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2009年4月16日 (木)

ATS・・4年目を向かえた福知山線脱線事故に寄せて

2005年4月25日、福知山線(JR宝塚線)尼崎駅北方で起こった大事故から早くも4年になろうとしている。

この事故で亡くなられた方々は107名に達し、怪我をされた方が562名、その中には今も治療やリハビリ中の方もおられるし、大きな障害を背負うことになった方々もおられる。

亡くなられた全ての方々の冥福を祈るとともに、怪我をされた方々が一日も早く事故の悪夢から立ち直って、普通の生活を取り戻されることを祈るばかりだ。

この事故については拙ブログでも取り上げてきたけれども、ここで敢えて、もう一度自分なりに疑問点を書き出して見たいと思う。

僕自身が疑問に感じているのはATS・・自動列車停止装置の設置やその方式などに関わってきた国や国鉄の責任である。
いくら運転士が異常な心理状態で、電車を高速でカーブに突っ込ませたとしても、「青信号なら何も制御しないが、赤信号なら停止させる」と言う単純な保安装置ではなく「所定の速度を超えたときはすぐさま停止させるか、所定の速度まで減速させる」保安装置があれば、事故は簡単に防げたはずだ。

マスメディアの報道では、後者のような保安装置は新型ATSでなければならないかのような印象を受けるのだけれども、実は、国鉄が採用していたATSにこそ重大な欠陥があるのであり、古くても多くの民鉄に採用されているシステムであればこう言った欠陥は認められないのだ。

僕自身は国鉄部内では車両の検査・修繕がその仕事であったのであり、ATSに関しては門外漢であるけれども、それでも・・鉄道と言うものを少しばかり齧った人間として言うべきは言わねばならぬだろうと思う。

さて、国鉄は大正から昭和初期にかけての急速な技術の向上により、輸送力や列車の速度を大幅にアップして来た。
ただ、保安装置としては色燈式の信号装置しかなく、これを運転者が目視確認して列車を運行するしかなかった。
戦前とは言え、すでに最高速度は100キロのレベルに達し、主要幹線の列車密度も現在と遜色がないほどにまでに達していた。

この状態で、人間の目視だけに頼った方式では、事故はつきもので、実際に東海道、山陽線といった大幹線では信号冒進による事故が頻発していく。
ついに昭和16年9月には網干駅で普通列車に急行列車が追突し、死者65名、負傷者116名と言う大惨事が起きてしまう。

ここにいたって国鉄は自動列車停止装置の開発を決意・・
今なら電車が中心であり、電気的な指令ひとつで列車を制御できるけれども、当時は蒸気機関車が主流の時代、開発には困難を伴っただろうと察せられるが、2年弱で装置そのものは完成を見たそうだ。
この装置は速度照査機能を持った優れたもので、国鉄独自の設計・製作、これを主要幹線に設置すべく工場での量産に取り組んでいたという。

ところが米軍による空襲で工場そのものが消失、開発はまたゼロからのスタートとなった。
(この工場は小倉工場だと言われている)

戦後、すぐに自動列車停止装置の設計に取り組んだが、なぜかGHQからの指示により開発は中断・・

戦後の復興、高度経済成長時に爆発的に増大する輸送需要、車両の高性能化による大幅なスピードアップ・・結果的に重大事故が頻発する事態になってしまう。

ついに起こったのが常磐線、三河島事故である。

詳細は省くが、昭和37年5月3日21時37分、信号無視で安全側線に突っ込んで脱線した貨物列車に、乗客を満載した下り列車が接触して脱線、多くの乗客が避難のために線路上を歩いて移動しているそこへ、上り電車が突っ込んで脱線、転覆し、160名が死亡、296名が負傷する大惨事となったものだ。

これを契機に国鉄は開発途中の自動列車停止装置(以下ATS)を全路線、前車両に設置することを決め、昭和41年に完了した。

ところが・・僕が問題にしているのはこの時に設置されたATSだ。

何故、戦前に出来た速度照査機能を省いてしまったのか・・

あくまでも個人的な考えに過ぎないけれども、当時の国鉄労使の偽りの対立、その裏にあった馴れ合いがあるのではないかと思っている。
国鉄の車両に当時、速度計はつけられていた。
更に言えば、線路、区間や車両ごとの運転速度、最高運転速度も決められていた。
けれども、実際には規定を上回る高速で運転されることが多かったのではないか・・

ATSに速度照査機能がついていれば、そういった事は不可能になる。

昭和50年ごろ、僕が乗車した山陽線の快速や新快速では当時の最高速度をはるかに上回る速度計表示を実際に見たことが何度もある。
「最高速度は100キロに設定されていても実際には120キロ以上は出せる」と言うのが運転現場の声だろうと言うのは、邪推に過ぎるだろうか。

さて、昭和39年3月、名鉄新名古屋駅で急行電車に信号冒進の特急電車が追突する事故が起きる。
速度は比較的低かったのか、負傷者は143名に達したけれども、死者は出ていない。
けれども、この事故を教訓として名鉄はATSの設置を決める。

当時、すでに私鉄では地下鉄乗り入れのために、京急・京成両社が精巧なATSを導入していた。

当時の運輸省も、大私鉄での事故頻発に、ついにATSの設置をある程度規模の大きな鉄道会社に対して義務付ける通達を出すことになる。
昭和41年度、昭和42年1月に出された昭和42年鉄運第11号がそれである。

その中の構造基準を抜粋する。

************

自動列車停止装置の構造基準

自動列車停止装置の設置基準に該当する区間に設置する自動列車停止装置の構造は、次によらなければならない。

(1) 場内信号機、出発信号機、閉そく信号機が停止信号を現示している場合、重複式の信号制御区間の終端、重複式でない信号制御方式では信号機の防護区間の始端までに列車を停止させるものとする。

