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2013年4月 4日 (木)

今、改めて関西の103系電車。

103系電車はJR東日本から消えても、まだまだ・・JR西日本エリアには大量に残っていると・・思っていた。
けれども、ここ数年の近郊型電車の大量投入により通勤型103系を置き換える、JR西日本ならではのサービスアップが行われ、結果として今残っている103系電車は線区によっては風前の灯・・

このあたりで思い出と共に現況をルポしておきたいと思う。
まずは古い写真から。
10351 昭和51年、塩屋駅東方で撮影した非冷房編成。
大目玉一灯の優しく愛嬌のあるオリジナルデザイン。

10351_2 同じ日に撮影した冷房車編成。
ヘッドライトはシールドビーム二灯に、側窓はユニット窓になった編成だ。

10354 昭和53年ごろか。
大阪駅に停車中の非冷房編成。
ユニット窓、ヘッドライト二灯の冷房準備車か。

10354_2 阪和線鳳における103系普通電車。
阪和線は関西における103系の第一投入線区だった。

103 103系冷房車の車内。
実用本位、質実剛健と言う言葉がぴったりと当てはまる。

103_3 鷹取工場に冷房改造のために入場しているクハ。

当時、山手線ATC化により、関西には中間車だけが新車で入り、先頭車は山手線のお古だった。

103_2 既出だが福知山線の黄色い103系。
電車は今も環状線で走っているもの。

関西の103系電車はスカイブルーの阪和線、東海道山陽線、オレンジ色の大阪環状線、それに後から仲間に加わったのがウグイス色の関西線、カナリヤ色の福知山線と4色が出揃った。
東京で言えば、京浜東北線、中央快速、山手線、総武線普通と同じ色合いだけれど、関西線だけはなぜか正面に警戒帯を入れての登場となった。
それでは、最近の様子を。
1032006 大阪環状線野田駅における103系低運転台同士の離合。
今は見られない光景でもある。

103285201302 「はるか」と並んだ103系。

103201109 山陽本線を堂々と快走する和田岬線103系の送り込み運用。
バックは明石の天文科学館、列車線でモーターを唸らせていく。

1032011 和田岬線、兵庫運河を渡る103系電車。
和田岬線自体が今、廃止の是非が論じられている。

103201103 和田岬の103系電車。
バックは霊峰鷹取山。

103201103_2 和田岬線103系の車内。
ユニット窓を黒のサッシに変更、車内化粧板を張替えたもので、103系のオリジナルのよさを残したデザイン。
今、阪和線、奈良線などにも、このタイプが多く残る。

1032006_2 大阪環状線京橋の歓楽街を行き交う103系電車。
こういう風景は103系の最も似合うシチュエーションでもある。

103201303 京橋駅停車中の103系電車。
大勢の乗客であふれかえるホーム、103系の最も得意とする活躍シーン。

103201303_2 つい先ごろの桜ノ宮駅にて。
新車投入が正式にアナウンスされた大阪環状線、来年の桜を103系電車は見ることができるのか。

1032006_3 2006年ごろか・・
関西線=大和路線柏原における103系電車。
ヘッドライトは一灯の枠に二灯を収めたタイプ、シールドビーム改造のものだ。

103201303_3 つい先日の「おおさか東線」長瀬での様子。
奈良区には103系6連はわずか3編成しか残っていない。

103221201303 天王寺で221系と並んだ関西線103系。

103201303_4 京都駅奈良線ホームの103系普通。
いまや、103系最大の勢力温存路線が奈良線だ。

0320103 雨の奈良に入線する奈良線103系。
奈良線は4連で、時にこの4連を二組み合わせて8連とし、大坂環状線にも乗入れていた。

103105201107 桜井・和歌山線の105系電車は常磐線地下乗入れ用の電車を転用改造したものだ。
粉河における地下鉄当時の顔を持つ編成。

103105201107_2 こちらはJR西日本の地域色(単色=和歌山色)に塗られた地下鉄顔の105系電車。
和歌山にて。
本家、常磐線でもこういう風景が短期間あったように思うが・・

103105201303 王寺における105系顔の編成。
中間車両に運転台取り付け改造を行った場合は105系の顔が付いた。

103205201303 阪和線美章園における103系と205系の離合。
205系4編成が今春、阪和線に復帰し、また103系の出番が減った。

103201303_5 美章園における103系延命N40車を先頭にした編成。

103201209 播但線寺前の103系電車。
オールM、阪神ジェットカーも驚く高出力編成。
なぜか、播但線では車内は大幅にリニューアルされたが、105系化は行われなかった。
運転台取り付けタイプも、顔のデザインは揃えられている。

