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2007年9月

2007年9月11日 (火)

洒落の好きな国鉄流

Vmoqsjhi
画像は重い荷物車兼用の電源車・・カニ251廃車時の様子。

例えば形式称号に使われる記号・・

客車であるなら重量記号・・コホナオスマカ・・あるいは、イロハと言う等級記号・・車両のこれがすべて国鉄流の洒落から出来ていることを今の鉄道ファン諸氏はご存知かな?

オハ35・・こう書けば、積車重量(定員100%、もしくは規定の積載量を乗せた状態の重量)32.5t〜37.5tの三等車、と言うことになるのだけれど、この「オ」は「大型」を指し、「ハ」はイロハのハであり、3番目だから三等車を指している。

これは、形式をひとめ見ただけで大体の車両の大きさや重量、用途が分かるようになっているのだけれど、国鉄と言う現場は、お堅い所でありながらこういった洒落の好きなところでもあると思うのだ。

重量記号の意味はおおむね次のようになっている。

コ・・小型・・積車重量〜22.5t未満(明治期の香りを残す小型ボギー車)
ホ・・ボギー(制定当時、まだ二軸車がたくさん残っていた・・これは大正の香りを残す小型ボギー車をイメージ)・・積車重量22.5t〜27.5t未満
ナ・・中形(軽量の木造ボギー車をイメージしていたようだ。後に軽量客車10系、20系が出来たときは図らずもこの表記になった)・・積車重量27.5t〜32.5t未満
オ・・大型(20メートル級、鋼製客車をイメージ・・現在はこの表記が中心)・・積車重量32.5t〜37.5t未満
ス・・すごく大きい(幹線用の鋼製客車)・・積車重量37.5t〜42.5t未満
マ・・ますます大きい(冷房装備、三軸台車など重量のある優等客車)・・積車重量42.5t〜47.5t未満
カ・・かつ大である(非常に重い装備の客車、現在では電源車など)・・積車重量47.5t以上

なんとも、ユニークな決め方だと思う。
特に制定時の想定を越えた重量の客車が登場したあとの、ス・マ・カは、他にも諸説あるものの、いずれ劣らぬ冗談流だ。

等級記号と呼ばれる重量記号や気動車や電車の種別を表す記号の後ろに続く記号もまた・・冗談流だ。

イ・ロ・ハはそのまま、1等、2等、3等の順だが荷物を表す「ニ」がこの後に続くのも、これまた意図したか・・しなかったか・・
僕らは4等車だといって遊んでいたものだ。
もっとも、昭和36年の「つばめ」「はと」の電車化で、他の先進国並みに等級区分が2つとなり、1等が廃止され、2等を1等(後のグリーン)、3等を2等(後の普通)としたから、それ以後はこの分類はイロハの順ではないことになる。

郵便車のユ・・食堂車のシ・・展望車のテ
寝台車がネ(寝ると言う意)・・職用車のヤ(役所と言う意味か)
救援車のエ(援助と言う意味か)・・配給車のル(配るのルか)

必ず車掌が乗務する展望車や荷物車など以外で車掌室のつくクルマには「フ」(ブレーキと言う意味か)という記号が付与される。

これを組み合わせて形式称号の記号とする。

スハネフ14なら比較的重い、2等(普通)寝台、車掌室付きと言うことになる。
ちなみに電車で言えば以下のようになる。

モ・・電動車(モーター付きのモ) サ・・付随車(さっぱりしているのサか)
ク・・制御車(くっつくのクらしい)
これから考えると、クモハというのはくっつきながら動く変な意味になるけれども、戦前の国鉄電車は全て電動車は運転台付きで、戦後になって、長編成化で中間電動車が出来、これと分けるために制御電動車を「クモ」としたのだから止むを得ないかな・・

明治・大正の電化初期には電動車には「デ」と言う記号がつけられていて、これは今も一部私鉄で使われている。

気動車は以下だ。

ディーゼル動車・・キ(気動車のキ)
ガソリン動車・・ガ(ガソリンのガ)

ただ、唯一登場したガスタービン動車も「キ」だったのは解せないけれども・・

貨車の場合は屋根付き・・ワゴン・・の意味と言われている有蓋貨車の「ワ」、トラックの意味とされる無蓋貨車の「ト」などに積み荷のトン数を4段階に分け、ム・ラ・サ・キ・・とした記号が設けられている。

クやスなど一部記号が客車や電車と重なるのはご愛嬌。。

車両だけではなく、機関区、客車区、電車区、気動車区などを表す表記にも同じような感覚の記号が用いられていたし、これも現在でも使われている。

大きく管理局名の頭文字を漢字で書き、その後に略称を書く。

大阪鉄道管理局明石電車区なら「大アカ」だし、向日町運転所なら「大ムコ」だ。
網干電車区はこれに習えば「大アホ」になるのだが、さすがにこれは避けたのか「大ホシ」になっている。
逆に四国高松は「タカ」を高崎に使ったからか・・「四カマ」となったのは・・これまた、今の僕らから見れば面白い感じもする。

工場の現場では「ヤマ」「ハマ」という言い方を良く使った。
これは、高砂のある播州や鷹取のある神戸が山側、海側がはっきりした地形だったためか・・
1位側を「ヤマ」2位側を「ハマ」と呼んで、部品などを外して洗浄、修理する際も刻印を入れるわけなんだけれども、1位側の部品には「/」の記号を入れ、これを「ヤマ」と読み替えていたものだ。
ただし、車両によっては必ずしも地形の山側に1位側が来るとは限らず、新人にはわけの分からない言葉だったけれども・・

国鉄は冗談と洒落が好き・・
ちょっと小洒落てて、ちょっと無骨で、今で言えば少し寒いギャグが好き・・そんな職場だったのかもしれない。