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2007年11月

2007年11月29日 (木)

夜行列車廃止論に思う

Ihw92xnd_s20系時代の「銀河」



国鉄末期、当時の森山運輸大臣は「夜行列車廃止」をぶち上げ、当時はまだ幹線輸送の重要な部分を担っていた国鉄内部や鉄道ファンの反発を浴びた。

けれどもそれから20年、現状はどうだろうか・・

国鉄を分割民営化した各会社間の相互直通運転は大きく減少し、例えば、関門海峡を挟んだ区間などは、際めて不便な状況に至ってはいても改善される様子すらない。

この状況が拡大しているのがまさに夜行列車の安楽死につながっていると僕は考えている。

現在の鉄道営業者は3種に分けて存在しており、JR旅客会社は基本的には第1種事業者に当てはまり、別の会社の路線において営業を出来る第2種鉄道事業者にはなっていない。
結果的にこれが相互乗り入れによる直通運転を疎外しているわけなのだけれども、大都市やその近郊における相互乗り入れとは異なり、「社会的使命」が表に出る・・言わば儲からない仕事でもある。

経済の低成長時代において、こういった社会的使命だけがその存在基盤であるJR各社間の相互乗り入れは基本的には減少して行くのが道理であろうと僕は思う。

鉄道と言うものが根本的に民営であるとする米国においてさえ、会社間の輸送を確保し、鉄道の社会的使命を果たすために「Amtrack」が存在するのとは異なり、日本においては全国を一元化する輸送をその使命とするのは「日本貨物鉄道」・・JR貨物だけであり、旅客輸送を考えた政策も存在しないし、その必要性も政府部内で論じられた形跡すら存在しない。

故橋本元総理が「国鉄の分割民営化は失敗であった」と述懐するその中身こそ、頻発する大事故とともに各社間を直通する夜行列車を含めた長距離列車が日本から消えていく現実にあっただろう。

夜行列車は来年春のダイヤ改正から現実に消えて行く。
「銀河」「なは・あかつき」をはじめとして、これから数年でその活躍を見る事が出来なくなって行くだろう。
本来、民営化されたJR各社にこういった相互乗り入れの直通列車の存在こそ、JRが民鉄とは異なる存在意義を顕すものだと言う認識があって始めてその存在が可能になる長距離夜行列車群・・

その存在が危うくなっている現実こそ、鉄道と言うものが社会的使命を得られなくなって行くその前兆だと僕には思えてならない。

鉄道ファンは消え逝く名列車に思いを馳せ、自らの思い出を最後に止めればそれで済むのだろうが、鉄道の社会的存在基盤を思うとき、理論で夜行列車存在の必要性を、その不要性を唱える人たちを論破できない脆弱制こそ、実は鉄道の存在基盤を揺るがすものであると言う事を、鉄道ファン諸氏には深く心に念じて頂きたいとも思うのだ。

趣味だから、最後となったら乗りに行く・・
これでは鉄道ファン諸氏の思うような鉄道の復権などできる筈もなかろう。
米国でさえ、鉄道ファン諸氏の動きによりLRTや長距離列車の復権が叶っている事を思えば、日本において、まだ充分に可能性のある夜行列車廃止論に傾く世論を、夜行列車の存続や復権に向けた動きに出来るのではないかと僕などは考えてしまう。

かの20系時代の、あの風格と利便に満ちた時代を、僕たちが今こそ取り返すべく動いてみるのもまた、ファン冥利に尽きるのではないかと思うのではあるけれども。
Lsgkriyn_s20系時代の「だいせん」

2007年11月12日 (月)

国鉄新鋭ローカル気動車群

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画像は新製時に試験のために高砂工場に入場したキハ37

僕が工作一科2年生の頃だったと思う。
だから・・昭和53年くらいか・・
「ディーゼル車両」の授業で、担当の講師、高部先生が「まもなく新型気動車が登場します」と言われた。
当時はキハ66の衝撃的なデビューの後であり、新型気動車に大きな期待を持ったものだ。

登場したのはキハ40とキハ47、後にキハ40の片運転台バージョン、キハ48も加わった。
ローカル線の老朽気動車置き換えが主目的で、未だ全国で走っていたキハ10、16、17、18と言ったシリーズをこれで全面的に取り替えると言うものだった。

けれども、ローカル気動車としては過剰気味な車体長21メートル、車体幅2.9メートル・・
車内設備は冷房がない事を除けば最新の近郊電車なみ・・

そして、最大の問題点はDMH17系エンジンの後継として開発されたDMF15系エンジンを採用した事・・
(実は12系客車や181系気動車の発電用としては既に実績のあったエンジンだ)

これまでの出力180PSから比べれば220PSに向上したエンジンも、大きく、重くなった車体に搭載してはキハ20あたりよりも出足も遅く、登坂能力も低く、燃費も悪いと言う事になってしまった。