(2) 速度照査機能をそなえ、速度照査地点を照査速度を超えて進行する場合、自動的に制動装置が動作するものとする。

(3) 照査速度は線区の特性に応じて多段階とし、列車最高速度が100km/h以上の区間は3段階以上、100km/h未満の区間では2段階以上を標準とする。

(4) 停止信号を現示している信号機に最も近い地点における照査速度は20km/h以下とする。

(5) 車上装置の機能が正常であることを運転台に表示する。

(6) 地上設備設置区間を運行する場合は、列車は車上装置を開放して運転できないものとする。

************

ここでは速度照査機能の完備が求められている。

大手、準大手民鉄各社のATSが国鉄=JRのものより数段進んだ性能を持っているものばかりなのは、この通達によるものである。
ところが、この通達は民鉄にこそ義務付けられたが国鉄にはその義務を求めていなかった。

当時、国鉄は運輸省と並ぶほどの組織、運輸省ごときが国鉄の安全対策に口をさしはさむべきではないという、思いが両社にあったとのでは・・とも邪推している

ある意味、福知山線脱線事故の遠因の最初の一つはまさに、ここにあると言っても過言ではない。

しかし、この通達は今現在の政府の「通達データベース」で見ることは出来ない。
それは国鉄が民営化されると、JRも民鉄と法的な区別がなくなってしまうことから、昭和62年3月31日、つまり、国鉄民営化の前日に廃止されてしまう。

これで、JRが速度照査式ATSを持たないでも営業できる法的な根拠が整ったわけだ。

福知山線脱線事故の遠因の二つ目はここにある。

もちろん、JR各社とて国鉄形のATSが現代の鉄道の水準では著しく時代遅れなのは認識しているはずだ。
単に速度を照査できる機能というのであれば、比較的安価に出来る国鉄形ATSの改良でも十分間に合う。
実際にJR東海はこの方式で在来線の安全確保を成し遂げてきている。
けれども、安全面からだけではなく、列車の減速を精密に制御できないことから、ダイヤ編成上の制約もあり、過密ダイヤの線区では増発が難しいと言う営業サイドからの問題もあった。
つまり、平行民鉄を凌駕する大増発により、いっそうの過密ダイヤとし一気に増収を計りたいわけだ。

そこでデジタル技術を駆使した新型ATS、ATS-Pの登場となる。

当然ながら・・JR西日本は速度の高い区間よりも営業サイドからの要請の強い、過密ダイヤが飽和状態に達している阪和線などに、他に優先して新型ATSを設置した。

事故を起こした福知山線や、狭軌鉄道の通勤列車では世界最高速の運行を実施している東海道・山陽線(JR神戸・京都・琵琶湖線)などは後回しにされたわけだ。
しかし、旧型、単純機能のATSしか存在しないこれらの線区で、余裕時分のまったくない、しかもダイヤ上のランカーブが最高速度目一杯で設定されるダイヤ改正を認めたのは、他ならぬ国土交通省である。
これが脱線事故の遠因の三つ目だ。

更に言えば、株式の上場後、JR西日本経営陣に対して、株式配当の上乗せを望む多くの株主たちが、例えばローカル区間の線路保守をなどに要するコスト削減や、さらなる増収を迫ったのだが、JR西日本はこれに答える形で、安全面への配慮よりも営業利益を挙げることに血眼になっていく。
つまりは株主とJRの利害が共通したことにより、安全面よりは営業サイドのための「新型ATS」となってしまったこと・・
これが脱線事故の遠因の四つ目ではないか。

僕は被害者の方々の団体やマスコミが何故に、国鉄やかつての運輸省、更に言えばJRの株主たちの責任を問わないのか・・非常に疑問に思っている。

JR福知山線と並行する阪急宝塚線は、JRの積極的な攻勢により乗客数を減少させてしまっている。
ところが、この阪急と、さらに不完全な安全対策で狭軌世界最高速の通勤列車を走らせている東海道・山陽線に大きな脅威を受ける、阪急神戸・京都線、阪神本線、中小でありながらも必死でJRに抗う山陽電鉄が共通で採用している「連続誘導式ATS」は、これら各社が乗り入れる昭和43年の神戸高速線開業の際に整備されたものだが、JRが「新型ATS」と呼ぶATS-Pに匹敵する高性能を有している。

つまりはある意味では沿線利用客は安全への投資が不完全だが速くて便利なJRを、安全への投資が十分であるが、慎重にならざるを得ないダイヤがJRより見劣りがする私鉄各社に比して選択してしまっている・・事にもなっているといえば、これまた言いすぎだろうか。

さて、脱線事故の後、国会でもこの問題が取り上げられた。

2005年5月16日、衆院予算委員会で小泉首相は上記通達を廃止したことについて「反省」とする見解を述べた。
ところが、当時の国土交通大臣、公明党の北側は「国鉄方式も私鉄方式も停止信号で止めるから安全性に違いはない」とほざいた。
全く鉄道の歴史も、国鉄と言う組織の実態も、あるいは運輸省と国鉄の力関係もご存知ない大臣の発言では、それならATS-Pすらも安全面からは必要ないと言うことになると・・ご本人は理解しておられない。
当時のマスコミもまた同じで、この大臣を叩いた形跡すらない。

いやむしろ、この大臣は被害者ヅラしてJRを攻め立てる方向にばかりむかっていた。

それでいて、この大臣の所属である公明党は事故翌日、未だ全ての人が救助されない状況の中で、国会議員団を現場に派遣し、現場の作業の手を止めさせて現場の「視察」まで行って視察状況の写真撮影までしている。
僕が北側を史上最低の国土交通大臣であるという根拠はここにある。

