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2012年12月25日 (火)

宝殿駅 留置車両と列車たち

山陽本線宝殿駅そのものについては以前の記事「宝殿駅」をあわせて御覧いただきたい。
今回は宝殿駅留置線に疎開もしくは仮留置されていた車両たちと、そこを通過する列車たちの様子だ。

宝殿駅には本線、副本線のほかに留置線の設備があり、宮原区の波動輸送用車両や高砂工場入場待ちの車両、それにその留置線が空いているときは高砂工場への回送列車がここで本線列車の退避をしたりしていた。

今回の撮影時期は昭和50年から54年にかけてだ。

既出のものもあるが、改めて御覧いただきたいと思う。

60 まずは留置車両から。
オユ61を連結した夜行列車編成。
波動用か、それとも列車廃止による廃車の入場待ちか・・

16 その編成のスハネ16。
よく見ると、カーテンの外側にある鎧戸が撤去されているのがわかる。

12 こちらはオハネフ12。
窓にはアルミ製の鎧戸が見える。
寝台のシーツ類が積み込まれているから、営業に出る準備をしたまま留置されているクルマであることがわかる。

102002 オロネフ102002。
オロネ10を小改造したクルマで、塗装の様子から全般検査出場直後か・・
あるいは、この際に改造されたものかもしれない。

12_2 オハネフ12の全般検査出場直後の留置車両。
「スラスト玉軸受試験」とのこと。

12_3 そのオハネフ12の台車。
軽量客車本来の台車で、同じ時期の電車の台車に似ている。

16_2 こちらはスハネ16の台車。
40番台客車との台車交換により、乗り心地の良い台車を軽量寝台車に転用したものだ。

16_3 の台車横の車軸発電機。
当初、客車の電気機器は暖房用以外はこの発電機で賄っていた。
冷房改造時に床下に発電用ディーゼルエンジンを搭載している。

Ef608 EF608が牽引する高砂工場への回送列車。
本線の列車を退避する様子。
14系座席車、10番台寝台車、その後ろはキハだろうか・・
留置線が塞がれていたときには、この列車は加古川駅で退避していたように思う。

Ef60 EF60初期型が牽引する貨物列車。

Ef615 珍しいEF61が牽引する貨物列車。
EF60を高速化し、蒸気暖房を搭載した機関車で、EF60初期型の顔に、後期形のサイドビューを併せ持っていた。

Ef662 EF662の上りコンテナ貨物。
オリジナルのすっきりした流線型、EF66独特の美しさだと思う。

Ef6611 EF6611の下り貨物列車。
EF66がコンテナや冷蔵貨車以外の貨物列車を牽引するのは珍しかった。

Ef6625 ホームを通過するEF6625。
庇のついた顔立ちもまた引き締まっていて格好よく見えた。

Ef6629 留置客車の横を通過するEF6629。

Ef581 古レールで上屋が構成されたホームを通過するEF58トップナンバー。

35190 その横に停車していたのがこの貨物列車だろうか。
最後尾はワフ35190。

61 スロ62一党によるオールグリーン団臨。
まだ、関西のスロ81お座敷客車がデビューする前だったと思う。

165 新快速用153系ブルーライナーによる快速電車。
先頭はクハ165。
正面ヘッドマークは「快速」とはせずに横線だ。
なお、京阪神快速は全国時刻表などでは今でも「普通列車」扱いで、関東圏の中距離電車扱いだからか、当時、特に「快速」表記はなく、改めて列車に「快速」と表示されるようになったのは221系登場時からだ。

153 その列車の最後尾はクハ153の初期型。
当時の新快速は日中のみの運転で、朝夕ラッシュ時には153系は12連で快速に使われていた。

110900 快速電車は113系で、当時、グリーン車が連結されていた。
これはサロ153を格下げしたサロ110のステンレス車。
記念すべき国鉄旅客用の始めてのステンレスカーだが、残念ながら現存しない。

1132000 113系の最新バージョン、2000台が登場した頃・・
快速電車播州赤穂行き。
宝殿駅は山陽本線加古川近辺ではじめての橋上化工事施工中。

Photo その工事の様子。
北口の鉄骨が仕上がった頃。

Photo_2 工事中の構内の様子。
小さなローカル駅から立派な鉄骨の駅舎へ・・

28 工事中の駅を通過する堂々10連の気動車急行。
同じ方向に運転台のあるクルマが3両も連続している。
しかも、編成中にグリーン車も2両・・
高速バスに取って代わられた姫新線急行だ。

