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2008年12月

2008年12月31日 (水)

国鉄工場の年末年始

Emaiko_127 今だから書けることかもしれない・・
国鉄の現場、運輸を司る部門では全職員が一律に休むことなど不可能だからこれは工場という国鉄としては特殊な現場だけの話だ。

11月になるとだいたい、その年の年末までの仕事がほぼ確定する。
目標は「1両の車両も工場に残さない」だ。
年末年始の繁忙期に1両でも多くの車両を営業線に出す。
そのためには工場の中に検査中の車両が居てはいけないのだ。
もっとも、業務用の車両や改造工事などで入場する車両は別だが、一般の車両はほとんどを工場に残さず、車両基地へ返さねばならない。

キハ35やオハ41という通勤型の車両であっても同じことだ。
これらを活用することで生み出される車両を使って年末年始の臨時列車や増結車として使える車両を生み出すことが出来る。

だから、工場・・特に高砂工場は旅客車両が中心だから、年末輸送が始まるまでは年に一度の大繁忙期となる。

だいたいの目処が立つころを見計らって各職場で忘年会をする。
僕たちの職場では12月はじめ頃までに1泊旅行をするのが常だった。
行き先はだいたいが温泉地だ。
酒を浴びるほど呑み、女の体に触れ、1年の憂さを晴らす・・
けれども、僕が入社した頃にはすでに自家用車で通勤するような人も多く、そういう人は基本的にお酒をあまり飲まないし、そういった宴会を嫌う。
若い人もすき好んで脂粉の香り漂う温泉宿に女を求めなくても、若い人たちらしく自由で飾らない男女交際を好む人も増えてくる。

僕が国鉄に入った頃はそういった古いものと新しいものとが入れ替わる時期だったのではないだろうか。

僕が入社した年の忘年会は北陸の山代温泉。
翌年は東海の三河三谷温泉・・
僕が入社する前年には山陰の皆生温泉に行ったとの事だ。

往復の電車の中は居酒屋と化し、若い者は列車内でまず、大酒を飲まされて・・つぶされる・・
温泉宿では馬鹿騒ぎの宴会の最中に職場の大先輩方が女中とともに消えていく。

こんな宴会を喜ばない人たちの世代・・
忘年会も様変わりしていく・・

3年目の宴会は若い人たちによる示しあわせで山陰の香住へ「蟹づくし」の旅となった。
冬の山陰海岸・・ネオンなるものはほとんど存在せず、ただ、見渡す限りの雪と浜に打ち上げる波の音だけだ。
「女はないのか」そう訝しがる年配の方々に「そんなん、あらへん」と胸を張って若者が答える。

暇を持て余した先輩方にはかえって酒で苦しめられるというおまけは付いたが、食べきれないほどのカニ料理は参加者を満足にさせた。

それでも、忘年会は自分たちでの積立金で参加するのだし、日程も仕事に影響がないように組まれていたから、時代の香りがあるとはいえ、批判されるべき筋合いのものではないのかもしれない。

ただ、時代を表すのは仕事納め、仕事始めの儀式だろうか。

12月29日・・仕事は午前中のみ、それも大掃除だけだ。
午後から職場全員で集まって乾杯をする。
もちろん・・日本酒だ。
飲めない人にはオレンジジュースなどもあったし、飲まないという人には無理やりには飲ませないのも自由な気風の国鉄だからか・・

袋菓子やするめなどの簡単な酒の肴のほか、職場によっては車両の鉄板を重油ストーブに乗せて焼肉をするようなところもあった。
いやいや、午前中からおでんや鍋を用意する猛者も居た。

定時になると開放だ。
年末の町へ呑みに繰り出すものも居る。
当時から飲酒運転は厳しく戒められていて、車通勤のものでもこの日ばかりは自転車や路線バスで出勤していた。
酒には余し職場だが、自動車による交通事故を起こしたものには退職という厳しい掟も存在した。

新年が明けると、今度は朝一番に職場で新年の挨拶。
もちろん、乾杯つきだ。
少しゆっくりして、呑めるものは呑んでから仕事にかかる。
とはいっても、工場内に仕事をするべき車両はほとんど在場していない。
年始輸送が一段落するまで工場は比較的暇な時期を迎える。

国鉄が解体される前、国鉄部内における酒への認識の甘さゆえ、大事故が頻発し、世間の強い糾弾を受けた。
当たり前のことだ。
幸い、工場では大事故はおきていないけれども、だからといって業務中に飲酒することが半ば慣例化しているのはおかしいし、それをオカシイというほうが正常な感覚だ。
国鉄ではその解体前ごろから、飲酒に厳しい目が向けられるようになったが時既に遅し・・

