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こう@電車おやじ

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2013年5月

2013年5月22日 (水)

長崎本線長与支線・・昭和58年3月春の朝

諫早から長崎へ行く普通列車に乗ったとき、夕方の東園駅あたりの風情に心を打たれた。
次は必ずここにいく・・そう決めて、その次の旅行では数人の友人たちと一緒だったが、僕一人が長崎の手前の小駅、大草で下車した。
昭和58年3月24日の朝だ。

Photo 列車は夜行鈍行「ながさき」で、門司港からこれに乗車した。
まず、その前夜の門司港の風景。

明るい光が漏れる「ながさき」スハ43系の発車準備の様子。

Photo_2 寝台車と郵便車、荷物車が連なる前のほうの様子。

門司港から博多、鳥栖、肥前山口と深夜に走り、ここで早岐へ遠回り、大村線から長与を経て長崎に向かう列車だった。
Photo_3 寝静まるスハ43から降りたのは僕一人、時刻は午前6時すぎだろうか・・
到着した「ながさき」の最後尾車掌室。

Photo_4 最後尾のスハフ42から蒸気暖房のスチームを吐き出しながら明け方の駅を発車していく。本当は東園で下車したかったが、「ながさき」は停車しない。そこで大草下車となったわけだが、対向する普通列車もあったけれど、僕はこの駅で下車して朝の散歩をすることにしたのだ。
28 キハ28系の気動車が発車していく。
九州の夜明けは遅い。

30 歩くうちにキハ30を先頭にした列車が通過する。
通勤気動車は本来の使命たる大都市通勤線区から追い出され、このようなローカル区間にも進出していた。

40 その列車の後尾には当時最新のキハ40が・・

40_2 キハ40の試験塗装車を組み込んだ編成が切り通しを走る。
朱色一色では物足りないとさすがの国鉄も思い始めたか・・

20 その列車の後尾はキハ26だった。

4 ようやく夜が明けてきた。
鈍い朝日の照らす海岸を雑多な編成の気動車が行く。

30_2 その編成の先頭はキハ30か・・

2030 思いのほか、天気は良くならない。
キハ20・キハ30と続く気動車列車が海岸の築堤を行く。

20_2 キハ20のアップ。
本州以南ならどこでも見られた気動車だが、どこでも愛されたクルマでもある。

28_2 編成の最後にはキハ58も・・
海の中の鉄路を行く。

28_3 キハ58のアップ。
2エンジン車であるがゆえ、編成中の出力強化のために組み込んでいたのだろうか。

357 キハ30主体の列車の遠望。
7連で、よく見えないが、キハ30・47・20あたりが繋がっているか・・

26 入り江の奥にキハ26を先頭にした列車が見える。

263028 その列車が近づく。
キハ26はキロ格下げ改造車だ。

2630283540 カラーで・・既出だが、原版からの再スキャン、ちょっとサイズを大きく出力した。
海の中の築堤を行くキハ26・30・58・35・40と異形式ばかりを連結した豪華?な列車。
先ほどの試験塗装車を組み込んだ編成の折り返しで、キハ26は通勤改造の600番台、なんとも個性的な編成でもある。

28_4 急行用キハ28系だけで編成された5連の普通列車。
こうしてみると、やはり日本の風景に非常にマッチした好デザインだったことがわかる。

28_5 急行気動車ばかりの編成が入り江の奥に去っていく。

みかん畑の斜面で朝の列車を眺めるひと時・・
まさに愉悦の時間ともいえようか・・
Photo_5 東園駅の駅名票。

Photo_6 東園駅駅舎。

283040  最後にキハ28系主体、キハ40とキハ30も組み込んだ7連の普通列車をカラーで。
本日の出演、キハ20・26・30・35・28・58・40・47の気動車の皆さんと「ながさき」号の客車の皆さんでした。

2013年5月11日 (土)

山陽電車と国鉄高砂線の加古川橋梁

国鉄山陽本線の加古川橋梁が出てきたついでに、そのずっと南、加古川河口に近い二つの加古川橋梁を見ていただきたいと思う。
山陽電鉄本線と国鉄高砂線の加古川橋梁で、この二つの橋梁はすぐ横に並んで架けられていた。
今回のカテゴリーは「私鉄の思い出」とさせていただくけれど、これは山陽電車のほうが写真が圧倒的に多い・・つまり、列車本数がそれだけ違うことからそうさせていただいた。