80 早朝の80系電車。
先頭は200番台のクハ86か。

117 試運転・展示会回送の117系電車。

Ef58 EF58が牽引する14系夜行急行列車。
早朝の通過・・

鉄道に心を躍らせたあの頃・・
宝殿駅を訪れると今でもふっとあの頃の記憶がよみがえる気がする。

Photo_3 最後に、ごく最近の宝殿駅夜景。
なお、宝殿駅周辺での撮影は非常に多く、また、ある程度まとまれば出していくつもりだ。

(今回の一部写真で出したようなアングルは、現在では撮影が不可能になっています。当時と現在の鉄道の安全対策がまったく異なるからであり、今の若い方々が線路際に接近してのローアングル撮影など絶対になさらないようにお願いいたします)

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コメント

こう@管理人さん、こんにちは。

またまた懐かしい写真のオンパレードですね!
撮り鉄少年の頃、毎日のように見てた急行:屋久島の編成にも繋がれてたハネ・ロネと同型のお写真もしっかり捉えておられるのには恐れ入りました。
車輌の状態を見ると、終焉って感じがしますね。片道切符で高砂入りする車輌群の姿をよく見てたのが昭和50年頃。もしかするとこの編成も加古川で見たのかな!?と想像しながら拝見してます。 また、宝殿駅の跨線橋が新設される様子の画像も貴重な一枚ですね。活き活きしてたEF66などの画像にも目が釘付けになります。

今は追憶の急行用客車、軽量客車用TR52の乗り心地も決して悪くはなかったのですが、TR47の柔らかな安定した乗り心地は、軸距の長さ故でしょうか。
サロ153-900は、修学旅行用167系を用いた臨時準急「ながら」に必ず2輌セットで組み込まれているのをよく小学校からの帰り道に見ました。
白銀の車体に濃紺の細帯を締めたいでたちの167系とのコラボは、独特のステイタスを醸していました。
あの白銀の車体が塗りつぶされた時のコルゲートの無惨さは、今更語る事もありませんね。

歳の瀬に当たり、
こう様並びに読者の皆様、
佳き初春をお迎え下さい。

ゴンパパさん>

僕が写真を本格的に撮り始めたのはゴマルサンダイヤ改正直前でしたから、その前は撮影できておらず、そういう意味ではゴンパパさんがうらやましいです。。

写真の中でオユが最後尾の軽量客車はこれは終焉間近だったのだろうなと思います。
オユや軸受けテストの軽量客車は全般検査出場直後ですね。

EF66・・JR貨物さん、1両でいいから原形に復元してほしいですね。。

あづまもぐらさん>

この一年お世話になりました。
TR47の乗り心地はバネ下重量が大きかったからだと聞いています。
ある程度の軽量化を目指しながらも優等列車用として乗り心地を重視した設計だったようですy。

サロ110-900・・確かに無残な感じがしますね。
このクルマは快速によくつながれていて、実際に乗車もしています。
でも、この時期まで、都落ちして(古都の只中は走ったわけですが)生き延びていたこと・・今思えば奇跡的だったのかもしれませんね。

 私の妻は宝殿出身なので、この界隈は私もよく足を運びました。宝殿といえば牛肉の産地で、いい肉が格安で販売されています。カツ飯もここが発祥だと思います。
こうさんの写真を拝見しますと、国鉄時代の宝殿駅は駅構内もかなり広いスペースを占有していたことがわかります。西側にも生コン会社向けの引き込み線がありました。
資産価値の低そうな待避線や留置線がインフラに伴い、民間に払い下げられました。一転してマンションやショッピングモールに変わり隔世の感があります。

ご無沙汰してます。
”懐かしい“という ほど旧客や宝殿駅には馴染みが無いはずなのですが、なにか国鉄時代を感じますね。こういうのを“郷愁”というのでしょうか。記憶の中にある車窓を思い出して愉しいです。
最近、なかなか拝見できなかったのですが、皆さんに返事を書いているこうさんはすごいですね。いつもありがとうございます。 以上

L急行鷲羽さん>

奥様とお会いしていたかもしれませんね。
狭い田舎町ですから道を歩くと必ず数人の知り合いに出合います。

西側の引込み線は最近まで使われていましたね。

ただ、この待避線は残っているようです。


坂本賢介さん>

国鉄の風景ってなんだろう・・僕らの世代の心象風景の一部なのかもしれませんね。

こんばんは、初めまして。
地元民で宝殿駅愛用者であるラジマニです。

こう様の記事には宝殿駅が多く登場しますが、見たことない風景なだけについつい見入ってしまいます。

住友セメント専用線、写真に残してなかったことが悔やまれます・・・

またお邪魔しますね!

ラジマニさん>

こんにちは。
いらっしゃいませ。

宝殿駅を使われているのですね。
貴ブログには広島の列車が盛りだくさんで、この方面の列車、非常に気になっています。


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