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2013年6月

2013年6月28日 (金)

近鉄のナロー、内部・八王子線と北勢線

近鉄は3種の軌間を持つことで知られている。
奈良、京都、大阪、名古屋線系統の1435ミリ・・標準軌。
南大阪、吉野、伊賀、養老線系統の1067ミリ・・狭軌。
そして三重交通路線を引き継いだ内部、八王子、北勢線系統の762ミリ、ナローといわれる特殊狭軌だ。

特殊狭軌と呼ばれる762ミリは実に軽便鉄道にとって非常にグローバルな規格で、今も日本に黒部峡谷鉄道も残るし、東京ディズニーランドの「ウェスタンリバー鉄道」、ディズニーシーの「エレクトリックレイルウェイ」は本物の設備を持つナローゲージだ。

その大近鉄のナローゲージ路線の昭和52年から57年にかけての撮影をフィルムを見ていただこうと思う。

229 モニ221形229、撮影場所は日永。
戦後の比較的新しい電車だが、実に北勢線同型車とは製造年次に20年の開きがある。
3両編成の中間はサ112で、松坂線から移籍した電車を付随車にしたもの。

228 踏切を渡るその編成の反対側。
モニ228。

231 モ231、松坂線からの移籍組で、この頃は再電装されて活躍していた。
緩くカーブした、如何にもローカル電車っぽい正面がいい。

Photo 内部線電車の車内。
窓からすると、モ231か・・

212 四日市駅のモニ212。
昭和4年製造で、当時のローカル私鉄としては画期的な電車だったそう。
内部行きの行き先板をつける。

213 同じく四日市駅のモニ213。
こちらは西日野行き、
この撮影直前に西日野・八王子間が水害のために廃止されている。

214 撮影場所不明・・内部付近だろうか。
モニ214の単行。
今でも単行で運行できる電車があれば、少しは経営改善に寄与したかもしれない。

Photo_2 電車内から見た日永の駅構内。
田んぼの中の分岐駅だった。

Photo_3 日永駅のホーム、斜めに支線が分岐する様子は阪急塚口を連想させるが規模的には国鉄高徳線板谷を小さくした感じ。

Photo_4 日永の駅舎。
この雰囲気は今もあまり変わっていないが、今は無人駅だ。

160 新時代の軽便電車、モ262。
あっと驚く新デザイン、近鉄がまだまだ支線への情熱を失っていなかった頃。

121 その編成の中間はサ121で、これはモニ220形からの改造編入。

161 反対側はク161、1M2T編成だ。
新型電車の投入は昭和57年、日本の軽便鉄道の将来に光が見えたように感じたものだ。

162 四日市駅のク162。

時代が少し変化した。

160_2 160型の車内。
たぶん、ク161だろうか。
バス型のクロスシートが斬新だった。

ここからは北勢線。
近代化直後の写真だ。
僕はどうも内部線のほうが好きだったようで、北勢線は西桑名で眺めた程度だった。
この写真は始めて全線乗車を果たした時のもの。
なぜか、北大社での写真しか出てこなかった。
今思えば、近代構えから北勢線を見ていたのに、きちんと記録せず、もったいないことではある。

134135 さて、北大社の車庫でク133、134が並ぶ様子。
正面2枚窓、側面はキハ20宜しくバス窓タイプの制御車、正面のヘッドライトはサからクに改造された時に設置された。

136 ク136の編成全景。

141 ク141と後ろは新型270形。
割と新しい軽量車体、これもサからクへの改造。

144 ク144、上記と同じシリーズで観光路線たる湯ノ山線の投入された付随車だった。
湯ノ山線改軌後、北勢線に転入。
さらに、近代化でTc改造。
後ろはやはり270形・・なぜか、270形の古い写真が出てこない・・

Photo_5 デ45。
昭和6年生まれのナローの電気機関車。
非常に珍しいけれど、現存しない。

Photo_6 番号不明、サ130形の1両だろう。

202 さて、昨年、本当に久しぶりにこの両線を訪問した。
今回はまず、北勢線を訪問してから内部線へ向かった。
30年前に撮影できなかった連接電車を見たかったというのもある。
その連接電車、ク202を先頭にした編成が藤原岳を望み走る

