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2011年2月17日 (木)

先進の381系電車

国鉄は私鉄に比べると新技術の導入には慎重すぎるほどで、そういう意味ではいつも私鉄より一歩後を歩いているような気がする。
けれども、技術研究所を持って新技術の導入に余念のないはずの国鉄が新技術の導入に慎重にならざるを得ないのは、やはり、私鉄と比べるとはるかに過酷な自然条件、それに全国で運用することによる補修部品の共通化という観点から、それは止むを得なかったかもしれない。

それでもときに、目を見張るような新技術が颯爽と現れるときがある。

交直両用電車、1000キロ以上のロングランができる特急気動車、世界初の寝台電車、静かな夜行列車20系客車、そして新幹線・・

それらに匹敵するか、もしくはそれらよりも世間を驚かせたのが振り子型特急電車381系だ。

台車に車体を傾斜させるコロを装備し、カーブを高速で走ったときの遠心力を抑え、安全に、乗り心地良く、カーブの多い線区での高速運転を可能にした系列である。

ただ、すでに諸外国では振り子式車両は実用化されていたようで、僕が国鉄を振り子式車両の技術で褒めるのはこれは贔屓に見すぎなのだろうか。

国鉄は当初、東北線「ひばり」などへの投入を前提として交直両用機能を備え、より高速で運行するために連接式とした591系を試作・・
これは1969年のことだというが、この後、東北新幹線の建設が本決まりとなり、振り子車両の投入先の想定が事実上、変わってしまう。

さらに、今度は非電化区間の高速化のためにガスタービンを動力とした振り子気動車キハ391系を試作・・
これまた、あまりに激しい騒音とコストの高さから敬遠されてしまう。

そして1973年に登場したのは中央西線電化用の381系電車だ。
キハ181系で運用されていた「しなの」はこれで大幅にスピードアップを達成、4時間ほどかかっていた名古屋と長野の間は一気に3時間20分まで短縮される。

381 591系やキハ391系に比べると、デザインはずいぶんと大人しく、183系電車と同じ時期の登場とあって雰囲気も酷似している。
写真はその「しなの」を中仙道ハイクの途中で捉えたもの・・

381系に始めて乗車したとき、その速さと乗り心地のすさまじさ、そして国鉄特急としては異質の雰囲気に驚いたものだ。
カーテンの替わりに装備されたぺネシアンブラインドは、583系や電車、気動車の食堂車で馴染みのものとはいえ、車内にリクライニングシートが並び、それと合わせてなんとも私鉄のような雰囲気を感じた。

車両の屋根上には冷房装置などなく、ただ、パンタグラフがあるだけのシンプルなもので、その分、車内では気動車宜しくダクトが立ち上がっているのが特長だった。
もちろん、気動車の排気ダクトではなく、冷房用のダクトである。

一歩先を進む国鉄特急・・
485系とは明らかにその雰囲気を異にした意欲的な特急電車・・
これが僕がこの系列に最初に抱いたイメージだ。

さて、381系は紀勢本線の電化に際しても投入される。
キハ80系で運転されていた「くろしお」は381系に変更され、天王寺と白浜の間を2時間で結ぶ。

381_2 写真は岩代付近を通過する「くろしお」

この岩代駅は僕がずっとファンを続けている谷山浩子女史の「テングサの歌」の舞台になった駅で、その歌のイメージを知るために降りたようなものだった。
もっとも、当の歌は・・これはどちらかというとSF的な作品だ。(余談失礼)

381_3 その次に投入されたのが伯備線で、キハ181で運用されていた「やくも」を一気に381系に置き換えた。
写真は布原付近の「やくも」トンネル上からの俯瞰である。

伯備線のキハ181は、自分でも相当好きな列車で、食堂車もあり、なんともいえない重量感と落ち着いた乗り心地で何度もわざわざ乗車しに行ったものだが、この381系「やくも」には最初に乗ったときにあっけにとられ、以後は、その目的だけのためには乗車していない。
早いのは良いが、激しい乗り心地・・
同じ車両に乗車してきた年配の方々の団体さんが、列車が伯備線に入って急カーブの連続する区間を猛烈な速度で走破し始めると・・
気の毒に乗り物酔いを誘発され、ちょっとした騒ぎになったものだ。

実は381系には弱点があった。

制御できる振り子装置を持たないがゆえに、きちんと緩和曲線のあるカーブでこそ本来の乗り心地を発揮できるのだが、緩和曲線がないか、あってもそれが不十分なとき、列車の揺れは不自然さを増し、激しい乗り心地と言われることになってしまうのだ。