職場の規律の乱れが赤字の元凶であるかのようにマスコミに報道されたのも自業自得といえばまさにそうだろう。

今、鉄道各社では乗務員でなくともアルコールチェックを実施する会社が増えているという。
僕は今、タクシーの乗務員をしていて、毎日、アルコールチェックを受けているが、乗務員以外でもアルコールチェックをするというのは運輸という仕事に携わるものであるならば・・これは今考えれば当然の帰結かもしれない。

けれども、時に、あの、馬鹿馬鹿しい国鉄の酒浸りもまた懐かしく思い出される。
どんなことも懐かしく思い出されるというのはそれだけ僕が年を取った証拠かもしれない。
そういえば、もう数年で僕が国鉄に居た頃の定年退職年齢・・に自分が差し掛かることを思い出してしまう。

2008年12月17日 (水)

あのころの南海電車

昭和46年だったか・・
父は仕事を親戚が社長をしている泉大津市の会社に変え、僕ら家族を引き連れて大阪の港区から泉大津市に転居した。
これまで、南海電車には祖母が信仰をしている初芝の出雲大社へ行くとき位しか乗らなかったのだけれど、このときから2年間、泉大津市民として南海電車を日常に感じる生活をすることになる。

当時の南海電車は昭和48年の電車線電圧の昇圧を控え、大きく変貌するその前段階だった。
けれども、それは後から知ったことで、小学生の僕にそんなことが分かるはずもなく、新車が増えて変わりゆく南海電車を眺めるしかなかったのだけれども・・

南海電車といえば始発駅難波のクラシカルな巨大駅舎・・それに緑の濃淡に塗られたさわやかな色彩の電車・・
当時から高野線は急行用以外はステンレスカーと決まっていて、6001系、6101系という個性的なステンレス電車が走っていた。
南海線は鋼製車ばかりで、7001系、7101系が中心だったけれども、いまだに旧型車も残り、1201系や2001系の手入れの行き届いた半鋼製車体の電車は子供心にも魅力的に思えたものだ。
7101系の大きな1枚窓は当時としては阪急、近鉄以外に例がなく、「南海も良い電車を作るようになった」と父が感嘆していたのを思い出す。

急行にもたくさん走ってきた11001系は淡い緑に濃い緑の帯を締めた湘南マスクのスマートなデザインで、これが来ると喜んで乗車したものだ。
何故か、夕方のラッシュ時間帯にこの電車が急行に来ることが多かったような気がする。

昇圧準備工事を急ぐ南海から旧型電車は見る見る減ってゆき、新型の7101系ばかりが目立つようになって来た。
シンプルで実用的な電車だが乗り心地は非常に良く、時折乗る国鉄阪和線のどうにも仕方のないひどい乗り心地とは大違いだった。
当時の阪和線は快速や新快速に113系、普通の一部に103系が走る以外は72系や60系の旧型電車が中心で、区間快速専用のような使われ方をしていた70系スカ形電車が色を添えていた。
72系や60系の普通電車は朱色で、その中途半端な取り合わせがかえって阪和線の「おんぼろ」度を高めていたように思う。
それに比べると南海は当時としてはまさしく最先端で、高野線のステンレスカーはもとより、7001系ですら国鉄103系よりはるかに上等な車両であると子供でも理解できたほどだ。
空気バネの乗り心地、線路の保守状態・・いずれも国鉄よりはるかに優れていたように思う。

南海には鉄道ファンの卵である僕を注目させる存在がいくつかあった。

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特急「四国」や急行に使われる11001系ももちろんそうだけれども、天下茶屋工場や難波駅で時折見かける赤とクリームのツートンカラー・・そう、南海に1編成しか存在しなかった特急「こうや」専用20001系、それに時折2両編成で高速で突っ走る急行「きのくに」の5501型がその愁眉だろう。
どちらも乗りたくても乗れない電車、列車だった。
泉大津駅は急行は停車するものの、特急や「きのくに」は停まらないし、高野線にいたっては初芝より先へ行くことはまずなく、せめて急行用の21001系に乗るのがやっとだった。

子供の目には11001系の20メートルと21001系の18メートルは区別はつかない。
同じ電車がなんで高野線ではロングシートなのか・・すごく不思議だった。

僕は今でも、最も好きな電車は?と訊ねられれば、阪急6300系、名鉄7000系、京阪3000系と並んでこの南海11001系・・後の1001系を上げることが多い。

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南海の緑は上品であるし、急行用・普通用・それに高野線用といった区分が非常に明確で、子供にも判りやすい特徴があった。

それに対して今の南海電車は嫌いではないけれども、車体のデザインは好きになれない。
電通によるデザインとの事だが、今のデザインよりもかつてのデザインのほうが分かりやすかったし、上品だったように思えてならない。
また、南海電車は座席は非常にやわらかく、これも後に聞いた話ではラテックススポンジを全面的に座席クッションとして使っているとの事・・
国鉄はグリーン車の座席くらいしか、そういう配慮はしていなかった。

