フォトアルバム

プロフィール

フォトアルバム

こう@電車おやじ

小説サイトSTORY http://e-maiko.blog.ocn.ne.jp/story/ 鉄道掲示板 http://6551.teacup.com/kouzou/bbs プロhttp://pr.cgiboy.com/02653710/フィール

« 50系客車 | メイン | 関西気質 »

2004年12月 6日 (月)

国鉄高砂工場

山陽電車荒井駅横の踏み切りは朝のラッシュ時には人と車であふれた。
電車から降りる人も多く、駅の北側に駅舎があったけれど、朝ラッシュ時だけ、地下道の中の改札口が開いて、ダイレクトに駅の南へも出られるようになっていた。
駅南の埋立地には三菱重工と、国鉄の二つの大きな事業所があって、そこでは二千人以上の人が働いていた。
かつて、昭和28年までは三菱重工、荒井駅の西側になる神戸製鋼も、その土地は国鉄のものだった。
国鉄高砂工場は軍工廠として建設されたため、車両工場としては広すぎ、効率的な車両修繕のために大改造され、余った土地が両社に売却されたのだ。
荒井駅から南へ、すぐに入れ替え線にぶつかり、歩道は線路に沿って国鉄の車両門へ、そこから南へ下がって国鉄の正門へ達していた。
車道は線路の下をくぐって、三菱重工正門前に達し、ここに交差点があって、右折してしばらく進むと国鉄前のロータリーだった。
自動車通勤している人は、乗っているクルマでどちらの従業員か分かった。
三菱の従業員は大半が三菱自工のクルマに乗っていたからだ。

国鉄の正門から入るとすぐ左手に守衛所があり、ここでタイムカードを押す仕組みになっていた。自家用車で通勤すると、一部は守衛所より内側に駐車場があったけれど、自動車通勤の増加に伴って、多くは守衛所外の駐車場を利用するようになっていた。
守衛所前の駐車場の奥には診療所があった。
内科、外科、何でも見てくれる便利なドクターがいたが、その分、ちょっとヤブだと言う噂だった。けがをしたときはいつもここでお世話になった。
自転車の場合、守衛所左脇に数百台は入れるかという大きな駐輪場があったが、ここは最後の頃には自家用車で来る人が多くなったから、かなり空いていた。
守衛所から直進すると、芝生を敷き詰めた、ゆったりした敷地に右手に本館事務所があった。通路は城内とは思えない、ゆったりした道幅だった。
本館の向かいは木機職場の材木場で、ここには大きな原木が沢山置かれていた。
木機職場の建屋は材木置き場を隔てた、ずっと南になった。大きな建屋だった。
この建物に、JNRマークと国鉄高砂工場の文字が大書きされ、遠くからも良く見えた。建物の脇には巨大な煙突が7本ほどあったように思う。
使っているのはそのうちの1本だけだった。
本館前の通路を進むと、車両の出車線に行き当たる。
何本もの線路と、その上にはいつもぴかぴかになった車両が置かれていた。
守衛所に戻って、駐輪場をすぎると、木造の更衣所、浴場があった。
浴場は古かったが、広くて気持ちが良かった。大きな湯船がいくつかあったように思う。更衣所の前は広いグランドだった。
更衣所の裏は草むらで、ここもスポーツクラブの練習場や畑などもあった。
更衣所の西に不思議な形の食堂があった。
柱がなく、広々とした建物で航空機の格納庫を改造したものだった。
広すぎたので、建物の半分は鷹取工場へ移築され、鷹取の工機職場になっていた。
食堂をすぎて、物資部と呼ばれるストアの前をすぎ、木機建屋と、材木置き場の間を抜けると、ようやく総合建屋につく。
ただっ広い大きな建物で、一つ屋根の下にいくつもの職場がはいっていた。
部品職場、鉄工職場、機械職場、一番奥のスパン2本分が車両線だった。
僕たちはほとんど、ここで仕事をしていた。
風が通らず、蒸し暑い作業場だった。建物の一番西外側に向いて作業詰所や、木造り作業場があった。事務所はこれらの二階だった。
外側には線路が2本走っていて、入場車両の回送と、試運転が行なわれていた。
線路の脇には簡単なコンクリートの塀があって、神戸製鋼との境を成していた。
ヒマなとき、ここから「おーーい」と叫ぶと、向こうからも「なんやあ」と、答えてくれたものだ。
総合建屋の南は入場、解体線、屋根作業場などで、その外側ではいつも入場待ちの車両が列を作っていた。線路に沿ってずっと外れまでいくと、廃車留置線だった。
留置線の南はぼうぼうたる草むらで、ちょっとした土手があって、ここから南を眺めると、三菱重工の埋立地が広がっていた。
その頃には、何もない埋立地だったけれど、はるか彼方、海に近いところで時折、自動車のようなもののテストをしているのが見えた。
うしろにおおきな風車のようなものをくっつけて走っているのが見えることもあった。
入場解体作業の折、夏など、南から気持ちの良い浜風が吹いてくるので、作業を一段落させて、入場待ちのクルマで涼をとることもあった。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://app.blog.eonet.jp/t/trackback/351371/14450717

国鉄高砂工場を参照しているブログ:

» 白洲(11) 補記 (ぴゅあ☆ぴゅあ1949)
◎ 白洲次郎(11)で登場する、旧日本軍の播磨造兵廠跡地は、国から直接   民間企業に払い下げられたものではなく、いったん国鉄に払い下げされ、   その後で神戸製鋼に払い下げられた、ということについて。 『国鉄・私鉄の思い出』より、“国鉄高砂工場” かつて、...... [続きを読む]

コメント

コメントを投稿