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こう@電車おやじ

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2010年8月

2010年8月19日 (木)

思い出の中の餘部橋梁。

8月12日にJR西日本が実施していた山陰本線・餘部橋梁架け替え工事の本体部分が完工し、餘部橋梁は近代的なコンクリート橋梁になった。
ここに、明治以来100年にわたって精密なメンテナンスを必要とされ、しかも強風への対策がほとんど皆無で、列車の運行に不便を囲ってきた餘部「鉄橋」は廃止され、この地域の鉄道ダイヤの安定化と、メンテナンス費用の圧縮ができるようになったことは、元鉄道関係者としては喜ばしいことであり、素直にお祝いしたいと思う。

その新橋梁を僕はまだ見たわけではないが、あの、トレッスル橋独特の雄大さ、そして周囲の自然との調和による見事な景観は、やはり僕の中では大きなものがあった。

何度もこのブログで書いている「みやび」事故がなければ、僕も普通の鉄道ファンと同じように餘部「鉄橋」を惜しみ、コンクリート橋へのかけかえを恨んだかもしれない。

さて、今回はその餘部橋梁の写真をスポット的に紹介していきたいと思っている。
ただ、最近、こうして出す写真はすべてネガもしくはプリントのものであり、リバーサルフィルムで撮影したものもいずれ出していきたいと考えているが・・とりあえず、今はアルバムの中のプリントから拾っていきたいと思う。

Photo 最初は餘部橋梁を北から見た全景。
プリントが当時流行った微粒面で、画質が低下しているのはご容赦願いたい。
通過している列車はキハ28系の急行か・・

Photo_2 そして貨物列車。
かつてはこの区間でも貨物列車が走っていた。
香住、浜坂では鉄道は港に近く、今でも貨物列車を上手に使えば鮮魚輸送など活躍できそうなのにと思う。

Photo_3 民家の上から顔を出す特急列車。
そういえば、NHKのドラマにこの橋を題材にしたものがいくつかあって、特にこの地を舞台にしたものは暗かったように思う。

Dd5150 トンネルから飛び出て空中を駆ける普通列車。
オハ35、スハ43などからなる旧型客車の普通列車は、この線区に最も似合っていたように思う。

80 南側から見た特急・・
これはキハ80系。
このころの特急は威厳があったように思う。

Photo_4 青空を駆けるような特急列車。
珍しくキハの先頭車とキロの組みあわせ。

12 空中を行く12系客車。
旧型客車の置き換えは50系ではなく冷房付12系で行われた。
シートピッチが広く、冷暖房完備でこの区間用としては歴代最も快適な普通列車だったのではないか。
僕自身が工事を担当した車両が多い。

Photo_5 橋梁横の山腹からの俯瞰。
まずは特急列車。
ちょっと露出がオーバー気味なのをPhotoshopで加工してみた。
中判カメラでは露出計がないのが当たり前のころというのは・・言い訳にしか過ぎないが。。

9 急行列車。
なんと9連の長大編成。
今では考えられないような堂々とした列車。

Photo_6 急行列車の先には青い海とリアス式の海岸が広がる。
この海の風景だけでも値打ちがあると思う。

Photo_7 JR化後の「エーデル北近畿」を北から遠望。
急行形車両を改造したとは思えない外観だが、キハ82や181の貫禄には到底及ばない。
それでも、可能ならばこういった列車をこの区間に今一度と願う。

58 既出だが雪の急行。
キハ28一党は、雪景色に似合う不思議な力を持っている。

Photo_8 最後に鉄橋脇の残り柿。
悔しさも悲しさも残る鉄橋だが、それでも、僕はこの鉄橋を愛していた。
思い出よ・・永遠に。

2010年8月 7日 (土)

車両の「匂い」

リクエストがあってからずいぶんと時間が経ってしまったけれども、今回は「列車の匂い」ということを書いてみたいと思う。

もちろん、匂いである以上、写真には写らないわけで、今回の場合、写真はほんのお飾りである。(最初に若かりし日の筆者が車内で軽く飲んでいる様子など)