そういえば、事故の際、テレビなどで取り上げられた「鉄道アナリスト」なる御仁が、盛んに「ボルスタレス台車」の欠陥を説明していたが、どんな商品でも、想定を大きく外れる使い方をすれば異常な動きをするのは当然の帰結ではないか。

制限速度を50キロも上回る高速でカーブに突っ込むようなことまで想定して台車を設計せよとでも言うのだろうか。

僕なりの結論としてはJRに事故の責任の所在があるのは当然である。
その上で、昭和42年、昭和62年に立ち返り、国鉄労使や運輸省、あるいは国鉄改革を成し遂げた当時の政権の責任も当然、小さなものではないはずだと僕は思うし、JRの安全面への配慮を無視した営業努力により株主配当を享受して来た株主にも責任のいったんはあると、僕は思っている。

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ATS・・4年目を向かえた福知山線脱線事故に寄せてを参照しているブログ:

コメント

 2005年4月25日。
 この日、私は以前勤めていた私鉄を退職し、いくらかのブランクの後、埼玉で軽ワゴンを使用した配達の仕事にありついていた。(今はやめているけれど) この日、いつもの通り、埼玉県所沢市の各地を回っていた。
 昼過ぎ、ある配達先のオフィスに荷物を届けに行った所、テレビにはあの大惨事が映し出されていた。207系の車体がぐちゃぐちゃだった。
 配達先を出てすぐラジオニュースをつけた。100人位の乗客が死亡したり、行方不明になっているという事だった。行先が同志社前で、学生が多数巻き込まれているという報道もあった。
 「何で鉄道先進国のはずの日本で、21世紀になって鉄道の事故で死者が100人も出るんだよ!」
 これが正直な感想だった。

 私はJRの経営陣でも社員でもないし、被害者でも遺族でも、ジャーナリストでもない、ただの一鉄道ファンでしかないから、この問題は個人レベルでは軽々しく口にすべきではないと思っている。
 ただ、一つ疑問を感じている事がある。
 労働組合は、それまで何も言わなかったのだろうか?
 報道によれば、このようなスピードオーバー運転は何もこの事故の時点が初めてではなかったらしいし、ダイヤ上、他線も含めて定時運転を守るには相当無理があったともされている。
 現場で運行を担当する乗務員や運行管理の者は、当然当時の現状が危うい事を知っていたはずだ。
 国鉄~JR、いや、一部の私鉄の組合だって(私が勤めていた私鉄の組合もそうだった。)常日頃から「安全」を口癖にしながら、時には過激な運動さえ行なっていた。
 でも、大惨事は起きた。
 労働組合は、何をやってきていたのだ?目の前にはっきりと安全を危うくする状況が起きていたのに、なぜ常日頃から声を上げなかったのか?
 普段は組合の幹部も、組合寄りのジャーナリストも「労働組合は経営の暴走を防止するチェック機能」とか最らしい事を叫んでいるけれど、本当にそんなものが働いていたのか?
 「安全」って、何だ?私たち利用者のためではなく、活動家が経営陣を批判するための方便として使ってきただけではないのか?
 22年前、旧国鉄が民営化される時、特に国労・全動労など反対派は「民営になると儲け優先になって安全が損なわれる。」と叫んできた。しかし、現実は違った。私鉄の方が安全で、国鉄はブルートレインの酒酔い運転などの不祥事が頻発し、「解体・民営化は当然」という流れを生んだ。あの事を活動家たちはきれいさっぱり忘れてしまったのか?自分たちが被った痛みばかり叫んでも、自分たちが行なった行動によって多くの人々が痛みを被った事は知らん顔なのか?
 こうさんは色々な立場の人々の罪を問うていたけれど、労働組合(右も左も関係なく)もその中に入れるべきではないか?明らかに連帯責任があるはずだから。
 私は労働組合(鉄道業に限らず)の思想・主義主張は信用しない。世論の味方なんかじゃない事がはっきりしているから。それは事故が起きる前から常々思っていた事だけれど。我々一般の人々が、常日頃から、企業のみならず、労働組合組織や、それらを取巻く連中の言動や行動を監視し続けなければならない。たとえ労働組合でも、間違っていると思う言動や行動には異議申し立てをしなければなりません。
 そう思っています。

菊池正人さん>

早速のコメント、ありがとうございます。

本文中に以下の文章を入れて、労使の偽りの対立と言う言葉で労使双方の責任を問うています。

*******

あくまでも個人的な考えに過ぎないけれども、当時の国鉄労使の偽りの対立、その裏にあった馴れ合いがあるのではないかと思っている。
国鉄の車両に当時、速度計はつけられていた。
更に言えば、線路、区間や車両ごとの運転速度、最高運転速度も決められていた。
けれども、実際には規定を上回る高速で運転されることが多かったのではないか・・

ATSに速度照査機能がついていれば、そういった事は不可能になる。

昭和50年ごろ、僕が乗車した山陽線の快速や新快速では当時の最高速度をはるかに上回る速度計表示を実際に見たことが何度もある。
「最高速度は100キロに設定されていても実際には120キロ以上は出せる」と言うのが運転現場の声だろうと言うのは、邪推に過ぎるだろうか。