普通、こういった問題点が炙り出されるとすぐに何らかの改良が行われて然るべきだと思うのだが、このシリーズは延々と製造され続け・・結局900両近くにもなってしまった。

国鉄が、ローカル線区の赤字を自ら増やした部分も、なきにしもあらずと言うわけだ。

エンジンの出力が不足し、かつ、2機関搭載の車両も製造されず、結果として老朽化したキハ58やキハ52の力を借り続けなければならなくなった・・
強力型エンジンを搭載していたキハ66系の後とは思えない・・おかしな車両政策である。

勾配区間のある線区などには、いずれ、キハ58を急行の任から解き、ローカルに転用する計画だったともいわれていた。
ところが、そのキハ58も電化が完成した線区で車両の予算が取れず、しばらくは急行用として走らざるを得ないわけだから、ローカル線区に回す事も出来ない状況が続く。

更に不可思議なのはキハ40やキハ48の車体構造・・
北海道や東北地方で使われるならまだしも、関東、東海、関西、中国、九州といった暖地で、何故か客用ドアは車端に寄り、ラッシュの混雑緩和にはまったく寄与できなかった不可思議な造り・・
いくら地方都市でも、キハ58,28に比し、デッキがないだけの車体構造では、ラッシュの混雑緩和や乗降時間短縮など出来る筈もなかった。

何故に両開きドアのキハ47を両運転台にした車体形状にできなかったのだろう。
キハ47とデザインが似ている昭和40年代初期のキハ45の場合には、キハ23という両運転台付き車両が存在していたのに・・

辛口の意見ばかり書いたけれど、このシリーズが非電化線区のイメージを向上させた点での功績は大きいと思う。
北海道など、ローカル線はおんぼろ列車と言うイメージを打ち破り、近代的で居住性の優れた車両は利用者には好評だったのではないだろうか。

しかし、どう考えてもキハ40,47,48と言い、あるいは50系客車と言い、国鉄と言う世界の頭の固さが大量に表に出てきてしまっていたのではないかと思うのは、僕だけだろうか。
同じ時期に登場した117系電車や201系電車と比べると・・その開発への熱意の無さが出てしまっているようにも感じられる。

キハ40系の反省を込めて、国鉄は将来のワンマン化も見据えた新型気動車、キハ37を世に送り出した。
車体長は20メートル、車体幅も2.8メートルに縮小された。
簡素、軽量、必要にして充分な性能を持ったこの車両こそ、ローカル線区の実情に即したものだったと僕は思う。
船舶用エンジンを改良した直墳式DMF13を搭載、加速も充分に得られ、燃費も良いと言われる。
事実、このエンジンを使った3セク鉄道の車両も誕生している。

けれど、まさに「遅れてきた由良の助」か・・
電化区間の伸長、国鉄ローカル線の廃止・・これらによってキハ37が再び作られる事はなかった。
個人的には左右非対称の側面デザインは、戦前の京阪電車を思い起こさせ、いかにも速そうな印象を受けたし、パノラミックウィンドウを採用しなかった正面デザインも、簡素にして良くまとまっていて好きな車両だった。
惜しむらくは、先行5両がいずれもロングシートで登場した事と、非対称の側面デザインを生かせない向きで製造された事だろうか。
このキハ37が背中合わせに連結された姿を見てみたかった。
加古川線などには良く似合った事だろう。

余談かもしれないが、もうひとつ・・国鉄気動車への疑問がある。
国鉄は気動車にも電車並みの形式付与基準を設けていた。
新系列気動車は、181系以後、この基準で付番される筈だった。

ところが、キハ181が新系列第一号としてこの基準で付番されたあとに、何故かキハ66、40、37と・・いずれも古い基準で付番されている。
最初に聞いた話ではDMH17系エンジンを搭載した車両を「旧系列」とし、新開発エンジンを搭載した車両から「新系列」として付番される筈だったのだが・・

民営化後にJR各社が投入した新型気動車は、まさに世界に通用する高性能を有していて、これらと比べればキハ40シリーズは車体こそまだ新しいものの、結局は足を引っ張る存在となってしまった。
結局、キハ40シリーズの頑丈だけが取り得の、あまりにも低い性能では時代の要請に応えられず、JR四国以外ではエンジンの喚装や改造が行われ、出力や燃費の向上が図られているし、北海道や九州では優等列車用としての改造工事もなされている。

しかし、平坦路線で乗車する分には、キハ40シリーズはゆったりしていて決して悪くない車両である。
撮影するにも、なかなか絵になる美しさを持っていると思う。
国鉄当局の頭がもう少し柔らかければ・・良い車両になっただろうにと・・僕は思う。

そして、ようやくその期待がキハ37で高まったとき、国鉄ローカル気動車の歴史は終わってしまった。