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2011年9月 4日 (日)

昭和54年5月8日、国鉄高砂工場旅客車主棟

昭和54年5月8日前回記事の続きだ。
まず断っておくが、当時の国鉄と言えど業務中に趣味の写真撮影などできるはずもない、
このブログで公表する写真はすべて昼休み、もしくは終業後の撮影だ。

その当時、鷹取工場には名だたる鉄道ファン諸氏がいて、彼らによって発表される記録もあるが、高砂工場では鉄道ファンと言える人とは出会えず、趣味としてではなく生き方として鉄道が好きな人が多かったように思う。
その表れが何より丁寧なその仕事ぶりで、他工場ではゴマカシで済ませてしまうようなことは、こと高砂に関してはほとんどなかった。

5405082538 さて、入場建屋で作業のための解体を施された車両はアントと呼ばれる小型の牽引車で主棟に送り込まれる。
写真はオハネフ2538を送り込むところ。

こういった牽引車やトラバーサー、あるいは入れ替え機関車を使った作業は、工場の場内に作業者がおらず、そのために気を遣うことのない、しかも工程に影響しない昼休みや休憩時間、始業前、終業後に行われることが多かった。

54050812 入場建屋脇の鉄工職場作業場で修繕中のスハフ12。
この場所でガスや高圧電気を扱う鉄工職場が気兼ねなく作業できるようになっていた。
もっとも、工程の都合上、各職場入り乱れてやや危険な思いをしながら作業せざるを得ない場合も多々あった。

54050862 同じ作業場でスロ62の鉄工部分の改造工事・・
これはお座敷客車スロ81への改造工事で、洗面所周りなどに結構規模の大きな工事が成されている。

540508 主棟の外にはさまざまな部分も保管されていた。
これは通風器でいわゆるガーランド型。
ただし、当時の高砂工場では「ガーランド型ベンチレータ」などといっても誰もそのことを理解してくれない。
工場内部では「標準型通風器」である。
廃車や改造工事で捻出されたもの、あるいは破損などで取り替えたものを、修繕を済ませてこうしていつでも使えるようにする。

540508_2 こちらはバッテリー。
これはたぶん客車用で、部内ではもちろん「蓄電池」だ。
旧型客車、あるいは後の50系も車軸に簡単な発電機が備えられていて、車内の照明などはこの電力を使用していた。
今から見ると、なんとエコな設計であったことか。

54050880 さて、主棟に入場すると、まずジャッキアップして気動車や電源エンジンつきの客車ならエンジンの取り外しが行われる。
キシ8034がジャッキアップされているところ。
ただし、通常の客車はジャッキアップはせずに、クレーンを使って台車抜きをし、そのまま、作業線の仮台車に乗せられる。

5405088034 そのキシ8034をサイドから。
エンジン、モーターなどは国鉄の場合、現車に使っていたものは専門の職場でオーバーホールされるが、部品を共通化しているので、わざわざその部品の仕上がりを待つまでもなく、すでに仕上がった完成品をこの場所でつけてしまう。

54050880_2 取り付け準備が出来た完成品のエンジン。
このあと、午後の作業で現車に組み込まれる。

54050828 主棟の中では主に車体内外の修繕作業が行われる。
キロ28の外板取替え、更新工事をしているところ。
キロ28は下降窓が仇となって車体の腐食が早く、老朽化が著しかった。
最初は完全に原型に戻す工事が成され、後に2段窓への改造工事に変更されている。

5405085833 キハ5833と読める車両。
ただ、不思議なのは当時受け持ちにはこの車両は居らず、当時は九州に、このあと、七尾に配属されているはず・・
何かの改造工事だろうか。

54050835 手前にいたのがキハ35。
現場ではこの外吊りドアの保守に手を焼いた。

54050823 ナハネフ23の外板修繕。
この車両は僕の組の担当で、車内では破損した化粧板の張替えなども行っていた。
外板部分の工事をしたのは同期の友人で、最初は手直しくらいのつもりだったのが、車体の腐食が思わぬ進行をしてしまっていて、結構大きな工事になってしまった。

540508_3 作業用の運搬車「モートラック」
これはエンジン付だが、後にバッテリー式のものも登場した。
場内の荷物運搬に大活躍した縁の下の力持ちだ。

540508622070 スロ622070。
お座敷客車スロ81に改造工事\が進行中。
外観は洗面所付近の窓の形が変更され、アルミサッシが更新されたくらいだ。
けれど車内ではそれこそ大工事が進んでいる。

540508622070_2 スロ622070の車体側面に書かれた作業用の表記。
チョークで「山城」と大書きされている。

車両はこのあと、塗装工程、そして組立作業のある出車作業へと移され、完成となる。
それらはまた別の機会に。

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昭和54年5月8日、国鉄高砂工場旅客車主棟を参照しているブログ:

コメント

こうさん こんにちは!
前回に続き、2回目の高砂工場内の様子、ワクワクして見ています。今まで幾たびかコメントを書かせていただいてますが、このサイトを知ったキッカケというか、窓口が、
「こうワールド」からでした。子供時分、一時期ですが、
後藤工場のすぐ近くに住んでいたことがあり、学校が終わると、フェンス越しにず~っと工場のヤードを飽きずに眺めていたもので、工場は違えど、トラバーサーで運ばれる車両とか、検査修繕が終り、ピカピカの新車のようになった、181他の車両が出場する様子などよく、見惚れて見ていました。
中には、廃車解体待ちの車両や、解体されている車両など、見て子供心に感傷に浸ることもありました。
工場見学の出来る工場祭には欠かさず行っていましたが、実際の作業中の工場の雰囲気が、こうさんのアップされた写真で生き生きとした様子が手に取るようにわかりました。でも、こうさんの写真で見る高砂工場、ホンとに広大な敷地だったんですねェ~。

※最初のコメント、名無しで投稿してしまいました。
すみません。


日食さん>

後藤工場にも、同期の友人、あるいは先輩、後輩があり、今も工場そのものは存続していてとても懐かしく感じます。

高砂工場は歩いてではとてもまわりきれないほど広大な敷地でした。
試運転で時速40キロほど出した車両が、そのまま現実の列車のごとく惰行も出来るほどでした。

こうして当時のスナップを紹介することで国鉄の現場の空気を感じていただければ、幸いです。

ミスの投稿は削除しておきますね。

気動車の中でも不人気車にあげられるであろうキハ35。味も素っ気もない車両ですが、個人的にはまぁまぁ好きだったりします。外吊り扉が特徴ですが、現場では評判がもう一つだったようで・・・。

確かに開くスピードも閉まるスピードも遅かったかな~
たまに閉まりながらそのまま引っかかって閉まらなくなったり。加古川線で乗ったときにそんなことがあって、車掌さんがドアを蹴って閉めていましたわ~

そんな手を焼いた車両ですが、JR東日本にはかろうじて残っているんですね。

akeyanさん>

キハ35、ツートン時代は結構好きな部類でした。
乗り心地も良かったですし・・

ワントーンはこの車両を老朽車のイメージにしてしまったように感じます。

JR東、183系電車といい、案外、JR西より物持ちの良い部分も・・ありますね。

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