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2006年1月

2006年1月12日 (木)

国鉄の目で見た私鉄車両

今回は少しイメージを変えて、僕が国鉄にいた時代に、実際に乗車した私鉄車両のことを書こうと思う。
私鉄は国鉄と違い、各社各路線で様々なデザインの車両が走り回り、新技術への取り組みも国鉄よりもはるかに熱心だった。
国鉄で車両を触るものとしては、私鉄の車両に気をつけないわけには行かず、結果としてそれが後の国鉄末期の車両やJRによる華やかな車両群にフィードバックもされているので、無意味ではないだろうと思う。

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*南海1001系
昭和29年、南海最初の高性能車両として登場した急行用の大型車両だ。
国鉄で言えば80系電車やスハフ43と同じ世代になるがとてもそうは見えない。
最初は11001系という大きな形式を名乗ったが、昭和47年の昇圧工事の際、南海は極端な車両の統一政策をとり、僅かに特急用として6両編成4本が冷房改造されて生き残ったに過ぎない。
この系列は11009以降は、正面が湘南型の流線型に、側面は張り上げ屋根となり、一段下降式の正方形に近い小さな窓や、淡いグリーンに印象的な濃いグリーンの帯を締めた塗装とあいまって、洗練されたムードの車両だった。
湘南形の2枚窓は国鉄のそれに近い印象だったが、裾の丸みと張り上げ屋根、金属のガラス押さえ・・同じようなデザインが部分的な改良を施すことでこうも良くなるものだという見本のようだ。

車内は僕が乗車していたころには扉間転換クロスにそろえられ、簡単な曲線のパイプ仕切で乗降口と座席を分けていた。
壁の色は国鉄153系あたりと同じムードだったように思うが、車内で最大の特徴は、天井中央に1列に並んだグローブつき蛍光灯に加え、各座席の窓上にやはりグローブつきの読書灯があり、これだけで高級なイメージがしたものだ。
座席はやや幅が狭く、ピッチも十分とは言えないけれども、私鉄が長距離用の電車をまじめに作ればこうなる・・感じがし、同じようなコンセプトの153系電車あたりに比べて、その個性が非常に魅力的に見えた。

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*名鉄7000系
言わずと知れた名鉄のパノラマカーだ。
真紅の塗装、運転台を2階にあげ、客室を最前部まで持ってきた展望室を有する奇抜な電車で、僕の子供のころからの憧れの電車だった。
外観ではさらに、大きな固定窓を連続して配置し、外から見れば窓柱がまったくなく、室内に入れば窓柱は化粧を施されて丸見え・・
けれどもその窓ガラスはどうやら複層ガラスではなく、ただの合わせガラスで、しかもHゴムで車体に止められていた。
複層ガラスは、ガラスとガラスの間にフッ素ガスを封入しているけれど、これが抜けて、中が曇り、その交換に手を焼くのはいずこも同じようだった。
名鉄の場合も、最初は複層ガラスを使ったようだが、後に普通のペアガラスに戻されている。
室内は意外に質素で、壁材の模様は国鉄の便所や洗面所と同じ柄・・
しかし、圧倒的に窓が大きく明るい車内だが、その窓にも広告がぺたぺた貼ってあった。
座席は決して大きくなく、天井からは広告が沢山ぶら下がっていた。
どういうわけか、クロスシート主体の名鉄にあって、客用扉脇に2人か3人分のロングシートが設置されていて、これはドアエンジンのためだとはすぐに分かったけれど、国鉄はすでに153系からドア上部にエンジンを治めることに成功しているわけで、なんでいつまでもこう言うレイアウトにこだわるのか、その点は部外者の僕には分からない。
同じ私鉄の急行用もしくは長距離用として考えても、室内のデザインとしては、はるかに南海のほうが落ち着きがあり、名鉄はその外観から受けるイメージと室内の造作の素っ気無さが、また魅力に思えたものだ。
びっくりしたのは貫通路で、なんと両開き・・
広幅貫通路に引き戸をつける発想は関西にはなく、しかも、運転台が2階にある先頭車両は、この貫通路脇の座席を仕切って車掌室として使えるようにしてあった。
つまり乗客の只中に車掌がいるわけで、これだけでもびっくりしたのに、なんと車掌は持ち場を離れて車内で切符販売にいそしみ、各車両の客用扉脇に設けられた車掌スイッチにラッチを入れてその都度自分がいる場所からドアの開閉操作を行っていた。
なるほど、このやり方なら、無人駅が多く、車内補充券の発行の多い名鉄の長編成の列車でも、車掌の歩く距離は短くなり、仕事がしやすくなる・・良く考えたものだと思ったが、外から2階の運転台に上がる階段と言い、国鉄ならすぐに組合に怒鳴り込まれたろうと思うと、どっちが良いのか良くわからない。
名鉄はまた、一時期製造する全ての電車が転換クロスシートで、国鉄流で言うならタイプは近郊型、シートは特急型と言う車両を通勤線区や各駅停車にも応用しているわけで、それを無表情に使う名鉄の利用者にも唖然としたものだ。
パノラマカー7000系も当時から各駅停車にも使われていて、その姿にも驚いた。
それは、国鉄で言えば165系が各駅停車になるというより、485系が各駅停車になるくらいの驚きだった・・