*****

それと文末に以下の文章を入れています。

******

その上で、昭和42年、昭和62年に立ち返り、国鉄労使や運輸省、あるいは国鉄改革を成し遂げた当時の政権の責任も当然、小さなものではないはずだと

******

僕自身も続発する大事故の根本要因の中には当然、当時の国労などの責任もあったと思っています。

 ゴメンナサイ。もっときちんと読むべきでしたね。
 一つ前の「阪神と京急」の稿でも取り上げられましたけれど、不健全な労使関係は、労使はもちろん、第3者にとっても不幸でしかありませんね。その意味では、闘争至上主義の組合に強制的(ユニオンショップ)に組み込まれていた私は、ストライキをしない京急や小田急、西武は心の中で多少うらやましいと思ったものです。
 もちろん、労と使は立場が異なるし、「これだけは譲れない」という一線があるのは事実ですが。鉄道業に限らないですが、左寄りの活動家が唱える闘争至上主義は、決して労働者、ひいては世論にとって良い結果をもたらしていないのです。(私が労働組合を毛嫌いする理由の一つがここにあるのですが。)要は「おためごかし」なんですよ。日本の労働組合は。
 ちょっと事故の話から脱線してしまいましたね。でも、尼崎の事故に限りませんが、労使・あるいは労労が破滅的な対立(しかし外部からは馴れ合いにしか見えない)を繰り返す組織は、必ず重大な事故や不祥事を繰り返すものです。まず組合が、他人の批判・攻撃にエネルギーを費やす前に、自分たちが本当に社会の役に立っているかを再確認し、その上で世論の支持を得られるような活動のあり方を考えるべき時でしょう。でなければまた尼崎のような大惨事が起きるかもしれません。

非常に興味深く読まさせていただきました。
この事故後、様々な報道がなされた中で、一番気になったのが、運転手、車掌に対して、『懲罰的』制度が、JR西日本にあって、日常的に行われていたことが非常に気にかかりました。
ある意味、国鉄末期のいびつな「首切りの後遺症」がこういう形で現れたのでは無いかと強く感じもました。
こう@電車おやじさんおっしゃるように、
利益では捉えにくい安全設備への投資がおろそかにされていたのはいうまでもないことですし、利益を求めた投資家他の責任の所在も明らかにすべきではと思いますが、営業上発生する遅延の回復のため、現場で無理な運転を行わさせていた、労使の関係も理不尽に思います。
挙句、回復できなければ懲罰という図式で精神的に追い詰められる運転手が運転する電車を、何も知らずに利用して亡くなった方々を思うと、言葉になりません。

一般的な見解は別のHPに書き込みましたが:
「こう」さん、私は網干駅の116レに
急行8レが追突して、116レのスロ346?
に後部の「ニ」が馬乗りになり、ぺしゃんこにされて、「ロ」の乗客
全員死亡の惨事の現場を,
開通直後に見たのです。
岡山からの帰りに、事もあろうに同じ
116レ(オロ36か40?)の窓からC53が
中線にドテンと横転していたのを見て
胆を潰しました。父が若い時に長崎の
手前での夜行列車の脱線転覆事故で,最後部の増結車に乗っていて
「命拾い」していたので、「あの時を思い出した」とつぶやいていました。
「ボルスターレス台車」問題。
尼崎大事故も某アナリスト氏が無責任
発言でかき回してて居ますが、カーブで
乗り心地が悪い---カクンと来る--
程度しか解りません。ベロに復元性を
持たしている理由かも知れませんが。
出版社を通して「それならDT13のモハ
52だったら脱線しなかったのか」?と
問い合わせましたが,アナリスト氏は
無回答です。
大いに呆れたのは某悪口チャンネルの
「乗客が悪い」だの「日勤教育でノイ
ローゼになった運転士が会社への仕返し
に、乗客を道ズレに自殺運転した」---
の書き込みでした。よくもこんな無謀な
事を書く精神異常者がいるものですね?
死者に対する冒涜も甚だしい始末です。
この事故(事件)幾ら語っても尽きません
からこのぐらいにしておきますが-----
改めて犠牲者全員のご冥福をお祈り
する次第です。

あれから今日で4周年。
いろんな要因が重なってこの不幸な事故が起きてしまったというか、安全の前に行き過ぎた「効率化」が優先された結果だと小生は憂慮します。
線形にしても、以前、このカーブ付近はもっと曲線半径の大きなもの(R=400位?)だったと記憶しています。
あれからJR西日本は本当に真摯に改善に取り組んできたのかどうか・・。
ともあれ亡くなられた貴い精霊ならびに心身ともケガに遭われた多くの方々及び遺族の皆様方に心から哀悼ならびにお見舞いの意を表したいと思います。

 素人ですが鉄道を趣味に持つ者として聞いて欲しい事が有ります。まず事故現場のATS-SWは、速照機能は持っていたはずという事です。同じではないものの京阪や名鉄で採用されている物と大差ない機能を持つと聞いています。確かにP型のように速度制限の無い状態での最高速度の監視は無かったように推測されますが、調べても触れていない資料が多く、基本的にはATSとはそういう主旨の物ではないようです。事故を防げなかった理由は曲線速度制限用の地上子を置かなかった事です。例えばスプリンクラーも火元に設置していなければ新型か旧型かを論じても消せないのは同じというような話です。SWでも意図すれば曲線速度制限も分岐器や終端の速度制限も下り勾配の速度超過防止も全てオプションとしては追加できます。近鉄などの高性能とされるATSはこのような用途は苦手で、むしろSWと同型を部分的に採用しています。ちなみに事故後現場の曲線速度制限用に設置されたのはSWのようですし、それで再発防止は可能です。
問題はSWが欠陥ATSであるかのように報じたメディアの態度で、価格10倍と言われる贅沢ATSの設置に追われれば他路線に手が回らなくなるのは明白です。実際、P型の設置が進んでいると報道され