撮影は昭和51年ごろからのもの、一部に既出のものがあるがご容赦いただきたいと思う。

Photo まずは加古川の看板。
建設省だったなぁ・・と、ふっと思う。

827 800系、827による普通電車。
旧型車といっても更新車が多かった山陽電車の中で、かくしゃくたる存在感を見せてくれた電車だ。

2001 2000系トップナンバー編成。
山陽電車高性能化の走りで、当初の広窓ロングシート・・激しく形態が変化していく系列の最初はあっさり薄味ということか。

2008 2000系2008。
狭い窓、転換クロス2ドア、登場早々にロングシート化されたクルマで、中間Tは3ドア。

313 300系313。
200系の機器を使った車体更新車だが、車両全長が短く、4連でもほかのクルマの3連分の輸送力しか持たない。

3601 3000系トップナンバー3600。
ちょっと後の撮影で、特急列車、普通列車の15分ヘッド運転がなされたダイヤ改正の看板をつけて走る。
それまでは、日中、特急20分ヘッド、普通10~20分ヘッドで普通のほうが運転本数が多かった。

Dd13614 高砂線DD13614が工場入場車や配給貨車を牽引する。
国鉄部内のためだけの列車。
 
277 カラー写真も少し。
250形277。
250形は当初、800系に似た外観で登場した車体更新車だが、2000系登場後はデザインが変わった。

279 250形279。
一時期の山陽普通車のイメージと言えるシリーズで、雰囲気が如何にも中規模私鉄の主力らしさに満ちていて好きな車両だった。

3606 3000系3606。
非冷房の3連、当時、2000系3000系のカルダン駆動3連車は共通の運用だったように思う。

3611 3000系3611。
これも非冷房、特急の4連だ。
中間に2000系改造の3551を連結している。

3615 3000系3615。
冷房改造がなった編成で、中間には、やはり2000系改造3555を連結、3550形も一部は冷房改造された。

3617 3000系3617。
上り特急、この編成も冷房化されている。
中間に3557を連結。

Photo_2 高砂線貨物列車。
16両ほどの貨車を従え、DD13がゆっくり川を渡る。

Dd13174 その貨物列車の先頭はDD13174。
姫路機関区にいたDLだ。

20 キハ20の2連が川を渡る。
よく見ると、前のクルマは2段上昇アルミ窓、後ろのクルマは上段がHゴム固定のバス窓タイプだ。

Tec0 ふっと、北のほうを見ると、山陽新幹線。
0系ばかりで面白みはなかったけれど・・

279_2 以上は川の西岸からだが、今度は東岸から。
250形279が土手を登ってくる。
早そうに見えるが、この当時、山陽電車には時速50キロの、高砂線には時速45キロの制限がついていた。

3054 3050系3054の特急。
3050系は当時の最新系列。

3060 3050系3060。
なぜか正面の窓押さえが黒のゴムで登場、異彩を放ち人気があった編成だ。

3062 3050系3062。
正面窓押さえは普通のグレーに戻った。

Photo_3 山陽電鉄と国鉄高砂線の橋梁が仲良く並ぶ様子。
キハ30が渡河中。

Photo_4 踏切の標識。
警報機も遮断機もない踏切で、めったにクルマも人も通らない。

35 キハ35のツートン車が土手を登ってくる。
キハ35、ツートンであるだけで、ずいぶんイメージが変わると思う。

3071 その列車の折り返し、キハ30が先頭だ。
こちらは朱色一色。

3000 昭和59年、高砂線が廃止された。

廃線跡となった橋脚を見ながら、3000系がすれ違う。
橋脚上部の補修跡は、台風で橋脚が傷んだときのものだ。

5602 新鋭5000系、新型車のヘッドマークをつけて走る。
5000系の登場は、僕が写真業界に転進した時と同時期であり、そういう意味では思い入れの強い系列でもある。
5000系は高砂線の生きている姿を見ることができなかった。

Photo_5 高砂線橋脚。
この後まもなく、この橋脚も撤去されている。

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