それが為、現在では振り子特急の定番ともいえるJR四国の気動車、電車やJR九州の電車などすべて制御付の振り子機能を持っているものとなっている。

381_4 しかし、381系の低重心車体と、屋根の上に何もないスマートなデザインは、写真の相手としては絵になる。
これは橋梁を渡る姿を俯瞰したもの。

181 重厚感溢れるキハ181と比べると、軽快で近代的なイメージはまさに対照的だ。

381_5 こちらは線路付近に下りて河原から撮影・・
非貫通型で決して流線型ではないのだが、速そうに見える列車だ。

けれど、良く考えれば、僕の居た高砂工場ではその気動車部門の主力、キハ181やキハ80をこの振り子電車によってなくす結果となったわけで、これは別の言い方をすれば、僕の職場を奪った張本人がこの381系なのかもしれない。

もっとも、それが時代の流れであることは否定できないが。

さて、その381系だが、今現在、原型に近い姿を見ることができる。
阪和線の通勤ライナー「はんわライナー」と関西線(大和路線)のやはり通勤ライナー「やまとじライナー」だ。
381_6 写真は「はんわライナー」

編成をくねらせて入線する姿はいかにも振り子電車らしい。

381_7 そして「やまとじライナー」

今の大和路線を運行する唯一の有料優等列車だ。

通勤客には絶大な支持を得ているこの二つの列車だが、あと少しで廃止されてしまう運命だ。
車両の老朽化とのことだが、車両は少し塗装こそくたびれているものの、十分美しく、廃車するにはもったいないほどだ。

もとより、381系はその軽量化のために、当時としては意欲的なアルミ車体を採用していて、車体そのものはめったに腐食しないはずで、手入れによってはまだ走れるのにと・・思ってしまう。

381_8 さて、新車投入も決まっている「くろしお」だが、これが今の姿。
環状線芦原橋で車体を傾けて走る。

381_9 そして和歌山で新大阪へ向かうその後姿・・
パノラマグリーン車が連結されている。

381_10 こちらは今の「やくも」
庭瀬付近で。。

381_11 その「やくも」のパノラマグリーン車を横から撮影してみた。

屋根の上に余分なものがないので、やはりスマートに見える。

同じ時期の国鉄車両、オリジナル183系電車の姿もすでに定期列車ではなく、485系もまもなく西日本から消え、キハ181系は引退し、14系座席車はすでに原型は営業列車としては存在せず・・
381_12 こと、西日本に関してはこの381系と先だって取り上げた583系が最後の国鉄特急型の砦となってしまっただけに・・
もう少し走ってもらいたいと思うのではあるけれど、JR西日本の新型特急電車各系列はいずれも低重心設計で、技術の進歩により381系なみの高速運転が可能であると聞く。
それを生かして新車287系を紀勢線に投入後、381系の一部は福知山、山陰線に投入して287系で不足する運用を埋めるようだ。

そうすると、福知山、山陰線と伯備線がこの系列の最後の職場になるのかもしれない。
ちょうど、気動車特急群がそうであったように・・・

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先進の381系電車を参照しているブログ:

コメント

試作車591系、ありましたねぇ、3車体連接車でその後2車体連結車に改造されてしまいましたね。前頭形状が違っていましたが、左右非対象のデザインの方は日の目を見ずに惜しく思ったものです。
キハ391系ガスタービン車は、当時アメリカでターボトレインが試作され、ニューヨーク/ボストン間で営業に供されていた事が刺激となったのでしょうか。ニューヨーク以南の電化区間はメトロライナー型電車で、そちらは新幹線に刺激されたもので、台車がイコライザー式であったのには驚きました。結局どちらも成果が得られず、これを境にアメリカは高速列車の開発から脱落してしまいました。そればかりか、1930年代に交流式GG-1を量産した電関の技術さえも廃れ、今では外国に入札する有様となってしまいました。どんな技術も継続性の上に成り立っている反証であり、一番を目指さねばならぬ理由が此処にあります。
381系が登場してすぐに「しなの」を乗りに行きました。隣席の若奥さんと話しがはずみました。その連れの女性(姉?)が前の席で、ブラのホックが外れてしまい、ブラウスの上から何とか嵌めようと苦心惨憺していたのを思い出しました。
(私は何を書いているのか!)
その時の車掌さんの話では、船酔いを催す乗客が多いとの事でした。
確かに右に左にぐぐぐーと傾くのは、それまでにない乗り心地でしたが、私には何も…。

こんにちは。
381系はよく乗りました。この形式はモーター音が静かでモハでもほとんど聞こえてこないのが美点ですね。
紀勢線で一時、制御振り子に改造するという話を聞いたことがあり改造試験をしていたらしいです。
わたしもあずまもぐらさん同様、動揺には不感症で心地よいゆりかごなんです。

