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2007年8月

2007年8月18日 (土)

キハ20

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僕がキハ82やキハ28と並んで好きな国鉄気動車と言えば、この形式だ。
地元加古川線での活躍ぶりも良く、デザイン的には非常に大人しい、その分、ローカル列車にはもってこいの車両だったと思う。

キハ20はそれまでのキハ10の狭い車体を、重量増加を必要最小限に押えながら電車並みの車体幅に大きくし、簡素だった内装を客車や80系電車に近づけた車両で、ローカル線区のサービス改善に大きな役割を果たした。

最初こそ、キハ10譲りのDT19台車は、乗り心地が悪く、レールジョイントが尻に響く感じだったけれど、2次型以降は台車も良くなり、窓も1次型の上段Hゴムから、全開閉できる2段窓になり、座席ピッチと座席幅はスハ43なみだったから、同じ地方線区でも、当時はローカル線区に行くと走っていた旧型国電よりずっと上等だったし、113系や115系と比べてもアコモは優れていた。
また、客用ドアが10系と異なり、若干車体内側に寄せられていたので、ラッシュ時にも結構強かったように思う。

2次型以後の乗り心地は非常に良く、いくら乗っても飽きない・・良いクルマだと思ったものだ。

このシリーズには片運転台のキハ25や寒冷地向けのキハ21、キハ22、合造車のキハユニ26、2エンジン搭載のキハ52などもあり、特に、優れたアコモにデッキをつけた北海道用のキハ22は急行用の28系と比べてもそん色がなく、乗車したときには感動したのを覚えている。

伯備線や予讃線などでも良く乗車したが、何故か、福知山線ではキハ47登場まではキハ10系が多く、キハ20はその特徴的な姿を大阪駅で見ることがほとんどなかった。

どこの線区でだったか・・
夜にキハ20に乗車した。
まだ、白熱灯のままの車両で、柔らかい室内のイメージと、ゆったりとした座席、軟らかな乗り心地に軽いレールジョイント・・
もしも、自分の全てがここに凝縮されていたとしても惜しくないほど、人生で最良の時間であると・・
そこまで感じ入ったこともある。

あるいは、豪雪の高山線での夜明け前の幻想的な景色に、キハ20は非常に良く似合っていたと今でも思い出すことがある。

キハ20は、製造を止めた後、キハ23やキハ45が製造されたけれども、これらは外見こそ高運転台に曲面ガラス、両開きの客用ドアなど、見栄えが良くなったけれども、座席に至っては113系電車並みとされ、キハ20シリーズに比べれば物足りない部分が多かった。
これらが改善されたのはキハ47以降だけれども、キハ20の質素でいて充分なローカル線区に適したイメージとは程遠い、バブル的大型車体を持って登場してしまい、しかも折角の新型エンジンも車体を大きくした分、返ってキハ20よりも加速性能や登坂性能が落ちてしまう結果となってしまったことは残念でならない。

キハ20は現場ではその使いやすさから愛され、最後まで乗客の評判も良く、地道にローカル線の主力車両としてその使命を果たした。

後にエンジンなどの大改造が必要になったキハ47とは違い、キハ20の設計がローカル線区に適したものであった証拠だろう。

ただ、キハ20シリーズだけの長編成の編成美を見ることが出来たのは予讃線くらいだろうか・・
5連のキハ20をみて、訳もなく感極まったことがある。
キハ20シリーズは、キハ35やキハ28と併結で用いられることが多かったのも事実だ。

それだけ、何処でも使いやすかったと言うわけか・・


2007年8月 3日 (金)

阪急・阪神・国鉄

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(画像は阪神電車武庫川駅)

僕は神戸生まれで、僕の父の実家は大阪、母の実家は神戸だった。
つまり、神戸と大阪の二つの都市を結ぶことは僕や僕の家庭にとってごく普通のことだった。

神戸と大阪を結ぶ電車と言えば、京阪神急行電鉄=阪急、阪神電鉄、国鉄の3路線があって、そのどれを使うのかは子供心にも楽しみだったし、僕の鉄道趣味の原点だとも言えると思う。

けれども、どういうわけか、阪神を使うことが多かった。
当時、国鉄と私鉄では運賃の差はほとんどなかったように思う。

確か、運賃の引き上げのときにどちらかが必ず10円高くなるように設定されていたと思う。

所要時間も3社では大差がなかったように思う。

ただし、国鉄はまだ客車列車も走っていたし、快速電車は80系・・後に113系になったものの、15分ヘッド程度で、各駅停車に乗ることが多かったように思う。
国鉄の各駅停車と言えばあの、72系・・ロクサン電車の時代だ。

それに比べればツートンカラーの阪神電車はカッコ良かったし、電車の運転頻度も高く、梅田駅のターミナル位置の具合から使いやすかったのかもしれない。
(これは、今でもそう感じることが多い)

