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2011年11月

2011年11月18日 (金)

国鉄高砂工場廃車留置線

今回は高砂工場廃止直前の廃車解体待ちの車両たちだ。

それも少しレアなものも見ていただこうと思う。

26183 まずはキハ26183・・
このクルマは岡山の所属だった。

2876 そのキハ26の前方に押し込まれていたのが和歌山のキロ2876だ。
一見、何の変哲もないキロ28に見えるが、台車が空気バネ台車になっている。
これはキロ27の台車だろうか、それとも特急車両の台車だろうか。

102033 ここからは郵便車だ。
郵政省が全面的にトラック輸送に切り替え、大量の郵便車が余剰となって廃車された。
まずはオユ10から。
標準的な郵便車だったオユ10の非冷房の姿。
オユ102033。

102034  こちらはオユ102034。
この2両でオユ10の両側面をご覧いただけると思う。

102578 冷房改造されたオユ102578。
冷房改造工事はスロ62などと同じ手法、屋根鋼体を丸ごと取り替える工法で行われた。

Photo 同じく冷房改造されたオユ102579。
これもこの2両で両側面をご覧いただけると思う。

10 冷房改造されたオユ10の車内。
特に郵便物の仕分けのための区分室は、風を避ける意味から窓が開かず、冷房化によって作業環境を向上させるしかなかった。

132034_2 次は護送郵便専用、郵袋のまま輸送するためのスユ13。
ネガを拡大して見るとスユ132036と読めたクルマ。

132038 スユ132038。
郵便車でも、スユ13は、関西ではなかなか実際に見る機会がなかったように思う。
これもこの2両で両側面をご覧いただけると思う。

132038_2 同じスユ132038を真横から見た様子。

13 そのスユ13の車内。
郵袋のまま郵便物を積載するために何にもない、がらんとした車内だった。

267_2

キユニ267、ローカル線によく走っていた郵便荷物合造気動車。
姫路の所属だったから播但線で活躍したのだろうか。

267その気動車の内部。
これは郵便区分室。

2612 キハユニ2612と読めるクルマ。
鹿児島・志布志から岡山に転属になり、すぐに廃車になったようだ。

Photo_2 次は救援車。
救援車の役目もほとんどをトラックに奪われてしまう。
岡山のスエ7151。
もとはスハ32系の一員だったようだが、戦争で被災して、戦災復旧客車となり、さらに合造車となり、救援車へ。

Photo_3 糸崎のスエ7121。
こちらは郵便荷物合造車だったのだろうか。

3142 新見のスエ3142。
これは戦災復旧車ではなく、スハ32系をそのまま改造したクルマ。
窓配置がなにやら上等そうな車両の出自をうかがわせる。

Photo_4 救援車の内部。
どの車両か判然とせず、上記3両のいずれとも違うように見える。

Photo_5 こちらは作業員室。
達磨ストーブとゆったりした椅子がある。

251 カニ251。
20系の電源車を24系に組み入れたクルマだ。

25 そのカニ251をカラーでご覧戴こう。
24系に連結して使うのに、何故か塗装は20系時代のままだった。

251_2 既出だがカニ251の屋根。
パンタグラフ跡の通風器がなんとも侘しい。

国鉄はこの時期に郵便・荷物輸送から撤退して、今のような宅配便全盛時代になっていく。

2011年11月14日 (月)

南海線特急、「四国」号1001系から現在の南海線特急を見る。

先日、久しぶりに南海電鉄、南海線特急列車に乗車した。
乗車したのは「サザン」と「ラピートβ」でどちらの列車も非常に素晴らしい乗り心地だったが、天上の意匠を見て、どうしても11001系=1001系のことを思い出してしまう。
残念ながら、1001系の車内の写真は撮影できていないが、懐かしい湘南形流線型の姿を今一度蘇らせるのも悪くはないかもしれない。

なお、僕は小学校高学年時代を沿線の泉大津で過ごした関係で、この電車にはひじょうに強い憧れの感情を持っている。

元々、南海11001系と言えば戦前戦後の大型車、2001系の近代化版で、当初は貫通型で登場、後に湘南形が主流になった。

1001 箱作の海岸を行く下りの「四国」号、この列車は1001系の独壇場で、先頭2両が座席指定、後ろ4両が自由席だった。

1001_2 多分、同じ列車の後追い。
先頭車にパンタグラフが堂々と載る電車らしいイメージに、湘南形としては洗練された小型の下降窓がずらりと並んだ側面、そしてそのスタイルを引き立たせるライトグリーンに鮮やかな濃いグリーンの帯。

1004 サイドビュー。
座席指定の札が挿し込まれている。

1001_3 逆光気味だが、上り「四国」号の全景。
この角度から見る1001系はことのほか美しい。

1001_4盆暮れには臨時の全車座席指定の「四国」号も運転された。
11001系は昇圧により車両数の半数が廃車となり、残りの車両も冷房改造、機器類の大幅な更新により1001系となる。