国鉄に入社してしばらくしたころ、先輩の肝いりで南海電車の新装成った千代田工場に見学に行ったことがある。
近代的な工場とともに、強く印象に残ったのは細部まで配慮が行き届いた電車の構造で、下降窓を維持するためにしっかりとした排水口が設けられていたことなど、国鉄マンたちを感心させた。

今、京阪が塗装変更の最中だけれども、これには余り違和感を抱かない。
同じように阪神が急行・普通とも車体の塗装デザインを変更したけれども、これにも違和感を抱かない。
イメージを大きく変えることなく、うまく今の時代にあったデザインに変更できた好例だろう。

これにたいし、南海の「NANKAI」と大書されたデザインは・・なんだか、無理やりに格好よく見せようと無理をしているような気がして仕方がないのだが・・これは個人の主観だろうか。
いずれにせよ南海といえば特急以外は緑・・
このイメージを僕は今も抱いている。

2008年12月 4日 (木)

座席の話

前にも書いたけれども(http://kokutetu.blog.eonet.jp/117/2005/01/post-b747.html)今回は座席そのものについて国私鉄JR・・合わせて考えてみたいと思う。
特に、一般的な車両・・通勤電車などについて考えたいと思う。
画像はまずは、国鉄最初の近郊型転換クロス、キハ66の車内風景。

00230031kiha66zaseki
これは登場時のもの。

僕は座席がクロスシートでなければならないなどとは考えていない。
また、混雑する列車がロングシートでも、それはごく普通のことであるとも思っている。
ロングシートがいけないとか、そんなことも考えたこともない。
実際、阪急や阪神、それにJR西日本の321系などのロングシートは好きだ。
もちろん、JR西日本221系や山陽電鉄、京阪電鉄の転換式シートも好きだ。

ただ、名鉄のようにかつての車両政策が好きだったところでは、現状に対して残念に思っていることもあるわけで、これはあくまでも個人的な感情だ。
(利用客がそれを支持し、名鉄の乗客が増えれば、それは現状の政策がよかったということになるのだろうし、乗客が平行他路線を選択するのであればそれは間違いの一因だったということになるのだろう・・最もダイヤや運賃の問題のほうが実は大きいのだろうけれど)

クロスシートであっても113系などの国鉄の一般的な近郊電車などでは、むしろ、ロングシートのほうがゆったりと座れるということもあるだろうし、地方線区などでも播但線のように車内の治安対策として止むなくロングシートにしてしまった例も存在する。
(わざわざクロスシートのキハ58をロングシートに改造する手間をかけたくらいで、当時のJRは本当はそんな手間はかけたくなかっただろうと思う)

現在の形の転換式クロスシートが、日本で始めて登場したのは昭和一桁時代の京阪1550型からだったと記憶している。
これ以後、関西私鉄は争うように転換式クロスシート・・いわゆるロマンスシートを作るようになっていく。
ただ、転換式の座席自体はこれよりずっと以前から存在し、国鉄の3等車などで粗末な木製の転換式ベンチのようなものが使われていた。

Akamaturinsakuyogisya 明治34年、画家赤松燐作が描いた「夜汽車」には3等車内の様子が活写されていて、これには当時の転換式の座席の様子が実によく表現されていると思う。
参考までにこの作品を美術館のホームページから引用する。

日本の鉄道の創業期の車両は英国式にコンパートメントごとに扉がついたものだったが、やがて、出入り口を車体の端に設け、車内には通路が作られるようになっていく。

00050014kayazaseki 創業当時の客車の面影を加悦鉄道に保存されている客車でごらんいただこう。
創業当時の車両の面影を残したクロスシートだが、もちろん、下等の車両のものは木製のベンチ式で、長距離列車が増えることによって改善されたのが明治後期のベンチ式の転換式クロスシートだったのだろうか・・
その粗末な座席の見本のようになっていた転換式クロスシート・・実は明治、大正時代には上等車(1等や2等)はロングシートであることが多く、それも深い、ゆったりとしたソファのようなものだったようだ。
当時としては広々とした座席のほうが寛ぐ感じになれたのかもしれない。
拙ホームページからも展望車のサイトでよく知られているKOさん撮影の戦前のマロネフの昼間の状態をごらんいただくことにしよう。

