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2008年9月 7日 (日)

阪急6300系

Emaiko_146 子供の頃からの僕にとって阪急電車と言えば神戸線だ。
だから、京都線の特急が神戸線とは違う電車で運行されているのを知ったのは鉄道雑誌を買えるようになってからだ。

阪急神戸線は当時から電車の変化の少ない路線で、旧型車が普通電車にやってくることはあっても、特急はすべて2000系以後の電車で占められていたし、普通電車にやってくる旧型車もその数はすでに少なかった。
その阪急の、あの独特のマルーン・・そしてその色に映える銀色の縁取りの下降窓・・当時関西で随一だった走りっぷり・・
変化の少ない路線ではあったけれども、子供心に魅力を感じたものだ。

さて、鉄道雑誌を買うようになり、コンパクトカメラも手に入れて電車を見に歩くようになった僕は、京都線特急電車の存在を知り、梅田駅のホームで2800系電車を驚愕の思いで見つめることになる。
それは神戸線と同じ顔、色をした電車が2ドアクロスシートで入線して来る姿だった。

2800系は阪急独特のスタイルを手堅く2ドアにまとめたような均整の取れたデザインだった。
車内は扉間に転換クロスが並び、車端部はロングシート・・
当時、京阪、南海、山陽など関西の私鉄に多かった座席配置だ。
窓は国鉄グリーン車のごとく2連の下降窓で、サイドビューもなかなかかっこよく感じたものだ。

さて、京阪に新車、3000系が入ると阪急2800系は悪くはないものの・・見劣りがするように感じられる。
京阪の・・まるで長距離特急のような上質の作りはさしもの阪急2800系をも陳腐化させてしまったかのようだった。

阪急は2800系を他のどの系列より先に冷房化し、対抗する。
けれども、新車には新車で対抗ということか・・
京都線にはさらに驚愕の新車が投入されることになる。

昭和50年、阪急は15年ぶりに電車のフロントマスクを変更した新デザインを発表。
神戸線にはチョッパ制御の2200系、そして京都線に投入されたのが阪急初のツートンカラー、屋根周りを白く塗装した新型特急車6300系だ。
この車両を新聞報道で知った僕は運転開始後、すぐに見に行った。
ツートンカラーもいかにも特別な車両のようで、しかもマルーンが白い屋根によって余計に際立って見え、車体端に寄った両開きドア、ずらりと並んだ2800系譲りの2連の下降窓・・
車内に目を転じると、長い扉間に並んだ転換クロスは阪急独特のあのゴルデンオリーブのモケットを段折にし、クリーム色の枕カバーが清潔感をあふれさせてくれる。
妻部には窓がなく、一面に阪急の特徴である木目の化粧板が貼り付けられ、そこには補助いすも用意されていた。
車内のイメージは国鉄の特急車やグリーン車をはるかに上回り、上質で格調の高い雰囲気となった。

走り出すと当時は梅田と河原町の間を38分で結んだ時代・・
十三と大宮の間では30分を切り、その走りっぷりは新快速にも負けなかった。
そして、高速で走っても快適なS形ミンデン台車の、軽やかな乗り心地・・
当時、新快速はいまだ153系の時代だ。
インテリアでも乗り心地でも阪急の敵ではない。

僕はすっかりこの電車の虜になってしまった。
見てよし、乗ってよし・・
単に京都へ行くだけではなく、できればもっと遠くまで走らせてやりたいと思ったものだ。

いかにも私鉄らしい軽快さと、京都を強く前面に押し出した内装の京阪3000系に対し、阪急6300系は阪急らしい伝統をかたくなに守りながら阪急としてのステータスを京都線特急に集約したような対極にあり、重厚さが大きな魅力だったから・・僕の京都詣では往復で阪急・京阪を使い分けたものだ。

やがて、私鉄の攻勢に悲鳴を上げた国鉄が国鉄としては破格の117系電車を新快速に投入・・
三つ巴の乗客の奪い合いが始まったけれども、国鉄=JR新快速が堂々と私鉄を凌駕するようになるのはJR221系以後の話だ。

阪急・京阪とも京都行きの特急は京阪間はノンストップだった。
京阪は京橋と七条の間、阪急は十三と大宮の間・・いずれも30分前後がノンストップで、だからこそ、他の車両と異なる上質のインテリアも受け入れられたのだろう。
特に両開きドアながらドアを車端に寄せた阪急6300系は、途中駅の乗降にはどうしても難があり、京阪間ノンストップが大前提のデザインであったことが伺える。
この点では、阪急2800系と同じく、2ドアながらもドアを車体中心に寄せた京阪3000系やJR117系はラッシュにおいてもある程度までは対応できるのであり、そういった意味で阪急6300系は運用の汎用さにおいては厳しい面があるのもまた事実だ。

