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2010年9月16日 (木)

北陸線の格下げ近郊型電車3兄弟

Photo 先だっての転クロ2ドア3兄弟の続きではないが、今回は北陸線で今も走る近郊型3兄弟の話題。

国鉄はその末期に、いったんは客車列車の近代化と称して50系客車を導入し、それを広めていったわけだが、客車では短編成、頻発運行の電車形ダイヤを実現するのが難しい。
機関車はその購入にも維持運用にも多大なコストが必要であり、その後ろに繋がる客車の編成を少なくしてもコストの大幅な減少には繋がりにくい。
電車だと、編成両数を減ずれば自然に電動車の数も少なくなり、大幅なコストダウンが可能で、だからこそ、頻発ダイヤにするには電車化が必要になってくる。

で、すでに相当数の電車が導入されていた山陽本線とは異なり、北陸本線を時代にあった電車形ダイヤにするには相当数の電車を用意して、客車に代えなければならない。

ところが、国鉄末期、その資金は限られ、満足な地方都市型の近郊電車を用意できない。
やっとのことで、417系を仙台地区に投入したものの、新車の莫大なコストをかけられるほど当時の国鉄には資金力がなかったということか・・

Photo_2 そこで、417系の車体をそのまま、そこに廃車となる471系・473系の台車、機器類を合わせた「車体更新車」413系の登場となる。
別に恥ずかしいことではなく、民鉄にはたくさん存在する事例だ。
立派な車体にツリカケ駆動の小田急4000系、京阪700系などそのよい例だ。

しかし、国鉄の財政事情は逼迫し、そういう車体更新車すら用意できかねる。
しかも、地方都市で始めた「シティトレイン」「タウン電車」の類は好評だし、所要時間短縮効果もあり、各地での実現が待たれる。

Photo_3 この状況にいたって、国鉄が用意したのが特急・急行型電車を格下げ改造して、なるべくラッシュにも使えるようにした「格下げ改造近郊電車」419系の登場となる。
急行電車の改造ならまだいい・・
乗降口付近を小改造すれば多少無理はあってもラッシュに対応できなくはない。

特急電車を改造・・
だれでも危うい企画だと思ってしまう。
しかもその原資が寝台特急なのだ。

僕は最初、それでもナハ21のように広々とした大陸的な内装の電車ができるのではないかと期待もしていた。
完成した581系改め419系を見たとき、唖然としたものだ。

およそ近郊電車とは思えぬ幅の狭い折り戸の乗降口。
Photo_8 そして中に入って、寝台の舟がそのまま頭の上に残る客室、小さな窓に無理にはめ込んだ小さな2段窓。
洗面台にふたをしただけの改造とはいえぬ処理。(これは後に改善されている車両もある)

Photo_9 417系、いやいや、413系の代車に、いかにも間に合わせで改造された近郊型電車419系はある意味では当時の国鉄の内部事情を恥ずかしげもなくさらけ出した傑作となってしまった。
Photo_10 しかし、考えれば、これでもオハ35などの旧型客車よりははるかに安全で、冷暖房完備の快適な通勤通学が可能になるわけで、よくぞここまで考えたものだと呆れもし、感心もしたものだ。

当時の581系の車齢は15年余りというところか。
捨てるには忍びなく、こうして少し役に立ってくれたら・・
当時の担当者の思いが聞こえるかのようだ。

この手の電車は間に合わせのはずだ。
それでもずいぶん長生きをして、JR各社に引き継がれ・・
このタイプの車両で交流型を引き継いだJR九州と東日本のものはさすがに姿を消したが、西日本のものは今も生き続ける。

こうなると、すでに本来の寝台特急として走ったその期間より長く、ローカル輸送に徹してかつての同僚だった485系あたりに抜かれながら走り続けるそのいじらしさに感動も覚えるというもの。
もとより、さほど「ゲテモノ」的な車両はそのプライドから作らなかった国鉄が、プライドを捨ててそれでも地域輸送のために用意した電車・・419系・・

