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2006年7月

2006年7月21日 (金)

京阪神緩行線

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東海道・山陽本線の草津と西明石の間・・
この区間は100キロを越える複々線になっていて、兵庫以東では外側を列車線、内側を電車線と呼んでいた。
この内側を各駅に停車して走る普通電車を京阪神緩行線とも呼んでいた。

この呼び名は正式なものではなく、戦前、京都と神戸を結ぶ急行電車を運転したときに、それまでの各駅停車を「緩行電車」と呼んだことから始まっているといわれている。
基本的な運転区間は京都から西明石まで98キロ・・
ここを各駅に停車しながら走るのだけれど、案外、速い・・のだ。
直通の各駅停車だと2時間弱・・
116分程度で走りきるのが最速なので、表定速度は51キロにもなり、平行する私鉄の急行電車あたりと並ぶ速さだ。
特に、京都と大阪の間は42.8キロを現在のダイヤでは最速44分で走破し、表定速度は58キロにも達する・・
平行私鉄の特急並みだ。

京阪神緩行線の特徴は、各駅停車ながら、この高い表定速度にあるわけで、これは最新のニュータウン鉄道を除けば他に例を見ないものだと思う。

僕の記憶に残る京阪神緩行線は・・あの茶色の72系電車から始まる。
当時既に阪急・阪神・山陽・京阪といった平行私鉄は、新型電車も出そろい、大きくイメージチェンジをしていた時期だった。
お世辞にもきれいとは言えない72系電車は、乗り込むと床の油引きの臭い、そして、出入り口のところ、左右のちょうど中間にあるメッキの棒・・
お世辞にもきれいだとは言えない72系電車であり、子供心にも「阪急に乗ろうよ」といわせるほどイメージの良くなかった電車ではあるけれど、このポールだけは、面白かった。
これに掴まって、ぐるぐる回って遊んだ子供は数を知らず・・だったのではないか?

その緩行線に103系が投入される。
きれいだけど、カッコ良くない・・僕はそう感じた。

103系ほど、この路線に合わない電車はなかったのではないか?
いくら加速は良くても、高速での伸びがまったくなく、時速100キロ近くで、モーターや送風機の音を目一杯ばらまきながら走る姿は、余裕を持って走る私鉄電車と比べると哀れで、可哀相だった。

僕は須磨付近の海岸線で電車を眺めるのがすごく好きだったが、海岸縁を、まるで騒音の固まりとなって、ガチャガチャと突っ走る姿・・
その頃、僕は趣味としての国鉄が好きになれなかった・・その最大の理由がそこにあったと思う。

ましてや、鷹取工場で見習いだった時代、東京のお古の103系電車を無理にあてがわれ、そのポンコツぶりを嘆きながら冷房改造を始め、せめて少しでもきれいにと頑張っていた先輩方をナマで見ているし、自分自身が実習作業で103系ポンコツ転入車の冷房改造に携わったのだから、国鉄というところの東京偏重ぶりにすっかり嫌気がさしてもいた。
何かのおりに、東京で同じ103系でも新車が走っているのを見ると、妬ましく思えたものだ。
国鉄は、本気で私鉄各社に対抗する気などなかったのだろうとまで思った。
(一部はATC化により、その機器搭載の為に、先頭車を新車で東京へ入れていたのではあるけれど)

今のこの路線の所要時間も103系が走っていた頃と比べ、それほど大きく変ってはいない。
201系や207系なら余裕を持って走れる、その所要時間で103系が頑張っていたのだから、今思い返すとかえって、いじらしく、健気に思えてくる。

103系電車は、駅を出るととにかく加速・・
ほとんどノッチオフをする余裕がないまま、加速しつづけて、すぐに減速、そして一気に、ときには「ドカン!」という衝撃音とともに停車するような運転だった。
揺れは激しく、連結面で隣の車両を見ると激しく揺れる様子が伺えたものだ。
乗り心地は、何故か乗客が増えるほどに良くなるが、空いているときの暴れ馬のような、乗り心地・・当時の保線の具合もあったのだろうが、今思えば、あれでよく事故が起きなかったのものだと・・現場の方々の苦労に頭が下がる。

103系が201系に、そして、207系に移っていく・・
平行私鉄との格差もほとんど感じなくなり、かえって私鉄を凌駕する部分も多い。
僕は、大阪のホテルに勤務していた時代、6年ほどこの路線を通いつづけたが、朝のラッシュ時、座る為に緩行線を乗りとおすことが多々あった。
201系ならばこその、軟らかな乗り心地は、103系時代には考えられないものだった。
そう言えば、かつて、大阪へ鷹取から用務や私用でいくとき、夕方の時間帯、鷹取から大阪まで普通電車先着なんてのが、よくあった。
これにあたると、103系に長時間揺られることの不運を嘆いたものだ。

先日、この路線に321系が入線した。
時速100キロ以上で走っても・・静かで、揺れない・・その乗り心地と、落ち着いたインテリアは、72系や103系の時代から既に相当の年月が経ってしまったことを如実に表しているように思う。