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2013年2月

2013年2月26日 (火)

昭和53年夏、福知山線・谷川駅界隈

「たにがわ」ではなく、正式には「たにかわ」と読む。
昭和53年、正式に国鉄職員に採用されたことで、大阪鉄道管理局の乗車証を支給された。
せっかくなので、この乗車証で加古川線・福知山線を歩きまわったとき、谷川の駅でいったん下車してみた時の記録だ。

今なら大阪近郊区間に含まれる区間で、大回り乗車の遊びもできるが、当時、加古川線どころか福知山線も純然たるローカル線の風貌だった。

Photo 谷川の駅舎。
福知山線電化決定の祝賀横断幕が貼られている。

Photo_2 谷川駅構内の信号。
まだ腕木式の信号機だった。
普通列車は客車列車がほとんどで、ほぼ90分ヘッド、特急はわずかに2往復、急行が中心でそれでも60~120分ヘッドと言う有様だったから、この程度の保安設備でも十分だったのだろう。
大阪・福知山間114キロを特急114~116分、急行120~150分、普通客車列車は3時間以上もかかっていた。
今、同じ区間を特急90分強、快速140分程度で走りきる。

Photo_3 谷川駅の跨線橋。

28 午前11時20分過ぎ・・鳥取から各駅停車で城崎まで行き、そこから急行となった「丹波6号」福知山で宮津線編成を連結し、長大編成で大阪へ向かう。
一度、この列車に香住から大阪まで乗車したことがあった。
所要時間4時間、なんとも間延びした列車だったが、今のこの時間帯、やはり香住から大阪までは3時間半以上を要する。
使いようによっては電化、高速化もさほど恩恵がないと言うことか。

582828 「丹波6号」の接近。
キハ58が先頭だ。
昨今の特急列車よりよほど堂々としているように思える。

Photo_4 谷川駅で「だいせん1号」と行き違う。
この列車、終点の益田にはなんと夜の9時前に到着。

Photo_5  福知山線下りの普通客車列車。
DD51を先頭に、次位にマヤ34、そしてオハフ33.ナハ10と続く。

Dd51667 DD51667のアップ。
幹線用ディーゼル機関車の威風堂々としたスタイル。

Dd513310その列車の客車たち。
マヤ、オハフ、ナハ・・

42 去り行く客車列車、後部4両はスハ43一党でまとめられていた。
最後尾はスハフ42だ。
もしかしたら客車の前2両は福フチ、後ろ4両は大ミハだったのかもしれない。

Photo_6 駅前の神姫バス時刻表。
まだ、ローカルバスでもまとまった本数が走っていたころ。
手書きの時刻表が懐かしい。

Photo_7 さて、今の谷川駅。
さほど印象は変わらない。

223 谷川駅に入線する普通電車。
223系ローカルバージョンで、2連のワンマン運行。
日中はこれの60分ヘッドで十分まかないきれるほどに乗客は減少した。
ただ、朝夕には大阪への快速電車が223・225系で運転されていて、その所要時間はかつての急行並みだ。

2013年2月22日 (金)

1990年3月・京阪3000系と8000系・・淀にて

京阪3000系惜別シリーズもいよいよ大詰め。

今回は1990年、平成に入ってからの淀付近での撮影だ。

前年の秋に京阪新型特急8000系が登場し、この頃までに3000系も中間に8000系Tを組み込んで7連化されていた。

30008000 3000系の3両目に8000系Tを組み込んだ特急列車。
3000系は3連と4連があり、これを組み合わせて6連、7連で運用されていたが、8000系登場後はすべてが7連となった。
この編成の先頭車の幌は撤去されている。

