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2011年5月 8日 (日)

阪急今津線西宮北口~宝塚間(映画・阪急電車公開によせて)

先日、家族で映画「阪急電車」を鑑賞した。
くどくど説明するまでもなく、詳細は映画ドットコムで見ていただくとして、素直でよい映画だった。

というか、このごろ年の故か涙もろくなっている僕の本領発揮というような作品だった・・つまり、ぼろぼろになってしまった。

鉄道をモチーフにした映画作品としては古くは渥美清の「喜劇・急行列車」や森繁久弥の「喜劇・各駅停車」などが有名だし、高倉健の「鉄道員(ぽっぽや)」も記憶に新しい。
昨年夏には中井貴一主演で「RAILWAYS・・49歳で電車の運転士になった男の物語」が公開され、これは僕にとって実に20年ぶりに映画館に足を運んだ作品となった。
鉄道を舞台にするということは、これまでは基本的に男性が主人公であり、朴訥で純情な男の物語という方向性になってしまうように思うが、こと「阪急電車・・片道15分の奇跡」に関しては登場人物の大半が女性で、主役級では男性はただ一人だけ、5人の女性の不思議な縁のようなものを感じさせる仕上がりになっている。


YouTube: 映画阪急電車予告

この鉄道をモチーフにしながら女性が主人公であることに何の不思議も違和感も感じず、素直に観客がそれを受け入れてしまうあたり、監督の力量ももちろんそうだが、そこに阪急電車の独特の個性を感じてしまうのだ。

さて、作品の舞台になった阪急今津線、今津線は本来は阪神電車と接続する今津と阪急宝塚線と接続する宝塚の間の路線名称だが、今や西宮北口駅改修工事の結果、路線は分断され西宮北口以南は「今津南線」と呼ばれ、今津に行かないのに北側を今津線と呼ぶことが多い。
映画「阪急電車」の中でも、今津線は北側しか紹介がなされていないのだが、これは今現在の感覚からすると普通のことかもしれない。

ちなみに、今津線は開業当初は西宝線と呼ばれていて、今の実態はこれに近いけれど、なんとなく「今津線」のほうが親しみがあるような気がする。

さて今津線の昭和54年55年頃の写真だ。

8046000 宝塚に停車するのは今津行き804で、隣に登場したばかりの6000系トップナンバーが並ぶ。
駅の雰囲気はまったく現在と違い、開放的な明るい駅だった。
800系は戦前戦後の名車920系の流れを汲むもので、元は神戸線用の大出力形。
今津線は今に至るまで神戸・宝塚線を追われた電車たちの第二の活躍場所ではある。

817 宝塚南口に進入するのは810系817ほか。
810系は前述800系を大型化した系列で、後に3ドア化された。
阪急の車両は古くても整備が行き届き、旧型車ゆえの嫌悪感を催すことなどまったくなかった。

Photo 宝塚南口に停車する810系863。
戦前からの阪急スタイルを崩すことなく大型化して時代の流れに沿っていく。
頑なに自らのスタイルを守るのが今も昔も阪急流。
しかも更新修繕でも大きくイメージを損なうことのないように時代に合わせていく手腕は見事というほかない。

宝塚と宝塚南口の間には武庫川橋梁があり、北側に宝塚大劇場、南側に宝塚ホテルがあって独特の雰囲気を醸し出している。
1020 武庫川橋梁では1000系列の写真を。
まずは1010系1020の編成。
1010系は阪急最初の高性能車1000系を量産化した車両で、当初は2ドアだった。

1112 1100系1112。
1100系は神戸線1010系の宝塚線バージョン。
1010系が当初オールMだったのに対し、MT編成でつくられた。
1000系列の車内は旧型車の職人技をそのまま受け継いだような重厚なもので、全金属製とは思えない暖かさに満ちていた。 このあたり、明るい色調のアルミデコラを使うのが当たり前だった他社と阪急とでは明らかに異なると思う。

1206 1200系1205。
1200系は旧型車の部品を集め、これに新型の車体を載せた車両だが、モーター出力は920系と同じく150kWという強力なものだった。

1252 1200系1252。
上記編成の反対側Tcだろうか・・
阪急の高性能軽量化初期車両は一種独特の雰囲気・・
それは今に通じるクラシックモダンというコンセプトで統一されていたように思う。 京都線にも同系列の1300系があり、また、旧型車両の機器を使った1600系も存在していた。

Photo_2 西宮北口から南へ進む863。
神戸線との平面クロスを超えて電車は南へ・・
横に停車しているのは1200系か・・
この駅の風景もまた過去の思い出でしかない。