Photo_4

*清掃・車内美化にかかわる匂い*

国鉄のころ、僕らは匂いに対して、ある種の概念のようなものを持っていた。
それは「関東のクルマは食べ物のにおいがする」というようなものだった。

国鉄はよほどの目的や事情が無い限り、地方にいきなり新車を入れるということは少なく、まず、本社のお膝元である関東に新車を入れ、玉突き式にそこからあまった車両を地方に回すという手法をとっていた。
だから、明らかにその地方用に投入される117系やキハ66など以外、113系115系、103系などの通勤電車はもとより485系、キハ80系といったような優等車両までもが地方に回るのはたいていが「中央のお古」だった。

これら車両は当然、関東においてもきちんとした整備や清掃を行っているはずであり、日常の検査もできているはずだから、その車両が移動し、到着すれば地方では即それを使えるはずだ。
もちろん、実際に使っていたのだが、利用者や現場の職員などに結構毛嫌いされることも無いとはいえなかった。

それは整備、清掃が行き届かず、酷使で痛んだ車両は誰の目にも中古車然としていて、清潔感と程遠かったその雰囲気が、利用者や職員に嫌われたのである。

例えば、外板の痛み・・腐食し腐った部分にブリキを宛がい、この上からパテで塗りこめてあったり、ろくに拭き掃除もしない車両の化粧版がタバコの脂がこびりついて取れなくなっていたり・・ゴムが劣化したままの床が気持ちの悪い様相を呈していたり・・

それらの中で、ダイレクトに嫌われたのが「匂い」だった。

特急・急行などの車両で食べ物の匂いが沁みつくのはある意味当然で、これは普段、車庫などで清掃するのだけれども、例えば暖房機のカバーの中や配管の奥、座席の隙間に落ちた食べかすなどはその部分を分解しないと清掃は完全にできない。
これらが、つもり積もって「匂い」の元になる。

関西でも優等車両であればあるほど、こういった部分の清掃が行き届かない面は確かにあったけれども、例えば「卵の腐ったような匂い」などは、滅多に感じることがなかった。

これは当時の(今はかなり変化しているので今の姿ではない)車内における乗客の行動が関東と関西では異なるということにも影響されていたように感じる。

一度、夕方の常磐線中距離電車に乗車したときのこと、車内で乗客が酒盛りを始めたのには驚いた。
関西の113系と関東の401系とではそのつくりも似ていたが、関西では菓子程度のものを食べたり、コップ酒や缶ビールを飲むことはあっても、おおっぴらに酒盛りをするなどということはまず、見られない光景だった。

駅の売店でもゆで卵など、もちろん、大阪駅の売店にもそれはあったのだけれど、たくさんぶら下げられたそれを買う人が多いことにも驚いた。

関東の乗客の移動距離、移動時間は関西のそれとは比較にならないかもしれない。
それが車内にいる時間の無聊を慰める・・あるいは時間を少しでも有効に使うということにつながり、車内で飲食をするその頻度や規模の差に出るのだろうかとも考えたことがある。

485_2 だが、いかに乗客が飲食をしようとて、列車の清掃をきちんとすれば、不快感は残らず、匂いもきつくは無い。
結局は、さきの工場での手抜きのように、車庫においても清掃が行き届かなかったのだろうか。
それだけ、忙しかったということになるのだろうか。

車両の匂いとは食べ物の匂いだけが主要因では無いだろう。

*車両の構造上、運用上の匂い*

国鉄は車内清掃時、座席や人の手に触れる清掃の際に、ガソリンを使っていた。
座席などはガソリンをたわしにつけて、それでこするのだ。
あるいは、窓框、座席枠、手すり・・
こういったところには雑巾にガソリンをしみこませて、これでふきとる。

このガソリンを使ったのが、高砂だけだったのか、それとも全国の工場や車庫でなのか、そのあたりは良くわからない。
今のような上質の洗剤や除菌クリーナーなどが無い時代、揮発性の高いガソリンは、清掃にもってこいだったのかもしれない。

工場での仕上げ作業にアルミデコラ、飾り面などを清掃するときは、シンナーを使う。
工場ではこのためにシンナーの一斗缶を大量に使用するのであり、僕ら上回り作業者は、塗装作業者などと同様に、有機溶剤の耐性を検査されていたものだ。
オユ10の冷房改造の際、僕は締め切った車掌室で、このシンナーを大量に吸い込ん目が回ってしまい、まるで酒酔いのような状態になっていたところを上司に発見され、即刻入浴と休憩を命じられたこともあった。