103201212 加古川線谷川におおける103系。
谷川支線には普段は125形ばかりが入線し、103系の入線は珍しい。

103201112 加古川線103系の車内。
徹底的にリニューアルされた車内はとても103系には見えない。

10310312005 最後に、2005年、京橋駅で出会ったクハ103-1・・栄えあるトップナンバーだ。
このクルマは、JR西日本が博物館開館用に保管していると聞く。
103系に博物館でしか会えなくなる日も近い。

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今、改めて関西の103系電車。を参照しているブログ:

コメント

「グランシャトー」を背景としたお写真、日頃のこうさんのお写真に抱いていたイメージと大きく異なり、ちょっとビックリです。でも、間違いなく「大阪環状線」「京橋付近」を象徴する構図ですね。

こんばんは、大阪で103系が見られるのもあと少しなのですね。ふそうやましろいせひゅうが様と同じくラブホバックのお写真が気に入りました。

ふそうやましろいせひゅうがさん>

関西人にとって深夜にテレビCMが流れるグランシャトーは京橋のイメージでもありましたね。。

Cedarさん>

これはラブホではなく、どちらかと言うと、大人の・・おじさんたちのテーマパークみたいなものですね。
サウナとラウンジ、レストランなどが中心です。

こう様、いつも楽しい記事をありがとうございます。
103系。息の長い電車ですよね。
私の幼い頃、国電と言えばこの103系でした。
以来、高校では南武線や横浜線で毎日利用するようになり、最も乗った車両でもあります。
関西に移り住んだ2004年、大阪環状線を見た時にタイプ入り乱れながらもエース格の働きをしているのにカルチャーショックを受けました。
そして、移り住んだ姫路北部を走る播但線の主力は…
何とオールMの新車と見紛う3500番台。
長い付き合いは今でも続いています。
播但線といえば、色々な車両の終焉の地という感じですので、まだまだ活躍してくれるのでしょう。
ただ、あの播但線カラー(個人的には良い色だと思っています。色褪せが酷かったりしますが)が単色塗りにならないか心配ですが…

私は阪和線ユーザーだったんですけど、子どもの頃からあまり代り映えのしない103系には魅力を感じませんでした。むしろ、軽快な新快速色の113系の方が好きでした。(もっとも、旧型国電の70系が一番のお気に入りでしたが)

そんな103系も、改造されたバージョンの播但線や加古川線、派生バージョンの103系1500番台を除けば、オリジナル(といっても体質改善されていますが)は阪和線、JR大和路線、大阪環状線、奈良線、和田岬線で活躍するくらいになり、中でも阪和線は未だに主力として活躍しているのは、すごいことですよね。

日本の高度成長を支えてきた103系、その出来がよかったことからこうして今でも活躍できているのかもしれませんね。

ちなみに、グランシャトーのCM、結構古いものをみたのを覚えていますが、103系ではなく101系だったような記憶が・・・。


103-1は今は吹田にいるようですね。さびを落として一番上の画像のようスカイブルー、1つ目、クーラーはそのままでいいけど、難しいかもの袋窓ガラス復活の大工事もして綺麗な姿で梅小路に収まってほしいものです。なっていっても縁あって関西に来て長生きしたトップナンバー車。博物館に偉大な通勤車両として展示してほしいですね。

103系こそ国鉄の都市部の路線のどこでもそこでもの代表車。
最盛期の東海道山陽線緩行電車や阪和線快速の爆音を響かせ振動タップリの走りが忘れられません。
JR西日本と九州の車両が結局一番最後まで使い続けるのでしょうが、
爆音と振動はなんとものしろもので、乗りなれている山陽電車の3000系始め私鉄の車両の、騒音・振動と比べると、同じころに製造されたとは思えない、良い意味でも悪い意味でも、国鉄の保守性を感じさせる車両です。

昭和40年に鶴見線の弁天橋を訪れた時にお世話下さった方が、蒲田に転属になってお招き戴き、遠慮もない歳でしたから103系ばかりの蒲田を訪れました。まだヴァリエーションのない時代ですから、正に単一車輌ばかりでしたが、間近に台車を始め隅々まで見せて戴くと、不思議に愛着が湧いたものです。増して自らの手で手当てしたこうさんの各車輌に対する愛着は、察して余りあります。
和歌山線の103系1000番台、通学で嫌と云う程乗りました。ただ、和歌山線に来てこそのものが一つあります。
幌です。
乗車当時は地下鉄区間での非常口と思っていましたから、幌の着く姿は想像だにしませんでした。
関西にない色は、常磐線用のエメラルドグリーンですね。
最盛期は15輌連結となり、御殿場線での72系12連のゲタ電長編成記録を破ったのもこの色でした。