263 260形が牽引するのは140形・・
イメージがずいぶんと近代的になった。

しかし、北勢線の路線経営は三岐鉄道に移り、近代化が押し進められている。

226 阿下喜の構内の保存されているモニ226・・
非常に美しく、今にも走り出しそうだ。

Photo_7 最後に、今の内部線日永駅の様子。
夜の時間帯になってしまい、ここはぜひ、再訪を期さねばならない・・
なお、内部線の今の乗客数で廃止論議を出す近鉄の経営方針にはあくまでも反対する。

2013年6月16日 (日)

音別の海と列車。

国鉄がJRとなったそのときからまもなく、6月の北海道に僕はいた。
写真業界にいったん道を定めたものの、はて、そこから先に道が見えなくなった・・
人の勧めで本屋に就職したものの、やはりそこは自分の世界ではなく、思い切って何もかも捨てて「きたぐに」の乗客となったのは若き日の思い出である。

行った先は北海道。
根室や釧路を訪ね、そこから札幌へ戻る途中、車窓の景色に心奪われた音別へと下車したものだ。

このあたりの感覚は長崎本線東園を訪れたときと似ているかもしれない。

Photo_4 音別の駅は意外に構内が広く、貨物線もあった。
音別駅の構内の様子。

Photo 列車を迎える駅員氏。

この列車はこのあとに乗車した「狩勝」か・・

Photo_2 跨線橋からの「おおぞら」キハ183系。
通過風景。

Photo_3 去っていく「おおぞら」
国鉄最末期の傑作で、その性能は新時代にふさわしいものだ。

Photo_5 音別の駅舎。
如何にも北海道の・・ローカル駅といった風情だ。

音別はかつて大学もあったらしく、町の作りは若々しく、けれど・・町は賑わってはいなかった。

Photo_6 音別の海岸。
黒っぽい砂浜が延々と続く。
ここで初めてキタキツネと出会った。

Photo_7 巨大なタンポポとフキ。

Photo_8 海岸すぐ傍に線路が敷かれている。

Dd51 DD51重連の貨物列車が太平洋を望み走る。

40 キハ40とキハ22の「ぬさまい」

4022 その連結部。
JRのロゴがまだ新しい。

22 去っていく「ぬさまい」キハ22。

Photo_9 上り、キハ183系特急「おおぞら」がやってきた。
黒っぽい砂浜、茫洋とした海岸風景。

Photo_10 列車の側面。
広大な北海道に似つかわしい雰囲気の特急列車だ。

Photo_11 その列車中間のハイデッカーグリーン車。

Photo_12 去っていく「おおぞら」
キハ183のこのカラーリングはとても似合っていて好きだ。

Photo_13 このあと、根室線経由の急行「狩勝」で札幌へ向かった。
その列車の出入り台。
帯広にて。

2013年6月 2日 (日)

西鉄電車・昭和53年9月

西日本鉄道=西鉄については宮地岳線甘木線は以前のエントリーで取り上げたけれど、今回は初めて九州に行ったときの、昭和53年9月、少し眺めたその様子を御覧いただきたいと思う。

急行「阿蘇」で熊本入りして、熊本電鉄に時間を割き、大牟田駅に着いたのはもう、午後の遅い時間だった。
600 大牟田駅で待機する600系。(読者の方から二日市駅である旨、ご指摘いただきました。二日市にどのような旅程で行ったのか・・今となっては謎です)

105 大牟田駅に停車していた普通電車は戦前の個性派、100系・・
ただ、なんとなく不思議なデザインに感じたものだ。

602 特急にはクロスシートの2000系が来るものと・・思っていたけれど、今思えば時刻はすでに夕刻に近く、福岡での折り返しを考えるとそうなるのだろうけれど・・600系がやってきた。

なんとも物足りなく、でも、次の特急を待つ30分の時間的な余裕がなく、ロングシートの特急に乗ることになった。
写真はその特急、602号を最後尾にした編成で、正面上部に行き先表示がついて、ヘッドライトを腰に移動させたタイプだった。