ガソリンやシンナーなどの清掃時に使う揮発性薬品のみならず、改造や修理作業でも有機溶剤は大量に使う。
鉄骨の下地を整える板ゴムやハードボードの取り付けには強力な接着剤を使ったが、これも匂いが強烈だった。
それに板ゴムやハードボードの匂いもある。
ハードボードは鉄骨に貼り付けてから、カンナで削って形を整えるのだが、削ることで匂いがでる。
ゴムはゴムでそれ自体が匂いを持っている。

床のリノニュームやロンテックスにも、ゴム系の匂いが漂う。

アルミデコラに匂いは無いが、これら薬品や素材に匂いがあり、いわば有機溶剤系とゴム系の匂いが入り混じり、さらにその上に清掃時の有機溶剤の匂いが加わったのが、新車や大規模改造工事の出来立ての車両の匂いだといえるだろう。

けれど、これらの香りは決して嫌なものではない。
中にはこれらの香りが苦手な方もおられるが、少なくとも不潔感を思わせるようなものでは無いだろう。

このほかにも、例えばドアエンジンなどのオイルの匂い、冷房ダクトを通過した空気の匂い・・これらも列車内部の匂いの要因のひとつだろう。

しかし、不快感、不潔感を覚える匂いの主要因はやはり食べ物、それにタバコ、そして、埃などだろう。
冬場にこれら不快な匂いがきついのは、食べ物のカスやタバコの灰、埃などが暖房装置で加熱され、その匂いが強調されるからかもしれない。

けれども、通勤電車の座席下のゴミや埃なら日常の清掃でとることはできても、暖房機カバーの中や蒸気暖房引き通し菅の奥にたまったものなどは、工場でそれらを分解しないと清掃ができない。
そして、冷暖房完備の特急車などの場合、そういったところにゴキブリ(なぜか特急列車内のゴキブリは小型で、生命力が強いものばかりだった)やダニが発生し、これらの屍骸の匂いもまた車内には漂っていたのだろうか。

もうひとつ、古い車両、特に客車では蒸気機関車の煤などがたまっていて、これが匂いの元になっていることもある。

Photo 他にも、旧型客車では接着剤などはほとんど使用されておらず、代わりに防腐剤やカシューといった木材に塗布するものの匂い、天井などのペンキの匂い、それに屋根などのコールタールの匂い・・これらが匂いの主役だろうか。
もちろん、乾燥すれば匂いは自然と収まってくるし、不快なものではない。
そして木材の本来の匂いというより、香りだろうか・・

旧型客車のあの郷愁にも似た香りは、新型車両の有機溶剤やゴムが主体の匂いとは異なり、人間が郷愁を覚える自然にあるもので成り立っていることもまた・・
人によってはこれら旧型車両をこよなく愛する要因の一つなのかもしれない。

そして、これにタバコや煤、旅客の体臭・・
床に引いた油の香り・・

旧型客車はあくまでも人間の乗る車両なのだろう。

油といえば・・

Photo_2 気動車のあの油の匂い・・
これまた不思議に人の心を和ませるものだんだなぁ・・と遠い昔に思いをはせるのだが・・・

Photo_3 それと同時に、関西私鉄の清潔感に満ちた車内を思うとき、なるほど、接客ということに関しては国鉄と私鉄でこれだけの差があるのだと妙に納得もする。

画像は阪急8000系のクロスシート車内だが、阪急車内で不潔感のある匂いに出会ったことは無い。
これは他の私鉄も同様で、「清潔な電車」をキャッチフレーズにしていた京阪や、涼しげな緑、青系のカラーで車内を統一していた阪神も、その車内は国鉄では滅多にお目にかかれない清潔さだったと書けば・・
国鉄ファン諸氏のお怒りを買うだろうか。

なお、本記事は国鉄時代の筆者が知る状況について書いたもので、現在のJRのことを書いた記事ではなく、JR各社は車内の清潔保持に努力していると筆者も信じていることを最後に確認しておきます。