3019 さて、こちらは映画「阪急電車」にも出てきた3019が宝塚駅に停車している先日の様子。主演の一人、中谷美紀がウェディングドレスを着て見送った印象的なシーンに使われた電車だ。
阪急では前面の行先表示器の設置工事が進み、いまや、当面使う予定のほとんどの車両に表示器が設置されている。
この車両は僅かしか残らない表示器未設置の編成で昔懐かしい前サボがぶら下げられている。

映画「阪急電車」宣伝のヘッドマークはご愛嬌。

今回の映画では登場するのはすべて前サボ使用の編成で、3編成を使ったとのこと、ただし、1編成は映画完成前に廃車になり、残るは2編成ということだ。
昔の阪急のイメージでなければ作れない映画ではないとは思うが、雰囲気を大事にし。そのために車両も限定した三宅監督の感性には我々鉄道ファンも大いに共鳴できると思う。

6025 その今津線、3019の窓から撮影した仁川付近での6025。
支線であっても、本線を引退した車両であっても、しっかりと阪急品質を提供するのはまさに阪急流だ。

もちろん、駅も、また周囲の雰囲気もすべてが阪急流でありそこが阪急に僕らを引き寄せる要因の一つではあるのだろうけれど。

さて、年末には三浦友和主演で富山地方鉄道での「RAILWAYS2」の公開も決まった・・また見たい映画が出来るのは嬉しい限りだ。

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コメント

こんにちは、こうさん。
いつも楽しく拝見させていただいております。
今津線は、幼い頃、清荒神に初詣に行く時乗っていました。祖母の家の芦屋川から西宮北口で乗り換え、宝塚まで乗り、そこからまた1駅だけ宝塚線に乗りました。神戸線、宝塚線の電車と比べ、今津線の電車には、古いイメージが付いてました。今では、7000系なども入線している姿を見ると、時代の流れを感じます。

私は京都本線沿線の茨木市在住でした。P-6はじめ魅力的な車両が多かったです。高校の頃になると旧型車が少なくなりましたが、朝は富田まで1600系の普通電車で通学していました。P-6の電装を利用した車とは後で知りました。そう言えば車体は1000形系列の丸みを帯びた優しい外観でしたが、走りは重厚でした。
京都本線・千里線に比べて宝塚本線や今津線には旧型車が残っていましたので、梅田駅やこのお写真の宝塚南口などにも撮影に行きました。

鉄道を題材にした映画では「大いなる驀進」や、フランキー堺さん主演の「喜劇・旅行シリーズ」も好きです。

こう様、こんばんは。
古き良き阪急電車の写真の数々、懐かしいです。
一枚目の若き6000系の美しい事といったら・・・。
今では白髪頭になってしまいましたが(苦笑)
縦書きの駅名表や白地に赤字の急行幕も懐かしいです。
1000系列も古いんだか新しいんだかよく分からない独特な存在感がありました。
おもえば戦前型の古豪から6000系のような新鋭車両まで幅広く色んな車両が活躍していたのが阪急のみならず当時の鉄道の面白さだったように思います。
「阪急電鉄」ではなく「阪急電車」と言われるとカンバンをぶら下げた車両が思い浮かんでくるような気がします。

旧高砂市民さん>

今津線電車には古い電車が多かったですね。
その古い電車が僕にはすごく魅力的でした。

スミノエさん>

僕は子供時代を除けばまともに趣味人としてP-6を見たことがないのです。
すごく羨ましいです。
昔の写真を今見てもどきどきするかっこよさ・・
P-6に、それも営業運転する長大編成に一度でも会いたかったです。

旭屋さん>

阪急電車といわれると・・まさに看板をぶら下げた茶色の電車ですよね。
屋根が白くて行先表示機でしっかり行先が表示されているのは「阪急電鉄」でしょうか。

毎度ありがとうございます。幼稚園のころまで川西市に、小学1年生から箕面市に住んでいる私にとって、能勢電鉄や(阪急)箕面線でも走っていた、古い車両がなつかしいです。とくに「804」号と当時最新鋭の「6000」号の顔合わせには「あのころは小学3年生で、音楽の先生に縦笛でしごかれたな・・・。友人の多くが阪急ブレーブスのファンで、私たち巨人ファンは肩身が狭かった」ということまで思い出してしまいました。
 20年ほど前、能勢電に阪急の2000系が移籍したとき、塗装が変更されましたが、「能勢電らしくない!よその電車じゃないんだから!」とか、思ってしまいました。(マルーンでなかったし、うすっぺらな感じがしたのでしょうね)その後、マルーンに変更されましたが、「当然だ」と思ってしまいました。それくらい、阪急のあの色は、伝統であり、イメージが定着し、高級感さえ与えていました。とりとめない話で、申し訳ございません。

ハイセンマンさん>

そういえば、一度、能勢電もエントリーしたいですね。
500系あたりからの写真も残っています。

準備にしばしお時間をくださいね。

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