600系は車内化粧板は国鉄急行と同じ薄茶色の無地、座席は紺色だったように思う。
冷房改造されていたが、当時関西私鉄では冷房改造時に天井見付もすっきりとさせる傾向があったのだけれど、西鉄ではクーラーの出っ張りはそのまま天井に顔を出し・・無骨に思ったものだ。
もっとも、このあと、地元の山陽電鉄の冷房改造は西鉄と同じやり方で、いわば西鉄が一歩先を行っていたと言えるようではあるけれど。

さて、600系特急の走りは申し分なく、いつも乗車している山陽電車よりスピード感はあった・・ただ、国鉄に乗れば同じ区間では421系や471系に乗車できるわけで、せっかく西鉄に乗ったのに、2000系に乗れないのはなんとも物足りなかった。
今思えば、自分のリサーチ不足であったわけで、2000系には、この後、何度も九州入りして何度も乗車する機会に恵まれている。
西鉄福岡に着いたのは、もう夕方・・日の暮れる頃で、シャッター速度の出せない感度の低いフィルムでなんとか撮影できるギリギリまで粘ったものだ。

609 西鉄福岡にて。

津福行きの急行は600系オリジナルの顔立ちをした609・・
この顔立ちがなんともローカルっぽさを醸し出していた。

666 こちらは別の津福行き急行。
666という稀有な数字のクルマ・・
ヘッドライトは腰に尾灯と合わせて取り付けられている。

602_2 乗車してきた600系特急の折り返し列車と福岡駅の様子。

630 600系特急の並び。
右が折り返し大牟田行き、左は大牟田からの福岡行き。
左の端に新鋭5000系が見える。
西鉄福岡駅の雰囲気は関西私鉄ターミナルのムードそのもの、規模は山陽電車の姫路駅に似ていた。

58 入線する20形の普通電車。
旧型車の更新改造車で、これまた独特のムードを持つ電車だった。

1000 こちらは特急格下げ、1000系の普通。
この電車の特急運用時代にぜひとも実物が見たかった・・

1300 戦後の流線型600形を改造して中間に新車を入れた1300系。

このクルマは3ドア化されなかった。

1300_2 その出自の異なる電車の連結部。

5000 新鋭5000系急行の入線。
割り切った左右非対称の正面デザインと、ショッキングなアイスグリーンに赤の帯といういでたちにはちょっと度肝を抜かれた。

5000_2 5000系の急行が二本並ぶ。
この5000系、山陽の5000系ともデザイン面では一脈通じるものがあるように思う。
もっとも、山陽5000系のほうは、これより10年後の登場で、デザインもかなり穏やかではある。

2056 2000系の特急が入線。
大勢の乗客が降りてきた。
二本遅らせればこの電車に乗れたのかと、少々悔しかった。

2056_2 その電車は小郡行きの普通として折り返す。
なんとなく、南海電車の羽倉崎行き急行に11001系が多用されていたのを思い起こす運用でもあった。

この日は小倉「弥生会館」で宿泊。

28 翌朝、小倉から「特別快速」で博多へ・・
このときは宮地岳線を見に行った。
そのときの様子は以前のエントリーで・・
貝塚駅に並ぶ2と8という、なんとも控えめな番号を持つ2両の電車だけ御覧いただこう。

596 西鉄福岡市内線は循環線と貝塚線だけが残っていた時代だ。
これは博多駅付近だろうか。
596号。

518 貝塚付近で518号。
すでに連接電車の姿なく、こちらもやや物足りなかったけれど、それでも廃止直前の福岡市内線に乗車できたことはラッキーだったと思う。

500 500形と思しき電車の車内。
ドアは折りたたみ式だ。

571 そのときに撮影した朝の小倉での北九州線。
571号。

580 580号。

633 ややスマートな633号。
北九州線ではこのとき、なぜか連接電車の満足な写真が撮影できなかった。
これも、このあと、数回にわたってここを訪れ、連接電車の姿を堪能している。

339 北方線も健在だった。
今の北九州モノレールに吸収された路線だ。
339号。
三々九度とは・・お目出度い・・
けれど、この路線はこの次の訪問時には廃止されてしまっていた。

西鉄電車は本当に長い間、見に行けていない・・
8000系特急車にも未だ実見叶わずだ。
ぜひとも、再訪したくて仕方がない・・