30008000_2 編成全体をサイドから見た様子。
大阪方3両目に8000系Tが連結されている。

30008000_3 木津川を渡る様子。
こういう編成は如何にも過渡期で、結局、3000系は8000系の増備により、ほとんどの編成が廃車となってしまう。

30007 こちらは元から7連の3000系だけで編成された列車。
このときはまだ、3000系のみで編成された列車の先頭車に幌がついていた。

30007_2 3000系のみで編成された特急列車が淀車庫の脇を通り過ぎていく。
車庫に並ぶのはラッシュ用の2600系か。

2600 特急車以外の車種も・・木津川を渡るのは2600系か。

2258 2200系の急行。
運転台助手席側に8の貼り紙があるのは8両編成の証。

2400 2400系の普通。
京阪線の昇圧は既存の電車にも変化を与えた。
正面が改造された初期の様子。

6000 昇圧対応として登場した6000系の編成。
ニュー京阪スタイルの最初の系列。

105190 こちらは未更新1000系による花博電車。
「はな」号として走った。
大阪国際花と緑の博覧会はこの年、この撮影からまもなく開幕している。

3501 3000系トップナンバー編成が大阪へ向かう。
この編成は幌をはずされている。
3000系は幌が前提の顔つきで、幌をはずすとなんとなく間延びした印象になってしまう。
この点、この後の3000系残存編成がダミーの幌枠をつけたことに納得してしまう。

8051 8000系トップナンバー。
鴨東線開業用として1編成が新製されたが、結局、3000系の大半を置き換えることになった。
この撮影の頃はまだ、8000系に乗れるのは強運と思われた頃だ。

8051_2 ここからはこの10年ほどあとの時代。

8000系旧カラーの頃。
西三荘で上記のトップナンバー編成。
二階建て車両を連結した当初の様子。

3505 その当時の3000系。
同じく西三荘で。

なお、今回の原版はカラーリバーサルフィルムで、色の保存性に関してはネガカラーをはるかに凌駕しているのがお分かりいただけると思う。

当時から色の保存は「ポジ」と言われていたのだけれど、実際に撮影から20~30年も経過すると、その言葉の重みが実感できる。

2013年2月 6日 (水)

福知山線183系「北近畿」の四半世紀

福知山線が全線電化開業したのは昭和61年11月のダイヤ改正からだ。
このダイヤ改正は国鉄最後のダイヤ改正で、福知山線電化は国鉄最後の巨大プロジェクトだった。
それがゆえか、当初の期待とは裏腹に、厳しい国鉄の財政状況を反映した中古電車寄せ集めの、なんともパッとしない電化開業であったことは否めない。
走り出した電車特急「北近畿」のなんとも投げやりな名称や、各地から集められた485系電車のいじらしいばかりの走りっぷり、各地から寄せ集めの113系電車を塗り替えた強烈な黄色と青い帯と言うある意味ショッキングな塗装と共に、鉄道ファンとしては別の意味で大きな関心を持って迎えた電化開業だった。
さて、そのときにデビューした485系改造の関西版183系がいよいよ引退のときを迎える。
国鉄としても間に合わせのつもりの485系電車の直流特急への転用だっただろうが、あろうことに直流化改造、内外のリニューアルがなされ、四半世紀を超える活躍となったことは、本当に感慨深いものがある。

今回は「北近畿」を中心に福知山線で活躍した僚車たちの足跡をしのびながら、引退する485系改造183系への惜別としたいと思う。

485 まず、全線電化開業直後の写真から。
下滝付近の485系改造クロハを先頭にした「北近畿」
国鉄時代はヘッドライトの日中点灯はしていなかった。

485_2非貫通300台のクハを先頭にした編成。

1132 同じ下滝付近での113系。
2連バージョンでMM’どちらも先頭車改造を施されたもの。

113 同じ場所で113系の4連。
4連は当初、冷房化が間に合わず、非冷房で登場した。
いくら国鉄財政が危機かもしれないが新規電化線区に、これはないだろう」と思ったものだ。

485_3 黒井付近の485系簡易貫通型クハを先頭にした6連「北近畿」

481802 既出だがその先頭車。
クハ481-802のアップ。
紀勢線投入時に改造されたものだが、結局は紀勢線は381系統一、485系は再転出と言うことになった。