菊池 正人さん>

このブログの前の方に国労と高砂工場と言うエントリーがあります。
http://kokutetu.blog.eonet.jp/117/2005/07/post-59c5.html
こちらもあわせてご覧くださいね。

当時の組合の闘争方針に・・僕はとてもついていけませんでした。
国労を脱退し、それから国鉄を退職しました。

日食さん>

日勤教育・・・僕の友人にもこれを受けさせられたものがいます。
なんでも、運転士責任で列車を遅らせたとか・・
しかし、運転士は安全への最後の砦であり、運転士が列車を遅らせた責任を問われるのはおかしなことだと思うのです。

結局は国鉄時代からの異常な労使関係がここでも出てきているということでしょうね。

モハ830さん>

あの事故現場を見られたのですね!
非常に貴重な体験ではないかと思います。

そういったことなどをどこかで発表されてはいかがでしょう。
「私の鉄道覚書」みたいな形で・・


ユースケさん>

僕も線形変更の理由がよく分からないのです。
元の線形でも尼崎駅のホーム配置は変りませんでした。
なぜに線形を技と不利な方向へ変更したのか・・
JRが何を考えてこう言う工事をしたのか・・疑問ですね。

坂本賢介さん>

現場付近のATSは事故当時、SWへの改造はなされていませんでした。
JR東海や四国では危ない箇所ではSWへの改造が終わっていたとも聞きます。

これは地上子を増やすだけで、その上を通過する列車の速度を単純に制限以下かそれ以上かを図ることの出来る装置であり、こういった装置すらも設けられていなかったのがJR西の責任と言えるゆえんでしょうか。
ただし、こういった改良を施さない線路での高速運転を認めた国土交通省の態度にも大きな問題があるように感じます。

ATS-Pであっても、P点を連続させず、一部拠点駅でしか制御できない形にしている現在の東海道山陽線などは、基本的に危ないままではないかと・・僕は疑問を抱いています。

拙文に早速のお返事を頂いていたようで、ありがとうございます。無理やりな行数削減の為、随分訳の解らない文章になってしまいすみません。
また、事故で被害に遭われた方々には、鉄道によってこのような事態になってしまった事を大変残念に思います。
さてSW型ですが、現在JR西日本で採用中の物はやはりこうさんがご指摘の通り欠陥品である事を認めざるを得ません。ただきめ細かく地上子を追加する事で機能向上が図れる点に注目したいのです。
ちなみに事故当時の現場付近は、事故調の最終報告書を見る限り速照付SWです。ただ私が京阪並みと認識していた点はどうも怪しいようです。再確認の結果、報告書P123に「~SW信号速照~の各機能については、同社が必要と判断した箇所についてのみ設けられている。」とわざわざ断っており、深読みすると閉塞信号機のY現示に対応する地上子の不設置が疑われます。速照点がまばらでは事実上速照無しと同じと認めざるを得ません。(ただし事故調は事故に無関係なら記述を省略するとも明記しています。)
それでも私がSWに拘るのは京阪での実績です。ウラを返せば速照点をきめ細かく設置すれば京阪型に近い性能になります。京阪では再混雑60分急行線で33本の運行実績

申し訳有りません。どうやら入りきっていません。改めて後半を送信します。

それでも私がSWに拘るのは京阪での実績です。ウラを返せば速照点をきめ細かく設置すれば京阪型に近い性能になります。京阪では再混雑60分急行線で33本の運行実績が有り、6~8割の関西JRでも列車密度の上では十分と考えられます。ご指摘の最高速度監視については拠点Pの監視が欲しい所では有ります。
ところで忘れられた議論として他のJR線や地方私鉄のATSの件が有ります。曲線防護は国交省通達で改善済です。しかしATS本来の機能、閉塞用としての機能向上には世論は無関心です。もし地方都市圏の本数増加で追突事故が起これば、我々はJR西日本と同罪です。「予見出来なかった!」と言い訳するか、知らん顔して当事者を責めるかです。全国のATSの機能向上を急ぐなら無駄遣いは出来無いハズ。福知山線と大都市圏の一点豪華主義を推奨しかねない世論は危険だと思います。
繰り返しますが、現状の福知山線ATSで十分とは考えてはいません。しかしSWの持つ廉価性、独特の拡張力を最大限に活用したいのです。字数が気になるので機能向上の具体策は割愛しますが、無理とは思いながらマスコミのミスリードに抵抗すべく、苦手な書き込

返す返すも申し訳有りません。改めて続きをお送り致します。


繰り返しますが、現状の福知山線ATSで十分とは考えてはいません。しかしSWの持つ廉価性、独特の拡張力を最大限に活用したいのです。字数が気になるので機能向上の具体策は割愛しますが、無理とは思いながらマスコミのミスリードに抵抗すべく、苦手な書き込に取り組んでみました。
このような非常識な長文にお付き合い頂き有難うございます。そして申し訳有りません。改めてお礼とお詫び申し上げます。 以上

坂本賢介さん>

貴重なご意見、ありがとうございます。
JR東海も旧型ATSに地上子の増設で安全確保を図っていたことは良く知られています。
京阪の安全対策も非常によく出来ていると思うのです。
しかし、それでも、最近でも近鉄での事故もあり、まだまだ場万全とはは行かないのが悲しいかな現実でしょう。

実は、この一文は尼崎事故の被害者の会にも送り届けています。
ただ、被害者の会としては司法の場でのあいてはJRということもあり、我々の意見は直接、裁判とはかかわりがないように感じておられるのかもしれません。

気になることがひとつ・・
JR西日本のATS-Pですが、さすが縫い福知山線には完全なものを設置したようですが、東海道山陽線では極端に・・特に駅部におけるP点が・・ごく一部にしか設置されていないと聞いたことがあります。