Emaiko_30 けれども時代は変わり、国鉄がJRとなり、真剣に地域輸送を考えていくようになると状況は変化をしていく。
新快速電車は117系の時代は短く、3ドア、転換クロスと言う新しい行き方の221系電車に変わっていく。
途中駅の停車も3ドアなら難なくこなし、ラッシュ輸送にも威力を見せ付ける。
阪急京都線特急は少しでも沿線乗客を取り込むために高槻駅停車を実現したけれども、あとを追うようにJRもまた高槻に新快速を停車。
しかも、117系に比し高性能化された221系電車は停車駅を増やしても所要時間は変わらないというおまけまでつく。
さらに最高速度を向上させ、ラッシュ対策を施した223系電車はその増備も急ピッチで、まさに京阪神の主役と言う印象になっていく。

より一層の乗客の取り込み、あるいは沿線乗客の逸走を防ぐために阪急も京阪も特急の停車駅を増やしていかざるを得ない。
JRはかつての国鉄ではなく、優れたインフラを活用して地域輸送の主役たらんとする巨大な私鉄だ。
新快速の乗客は増え続け、平行私鉄の乗客は減少が著しくなる。

途中停車駅が増えると6300系はその特徴的な車体デザインであるがゆえに、多客時など定時運行が難しくなる。
JRとは違い余裕時分がしっかりある阪急であるとは言っても、それにも限界がある。
結局、阪急にとって、JRと同じく3ドア転換クロスの特急電車が必要になっていくのだけれども、阪急はバブル崩壊とそのあとの大震災での被害からしばらく難しい経営が続いてしまう。
計画された新型特急電車はなかなか日の目を見ず、6300系が必死に乗客を裁いていく状況が続いていく。

やっとの思いで、3ドア、転換クロス、間接照明を持つ9300系車両が京都線に登場・・
思えば震災直後に登場した神戸線の新車以後、10年ぶりの新車であったわけだ。
この間に阪急電車を作り続けた「アルナ工機」は事業を縮小・・原則電車の製造から撤退してしまった。
6300系は一気に増備されて先輩2800系を特急の座から引き摺り下ろしたけれど、9300系の増備は今のところそれほど早いピッチではなく、今しばらくは6300系も京都線特急者として活躍するだろう。
ただし、2800系が急行用として再起したようにはいかない。
運用を離脱した6300系はすでに廃車が始まっている。

00050030

6300系は製造からすでに30年を超えている。
電車の寿命が長い関西においては決して長寿というわけではないが、特急車両として走り回ったその走行距離は相当なものになっているだろう。
一般的に走行距離が伸びれば車両の寿命は短くなる。
それでも、僕らは阪急の台所事情に助けらながらではあるけれど、まだしばらくはこの格調高い電車を見ることが出来る。
もっとも、乗客から見れば乗り降りのしにくい電車は一日も早く新しい3ドアの電車に取り替えてもらいたいだろうし、会社も早くそうしたいのが本音だろう。

出来れば可能な限り、この電車を眺めに行き、あのスタイルを堪能したいと僕は願っている。

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阪急6300系を参照しているブログ:

コメント

 阪急6300系が長く走り続けた理由の一つとして-あくまで私の勝手な想像ですが-車体の寸法にあると思います。6300系は京都本線用として、阪急最大の寸法で造られました。つまり、神戸線・宝塚線はもちろん、京都本線の支線である千里線・嵐山線にも入れないわけですね。また、たとえ3ドア化しても、8両固定編成ですから使い勝手はかなり悪くなるでしょう。編成を分割したとしても、前述の通り支線にはは入れませんし。だからここまで引っ張って来たということじゃないでしょうか。
 ただ、2ドアクロス車は阪急以外にもいくつか作られ、その中には後に3ドア化されたものもありますが、それって、はっきりいって格好悪くなってしまうんですよね。京急2000形しかり、西鉄2000形しかり。その意味では、優雅な2ドアのデザインを保ったまま退役が近づいている6300系と言うのは、幸せだったという言い方もできるのかなと思います。

 ところで6300系からちょっと飛びますが、間もなく京阪中之島線が開通し、来年には阪神と近鉄の相互乗り入れが始まります。山陽~近鉄の特急の構想もあるとか。そして近鉄や南海には、とにもかくにも伊勢志摩や奈良、あるいは世界遺産高野山など懐の深さがあります。その意味で、ナントカ・ホールディングスとかはともかく、鉄道ネットワークの意味で、関西で一番苦しくなるのは、ひょっとしたら阪急電鉄になってしまうのではないか?いまそれをちょっとばかり懸念しています。

はじめまして、こんばんは、

6300系が茨木市駅、高槻市駅での、

6300系 同士での並びが、

ずいぶん減りましたが、

少し前に、高槻市駅で、

6300系 並びを、

撮影できましたが、

もうすぐ、6300系 並びは、

なくなるでしょう。

菊池正人さん>

阪急6300系は確かに阪急で最大の寸法ですね。
でも京都線系統なら千里線や嵐山線にも入線できるはずです。

ただし、宝塚線や神戸線の夙川・岡本間にはそのままでは入線できません。
このあたりが転用の難しいところですね。
使えるなら・・山陽電鉄への直通の特急として・・あるいは能勢電鉄への有料特急として走らせたりも出来るのでしょうけれど・・

