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2012年9月

2012年9月22日 (土)

一畑電鉄(現一畑電車)

山陰本線に走っていた魅力的な3系統の夜行列車、夜行急行「だいせん5・6号」、夜行急行「さんべ5・6号」、夜行鈍行「山陰」これら列車がなければ、訪れることはあったのだろうかと思われる鉄道だ。
私鉄ファンを自認する僕にとっても、これら夜行列車は非常に魅力的で、乗った以上は目的地が出来るわけで・・降りて何かを見ようというのが、最初にこの鉄道を訪問したきっかけだ。

それでも、最初に一畑電鉄を訪れたときに、この鉄道に非常な魅力を感じ、結局、「だいせん5号」が20系客車で運行されている間は、頻繁に訪れるrことになった。
一畑電鉄の魅力は、僕個人にとって見れば、急行を中心に運用されていた60系電車の魅力といえるかもしれない。

なお、今回の撮影年代は昭和54年から62年の間だ。

最初の訪問は、下関からの夜行「さんべ」を松江で下車し、同行の友人と別れて一人、松江温泉駅の駅頭に立ったときだと記憶する。
目の前に現れたのは、旧型電車ではあるがなんともスマートな2ドア、ゆるくカーブした非貫通の正面、ヘッダのないスマートさ、そして、ずらりと並んだクロスシート、クリームに、シルの部分に青の帯を入れた垢抜けた塗装・・個性と品の良さを感じるその電車こそ、60系だった。

161 写真が松江温泉駅と停車する60系のクハ、161。
松江温泉周辺も今でこそ大温泉街という感じだが、この当時、駅の近隣は温泉街というよりは下町の風情に溢れていたように思う。

24162 デハ24と162が松江温泉駅で並ぶ。
いかにも古武士という風体の24号と比べると、こちらも戦前の電車ではあるのだが162号は若侍に見える。

24 デハ24の側面。
リベットでくみ上げられた車体の中にはクロスシートが並んでいる。

63 60系デハ63の普通列車が西へ向かうのを歩道橋上から撮影。

163 その電車が去っていく様子。
クハ163。

61 こちらはデハ61による急行列車。この電車には急行の看板が良く似合う。
この系列は西武の戦前の名車、200形がその出自で、実は琴電にも同じ出自の車両があったのだが、あちらのものは3ドアだが大きく正面イメージが変化していて、この電車ほどにはスマートさは感じなかった。

161_2 後ろは制御車クハ161。
元は3ドアの車体を2ドアクロスシートとして優等列車用に西武で改造して入線した由。

1044 この急行列車はクハ104を先頭にした4連。
一畑オリジナルのデハ20形とペアを組んでいたこれも、西武出身の電車だ。

21 その4連・・最後尾のデハ21が夕日を浴びる。
一畑開業時からの電車が急行の看板をつけるのもなかなか良い雰囲気だ。

21 デハ21の普通が松江温泉に入っていく。

101 その後ろはクハ101。
西武クハ1231形が出自。
元は武蔵野鉄道の電車。

61_2 宍道湖畔を行くデハ61の急行。
宍道湖や出雲平野の景色の中を快走する小気味の良い電車。

102bw 古江駅に入線するクハ102。

63bw 古江駅付近のデハ63急行。

161bw 同じく、古江駅の161号普通。

171bw こちらは60系と対を成すデハ171、70系の急行。
なぜか、70系はあまり撮影していない・・
70系も優等列車用で、西武301形をやはり2ドアクロスに改造した電車。
車体はこちらのほうが長く、座席も多いのだけれど60系のようなスマートさはあまり感じなかった。

53 当時とてかなり運用の少なかったデハニ53を先頭にした普通電車が入線する。

53_2 デハニ53のアップ。
映画主演で一躍有名になった電車だ。
ただ、ドアは手動で・・乗った乗客が自らドアを閉め、錠をおろすのが印象的だった。

181bw かなり後の撮影になるが、60系などを置き換える目的で導入された80系クハ181。
これは一目で西武の出自と分かる電車だ。

62 60系62号の車内。
ドア間にクロスシートが5組並ぶ。
この電車がかなりの高速で突っ走る。
認可速度は85キロだった由。
広告の多さは当時の地方私鉄が今ほどには苦境ではなかったことの表れか。

