フォトアルバム

プロフィール

フォトアルバム

こう@電車おやじ

小説サイトSTORY http://e-maiko.blog.ocn.ne.jp/story/ 鉄道掲示板 http://6551.teacup.com/kouzou/bbs プロhttp://pr.cgiboy.com/02653710/フィール

« 加古川線の写真 | メイン | 宝殿駅 留置車両と列車たち »

2012年12月15日 (土)

京阪大津線(京津(けいしん)線・石山坂本線)

京阪電車の三条から先、浜大津、石山寺、坂本への路線をまとめて大津線と呼ぶ。
三条と浜大津を結んだのが京津(けいしん)線で、その浜大津から南北へ伸びる・・いわば大津市内電車の役割を果たすのが石山坂本線だ。

今回は昭和50年ごろから58年ごろまでのこの路線の写真を見ていただこうと思う。

82 三条の駅近くを走る各駅停車専用の80形82号ほか。
このあたりは道幅が狭く、それがかえって京都の風情を醸し出していたように思う。

89 おなじく89号ほか。
80形は純粋な新造車両としては日本の路面電車最新として、当時、最高性能を誇っていた。

83 東山三条における83号ほか。
必ず81+82という風に奇数番号とその+1の偶数番号で編成されていたと思う。

91 91が京都市電との平面交差区間を行く。
元は単行運転だった電車だが、併用軌道区間の交通障害を緩和するために、2連化し、運転本数を減少させたあとだ。

92 その編成の三条側92号が東山三条の停留所に停車する。
今から40年近く昔を感じる人々の姿・・

275 準急用275が東山三条交差点に向かってくる。
260形は本線1形はじめ、旧型車両の台車・機器類を使った電車だった。

276 その編成が中央交通の豪華ダブルデッカー観光バスと出会う。
こうしてみると、小型の電車とはいえ、大型の観光バスに匹敵する車体を持っていたことがわかる。

28092 260形280と80形92が停留所で出会う。
もっとも、路面乗降用のステップを持たない260形は準急で通過していく。

501 蹴上で出会う500形準急。
500形は京津線車両近代化の嚆矢として、初のカルダン駆動で登場した。
もっとも、車体は260形からの流用で、製造は京阪社内。
昭和54年ごろから登場したが、700形へ再改造された。

501_2 大谷付近を行く501。
逢坂山を越える急勾配区間で、この路線の厳しさを思わせる区間。

502 同じく502。
この当時は新進気鋭の形式に見えたが、昇圧準備がなされず、わずか10年少々で姿を消した。

504 504を上から俯瞰。
冷房時代にはいっていたが、この電車はクーラーを搭載せずに登場した。

505 大谷駅に入る505。
一時的に三条と浜大津を結ぶ準急の大半がこの形式で運転されていた。

602 初の冷房車、600形602。
流線型の正面デザインに驚いた形式。
これも300形・260形の車体を流用した電車だが、正面デザインが大きく変化した。

601 その編成、601が浜大津へ向かう。

1909 大谷駅の古レール、1909年生か・・

601_2 大谷駅に入線する601。

269 269が浜大津の石山坂本線駅舎を出る。
ここから先、併用軌道になる。

269_2 その269、浜大津の交差点を行く。
260形・300形は特急カラー、350形は京阪標準色の緑濃淡だった。

267 267が交差点を進む。
行き先は石山寺・・三条との直通電車だった。

267267 この編成が道路上の急カーブを曲がる。
267号までは片開きドア、268号から両開きドアで、ちょうどその双方がひとつの編成で見られた。

268 その編成、京津線駅舎の268号。
当時、京津線と石山坂本線は駅舎が別々で、この両者を直通するにはスイッチバックして両方の駅に出入りしなければならなかった。