実は6300系には4ドアへの改造工事のプランもあったそうです。
それがバブル崩壊と震災復興で9300系の登場が遅れ・・今にいたっているとか・・

いずれにせよ、電車としては幸せな生涯を送り続けていますね。

阪急・・確かにしんどそうです。。
なんとか頑張って欲しいところですね。

牧野 佑介さん>

数が減ればやむをえないですね。
いまのうちに、たくさん撮影してくださいね。

こんばんは、今日も6300系、7300系 リニューアル車 特急 梅田

地下鉄堺筋線 66系 旧方向幕 天下茶屋を、

撮影しました。

9300系 6次車 登場により6352 6452が、

廃車になると思います。

9300系 6次車が登場したころ、

又は、6352 6452、

別の6300系が解体される場合は、

お知らせいたします。

牧野 佑介さん>

6300系は幸せな電車かもしれないですね。
変な改造もされず・・
うわさでは残る車両の出力増強と一部は嵐山線にも入るとか言われていますが・・

始めまして、こんばんは、けいです。
よろしくお願いします。
6300系 嵐山線で、4両編成にして、
1編成のみ運用されたら、
2360未改造車は解体されるでしょう。


けいさん>

嵐山線でリニューアル電車が公開されるそうですね。
楽しみです。

6300系より9300系 普通 準急を
優先して撮影したいです。

大阪人さん>

僕はやっぱり6300系かな。
あの格調高さ・・他の車両では得られないように思うのですよ。。

こんばんは、
明日正雀車庫では6300系 中間車が解体されるそうですし、
2300系もその後解体されるそうです。

大阪人さん>

老兵は消えるのみ・・でしょうね。
2300系など良くぞ今まで走ってくれたと思います。
6300系は第一編成が全般検査を終了したため、しばらくは残ることになりそうですよ。

明日は2300系 解体が行われますが、最後の解体だと思いますし、
今活躍している6300系も当分は
解体されないです。

正雀車庫の近くに住んでいる さん>

6300系のトップナンバーはつい最近、全検出場したので、しばらくは在籍するようですよ。

こんばんは。
6300系は乗り降りに不便を強いられるけど逆に言えば特別料金不要で乗車できる有料特急レベルの車両といえます。
特別料金不要で味わえる豪華さを一鉄道ファンとして高く評価しています。
どなたか廃車となる6300系を買い取るファンがおられたらよいのですが。

阪急チョコレート さん>

最近も乗車しに行きました。
僕には9300系よりはるかに格調高く見えます。
6300系は先頭がTcなので、中小私鉄への譲渡は難しいかもしれませんが、逆に考えれば運転台と乗降ドアが近く、ワンマン化には適している車体構造でもあるので、何とかどこかで生き延びて欲しいです。

個人的には山陽電車で海を眺める観光列車として使えないかなと・・(妄想ですね~~)

南海にも言えることです。南海2000系は、オールロングシートでありながら、2扉のままだ。扉数を増やすのに金がかかるのはわかるが、これでは混雑を捌けない。阪急6300系は、もう完全に9300系に置き換えられていると思っています。

樫本克洋さん>

混雑を捌くには2ドアはいかにもしんどいのですが、しかし居住性になるとやはりその値うちはあると思います。

しかし、高野線の急行、確かに混雑が激しいですよね。

阪急6300系は京阪間ノンストップが前提の設計ですから今のダイヤにはもう、到底合わないのです。

3月のダイヤ改正の前に姿を消すようです。

2月21日(日)梅田ー河原町間1往復乗車してきました。まだ、引退記念ヘッドマークは掲出しておらず、駅や沿線で撮影しているファンも予想ほど多くなく静かにゆっくりと乗車を楽しめました。
私が、茨木市に住んでいた頃は、阪急茨木市駅は特急停車駅ではなく、夜間などに運用されていた6300系急行に当たった時はわくわくしながら乗ったものです。同じ頃、国鉄では新快速用の153系が朝や夜に12両編成で快速に運用され茨木駅に停車し、旅行気分が味わえるうれしい運用で、こちらも好んで乗っていました。
高槻市から大山崎にかけて、JRの新快速や特急と並走したり、新幹線に追い抜かれたりするのも見おさめで、時代の流れとはいえ、寂しいですね。
その一方で2300系はまだ元気に準急にも運用されていて、梅田駅に並んで停車する姿が見れました。

スミノエさん>

6300系・・いよいよ特急から撤退ですね。
残る車両も大幅に改造されていて、あの格調高い雰囲気も見れなくなると思うと名残惜しいです。

6300系と153系・・・
本当によきライバルでした。
ふっとあのころの情景が思い浮かびます。

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