阪急は2000系以降のシリーズはカッコ良かったけれど、旧型電車が多く、僕の両親は国鉄と同じような印象を持っていたのかもしれない。

ただし、何故か、灘方面へ出かけるときは阪急を使うことが多かった。

子供時代の僕が、3社の中で一番好きだったのは、断然阪急だった。
あのなんとも言えぬシックな茶色・・
そして重厚な室内のデザイン・・
こうしてみると、小学校へ入る以前から鉄道オタクの素質は充分だったようだ。

阪神に乗るときはいつも一番前に乗った。
運転台の後ろから前を見るのが大好きだった。

当時の阪神は一部を除けば高架工事が始まる以前・・それでも御影や尼崎の高架は出来ていたからアップダウンが激しかった。
高速でこのアップダウンを突っ走るのは、まるでジェットコースターのようで、わくわくしたものだ。

ちなみに、僕は現在はまったくジェットコースターには乗れないが、小学校高学年までは大好きだった・・

阪急は当時から静かな電車だった。
2000系あたりの電車も冷房がつく以前から強烈な送風機があり、夏に乗っても涼しかったし、大きく開く窓が好きだった。
梅田駅のホームはまだ地上にあった時代で、ホームの一番端の真上を大阪環状線が走っていた。
何故か、阪急は「よそ行き」のイメージがあった電車だ。
阪急に乗るときは特別な気分がしたものだ。

小学校に入る前、僕の自宅は最初は湊川、やがて東出町に移った。
湊川からだと必ず市電に乗らなければならないから、大阪への交通機関が阪神・阪急になるのは今考えても理解できるけれども、東出町は神戸駅の近くだ。
まだ神戸高速鉄道の出来る以前、最寄り駅から国鉄に乗らず、わざわざ市電に乗って阪神・阪急へと乗り継いだ両親の心に「国鉄」は大阪への交通機関としては存在していなかったのだろうか・・
今考えても不思議だ。

その国鉄だが、たまには乗車することもあった。
80系の快速電車はカッコ良く、大好きだったけれども、実際に乗車した思い出はほとんど残っていない。
国鉄と言えば、やはり、72系の茶色の電車・・
出入り口の所にあったあのポールが印象的な、けれども、阪急や阪神よりは明らかにおんぼろに見える電車と言うイメージだった。

コンビニなどのない時代、国鉄駅の側に住んでいるからか、父親が時折、駅弁を買ってきてくれた。
今思えば普通の幕の内弁当なのだけれども、それは何か特別な日に食べていたように思う。
国鉄の駅弁には小さなふりかけがついていた。
今のように、市販のふりかけなども出回っていない時代、それだけでも格別な気分になったものだ。
国鉄と言えば、まず、駅弁を連想したものだ。

後に、加古川市へ転居したとき、その時はもう、父親の寿命は尽きかけていた時代なのだけれども、久々に国鉄の快速電車に乗った。
80系のあのイメージを想像していた僕の前に現れた電車は113系だった。
113系電車のクロスシートに父と向かい合って座り、窓を全開して風を思いきり吸い込んだ。
父との僅かな思い出の断片でもある。
そのすぐあとに姫路駅で80系電車を見たときは思わず「快速や!」と叫んだ。
「あれは岡山行きの電車や」そういって父が教えてくれた。

大阪と神戸の間には今も阪急・阪神・JRの3社が走っている。
三ノ宮を過ぎると大阪まではがらがらだった国鉄時代と異なり、今のJRは多少、ダイヤに正確性が欠けているとしてもいつも混んでいる。
僕自身も何も考えずにJRに乗っていることすらある。

その分、阪急・阪神はかつてのような輝きを失ってしまったのかもしれない。
それでも、JR三ノ宮駅で前をゆっくりと通過する阪急電車をみると、何故か自分が神戸にいる実感が涌き上がってくる。
神戸の空気を吸っている満足感のようなものがある。
あるいは、阪神三宮駅の古めかしい造りのなかで、電車を待っていると、子供の頃から変わっていないものがひとつ・・ここにあると言う実感がする。
子供時代の自分が同じホームでツートンカラーの電車を待っている気がする。

阪急の三宮ターミナルは震災でビルの部分が崩壊して、今、その姿はない。
阪神電車を待っていると、やってくる電車の半分以上は山陽電車のアルミカーだ。
おんぼろだった国鉄の普通電車は今やJRの最新型のステンレスカーになっているし、快速や新快速は快適な転換クロスシートを備えた立派な車両になっている。
時代は変わっている。
でも、僕の心の中の3社のイメージはほとんど変わっていない気がする。

普段の足・・阪神電車。
ちょっと特別なとき・・阪急電車。
そして、何処か遠くへ行けそうなJR線。