そういえば繰り返されるホームのオーバーランなども、P点設置が適正であったなら起きないはずで、疑問を感じてしまうのです。

ボルスタレス台車ですけど、極普通に使っていても異常なゆれを発生させますよ。これがイヤで阪急や京阪はボルスタレス台車を採用していません。阪急に至ってはメーカーが持ち込んだものをテストしただけで「ゆれる!」として送り返しています。あと、何処も気にしていなかったようですが1067ミリ軌間も原因のひとつだと思いますよ、阪急の職員があの事故直後「うちなら脱線はしなかった」と呟いたそうですし、過去に近鉄で同様の速度超過事故があったときも脱線はしていません。最近は運転士に全責任を擦り付け、被害者のその後を追いかけての「お涙頂戴」報道ばかりで辟易してますけどね。

こまつなんきんさん>

ボルスタレス台車で異常な揺れが発生するのは線形と大きな関係があるようです。
緩和曲線が不十分で、減速率の高い区間では時として台車が異常な揺れを起こすようです。

京阪、阪急などではこういった区間が多く、結果としてボルスタレス台車が適合しないと判断されたようです。

これは僕がほかのブログに書いたことですが、京急による研究があって、標準軌で先頭電動車方式だと、万が一の事故の際にも車両の急激な姿勢変動が少なく、大惨事に至らないということが分かっています。
つまりは、狭軌の鉄道と標準軌の鉄道が同じ基準で速度制限などを決められていること自体が実は矛盾だということなのでしょうね。

見過ごされていた予兆
 2005年4月25日9時3分。同志社前行きの快速電車5418M列車は、大阪市内へと向かう通勤通学客を乗せて宝塚駅を出発した。運転士のT氏は乗務歴11ヶ月。この日は6時48分に放出を出発し、松井山手で折り返したのち、宝塚まで乗務している。宝塚から折り返し5418M快速列車を運転して、大阪市内の京橋で乗務を終えるはずであった。
 この朝だけでも伊丹駅でのオーバーランをはじめ数件のエラーを起こし、そしてあの事故現場となった70キロ制限のカーブに110キロを超える猛スピードで突っ込んだ。そして死者107名、負傷者562名という大惨事を招いたのであった。T運転士は死亡し、同列車に車掌として乗務していたM氏は怪我人の救護も行わずに放心状態で立ち尽くしていたという。
 国鉄民営化から間もない1990年頃。JR西日本の駅構内に選挙ポスター大のイメージ広告が貼り出されていた。“最大のサービスは安全です”というキャッチコピーとともに、人差し指で安全確認をする現場社員の姿が印象的なポスターであった。当時、沿線の一利用者であった筆者は「安全ってサービスなんか?」と素朴な疑問を抱いたのを昨日のように覚えている。安全はあくまでも付加価値に過ぎないというJR西日本の本音が透けて見えるような広告であった。

 それから10年後のある日、留学先のドイツから一時帰国した私は、関空から特急はるかに乗って新大阪駅で京都方面行きの新快速に乗り換えた。平日の昼前というのに新快速の最後部車両はつり革もつかめないほど混雑していた。2分遅れで新大阪駅を発車して列車がホームを離れるやいなや、ドア付近に立っていた乗客たちがなだれをうって足下をすくわれ、「キャー」という悲鳴が車内に鳴り響いた。
 神戸方面からやってくる新快速は、大阪から新大阪まで電車線とよばれる内側の線路を走る。そして新大阪を出るとすぐにポイントを渡って列車線という外側の線路に転線し、次の高槻まで最高速度130キロで疾走する。この列車線への渡りポイントの制限速度は45キロであるが、速度違反するのが常態化していた。新快速に使われている223系電車は一両20メートル、8両編成で160メートルの長さになる。この渡りポイントに差しかかった新快速の運転士は、先頭車両が制限45キロで外側の列車線に渡りはじめてから、最後尾の8両目、すなわち160メートルの間は45キロの速度を保ち続けて楕行運転しなければならない。しかし、そんなマニュアル通りの暢気な運転をしていると、たちまちダイヤが乱れて遅れが出てしまう。ただでさえ新大阪を2分遅れて発車しているのだから、少しでも遅れを取り戻せねばならない。私の乗った新快速の運転士は、遅れを取り戻す常套手段として、私の乗った最後尾の車両が渡りポイント通過するのを待ちきれずに、マスコンと呼ばれる電車のアクセルを加速させたわけだ。

 ちょうどその頃、2000年3月のダイヤ改正でJR西日本はドル箱といえる新快速の最高速度を120キロから130キロに上げて、京阪神の主要都市間の所要時間を大幅に短縮させた。各駅での停車時間も極限まで切り詰め、結果的に余裕のないダイヤが設定された。ダイヤ改正からしばらくして、日常的に遅れが目立つ新快速に対して、マスコミから朝日新聞をはじめ「過密新快速遅れて不快」と社会面で叩かれることもあった。この記事によると、新快速の遅延率がダイヤ改正前の10パーセント前後から30パーセントに急増したとある。
 それらの批判を気にしてか、JR西日本では車内放送でそれまで“扉が閉まる”と案内していたものを“扉をしめます”と変更し、また到着の際も“お降りの方はお早めにお出口付近までお進みのうえ、定時運行に皆様のご協力をお願い致します。”とアナウンスを繰り返した。まるで乗り降りのとろい乗客のせいで電車が遅れるんだとばかりの支離滅裂な放送内容であるが、もうこの頃すでに、「乗客は定時運行を乱すノロマなカメ!」と、車掌たちの目には映っていたのかもしれない。
 この時、世間からの批判を真正面から受け止めて、停車時間の少ないタイトなダイヤを抜本的に見直していれば、あの日、同志社前行きの快速電車は何事もなく終点まで走り抜けたに違いない。いや、それとも、朝日新聞をはじめとする新快速の遅れに対するバッシングが、JR西日本経営陣をあのヒステリックなまでの“定時運転狂”に駆り立てたのだろうか。