1001_5 こちらは一般の特急。
全車自由席で、難波と和歌山市の間を結んだ。
1001系は乗り心地が非常によく、転換クロスシートの座席もゆったりしていて、間合い運用の急行で乗れるときはとても嬉しかった。

1001_6 新今宮駅を出て、終点、難波へ向かう「四国」号。
この端正な風貌は、国鉄70系電車と双璧を成す、湘南形マスクの傑作だと信じて疑わない。

同じ系統のデザインでも、今も大井川鉄道、一畑電鉄に残る高野線急行21001系に比べると、さすがに20メートル級大型2ドア車の迫力と言うか、そのスマートさは1001系がダントツだった。

110013008 福井の京福電鉄に走っていた南海11001系初期車、貫通型スタイルの3008号。
経年の新しい11001系は、昭和47年の昇圧時に、1001系への改造がなされない車両の一部を京福電鉄へ譲渡され、活躍していた。
色合いこそ赤系統のツートンだったが、モノクロで撮影すると南海時代のグリーン濃淡を思わせ、なんとも懐かしい気持ちになったものだ。

110610908 1001系が廃車され、新時代の特急「サザン」が走り出してからも26年が経ってしまった。
写真が和歌山市における10000系(新)による「サザン」
初期サザンの機器類には今も1001系の魂が息づいているはずだ。
なお、「サザン」は8両のうち4両が指定席、残り4両がロングシート一般車両を使った自由席の列車で、1001系には存在しなかった指定席と自由席の設備面での格差がある。

1106 その車内。
窓上の読書灯はまさに11001系=1001系の名残か・・

110612101 そしてみさき公園における、最新の12000系(新)による「サザン」。
全体にすっきりしたデザインは、自由席に使われる8000系電車に合わせたのだろうか。

1106_3

その車内。
デラックスではあるが、読書灯は健在。

1106_2そして、今や南海の大看板、関西空港連絡の「ラピート」。
泉佐野駅にて。
この強烈なデザインは、南海の大人しく気品に満ちた電車デザインとは一線を画する気がする。

1106_4 その「ラピート」車内。
スーパーシートの様子。
読書灯もそうだが、それより、天井一列の照明に1001系の面影を見る気がする。

5500 さて、かつては南海には国鉄に直通する急行気動車があって、南海線内では特急扱いだった。

「きのくに」号キハ5501形、国鉄線内で。

できれば、今、折角の「ラピート」や「サザン」を南紀方面に持っていけないだろうかと・・鉄道ヲタクの妄想ではある。

(なお、本ブログでは7101系以前の系列については1を末尾に、それ以後の系列については他社と同じく0を末尾に表現しています)

阪神武庫川線廃線区間の記録

前回、「阪神武庫川線」エントリーの中で、その記事の際は記録が出てこなかった、昭和55年8月に撮影した武庫川線の廃止区間の記録が今頃出てきた。

約束どおりここで公表させていただくことにする。

阪神武庫川線は現在も営業している武庫川駅以南区間のほかに、戦時の物資輸送のための北側、阪神国道を経て国鉄甲子園口駅までの区間が存在した。
戦後もしばらくこの区間は存在したようだが、旅客輸送については武庫川駅以北区間は戦後すぐに休止されている。

戦後も35年を経た昭和55年にまだその痕跡をとどめていたことは驚愕に値するが、もちろん、今となってはこの区間の路線式は住宅地に変貌を遂げてしまっている。

Photo まずは武庫川駅北方の出入庫線より北側を見た様子。
複線の線路が北へ延びるが、線路の中は畑と化していた。

2 もう少し進むと線路は単線になった。
標準軌と狭軌の3線式の軌道のはずだが、この当時は既に普通の軌道になっている。
はてさて、この写真の線路が狭軌なのかどうかは今となっては不明。

Photo_2 そのまま進むと、武庫大橋駅の遺構に行き当たる。
武庫大橋駅は行き違い可能で、ゆったりしたホームを持つ駅だったようだ。

Photo_3武庫大橋駅を川の土手から見る。
この時点まで35年、自然に還ろうとする駅の夢の跡・・

Photo_4 武庫大橋駅の北側、ここに駅舎が出来るはずだったのだろう。
当時、国道2号には阪神国道線が走っていて、この駅が残っていれば、今頃、国道2号と阪神本線を結ぶ要所になっていたかもしれない。

Photo_5 武庫大橋駅、駅舎の残骸だろうか。
この当時の記憶がほとんどなくなっている今、思い出すことも叶わない。

Photo_6 武庫大橋駅からさらに線路は国鉄へ向けてつながっていた。
線路が残っていて、実に昭和30年代まで貨物列車が走っていたそうだ。
ということは、ここは狭軌か・・

