併結改造車であることを示す。
高砂ではかなり遅くまで12系併結改造車であっても帯は三本だった。

0820_15 方向幕。
独特の仕様、表示できる種類が限られていたために、色々分割して表示しているが、かえって風格を感じさせる。

22 最後に、当時の「さんべ」だったと思う。
ナハネフ22の急行時代の様子。
ナハネフ22は20系客車のイメージシンボル的存在でありながら、いくらも残っていない。
福岡市以外には1両がさいたま市の鉄道博物館、もう1両がなんと、西宮市のキャンプ場に保存されているが、そのほか、どこかにあるのだろうか。

それにしても、貝塚公園でのナハネフ22 1007との出会いは嬉しい出会いだった。

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コメント

 ナハネフ22、いつ見ても色あせないですね。優美なスタイルは国鉄渾身の作品です。私が鉄道趣味を始めたのもナハネフ22の“さくら・みずほ”も見てからです。
しかし、撮影は多かったのですが、同車には一度も乗れませんでした。

 車両の保存は場所や維持費で大変でしょうね。岡山にもナハネフ22が保存されていたように思うのですが、ご存知ないでしょうか。

L急行鷲羽さん>

僕は銀河でよく乗車しました。
仕事の上では好きではない車両でしたが、見たり、乗ったりするのは大好きでした。
プロとしては中途半端なできばえであることを嘆き、ファンとしてはスタイリングにしびれ、乗客としては乗り心地と、展望デッキにほれ込んだということでしょうか・・

この車両、かつては全国で保存されていたのですが・・軽量客車の哀しさ、大半が解体されてしまったようです。
岡山にも会ったのでしょうか。
もし、今もあるなら是非、見てみたいですね。

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