今の時代に見られるのは奇跡かもしれない。

Photo_4 そして、おとなしく見える急行型電車。
その最後の砦が北陸線でもある。
直流急行型や気動車の急行型がほとんど姿を消した今、交直流475系はまるで最初から近郊型として生まれたかのように、地道に地域輸送に徹している。
車内に目をやると、今も一部車両には洗面所も残り、幅広の座席は健在。
Photo_5 Photo_6 それでも、国鉄が格下げ使用を始めた頃には残っていた客室仕切りは撤去され、よく見れば座席の間のあの国鉄型テーブルも消えているし、2段窓は下段が固定され、そのつくりも変わり、内張りは国鉄急行型のシンボルだった薄茶色からクリーム色に、座席の色も蒼から赤に変わっている。

Photo_7 だが、やはりこの車両は由緒正しき急行電車の生き残りなのだ。
走り出すと仕切りが撤去された分、やや騒音が大きい気がするが、それでもDT32のあの軽快な乗り心地が存分に味わえる。

Photo_11 先日の北陸鈍行日帰り旅行で475系に乗車、大聖寺でしみじみと眺めた。
Photo_13 やはり、美しい電車であることに変わりはなく、非常に個性的な419系と合わせ、この方面の旅行が楽しみでもある。

Photo_14 そして、国鉄がなんとか車体だけは新製したのが413系。
Photo_15 今、北陸新幹線開業後の第三セクター以降後の経営安定のために、この方面には関西で使っている223系をそのまま交直両用にした521系の投入が始められていて、今や北陸線敦賀方面では大半の列車がこれに変わっているようだが、その521系投入後も413系は残すと聞いたこともある。

ということは北陸線最後の国鉄型はこの車両になるのだろうか。
この系列も急行電車格下げ車両だが、車体が新しい分、さすがに急行型には見えず、安定感がある。

Photo_12 新幹線開業という、新しい時代を目前にする北陸線にあって、広大な田園風景や、海岸線、山岳区間を快走する国鉄格下げ近郊電車3兄弟。
できるだけ、長く走ってくれよと祈りながら・・

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コメント

私もこの電車、北陸に行った際に見掛けました。もともと向かい合わせクロスシートですし、普通電車の方が天職だったのでしょうね。

なるほど!北陸線はガラガラポンの楽しみがあるんですね。寝台電車格下げだとシートピッチも広く、サロ75・85の格下げ車を思い出します。こちらはソファの様な掛け心地でしたが。そう言えば、高崎線の185系がキャンペーン用に80系の金太郎の腹掛け塗色となったそうです。
国鉄急行形、私は153系初期形が小学校の行き帰りに見ていたせいか愛着があります。急行は青地、準急は赤地の大きなヘッドマークを掲げ、縞模様のメクラ蓋とした間に合いの普通も多数行き来していました。藤沢始発で急行の間に合い運用があり、サハシ153組込通勤電車は異彩でした。関西馴染みの列車では、全席指定準急「伊吹」が急行編成に特急速度で別格でした。そう言えば、特急富士の事故破損で車輌のやり繰りがつかず、153系が「替えだま」で走った事は有名ですが、私もそれを古市場踏切へ見に行きました。どうやって着けたのか151系用のヘッドマークを初期低窓形が掲げていました。

いつも懐かしく拝見しております。
475系には今でもテーブルに栓抜きがついていますがおそらく最後の栓抜きつき電車になるんでしょうね。

根岸線さん>

この電車は・・あっと驚きましたね。。
普通電車用にはクロスシートがゆったりしすぎていますが、空いている時間は本当に快適ですね。

あづまもぐらさん>

419系のシートはさすがに良いですよ。
固定窓のままの部分ではカーテンも横引きに改造されていて雰囲気もなかなか良いです。
北陸線普通列車、いまがいちばん楽しい時期かもしれません。