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*京阪3000系
この電車の車内を始めてみたときは、あまりにも清潔感が漂う美しく、上品なイメージに呆然となったものだ。
外観は正面こそ曲面ガラスを使ったデザインだが、片開きドア2箇所、ずらりと並んだ2段窓・・どちらかと言えばおとなしい印象だった。
けれども車内に一歩足を踏み入れると、およそ鉄道車両としてこれまでに美しい空間があったろうかと思わせる上品さ・・
茶系の床、クリーム系の内装化粧板には細かい格子の模様が入り、妻板は一面に金紙銀紙を散りばめたようなうっとりするようなデザイン、そして、軽いタッチで開く貫通ドア・・
座席もゆったりと、オレンジ系の段つきモケット、白い枕カバーはあくまでも白く、しかも終端の駅では車内整備と称して、座席の一斉転換(スイッチで全ての座席の向きをそろえる)と簡単な清掃もしてくれる。

窓のカーテンはフリーストップで、ワイヤーを使った精密なもの・・国鉄寝台車や特急気動車のカーテンレールとの摩擦を使った単純なものではなく、操作も軽い。
窓は、下段固定、下段の真上に上段が乗り、単純に上げてとめるだけのつくりだったが、アルミサッシ特有のごつさがなく、これも上品な感覚だった。
京都より運転台つきの車両にはテレビまでついていて、その車両には各座席ごとに音量を調節できるきめの細かさ・・
この車両は明らかに国鉄の急行形サロの上を行く内装を持っていると思った。
京都・大阪間は他に阪急・国鉄も走っていて、国鉄はこの京阪と阪急の競争に埋没してしまいそうだったから新快速を始めたし、後に117系と言う特別な電車を投入したのだけれど、未だに京阪3000系が持っていたあの上品さにかなうような車両は京阪も含め持っていないと思っている。
京阪は今は8000系が中心だが、固定窓のデザインは名鉄にも似て、車内は300系ほどの華やぎはなく、それでも、2階建て車両をくみこんだりする部分に京阪らしさが見えるような気もする。
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*山陽3000系
国鉄高砂、鷹取両工場に最も近かった私鉄が山陽電車だ。
中小私鉄の部類に入るけれど、大手各社に負けず劣らず個性の強い会社・・
で、その山陽の3000系車両・・これは通勤形として何の変哲もない、そつなくまとめられた車両・・に見えるのだけれどやはり個性の強さは、この車両にも現れていた。
この系列は最初はアルミカーで、ローレル賞受賞と言う華やかさ・・
神戸高速開業前から鋼製のツートンカラーになり、大量に増備され、やがて冷房つきの時代でマイナーチェンジ、内外装にも少しずつ変化が現れ、ついにまたアルミカーに戻り、後継の5000系へとバトンタッチをしていくのだけれど、ここでは鋼製車を中心に進めていきたい。

山陽3000系を見て最初に、運転台のイメージが国鉄153系500以降や165系、113系に近いことに気がつく。
当たり前で、曲面ガラスは当時は高級品・・生産量の多い国鉄と同じ寸法を採用している。
それでもヘッドライトや、行き先表示幕の存在で充分に強い個性は感じることが出来る。
内装に目をやれば、塗料を流し入れたような洒落た模様の床材・・座面が低く、ゆったりしすぎるロングシート、そして、壁材は国鉄が急行形などのテーブルに使っているのと同じ柄・・
質実剛健、飾りっけなしに見えて、実は私鉄車両らしく華やかさをきらりと見せたあたり・・小憎たらしいような存在だ。
しかも、昭和40年当時ですでに斜めに傾けたスタンションポール・・座席横のポールを関東私鉄が様々なデザインにし始めたのは山陽に遅れること数年あとの話だった。
新進気鋭の、まさに延びようとするこの鉄道を支えたのが3000系車両だったのだろう。
この当時は、まさか山陽がJRに一歩も二歩も遅れをとるようになるとは到底思えなかったものだ。

****************

国鉄は103系や113系のあまりにも質素な内装を反省し、私鉄の車両を研究・・国鉄最末期の車両である201系や117系が誕生することになった。
けれど時すでに遅く、華やかな新時代の到来はJRになってからということになった。

今、JRの車両を見ていて、私鉄に比べ遜色を感じる部分は殆どない。
けれども国鉄時代・・国鉄が輸送力増強に追われながらも赤字が累積して行った不思議な時代・・国鉄の車両は旧態依然としていた。
通勤電車の冷房化は名鉄に遅れること十数年、通勤電車への空気バネ台車の本格採用は、京阪に遅れることこれも十数年・・
看板の特急電車ですら、近鉄は早くからフルリクライニングシートを採用していたのに、国鉄が簡易リクライニングシートを採用したのは183系電車や14系客車からといったありさま・・

今、胸を張って快走しているかに見えるJRの電車たちを見て、僕は感無量の気持ちでもある。