こう様、今晩は。
最近、ご紹介されておられる車両がアラフォー世代の私にも馴染みがあるものが多くなってきました。

私にとっての381系の初体験は大阪ー長野間で乗った「しなの」でした。「振り子電車とは如何なるものなのか?」と素朴な疑問と「船のローリングに似たゆれ方をする」という話を聞いていたのでどちらかというとマイナスイメージを持って乗車したものです。
実際、中央線に入ってからは期待通りの(?)揺れ方で、恐怖を感じるほどのスピードでカーブをクリアしていく走りにいつの間にか「快感」すら覚えました。

それからJR四国が誇る8000系と2000系を経験することになりますが、制御振り子の威力は絶大なものがありましたね。カーブに差し掛かる前に予め車体を傾けておくので、381系のように「一瞬、傾斜が遅れる」という感覚がないですね。


今月末の連休に「はんわライナー」のお別れ乗車の予定です。撮影はギリギリまで実施予定です。


あづまもぐらさん>

色っぽいお話ですね。。
僕の場合、485系の「かもめ」で後に「あみん」でデビューするお二人と少し話ができたのがわずかな思い出かな。。
当時はうぶで、女性に近づけない・・今思えばうそのような青年でした。。。。

技術の継承は実は非常に大切なことで、それがため、JRは国鉄が神姫最小を長年停止していたことから一時的に大変な苦労をしたそうです。

僕にとっては381系は「速すぎる」今の新快速的な走りの先行きだったかもしれません。

紀州さん>

アルミボディ、超軽量車体、特殊な形状の台車・・まさに革新的な電車でしたね。

普通の路線を走る分には非常に軽やかな乗り心地で、国鉄特急らしくない、ちょっと私鉄の豪華特急に似た乗り心地のように感じたものです。

この車両は運行中に振り子装置を入り切りできないのが欠点ですね。
だから、環状線でも車体を傾けて走る姿が見られるのはちょっと考えると面白いです。

国鉄の意欲が表に出た隠れた名車でしょうね。

泉州人さん>

僕も「スーパーはくと」に乗車したとき、あまりにも振り子のイメージが381系と異なることでびっくりしました。
逆に、JR東海が誇る383系はこれはもう、爆走といっても良いかのような走りで、381系を数倍すごくしたような・・
これまた驚きでしたが。。

「はんわライナー」「やまとじライナー」・・乗っておきたいですね。
乗車料金はわずかなのですが、運転時間帯が神戸からでは厳しいものがあり、時間を作れるかどうか・・考えてしまいます。
土日は運休ですし。。

 381系 “やくも” をよく利用しました。その当時、山陰地区の公共事業に関する出張が多く頻繁に利用しました。しかし、折角の高速性能も単線の多い伯備線、山陰線では離合待ちが多く能力が発揮できませんでした。また、帰路は岡山駅で“こだま”との接続が悪く、岡山駅で30分以上待つこともしばしばでした。
 米子道が全通し、更に松江道も延伸開通して出張も社用車で行くことが増え、JR利用はほとんどなくなりました。しかし、JR米子支社に出張に行く際は相手方に敬意を表して“やくも”を利用しました。

381系ですね!
この車には、本当によく乗りました。
高校生の夏休み、冬休み、春休み、連休と、
3年間、日食のアルバイトで米子~岡山~出雲~米子と毎日往復乗っていました。
(時には2往復することもありました)
国鉄からJRに変わる過度期を一緒に体験した車で、思い出がいっぱい詰まってます。
381というと、まずは、車酔いの思い出。
随分、381には鍛えれました・笑!
私も、乗務第一日目、見事に車酔いしてしまい、岡山のヤード内での休憩のとき、
賄いのお弁当も咽を通らないことがありました。
バイト仲間も、半分くらいは乗り物酔いが原因で、乗務初日に辞めていきました。
乗務中のエピソードに事欠かない381ですが、
行楽シーズン、車酔いしてしまった、子供を見るのが一番辛かったですね。
専務さん、運転士さんも、二日酔いだと、やくもの乗務は乗り物酔いの危険があるなんて言っていたのを思い出します。
専務さんが、乗客用の『酔い止め薬』をいつも鞄に用意されていたのも思い出します。
洗面所に置いてあった「乗り物酔い」用の袋も、出雲、おき、あさしおなどの特急では
お目にかかれないような、手の込んだ内側に、ビニールがある二重の豪華な袋が
やくも用に特別に用意してありました。
当時の国鉄、予算カットの中において、随分コストのかかった『袋』を用意するものだと、不思議に関心もしました。

そんな思い出も沢山あった車ですが、ゆったりやくもが登場した頃、米子に帰ることがあり、乗ったのですが、仕事場であったサロの、車販室、冷蔵庫のあった場所も撤去されて、時代の流れを感じました。


L急行鷲羽さん>

伯備線の改善は進んでいるようで、今ではかなりの所要時間短縮も行われていますね。
でも、鉄道側の努力をはるかに上回る国家インフラによる高速道路のおかげで、「やくも」は苦戦しているようです。
こうなれば、もはや新幹線との直通運転しかないのではと・・思ってしまいます。