東原さん>

長文の投稿、ありがとうございます。
非常にもったいなく感じます。
ぜひ、この文章を他でも掲載してみてください。

 学生時代を通して7年あまりを過ごしたドイツは、日本やフランスとならぶ鉄道先進国で、最高時速320キロの高速鉄道ICEがドイツ全土にネットワークを形成している。私も学業の傍らフリーのライターとして活動していたこともあって、取材のおりに度々ドイツ鉄道を利用する機会をえた。

窓際の座席に腰掛け車窓に目をやると、“Notausgang”と書かれた赤地のステッカーが目にはいる。“Notausgang”とはドイツ語で“非常口”の意味で、さらに“非常の際は窓際のハンマーでこのガラスを割って車外へ脱出避難してください!”とある。ドイツでは窓の開かない鉄道車両を対象に、各車両4カ所の非常口の設置を法律で義務づけている。さらに、路線バスに対しては、可燃性の軽油を燃料としていることもあって、すべての窓を非常口とし、ハンマーで内側から割れやすい特殊ガラスを使用している。また事故などでバスが横転するような不測の事態を想定して、天井に一メートル四方の脱出口まで設けられている。まさに“備えあれば憂いなし”とばかりに、突発的な有事の非常時に対して、あらゆる知恵をしぼって対処しているのである。

 一方、日本の鉄道車両では、非常口の設置は未だ義務づけられていない。1951年に京浜東北線の電車が炎上し車内に閉じ込められた乗客が多数死亡したいわゆる桜木町事件のあと、乗客が手動でドアを開けれるよう非常コックの案内表示が義務付けられた。しかし、今回の尼崎事故でも承知のとおり、車体自体が大きく損傷を受けてねじれてしまったような場合には、側面のドアをこじ開けることは、物理的に不可能である。

 2年前に引退した東海道山陽新幹線の初代0系車両には、万が一に備えて側面下方に正方形の非常口が備えられていたが、これも初期に製造された車両のみで、1981年以降に製造された後期グループには最初から設置されていない。初期の車両も新幹線が事故を起こさなかったという理由で、検査のおりに封鎖されてしまったというから恐れ入る。

 JR西日本の在来線車両の多くは、神戸の川崎重工と東大阪にある近畿車両が主に製造し納入している。尼崎事故の快速電車に使用されていた207系車両も、地元神戸の川崎重工製であった。川崎重工は、ニューヨークの地下鉄車両をはじめ、アメリカ向けのステンレス製車両をこれまで大量に輸出している。アメリカの鉄道車両の安全基準はヨーロッパ以上に厳しく、実車を使ってのクラッシュテストや、万が一の事故に備えて、車両外部からレスキュー隊が容易に車内に入れるよう、あらかじめ車両外壁に緊急用の穴が開けられているのだ。

 また、川崎重工は台湾高速鉄道むけに、新幹線のぞみで主力として活躍している700系新幹線の台湾向けにアレンジしたT700系も製造納入している。台湾では法令上ヨーロッパ同様の安全基準が求められるため、輸出仕様の新幹線であるこのT700系には、4カ所の非常脱出窓が備えられており、ハンマーも用意されている。国内向けの車両には非常口や脱出用ハンマーも設置されていないにも関わらず、輸出用の車両にはこれほど入念なリスクマネージメントを徹底した車両を製造し納入しているという現実。その姿勢に疑問を抱くのは私ひとりではあるまい。

 取引先のお客様の要望にそって、軽くて運転コストの低い経済的な車両を設計し納入するのは、サプライヤーである車両メーカーにとって営業上やむを得ない面もあるだろう。しかし、自分たちがつくった車両に生身の人間が乗るんだというエンジニアとしての責任感、モノではなく生身の人間を乗せて走り続けるんだという意識があれば、到底日本国内向けに外壁の薄くて非常口もない鉄道車両を製造し納入できないのではないか。ダブルスタンダードで安物をたたき売っていると非難されても言い訳はできまい。日本の鉄道車両の現状は、まさに非常階段やスプリンクラーのない高層ビルに等しい。

 航空機事故の場合は、飛行機を運行している航空会社の責任はもとより、ボーイングやボンバルディア社といった製造メーカーの責任も問われるのは当たり前である。今回の尼崎事故でも、鉄道車両メーカーに対して批判の矛先が向かわないのか。鉄道を運行しているJR西日本だけに批判が集中している現状では、また似たような大惨事が繰り返され、非常口もない軽量車両で多数の人名が失われることになるのではと、危惧している。
 では、具体的にどのような改善策が求められるのか。まず、国の管轄機関である国土交通省のもとで、国内外の車両メーカー、鉄道事業者が集まって本音の議論ができる場をもうける。過去の鉄道事故時におけるノウハウを共有し、その中から一番ハードルの高い安全基準を日本のスタンダードとして位置づける。

 新型車両製造にあたっては、自動車なみの実車におけるクラッシュテストを義務づけ、脱線後に横転した際にも車体自体のフレームがねじれないような頑丈なボディー構造を取り入れる。ドイツ並みに各車両非常脱出口を設けるのは言うまでもない。また、車内に備え付けの消火器や非常コックは不特定多数の乗客が誰でもわかるよう場所に適切に設置されているかどうか。そして、迫りくる都市直下型地震等の大規模災害時に、救急隊が現場に急行できないことを想定して、定員分の止血剤やガーゼなどのファーストエイドキットも各車両に備える。これらの一連の施策は、国土交通省が号令をかけるだけで、すぐにでもできる事柄なのだ。

