フォトアルバム

プロフィール

フォトアルバム

こう@電車おやじ

小説サイトSTORY http://e-maiko.blog.ocn.ne.jp/story/ 鉄道掲示板 http://6551.teacup.com/kouzou/bbs プロhttp://pr.cgiboy.com/02653710/フィール

« 2009年8月 | メイン | 2009年10月 »

2009年9月

2009年9月 3日 (木)

岡山臨港鉄道

僕が鉄道写真を撮り始めた当時、まるで昭和30年代の忘れ形見のような非電化鉄道がまだ沢山残っていた。

神戸から普通列車で日帰りでき、しかも複数の鉄道を一度に見ることの出来る岡山県は、そういった意味では私鉄ファンを自認する僕たちにとって格好の遊び場でもあった。
昭和52~3年当時、山陽本線の姫路以西の普通電車の大半が80系電車で、岡山への撮影行には、その普通電車に乗ることも目的だったように思う。

今回は、その中のひとつ、岡山臨港鉄道について書いてみたい。

岡山臨港鉄道は宇野線の大元駅・・岡山駅からひとつだけ宇野方面に進んだところにある駅・・から発車していた。
この点・・加古川駅のひとつ先、野口駅から出ていた別府鉄道と何やら似ている気がする。

今の大元駅は快速列車も停車する高架の駅だけれど、当時の雰囲気は町外れの閑散とした駅といった感じで、今の駅からそのころの面影を感じ取るのはほとんど不可能だ。
停車する列車は毎時1本程度の普通電車のみで、この普通電車は関西で走っていた旧型国電だった。

Photo この駅のはずれに小さなホームがあり、そこに小さな機械式気動車が停車して乗客を待っていた。

別府鉄道と違うのは乗車したあと・・その乗り心地とスピードだ。
別府鉄道は時速30~40キロ程度で、激しい騒音と船のような乗り心地で時代を超越した風情だったのだが、岡山臨港は、こと乗り心地に関してはずっと近代的だったように思う。
それでも、床の油のにおい、トラックのようにシフトチェンジして走るそのさまは、昭和50年代とて既に過去の遺物であるかのように感じたものだ。

別府鉄道が大正期の創業なのに対し、岡山臨港は戦後生まれの新しい鉄道だ。
しかも、その建設には地元大企業や自治体も大きくかかわっている。

ただし、車両は、特に気動車については中古車ばかりで、開業時に準備した2両の気動車も、地元・中国鉄道に在籍していた戦前派の車両をディーゼルエンジンに換装して就役させたものだと言う。

Photo_2 写真は1両だけ残っていた開業時の気動車キハ3001。

Photo_3 当時の主力は小さい車体ながらなかなか近代的な味を持つキハ1003で、日中はこの車両で充分な程度の乗客しかなかったようだ。

僕が最初にこの鉄道を訪れたのは多分、昭和52年ごろだろうが、そのころの運行本数は片道4~5本ではなかっただろうか。

やがて、学校ができたり、都市化が進展したりで片道12本程度の列車が走るようになり、撮影がしやすくなった。

Photo_4 江若鉄道から流れてきたのがキハ5001とキハ5002で、5001の方は近代的な外観に改造されていた。

Photo_5 もう1両のキハ5002は京阪の「びわこ」号と同じコンセプトのデザインで、戦前の流線型ではあるがなかなか味わい深い形をしている。

さて、お隣の水島臨海鉄道が国鉄型車両に入れ替えたとき、まだ譲受して間もない北海道・夕張鉄道の流線型気動車が、この岡山臨港にやってきた。
転換クロス、総括制御・・岡山臨港では最新の設備を持った車両で、この車両の走っているところを見たかったけれど、その機会はなかった。

僕がいったときには、なぜかキハ5001ばかり走っていたのだ。

Photo_6 入線時の、まだシートをかけられている状態の写真。

Photo_7 こちらは7001と言う番号も新しく、整備が終わり車庫で憩う様子。

Photo_8 そしておまけ・・
なぜか、夕張で固定編成を組んでいた客車も当鉄道にやってきて・・留置されていた。
この客車、手動扉、デッキつきで、転換クロスシート・・
一度、乗ってみたかった。。

Dd13 機関車は国鉄との直通貨物牽引用のDD13・・
2両在籍していて、1両は自社発注で、もう1両は江若鉄道からの譲渡車。

Photo_9 クラシカルな102号機。
別府鉄道の機関車にも似ている気がする。

Photo_10 車庫で休んでいるのは101号機関車。
小さく見えるがDMH17を搭載した本格的な機関車だ。

Photo_12 貨物列車が岡南元町付近の踏切を通過する。
国鉄貨車も懐かしい。

Photo_13 キハ1003が快走する。

既におぼろげになりつつある記憶の一部ではある。

なお、キハ1003は廃止後、紀州鉄道に流れていき、改造されて印象が少し変った。けれども、一度も営業運転されなかったのは周知のとおりだ。