485_4 非貫通型クハを先頭にした6連。
よく見ると2両目にキノコ型クーラーの485系としては古いタイプのクルマが入っている。

113_2 黒井でも113系非冷房4連。

183 JR化後、厳しい財政状況の中、少しずつ改善も見えてくる。
福知山線はJR西日本最大の成長路線でもあるのだ。
南矢代付近での183系となったばかりの「北近畿」非貫通クハを先頭にした6連。

183_2 こちらはその列車の後追い。
正規の485系貫通スタイル、183系化後の姿。

117 複線化なった線路を行く117系快速。

113_3 黄色とブルーのちょっと投げやりなツートンからJR西らしい色合いに変更されたころの113系快速。

65 気動車特急「まつかぜ」を電車特急「北近畿」にしてしまうと、鳥取、浜坂方面は乗換えが必要になる。
そこで、後に投入されたのがこのシリーズで、これは「エーデル鳥取」
急行型キハ65を特急用に大改造したシリーズで前代未聞・・改造なしに特急へ格上げされた157系の例があるけれど、キハ65は純粋な急行用だったために特急へは大改造が必要だった。

65_2 こちらは「エーデル北近畿」
「エーデル鳥取」の好評に、追加改造されたもの。

183_3 谷川駅に入線するのは183系貫通タイプクハを先頭の「北近畿」

28 これも谷川近くで・・
キハ28わずか2連の急行「みやず」
宮福鉄道に乗り入れる定期列車だった。

65_3 谷川駅に入線するキハ65「エーデル鳥取」

183_4 谷川駅近く、貫通型の183系クハが最後尾の「北近畿」

21034 黄色い103系。
道場駅近くで。
当初6連で登場したが、あまりの乗客の少なさに4連化、こののち、また6連、そして7連までになるが塗装はブルーに変更されてしまう。

21034_2 武田尾方向から道場へ向かう黄色い103系。

22074 当時新鋭の207系。
103系にあわせてまだ4連だったころ。

2117 こちらは117系福知山線カラー。

218365 183系「北近畿」、後ろにキハ65「エーデル丹後」を連結している。
「エーデル」シリーズのトップで登場したのがこの「エーデル丹後」
北陸線と同じく、電車特急に牽引される気動車がなんとも異色だった。

265183 「エーデル丹後」の後追い。

265 「エーデル丹後」アップ。

485_5 宮福線に乗入れたJR化直後の485系「文殊」

183jr JRカラー登場直後の「北近畿」

183jr_2 一昨年の城崎温泉に停車中のJRカラー183系4連の「北近畿」
まさか、このカラーのものが先に引退するとは思わなかった。

183207 特急「北近畿」は、四半世紀の活躍を経て、一昨年、新型車両導入のときに「こうのとり」に改称されたが、これは昨年の尼崎駅における183系「こうのとり」と207系電車の出会い。

287 谷川駅に入線する新型287系「こうのとり」
愛称が正面から判らないのが少々さびしく感じたりもする。

287_2 宝塚における「こうのとり」287系。

381 こちらは、残存する183系を置き換える381系「こうのとり」
当初、381系の投入が前提で考えられていた福知山線電化だったが、国鉄の財政事情から中古車寄せ集めとなってしまった。
いわば、四半世紀後に当初想定されていた姿が実現した形だ。
なお、この写真は昨年に仮に配属されたもので、現在は車両を「くろしお」リニューアル車に交換の上、改めて運用されている。
塗装は国鉄カラーに戻されているが、福知山線での先輩183系も当初は紀勢線「くろしお」用に全国から集められたものであることを思う時、今度は後輩の381系が紀勢線からやってくるわけで、歴史は繰り返すというか、同じ道をたどるというか・・

183_5 新大阪駅、新ホーム建設現場の横の183系「こうのとり」
先頭車が非貫通型に見えるが、貫通型を改造したものだ。

華やかな大幹線の特急とは違い、各地から寄せ集めの485系電車で間に合わせ的に運転を開始した「北近畿」だったが、僚車ともいえる103系、113系、117系が去って行ってしまってからも走り続けてくれた。
その地道に活躍する姿もまもなく見られなくなる。
ここまで四半世紀、本当によくがんばってくれたものと思う。
心から感謝し、最後まで無事故であることを願う。
218365_2 ラストは183系貫通型クハ先頭の「北近畿」
道場付近にて。

なお、福知山線183系ほかについては前回記事「電化前からの福知山線」もあわせてご覧ください。