兵庫のおぢさんさん>

播但線、加古川線の103系についてはすでに単色であり、地域色化の対象外だそうです。
本文中の寺前駅での103系は全般検査直後でしたが、きれいに元通りになっていました。

akeyanさん>

阪和線で見ると、113系もまた一味違うように見えたものです。
僕は阪和線では103系快速に好んで乗車しました。
103系・・なぜか阪和線では似合うんですよ。。

大阪環状線・・最初期は101系でしたね。
グランシャトーはその頃からCMを流しているので、初期のものは101系かもしれません。

hiroさん>

モハ52でも原型復元の大工事をやってのけましたから、103-1も原型に復元してくれるものと・・期待しています。

キッコーマン専用線さん>

103系と同じようにコイルバネ台車を履いた山陽3000、阪神7801、阪急3000の乗り心地のよさは103系より一歩抜きん出ていますね。
ただ、103系は乗車率が100パーセントを越える頃から乗り心地が群と向上します。
同じ系統の台車を使ったキハ28系列が比較的良好な乗り心地ですので、バネ定数の設定が103系の場合は通勤ラッシュに合わせてあるんでしょうね。

あづまもぐらさん>

和歌山線の地域色はスカイブルーよりは少々色合いが深いようで、常磐線に少し近いかもしれません。
貫通型運転台に幌をつけた姿は案外、格好が良く、出来ることなら、この顔をスタンダードにしてほしかったところです。

103系の冷房改造工事で数両、実際に携わりました。
やはり、可愛いものですね。

 当時の国鉄福知山線に黄色い103系が走り始めたばかりの頃、実家の両親・祖母(3人とも旧型客車で通勤した経験があります)が「え!ディーゼルカーと客車ばっかりやった、あの線に電車!?」と言って、当時の始発駅・宝塚にわざわざ発車時刻を電話で問い合わせ(時刻表を持っていませんでした)、家族全員で宝塚~大阪間を乗ったことがあります。それほど当時のあの線にとって、103系は「希望の光」でした。ちなみに当時の私は中学生でした。
 103系、私たちにとっては国鉄・JR西日本を代表する電車で、とりわけ祖母は国鉄のことを「省線」とよんで、「省線の青い電車に乗って、梅田(大阪)から尼崎へ行った」とか言っていました。
 私自身は103系については、東海道・山陽本線では青、環状線・片町線では赤、関西本線では緑と走行区間で色が変わるので、興味深い型式でした。
 クハ103の1号車が保存される、と伺いました。それ以外は解体されて事実上の引退になるのでしょうが、「今まで約50年間、ほんとうにご苦労様でした」と言いたいです。
 さて、環状線に投入された201系が103系に習った赤なので、私は『鉄道ジャーナル』で見た中央本線の特別快速を思い浮かべてしまいました。大阪人なのに・・・。

ハイセンマンさん>

宝塚以南の電化開業のとき、僕も黄色い103系に載りに行きました。
宝塚から大阪まで各駅停車で29分という驚愕な速度はまさに衝撃的、今よりむしろずっと速かったのが不思議です。
まだまだ、数年は103系は活躍するでしょうが、まず、大阪環状線、桜井和歌山線から撤退するのは間違いがないようです。

こんばんは。
103系のお写真、楽しませて頂きました。関東では見られなくなって久しいですが、皆の記憶に残る電車だと思います。
他の方のコメントにもありましたが、高速で走る時の音、振動、ブレーキをかけた時の衝撃など、印象深く忘れないと思います。関東で申し上げれば、武蔵野線・京葉線、常磐快速線などでしょうか。
騒音問題でもめていた東北新幹線の見返りとして建設された埼京線では、開通してみたら新幹線よりも埼京線の103系の方がうるさかったといった笑い話も聞いたことがあります。
今の時代の通勤電車のハイテクぶりには感心する一方で、懐かしく思い出す電車です。
今後とも、宜しくお願い致します。
風旅記: http://kazetabiki.blog41.fc2.com/

風旅記さん>

私の場合、関東でも山手線辺りは103系の思い出なんです。
東京へ遊びにいき、疲れたら山手線に乗って一周して一休み・・
103系の音も雰囲気も関西のそれと全く同じだったのがとても嬉しかったものです。

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