Photo 出雲大社前駅の様子。
なぜか、駅の外観を撮影していない・・
これは円筒形状の出札窓口。

Photo_2 その上の路線図・・
よく見ると立久恵線や広瀬線も・・

Photo_3 時刻表。
今もそうだが、線形の良い大社線は中小私鉄屈指の高速性を誇る。

6_2 出雲大社前駅に入線する1形デハ6。

6 電車の様子をアップで・・

こうしてみると、一畑電鉄というところは、ただの田舎の電車ではないなにか・・をはじめから持っていたように思う。

出雲大社と、山陰の中で松江という一歩垢抜けた町を基盤にした垢抜けた小洒落た電車という印象だ。

少しだけ今の様子を。
先だってほぼ30年ぶりにこの鉄道を再訪できた。
詳しくは拙日記ブログ「電車おやじの平凡な日々・一畑電車訪問記」をご覧いただきたい。

Photo_4 今の「松江しんじ湖温泉」駅。
きれいに整備されたターミナルとなり、駅舎には足湯も・・

2100 現在の主力、京王5000系を改造した2100系電車。
一畑口で・・京王5000系にはあの頃の60系にも劣らぬ魅力があるように思える。

2101_2 その京王出自の電車を京王の頃の塗装に復元した電車。
青春のなんともいえぬ憧れが蘇る・・

3018 南海出自の電車が湖畔を駆ける。
この電車は南海時代の塗装に復元されていて、やはり非常に魅力的だ。

5100 一畑電車のクイーンとでもいえようか。

京王5000系をクロスシートにした5100系、その4連による特急「スーパーライナー」

53_3 一畑電鉄オリジナル、映画「RAILWAYS・50歳で電車の運転士になった男の物語」に中井貴一とともに主演級で登場したデハニ50は残存2両とも、平田と出雲大社前で保管されている。
これは雲州平田駅のデハニ53。

6 そして、やはりオリジナルデハ1形も2両、沿線の幼稚園できれいに保存されている。

山陰地方唯一の電鉄・・いまは一畑電鉄は持ち株会社となり、鉄道は一畑電車が運営しているが、やはり経営は厳しいと聞く。
それでも、今の車両も既に相当老朽化しているために更なる新車両への置き換えも予定されているようだ。
南海や京王出自の電車を元の塗装に復元したのには、その置き換えが前提にあるからだろう。

僕は実に30年近くの間、この鉄道を訪問しなかったわけだけれど、それは魅力的な長距離列車が山陰本線から消えたということと、好きだった一畑電鉄60系以後の、それを置き換えた西武からの譲渡車両がごくごく普通のイメージで、体力と経済力をかけてもそこへ行くだけの気力が湧かなかったのだと思う。
決して西武からの譲渡車両が悪いというわけではないが・・

願わくば・・
京王5000、南海21001という非常に魅力的な電車の置き換えには、これら2系列、あるいはかつての60系、さらにはデハニをも凌駕するような魅力的な電車であることを・・

5 最後に・・出雲市駅における夜行急行「だいせん5号」、181系気動車特急「おき」と出出会う。

こんな列車を走らせてくれたら・・多少は無理してでも旅に出るのに・・

2012年9月17日 (月)

大糸線の青い旧型国電

以前のエントリーで長野電鉄・上田交通別所線を訪問した記事があるが、その際の旅行で最初に訪問したのは国鉄大糸線だ。
訪問は昭和56年の5月ごろ・・

当時、僕は国鉄部内の私鉄ファンであると自認していたけれど、旧型国電は私鉄並みに好きで、多分、当時旧型国電が走っていた線区の内、仙石線と御殿場線以外は全て訪問したのではないだろうか。
何度も足繁く通った宇部線、可部線のようなわけにはいかず、大糸線の訪問は一度きりだ。
(もちろん、国鉄客車、気動車がこれは仕事上の故もあるだろうが、好きだったのではあって、決して国鉄嫌いというわけではない)