308 浜大津のホームに入る308。

503 浜大津終点の503号。

504_2 道路上から見た浜大津京津線駅舎にいる503。

357 不便な浜大津駅は立派な橋上駅に代わった。
ただし、1面2線のホームで双方の列車を裁かねばならない忙しい駅に変わった。
写真は357。

358 358が併用軌道を行く。
350形はトップナンバー351が最後まで単行のままで、352+353のように、偶数車が奇数車より数字ひとつ少ない。

603 603が浜大津の駅舎から道路に出てくる。

604 その編成、604が大津市内の道路上を京都・三条へ向かう。

272 石山寺付近だろうか。
緑の標準色になった272。

308_2 石山寺の駅に停車するのは308。

308_3 坂本へ向け、発車していく308。

これら撮影から少なくても30年、写真によっては40年近くの年月が経過している。
1209 現在の様子を少し。
石山寺の駅舎は変化が少ない。

1209701705 石山寺に並ぶ700形標準色の2本。
700形は350形、500形の車体を流用して最新の機器で構成された高性能車両だ。

1209611613 浜大津駅の併用軌道側を行く611と613、600形は増備の途中でパノラミックウィンドウになった。

1209604 復刻された特急カラー604号。
ただし、この形式が特急カラーだった歴史はなく、車体鋼体の前歴である260形が特急カラーだった頃とは少しイメージが異なる。
撮影は松ノ馬場。

1209604_2 石山駅からJR跨線橋を上り、坂本へ行く特急カラーの604。

1209812 大津市内を行く堂々4連の京津線・地下鉄直通800系。
路面電車から山岳区間を行く郊外電車、そしてホームドア完備の最新地下鉄へと変化する類まれな電車でもある。

1209816 800系が浜大津へ向かう。
編成の半分はクロスシート車、観光路線であることを示すが、大阪から浜大津への切符は直接購入できず、中間に地下鉄が入ってくる。

1209603 最後にもう一度、特急カラーの603。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/351371/30601517

京阪大津線(京津(けいしん)線・石山坂本線)を参照しているブログ:

コメント

昭和53年まで山科に住んでいたので、ほんと、京阪京津線は懐かしいです。

急勾配、急曲線、さらには路面走行と、変化に富んだ路線でした。

80形は回生ブレーキ、低床ホーム用ステップ有り、台車も空気バネの車両
ですが、なぜかツリカケ式なのが不思議でした。カルダン式台車にならな
かったのは、何か理由があったのでしょうか?

 それにしてもどの記事も、昔の写真も今の写真も多くて、息の長さを感じさせるのはさすがです。
 石山坂本線は、昨年の11月に訪れました。
 あの時は某人気アニメのラッピング電車 … 別にそのアニメのファンではなかったが … を目当てに行ったものでしたが、日中の9運用の内、8運用がラッピング編成だったのには少々驚かされました。
 ラッピングでなかったのは、出場したばかりと思われる700形の1編成のみでした。
 否定はしませんが、ラッピング広告車は電車もバスもあまり好みではありません。
(ちょっと矛盾しているけれど)
 せいぜい半分から2/3程度に抑えた方が、その方がラッピング広告も立つと思います。
 その最中の260形京阪本線特急カラーは魅力的に思えました。
 何とか撮りに行きたいと思っています。
 長期の運行を期待したいのですが…。

TMさん>

80形がツリカケ式なのは僕も不思議に思っています。
同じ時期の広電2500形もツリカケ式で、路面電車としては当時まだ、PCCの失敗による悪夢から覚めてなかったのかなぁ・・とか、思っていますが・・

菊池正人さん>

僕も、実はラッピング電車はあまり好きではないのです。
というか、ヘッドマークのような宣伝板も好きではありません。
ただ、やはりデザインセンスの良いものは好感度も高く、さほど違和感を感じないのが不思議です。

600形の特急カラー・・本当に良いですね。
できれば、700形は緑濃淡、600形は特急カラーとか・・してくれないかなぁ・・

関東鉄ながら、高校生の時に出会ったポール時代から、ずっと大好きだった京津線でした。
今の800形もいい電車ですが、合算運賃の高さや、京阪線との直通切符が買えないなど課題は多いようです。

Cedarさん>

本当に、連絡運賃・・何とかならんのかと思いますね。
淀屋橋から浜大津や石山までの企画切符を出すとか・・方法はあると思うのですが・・

コメントを投稿