管理人様、はじめまして。
相次いでの長文失礼致します。こちらの文章はもともと言論誌向けに数年前に書いたものの抜粋で、残念ながら担当編集部にとっては内容的に難しいらしく、採用されませんでした。鉄道の基礎知識のある方なら理解していただける内容だと思うのですが。

日航123便事故と同様に、真の事故原因究明とその対策がなされないまま、尼崎事故も記憶のかなたに消えてしまうのではと、大変危惧しております。

東原照彦さん>

まさにおっしゃるとおりで、例えば桜木町事故の教訓が耳に新しかった頃に製造された20系客車にはご指摘の「ハンマー」が備えられていました。

それでも、自動車のように割れたガラスの破片が人を傷つけないような形状になるような配慮は今の鉄道車両では成されず、このあたりは確かに疑問です。

尼崎事故については僕としてはこの一文は被害者の会や、マスコミにも送付、マスコミには知り合いの記者もあり、彼らからはこの内容については「知っている、しかし、報道の方向が違う」という諦めのような言葉もいただいています。

この事故の報道に関して言えば、これは報道があらかじめ決まっている方向に向けたものとしか成されないようになっているようで、その原因の推測は出来ても、事故の報道が完全なる中立、そして真に事故の再発を防止、本当の責任者を追及する方向には永遠に向かないのだろうと考えています。

>管理人さま

20系客車にもハンマーが備えられていたんですね。

むかし14系15型のあかつきに乗ったとき、スハネフ15にハンマーがあったので、床下のディーゼル発電機が発火した際の対応なのかと感心した覚えがあります。

近頃ちらほら見かけるようになった225系も、尼崎事故の教訓として車体強度の強化等をはかっていますが、どうしてJR西だけの自助努力に限定されるのか疑問に感じます。

本来なら国土交通省で鉄道各社および車両メーカー等で勉強会でも開いて、的確な安全基準を制定するのが本筋なのではないでしょうか。

JR西にしても、近頃221系や223系1000番台の座席モケット張り替えをはじめたようですが、それならつり革も225系と同じオレンジのものに取り替えないのはなぜなのか。

単なるマスコミと遺族会むけのパフォーマンスに225系を設計したのではと、思わず勘ぐってしまいそうです。

東原照彦さん>

この記事の前にも事故に対する記事をエントリーしています。
「事故」http://kokutetu.blog.eonet.jp/117/2005/05/post-1310.html
「体質」

http://kokutetu.blog.eonet.jp/117/2005/06/post-473e.html
こちらもあわせてご覧ただければと思います。

JRは国鉄の良い面を引き継いだのではなく、どちらかというと経済最優先の原則の中で悪い体質をそのまま引き継いでしまったのかもしれません。

>管理人様

貴重な情報どうもありがとうございます。

普段日常的にJR西日本を利用して痛感することは、現場に「鉄道員」たる職務意識が皆無なのではという疑問です。

最近は阪急でもちらほらみかけますが、車掌にしても単なる棒読み放送で何がいいたいのかよくわからない。個人的にそういうのを「コンビニ車掌」と読んでいます。

ただ勤務時間だけマニュアルどおりの仕事をこなすだけの社員たち…。タイムカードをおして制服脱いだら仕事なんて関係ないよんといった極めて一方通行な割り切り方。まあ、これは現代日本全体の風潮なのかもしれません。

余談になりますが、近頃続発のJR北海道のトラブル。真相はいったいなんなんでしょうか。あまりにも連発しているので気がかりです。

東原照彦さん>

レスが遅れ申し訳ありません。
鉄道員としての誇りを失いというか、そういう教育を施さず、新人が学校を出てすぐに現場で使われる現状は情けない限りで、これは鉄道学園という優れた教育システムを失ったことによる弊害ではないかとも見ています。

JR北海道の事故に関しては、ブログ最新エントリーでの昭和54年当時のキハ80と同じ現象ではないかと・・
つまり、過酷な自然環境の中で、鉄道技術者が想像できない速さで車両の劣化が進んでいるのではないかと見ています。
これには、完全なる予防保全方式を採用していた国鉄式の車両メンテナンスシステムを回復する必要があるのではないでしょうか。

>管理人様

鉄道学園という教育システムが民営化によって失われてしまったという事情もあるんですね、現場の空洞化の遠因として。

JR北海道の一連のトラブルは、単なる老朽化なのか否か。たしかトンネル内で炎上した形式は、もともとJR四国の2000型をアレンジしたタイプだったと記憶しています。

国鉄時代でいえば暖地向けの車両をフロントデザインだけ変えて酷寒地に投入したわけですから、トラブルが起きない方が不自然でしょう。

東原照彦さん>

新しい事実が報道されていましたね。
全般検査ですら推進軸の分解検査も行っていなかったという・・

これではどんなに高性能な車両でも劣化してしまいます。
やはり、自然環境の厳しい北海道においては国鉄式の完全なる予防保全方式の再考が求められているようyに思うのです。

なお、JR四国2000系車両ですが、JR西日本キハ187系やHOT7000系も同じ設計であり、北海道ほどではないにしろ、厳しい自然環境でも適合しています。
北海道のものは変速機はじめ相当にアレンジされていますから、設計上の無理はないようにも感じ、やはり、検修の不備が最大の要因ではないでしょうか。

管理人様>

やはりJR北海道の組織に問題があるのでしょうか。
組合が完全に御用組合と化して機能していないとか?

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