なお、筆者の思い違い、記憶違い、飯田線や身延線との混同により記事の内容に誤りがありました。

ご教示いただいた読者で友人であるkumagoroさんに深く感謝し、該当箇所を訂正させていただきます。

40 大阪から12系客車の「ちくま」に乗車して、朝、松本駅に降り立った。
大糸線ホームは松本電鉄と共用で、ここに青いクモハ41が停車していた。

55 そして、向かった先は安曇追分で、ただ、駅名に惹かれて下車しただけだったように思う。
宇部線でも見たサハ48のうち、ノンシルの車両を改造したクハ55。

43 これはどこの駅かは失念したが、すれ違うクモハ43、関西急電モハ53を改造した、ノンシル、広窓のスマートな車体・・
飯田線のものは張り上げ屋根だったが、ここのものは屋根の形状は普通に改められていた。

Photo 大糸線名物とまでなっていたクモユニ81を先頭にした列車。
原版はカラーネガで、保存性はやはり良くないが、コダックのフィルムを純正処理していたからか、色調はほぼ完全に残っていた。

Photo_2 クモユニ81をアップで・・
ブルー一色は良く似合っていたように思うが、この路線の風景によくマッチしていたということだろう。

55_2 クハ55を先頭にした列車が下る。
この日は朝ラッシュ時の訪問ということもあるのだろう・・電車は6連以上の編成だった。

40_2 クモハ60を先頭にした列車。
宇部線とはまた雰囲気が違っていて、同じ車両でも線区によってイメージが変わるその代表格の電車か・・

(この電車はノンシルノンヘッダのクモハ60022だそうです。)

4748 中間にはさまれたクモハ43とサハ45。
関西急電からの移籍組だろうか、それとも、横須賀線からの移籍だろうか・・いずれも旧型国電としては第一級の路線からの転用であることは間違いがない。(サハのほうは横須賀線サロ格下げの車両、最初の原稿でクハ47と書いた車両はクモハ43だそうです)

Ed62 ED60がタンク車を牽引する。
この機関車も良く似合っていた。

(筆者は飯田線ED62と勘違いしていました。ご教示に感謝し訂正します)

165 東京・新宿からの165系急行電車。
信州といえばこの電車だったように思う。

2012年9月13日 (木)

富山地方鉄道­=地鉄電車

富山地鉄の路面電車を紹介した以上は本線を紹介せねばならない。
ほとんどの電車がクロスシート2ドアという地鉄電車は関西の鉄道ファンにとって、関西からの距離はあっても身近に感じる存在でもある。
特に、白、グレー、赤の3トーンカラーは、立山連峰を望む沿線風景によく似合い、中小私鉄といってもまさに中堅どころの華やかさを感じる電車でもある。

昭和54年から、何回この鉄道を訪問したか・・
今回はその一部の紹介だ。

14750 貫禄たっぷりの旧型電車。
関西のどの鉄道の旧型車と比べても見劣りなどしない上質の電車、14750形が5月の立山線を行く。

14752 そのサイド、14752と貼り文字で標記された車番が社章の前後に位置する。
富山地鉄の特徴でもある。

14750_2 14750形の座席。
ゆったりとした向かい合わせのクロスシート、灰皿・・
富山地鉄が禁煙になったのは随分後になってからだと思う。

14770 新鋭14760形が行く。
中小私鉄の雄たる意地を見せてくれた新型電車だ。

14770_2 その電車のサイドビュー。
空はどこまでも青かった。

14780 固定クロスの14780形。
冷房改造されたばかりの頃。

地鉄電車の番号はモーター出力を馬力で表した数字を最初に、その後に系列の数字を二桁で入れてあり、しかも、系列は年代順ではないので、ちょっと見た目には非常に判りづらい・・