Photo_7 甲子園口へ続く軌道敷。
ちょうど113系の快速電車が通過中。

甲子園口は貨物取り扱いがないので、貨物列車は西ノ宮まで走っていた由。

撮影時点から既に30年以上の月日が流れた。
記憶の片隅に僅かに残るこの廃線跡だが、こうしてネガフィルムが出てきたことで、この区間を見たのが真実だったのだと・・
改めて実感もする。

2011年11月10日 (木)

新幹線100・300系引退に寄せて

僕が鉄道ファンであることは幼少時から一貫していて、それが本格的に写真の方向から鉄道ファンとして活動していくのは、国鉄に入社する直前からになるのだけれど、その僕にも過去に数度、鉄道趣味活動からある程度遠ざからざるを得ない時期があった。

その最初の時期、結婚し、家庭を持ち、子育てや生活、それに多忙を極めた写真の仕事で、まったく鉄道趣味人としての活動が出来ない時期・・それが平成に入ってすぐ訪れたわけだ。

子育ても落ち着き、趣味活動というほどではないが、ようやく写真撮影から趣味を再開した頃の、山陽新幹線加古川橋梁でのある日のシーンだ。

300系が「のぞみ」として博多へ乗り入れながら、JR西日本独自開発の500系が世界最速を謳っていた頃だ。
このブログの記事としては非常に新しい時代の記事になるけれども、この時代からもすでに15年の月日が経っている。

0 まずは0系16連、往年の華やかさを残す「ひかり」
この当時、すでに0系による東京「ひかり」は風前の灯だった。

Photo 同じく0系の短編成6連による「ウェストひかり」
今の「ひかりレールスター」の前身といえる列車で、アコモ改造されたデラックスな車内と軽快なビュッフェなどが話題を呼んだ列車だ。一時、僕にとっての「シンデレラエクスプレス」だった。

100 100系16連の「ひかり」
100系には中間2両がダブルデッカーの編成と、中間4両がダブルデッカーの編成があった。
これは前者。中間4両がダブルデッカーのV編成は「グランドひかり」と呼ばれ、最高時速270キロを可能にした列車だったが、騒音問題の絡みで、これは実現しなかった。

300 300系による「のぞみ」
新幹線として初めて本格的にスピードアップに取り組んだ系列で、当初の「のぞみ」は全車座席指定、簡単な食事もセットされていたはずだ。

500 500系による「のぞみ」
僕はこの500系が、100系と並んで新幹線で最も好きな系列だけれども、実際に乗車したことはない。
世界最速時速300キロで疾走して、岡山・広島間の表定速度はギネスブックにも掲載された。

Photo_2 0系「ウェストひかり」のサイド。
団子鼻の愛嬌溢れる横顔こそ、僕ら世代の新幹線のイメージだ。

100_2 100系のサイド。
0系のデザインをリファインし、シャープさを強調したデザインで、今見ても惚れ惚れとする。

300_3 300系のサイド。
いかにも合理的で、メカニカルな印象を持ち、機能美に溢れたデザイン。
良くも悪くも時代を表しているような気がする。

500_2 500系のサイド。
究極の流線型、まさか日本に登場するとは思わなかった好デザイン。
この格好よさがどうして今のN700の無骨さにつながるのか・・

仕事の合間、一瞬の営業活動の隙間で撮影した写真だ。
ただ、ネガフィルムの劣化が激しく、掲載にあたっては相当の画像処理を要した。
このあたり、モノクロやポジフィルムならこういう苦労がないことを思うと、ネガカラーというのは、やはり保存には向いていないフィルムだったのだろう。

Photo_3 話が逸れた。
その写真のちょっと後の時期・・
大阪モノレール車中から見た鳥飼車両基地。
700系も2編成見えるが、あとは100系と300系で、今、改めてこの写真を見ると、新幹線ってのは美しい乗り物だったんだなと・・実感もしている。

来年3月のダイヤ改正で、東海道山陽新幹線から300系が、山陽新幹線から100系が引退するという。
0系の引退がつい、この間であったような気がするのだが、0系は同じ系列でその初期車両を置き換えた時期があり、新幹線としては300系の経年18年程度での引退は標準的なものだろう。
そうなると実は100系の寿命の長さが、延命工事を得意とするJR西日本であったにしても・・新幹線の歴史上、ものすごいことなのかもしれない。

500_3 500系の「のぞみ」が西明石駅を通過する様子。

500系が「のぞみ」から撤退直前の撮影。

300_4 300系が加古川橋梁を通過するごく最近の様子。

100_3 最後に国鉄カラーに復元された100系が、岡山以東で最後の活躍をしていた今年3月の西明石での撮影。