日食さん>

381系の走る区間では伯備線が最も厳しい条件だったかもしれませんね。
僕は船に慣れていたから酔う事はありませんでしたが、それでも乗車初日の激しい揺れには閉口したものです。

しかも、立ってのバイトとなると・・
その酔い方は座っている人の比ではないのでしょうね。

今は車内販売は非常にシンプル・・もしくはない列車も多いですね。
キハ181「やくも」の食堂車での満ち足りたサービスを思うとさびしいものがあります。

管理人さんこんばんは。

宝殿駅、実家、少年時代に戻りたいときにこのブログを開けています。先日も宝殿駅に降り立ちました。実家の母の顔を見るために。帰りは加古川で下車して明治創業の食堂『丸万』で、カツめしを食べてきました。
おそらくですが、管理人さんは私の後輩の兄さんだと思います。20年程前、宝殿駅北側のカメラ屋さんにいらしたのではないでしょうか。

12月のある日、381くろしおに乗り御坊まで子供の忘れ物を取りに行ってきました。20数年ぶりに381に乗りました。中央線のしなの程の傾きは無かったように思いました。

来月も父の命日に宝殿に降り立ちます。

ぼんちゃんさん>

20年前、1年程だけ宝殿駅北側のカメラ店で勉強していました。
その後、神戸・大阪のスタジオを渡り歩きました。

僕は一昨日、宝殿駅に降り立ちました。

今後ともよろしくお願いいたします。

伯備線に381系が導入されたとき、伯備線は電化されるは、吉備線や津山線は全部ディーゼルカーになってしまうは、
その他もろもろの変化が、伯備線電化という華やかなイベントの影で粛々と執り行われて、当時小学生の私には、岡山の鉄道も一時代が過ぎ去ったなとナマイキに思ったものでした。
変化のことは、宇田賢吉氏の著作にも書かれていますが・・・

あ、脱線しかけたんで、話しを381系に戻して・・・
この特急電車が初めて総社駅に停車した瞬間を見たときは、素直にすごいと思いました。
しかし、このときに急行伯耆がなくなったことと、何人かの皆さんが言及されているように、181系の気動車が走らなくなったことなどなど、現実としてどう受け入れてよいのやら、
それに、地元のテレビ局は特集で、381系のバッシングをやっていました。
単純に新型電車がやってきたなどと喜んでいただけではないのですが、それでも、もう30年近く伯備線をクネクネと走り抜けています。

何年か前に、やくもの運転席に座らせてもらえる機会があり、岡山から米子まで乗りましたが、S字カーブで右カーブしていた後に右に車体が傾いたまま左カーブに突っ込んだときは、さすがに恐怖感を感じたけども、そのときの運転士さんは、懸命に運転されていましたね~

そういえば
未確認情報ですが
姫新線津山駅の扇形機関庫に、キハ181が1台入ったらしいです。
これは、30年前にやくもで使っていた車両でしょう。

381系にはまったく関係ないんですが
津山はディーゼルの梅小路を目指しているのでしょうか?

吉備線721レさん>

381系は振り子の振り遅れが問題なんですよね。
それに振り戻しもあります。
本来は大幹線で更なるスピードアップようとして使う性能だったはずで、伯備線や紀勢線、中央線にはのちの制御付振り子機能を持った車両が適しているはずでした。

津山にキハ181ですか!
いいですね!
できれば、蒸気機関車と客車もほしいところですが・・
キハ181は先頭車よりも中間車に特徴もあり、2両残してほしいところです。

管理人さん、こんばんわ。
家族旅行で白浜・串本に行くときは、何度かお世話になりました。
独特の乗り心地が合わなかったのか、妻は・・・でしたが、自分は普段乗っている大阪近郊の列車より車体が傾くのを面白がっていました。
最近はお出かけする機会が少ない(全く無い)ので、新型くろしおが入線したら乗ってみたいですね。
非振り子なら家族も了承してくれるかもしれませんから。

麻呂さん>

国鉄末期にくろしおにも485系が投入された時期がありますが、あれは振り子が嫌で「きのくに」を使っていた人が結構あったから、ちょうどよいと思って持ってきたとか。。
振り子でもオーシャンアローは優れた乗り心地であると思います。

以前、ここで津山にキハ181-12が入るという情報を流しておきながら、放置していたので、私が撮影した写真を公開しましたので、興味のある方は御覧ください。

http://www.digibook.net/d/8b95cb1ba1da2ca8ef6e41a59e73132d/

しかし、ここでのお題は381系電車なんですが・・・

吉備線721レさん>

キハ181-12、1両だけでもこうして保存されたことはすごく嬉しいですね。
津山にあまり関係のない車両ではありますが。。。

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