65 JRから乗り入れのキハ65が行く。
富山まで485系に併結されてやってきた気動車。
何故気動車なのかはちょっと疑問。。

181 岩峅寺に停車する14780形のクハ、181号。
湘南形にこだわらず、独自のデザインで非常に新鮮に見えた表情。

Photo 岩峅寺の駅舎。
こういう駅舎を見ると、まさに中小私鉄というよりも中堅私鉄という言葉がぴったりと当てはまるように思う。

14791 宇奈月の14791。
富山地鉄最初の高性能車で、正面三枚窓はなんとなく山陽2000系を彷彿とさせてくれた。
ただ、この訪問は秋の終わりで、夜行列車から乗り換えた車内は隙間風で寒かった。

13 14750形のクハ、13号を先頭に常願寺川を渡る・・
国鉄と並行する区間で両方の撮影が一度に出来た。

Photo_2 越中中村駅の駅舎。
かつて、鉄道が地域輸送の主役だった頃を思わせる駅舎が荒廃していた。

14780_2 その駅に停車する14780形。
思えばこの頃からモータリゼーション第三派の大波が押し寄せていたように思う。

1002414774 電鉄富山駅に停車する10024と14774、10020形は14780形を転換クロスにした車両、そしてそれをさらに進化させたのが14760形。

8000 国鉄富山駅に停車するのは名鉄キハ8000の「北アルプス」
最初の訪問時にはこの列車は宇奈月まで乗り入れていた。
今、そのネガを探しているが見当たらず、その頃に名鉄から転属してきた愛電3800系は地鉄で最初に乗車した電車なのだが、いずれもネガが見つかり次第、またご紹介したい。

さて、先日、短時間だけれども、25年ぶりくらいになろうか・・この鉄道を再訪できた。
中小私鉄の経営は厳しさを増し、14760形以降の新車は入らず、車両の置き換えに際して、大手私鉄からの譲渡車で賄われている。
080314722160141003314769 電鉄富山駅において現在の主力車両が一同に顔を揃えた様子。
10020形の高出力バージョン14722、西武鉄道レッドアローを譲受した16014、京阪特急3000系を譲受した10033、ローカル列車用の標準色に改められた14769。

08031003314769 京阪特急と富山地鉄生え抜きの14769の並びをアップで・・

080314766 特急「うなづき」14766、稲荷町で。

旧来の地鉄カラー。

080310025 朝ラッシュ時だけ稼働するらしい3連固定の10025ほか。
稲荷町車庫で。

080316014 そして西武レッドアローが元のイメージを残しながらも改装されて活躍する様子。
電鉄富山で折り返し「うなづき」になる運用。

それにしても・・
富山地鉄、長野電鉄、富士急行といった中堅私鉄に新車を入れる体力がなくなった現状は寂しく、私鉄の経営の厳しさを肌で感じざるを得ない。
ただ、その分、大手私鉄の良い車両が譲渡されて活躍すると、それを見に行きたくなるものまた鉄道ファン心理でもある。

2012年9月 9日 (日)

須津(すど)の東海道新幹線

岳南鉄道を見に行ったあと、須津駅から程近い新幹線の線路沿いに出てみた。
ちょうど、富士山がくっきりと見える朝だ。

000 0系の編成が駆けていく。
今から20年少し前、東海道・山陽新幹線といえば0系が中心で、100系が新鋭として気を吐いていたころ。

0002 0系の編成の下り側。
2両が写っているが、先頭車は小窓、次位の中間車は大窓だ。

0001 0系編成の上り側。
こちらは大窓の古いタイプ。

001002 100系が駆ける。
富士と同じ色合いの新鋭はこの当時、まさにクイーンだった。

00100 100系の中間ダブルデッカー。
高速化、ダイヤの均等化で捨て去られた新幹線の「遊び」の部分だが、今考えても惜しい・・
ダブルデッカー二階のグリーン席で、ゆったりと富士を眺めたいものだが、既にその望みは叶わない。

現地に居たのは数十分だろうか。
時間が押し、長くとどまれなかったのが心残りの、独身最後の一人旅途中の写真である。