東海道「かえだま」の話は聞いたことがありますが、151系のヘッドマークをつけていたのですね。
それはすごいです。。。

サハシ組み込み普通列車、山陽線で新幹線岡山開業以前、見かけました。
12連でサハシ、サロ込みの普通電車・・不思議な感じでした。

はちはちまるさん>

僕が乗車した475系はすでにテーブルが撤去されていました。
内装を更新してありましたからその時に撤去したのでしょうね。
原型のままの車両もあるのでしょうか。

419系のほうはテーブルが残っていました。

国鉄黄金時代のなれの果てという、車両達、ここ3年で3度ばかり乗りに行きました。
本来の使われ方の終わりが高校生だった私には、475はとにかくも、581は高嶺の花、初めて乗ったのは、社会人になってからの、雷鳥でした。
475・419は来年3月までという情報も流れています。
只、同じJR西日本でも、関西地区や中国地区の車両と違い、車内から外を眺めると窓ガラスがやたらと汚いのはマイナスイメージです。
引退までに、もう一・二回は乗りに行くつもりです。

キッコーマン専用線さん>

近いうちにこの方面の国鉄型電車は姿を消してしまうのでしょうね。
今のところ、413系は残るということですが・・

確かにこの方面の列車の窓、汚いですね。
厳しい自然環境からなのか。。
それとも担当職場の怠慢なのか。。

私も興味深く拝見しました。そこで疑問に思ったのが、「なぜ581、583系を改造して419系にするぐらいなら鹿児島本線や山陽本線の421、423系を北陸本線に回そうとしなかったのか」ということです。415系に置き換えたときに余剰になったのをもらえば(常磐線の401、403系は機械の都合で無理だったと伺っております)、581系のプライドも守れた?し、ラッシュアワー対策も万全のはず(421、423系は3ドア)だとおもうのですが・・・。このへんの事情についてどうお考えでしょうか。ご回答いただければうれしく存じます。

この前は妙な質問をして、申し訳ございませんでした。私が投稿したあと、へんなやつら(笑)が二人ほど続いているような気がしてなりません。私が思っていたのは、「415系が鹿児島本線・日豊本線・山陽本線に投入されますと、421・423系が余剰になるはずです。それらを北陸本線に投入できなかったのか、ということでございます。誤解を招くような表現がありましたらお詫びいたします。

ハイセンマンさん>

お返事が遅くなり、大変失礼しました。
421,423系は当時からすでに老朽化が進行していて、しかも暖地仕様であり、豪雪地帯の北陸線での使用にはどうしても消極的にならざるをえなかったのでしょうね。
それと、581系を改造したのはこれ以後の581系の利用法がどうしても格下げくらいしか思いつかず、経年劣化も進行していなかった上に、寒冷地での使用にも小改造で済ませることが出来る利点があったものと思います。

この当時、僕は12系客車のローカル改造を担当しましたが、急激な輸送需要の変化に旧来の車両政策ではすでに通用しなくなっていて、結局、いろいろな車両がローカル改造で格下げして使われる結果となってしまったのでしょうね。

それと、冷房装置を最初から搭載している特急車や急行車だとその分の改造費も抑えられるという利点もあったのではないかと思っています。

 答えてくださって、ありがとうございました。「12系客車を改造」とお答えにありましたが、国鉄職員でいらっしゃったんですね。言われてみれば、北陸の冬は積雪でたいへんですもの。プロフェッショナル、現場の方の答えは、さすがに重みがあります。改めて、お礼申し上げます。

ハイセンマンさん>

自己紹介をさせていただくと、国鉄改革まで国鉄職員で高砂、鷹取の両工場でおもに客車の修繕を担当させていただいていました。
その点はこのブログのごく初期に色々なエピソードも入れてありますのでお読みいただけると幸いです。

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