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この座席で長距離を乗車していたのだから、必ずしも、ロングシートが長距離に適していないということではないだろう。
この点では昭和初期、いったん、転換式クロスシートを採用した阪急神戸線の900系は、その増備である2両固定の920系からロングシートに変更されているが・・これも当時の阪急が「ソファ」のような深いロングシートのほうがサービスの向上になると判断してのことだったそうだ。
阪急はその後もクロスシートかロングシートかで随分悩んでいたようで、神戸線では1010系のころまで、実に試行錯誤を繰り返している。
最近でも8000系の一部に転換式クロスシートを採用したものの、最新の9000系では非常にゆったりとした、所々に肘掛のつくロングシートになっていて、これで、同じ阪急が、京都線では距離もあるし、ライバル京阪もあることで9300系はゆったりとした転換式もしくは固定式のクロスシート、神戸・宝塚線はこれまたゆったりとしたロングシートで落ち着いたように感じる。

00200037hankyu5010zaseki
9000系の車内写真は撮影できていないので、最近リニューアルされた5000系の車内写真でロングシートながらも上質な雰囲気の車内風景を見ていただきたいと思う。

クロスシートが上等な車両の座席として一般化したのは、車両のサイズが拡大し、十分な座席幅が得られるようになってからではないだろうか。
それに京阪の進取的な試みも一役買っていることだろう。

人間は本来、前に向いて進む景色を眺めたがる癖がある。
これは自分が歩いているときに常に前を見ていることから、やはり前向きのほうが安心するのだろうか。
反面、前向きの景色は刺激が強く、かつては「寝るのなら後ろ向きの座席」といわれたものだ。

そういえば、国鉄では新幹線が博多まで開業し、長距離乗客が増えるに伴い、少しでも乗客サービスにと座席をリクライニングに改良したのだけれど、ピッチが十分に取れず、そのため、3人がけ座席が回転できず、いわゆる集団離反式の設定となったとき、後ろ向きの座席に座ったときはやはり、違和感を感じたものだ。
後ろ向きの座席、もしくは長手方向に伸びる座席というのは基本的には鉄道独特のものなのかもしれない。
自家用車にしろ、船舶にしろ、航空機にしろ、基本的には座席は進行方向を向いているものだろう。

路面電車が乗客を大きく減らした要因に、路線バスに多かったクロスシートの存在を上げる人も居るほどで、人間の本能としてはやはり前向きの座席を好む傾向があるのかもしれない。
けれども、たとえば、空いている昼間に時間帯、昨今のJR西日本の321系や207系のゆったりとしたロングシートに座っているとなんともいえない開放感と寛ぎを感じるものだ。
結局はクロスシートであれ、ロングシートであれ、乗客に快適に過ごしてもらうための設計と保守がなされていれば、快適にもなるし、不愉快な乗車感にもなるのだろう。

日本の鉄道の場合、ラッシュ時の詰め込み対策として採用されたロングシートが、結局は座っている人にも立っている人にもある程度の犠牲を強いることになってしまう設計だったからロングシートの評価は分が悪いのだろうと思うが、クロスシートでも113系、401系などの初期の車両のような粗末なものはやはり好まれるはずもない。
詰め込み設計は日本が高度経済成長を成し遂げていく過程で行われたものであるし、今現在のような低成長、もしくはマイナス成長という時代になると人々は自然にゆとりを求めていくだろうし、それを鉄道事業者が実現できなければ、いずれ乗客はその鉄道から離れて行ってしまう。

寝台列車の時代錯誤のような蚕棚形のベッドが、結局は多くの乗客から敬遠されたように、近郊型や通勤型電車であっても、少しでも乗客に快適に過ごしてもらう工夫というのは今後ともますます重要になっていくだろう。

旅行を楽しむ場合、やはりゆったりとしたクロスシートは快適で好きではある。
けれども、窮屈で他人の視線が常に気になるような国鉄近郊型113系電車のようなシートなら、ちょっと深めのロングシートの方が快適に感じるだろう。

要は、通勤型や近郊型の車両ならばロングシートか、クロスシートということよりも、その設計コンセプトが乗客の目線に立ったものかどうかということのほうが大事なのではないか・・
その上で、中距離以上の乗車機会が多い車両には立席と座席の乗客区分が明確なクロスシートのほうが好ましいだろうし、短距離乗車の多い列車や、混雑することが多い通勤路線の列車には乗りやすく、気軽にどこでも座る事の出来るロングシートを基本に考えていくことが大事なのではないかとも思うのだ。

僕は昨今の関東私鉄の車両は決して嫌いではない。
というか、以前から京王や京急の車両コンセプトは非常に好きだった。
今でも、東京に出かける機会があれば必ず、用事がなくとも私鉄電車に乗りに行くほどで、関西の私鉄だけが好きなのではない。
関西でも中途半端な、かつ、乗客の目線に立っていない設計の電車は好きになれないし、関東でも個人的に好きな車両というものはたくさん存在する。

ただ、最近、どうも時間的経済的余裕が乏しく、どうしても旅行というものから遠ざかっているのは確かで、そういった意味では何とか時間を作って関東のみならず、各地の電車に乗りに行きたいな・・と感じてはいるのだが。